ウォーリー | 映画、その支配の虚しい栄光

映画、その支配の虚しい栄光

または、われわれはなぜ映画館にいるのか。

または、雨降りだからミステリーでも読もうかな、と。

または、人にはそれぞれ言い分があるのです…。

「ウォーリー」 WALL・E (2008/103分)
監督/アンドリュー・スタントン、脚本/アンドリュー・スタントン、ジム・リアドン

アニメ表現が、素晴らしく巧みなのに騙されてはいけない、と思う。
擬人化されたロボットのかわいくも誇張された表現を、実際の人間がやっていたら、どんだけ悲惨な映画になったのか。

ここにあるのは、紋切り型の縮小再生産でしかない。
表現手段にのみ依存した魂のない映画。

関係ないが、
あるブログで、ある映画研究者が「人類の夜明け」(と「ハル暴走」)がギャグ的に引用されている(ここで今ひとつお客さんのノリが悪かったのが残念。ここは手を叩いて爆笑するところだろう)」と書いているのだが、どう考えても「手を叩いて爆笑」などしない。くすりともしない。おいおい今どき2001年かよ、「ワルキューレの騎行」と同じくらい、何度も何度も何度も観たことあんぞ、と。

彼には、12月30日にオンエアされる「アメトーク・年末ゴールデンスペシャル」を観て、ぜひ「手を叩いて爆笑」して頂きたいと思う。

ちなみに、マックの起動音がしたとこで、私はちょっと笑ったのだが、このへんがこの映画の嫌らしさだと思うがどうか。「今ひとつお客さんのノリが悪かったのが残念」と書くのと同じようなね。