シーン8の2
日比野は川の畔まで歩いていった。
川の向こう岸にぼわっとした光が見える。
「これが、三途の川か・・・」とつぶやいたところで、日比野はあることに気がついた。
それは、六文銭を持っていないのだ。
川が渡れない・・・・なぜか、日比野はそう思った。
でも、当たりを見渡すと、岸に打ち捨てられた小船があるではないか。
日比野は小船に乗ることにした。
小船は、和船のようで、相当古い物のようだ。
しかし、乗って気ついたが、オールというか櫓が無い。
仕方なく日比野は手で水をかいて、向こう岸に向けて、小船を動かした。
川の流れは急ではない、意外とスイスイ進む。
程なく向こう岸に着いた。
「瀬渡し料は、いらないだな・・」と日比野は思った。
小船から降り、そのともし火のほうに行くと、二人の人物がいた。
一人は日比野は小学生の時に事故死した、従兄弟の叔父の啓介で、もう一人は、中年の上品な和服姿の女性だった。
その女性は微笑みながら「こちらにいらっしゃい」と声を掛けてきた。
日比野はいやな感じを全く受けなかったので、付いていく事にした。
そうするといつの間にか、足が宙に浮いているのだ。
そして真上に見える明るい光の方に、すうっと登っていった。
そして気がついたら、押川整形外科の病室のベットの上だった。
三日も意識が無かったなんて、自分でも信じられなかった。
淡い記憶のなかで、ベットに寝ている自分でを見た様な気がするのだが、日比野はこの事を一度もしゃべった事が無い。