(これはDVDパッケージと同じ画像なんですが、こういうぼかしたデザインなんです・・・う~ん、他に選択肢はなかったんでしょうか。。。)

 

◆セクシー・メルヴィル堪能編!◆

 

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美少年担当ZELDAの第三弾は・・・ごめんなさい!なななんと、完全に美少年を逸脱してしまいました!

最初はフランソワ・オゾンの「危険なプロット」に登場したエルンスト・ウンハウワー君で予定していたんですが、どうも切り口が難しくて(エルンスト君好き!と言ってくださった○花さん、スミマセン!!)・・・同じくオゾン作品に複数回出演したことのあるメルヴィル・プポーへ。

エリック・ロメールの「夏物語」の若き日のメルヴィルも捨てがたかったんですが、これがまたDVD絶版で中古が高値・・・ということで、あきらめて大人メルヴィルに、さらに正統派大人メルヴィルならコレ!な「ぼくを葬る」と本作を迷った挙句、セクシー・メルヴィルを堪能できる本作に決めました。

や、でもこの映画のメルヴィルは一見の価値ありですよキラキラ

 

さて「ファインダーの中の欲望(Un Homme Perdu)」は、2007年の作品。

監督はダニエル・アービッドです。

日本ではあまり知られていませんが、レバノン出身の女性監督とのこと。(※2)

本作の主人公トマ(メルヴィル・プポー)は、日々の生活に飽き足らず、妻子を捨てて中東を放浪するフランス人。

いわゆるジャーナリストではないんですが、カメラを持ち歩き、盛り場で女を買っては、女とのセックスを自撮りし続けています。

そんな彼が、シリアーヨルダン国境で出会った男・フォアド(アレクサンダー・シディグ)に興味を持ち、フォアドにカメラを向けるように。

フォアドもまたあてのない旅を続けている男。

決して自らの過去を語ろうとしないフォアドですが、トマは何故かフォアドの過去を執拗に探り始め―――

目的地のないロードムービーのような印象の作品です。

 

 

 

◆アントワン・ダガタがモデルだけれど・・・◆

 

日本ではDVDスルー。

さもありなんと頷ける、激しく一般ウケしなさそうな雰囲気映画(裏を返せば映画祭向きとも言えますが)・・・その意味で、これはまさにザ・フランス映画と言えそうです。 や、私は好きだし、DVDも持ってますけどね。

Amazonで販売されているDVDの商品概要には、「現代写真アートの可能性を広げていく写真家集団マグナムに参加している、アントワン・ダガタの世界を表現」と書かれていますが、これは少し語弊のある表現のような気がします。

たしかに中東を旅しながら女性とのセックスを自撮りしていくトマは、アントワン・ダガタに似ている・・・ただ、映画を観る限り、あくまでトマはダガタにインスパイアされて出来あがった別人のように見えるし、写真家の写真への想いが全く伝わらない時点で、描こうとしているものはダガタの世界とは全く別のところにある気がします。

この映画にダガタの世界を期待して観てしまうと落胆以外何も感じないのでは?

むしろ逆に、ダガタの撮影スタイルを、撮られる側の立場から批判的に捉えた視点を随所に感じるんですが・・・

 

◆ファインダーは誰に向けられているのか◆

 

Wikiに「エロチック映画」と説明されている通り、トマことメルヴィル・プポーとフォアドことアレクサンダー・シディグの女性との絡みが濃厚。とにかく男優2人がとびきりセクシーです。

トマとフォアドは、行きずりの女とのセックスを繰り返しますが、それでいて、誰も愛さない。 

女の海を泳ぎながら、どこまでも孤独で、彼らの乾き(フォアドの場合は過去の心の傷?)は癒えることがない・・・そこは2人の共通点で、あてのない旅を続ける放浪者という意味でも、2人は似た者同士

 

一体フォアドの過去に何が起きたのか、トマは何を思ってセックスを撮り続けているのか―――それらの疑問が解消することはなく、全てがとても曖昧なまま物語は幕を閉じます。

ただひとつだけ確かに思えるのは、トマがフォアドに強い執着を見せること

彼は札ビラを握らせてフォアドを「助手」に雇い、彼好みの娼婦をあてがって、彼と娼婦とのセックスを撮影しようとしますが、フォアドは反発してトマの元を去ろうとします。

しかし、フォアドが姿を消すたびにトマは彼を探し、ふたたび自分の手元に置こうとする―――もしその執着の正体が無自覚な愛だとすれば、この、全く掴みどころがないように見える物語に一本のクリアな軸が通せるのですが、はっきりとそうであるのかどうか、本作は確証を与えてはくれません。

言えるのは、限りなく匂い系だということ・・・監督は女性ですし、腐女子にはちょっとピンと来るものがあります。 (もっとも、この監督、ジャーナリスト出身で、結構硬質な映画を撮ってる人みたいなんですけどね。)

 

(メルヴィル・プポー(奥)とアレクサンダー・シディグ(手前)。)

 

◆パリとベイルートとトマとフォアド◆

 

作中のフォアドの出身地・ベイルートは、「中東のパリ」と呼ばれる美しい街だそうです。

前世紀半ばまでレバノンはフランスに支配されていた国ですから、2つの街にそうしたアナロジーが生まれるのも当然。

本作を観ていると、ヨルダンでは英語、レバノンではフランス語が通じることが分かりますが、これもそうした暗い歴史の遺産です。

似た者同士でありながら、支配する側と従属する側であるトマとフォアドの関係は、そのまま、歴史の中のパリとベイルートの哀しいアナロジーに重なり合います

 

ヨルダンの高速道路を走る車の車窓から見える難民キャンプ、トマが現地語が理解できないのをいいことに彼に罵詈雑言を浴びせかける地元の人々―――レバノン出身の監督の想いを作品に代弁させたようなシーンも多々ありますが、政治の問題には深入りしない作りです。

 

「中東問題の元凶の一角」という原罪を背負ったフランス人が、中東で金にあかせて男女のまぐわいを撮り、被写体になった人々を傷つけた挙句に自分も傷つくという本作のストーリーが、自虐的国民性とはとても思えないフランス人に受け容れられたのかどうかは疑問・・・しかし、本作のメルヴィルの色気は、確実に多くの人の心を捉えたんじゃないでしょうか。

 

◆メルヴィル・プポー@五分刈りの魅力◆

 

私にとってのメルヴィルの魅力は、まずは何といってもやっぱり黒髪・黒い瞳!

どうも私の美意識はそこにこだわりがあるようで、「ゴッド・ファーザー」のアル・パチーノに始まり、「ラスト・エンペラー」のジョン・ローン、「マイ・プライベート・アイダホ」のキアヌ・リーヴス・・・と、心を鷲掴みされる俳優はたいてい黒髪なんですよね。

 

(「ぼくを葬る」の英語圏版DVD)

 

髪を刈る前のメルヴィルは、甘いマスクの黒髪青年。

「ぼくを葬る」で、艶やかな黒髪と少年のような泣き顔にぐゎし恋の矢と心を掴まれ、「ぼくを~」の中で彼が髪を刈ってしまう場面では残念がることしきりだった私ですが、本作を観ると、セクシーでサディスティックな役柄に五分刈りスタイルがハマるハマる!

以降も正統派美青年から個性的な役柄へと・・・このヘアスタイルは、彼に役者としての新境地を開いたと言えるんじゃないでしょうか。

 

(う~ん、生え際のカタチも男っぽくて完璧!)

 

ただ、「ぼくを~」みたいな好青年役も、「ファインダー~」みたいな欲望に身を任せて生きる身勝手な男役も、どちらにしても決してハードボイルドじゃないし、むしろ弱さと脆さが際立つ人物像。

線が細いわけじゃないのにセンシティブな内面を滲ませた佇まいが、メルヴィルの持ち味な気がします。

 

◆「シリアナ」のアレクサンダー・シディグ!◆

 

アレクサンダー・シディグも、「シリアナ(Syriana)」(2005年・米)―――くれぐれも漢字変換されませんよう!滝汗 こちら中東問題を扱ったアカデミー賞受賞作品(※1)です―――での産油国の王子役があまりに美しくて、しばらくシディグ熱に浮かされていた時期が!

彼の大きな瞳には、それひとつ映すだけで亡国の哀しみを表現しうるほどの情感があります。

 

(アレクサンダー・シディグ。男性とは思えないほど長~い睫毛が魅力的!彼に似ているものにラクダがある・・・爆 笑

 

Wikiによれば彼は父方の叔父がスーダンの元首相、母方の叔父は「時計仕掛けのオレンジ」のマルコム・マクダウェルという、超サラブレッドでもあるそうで・・・

「シリアナ」についても近々記事にできればと思います。

 

 

 

※1 ジョージ・クルーニーが主演男優賞を受賞。 

※2 Wikipedia :Danielle Arbidの項

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