日本史上最悪の格差拡大を作り出した”ウソノミクス”
安倍首相は自賛するが…
指標でみる アベノミクスの姿
(しんぶん赤旗)2016年6月18日
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2016-06-18/2016061803_01_1.html
安倍晋三首相は参院選に向けた全国遊説で、判で押したように「最大の争点は経済政策」と述べています。そして、「アベノミクスで雇用が110万人増えた」「給料も上がっている」などと数々の経済指標を並べ立て、アベノミクスを自賛しています。しかし、実際は、アベノミクスによって貧困と格差が広がり、国民生活は困窮しています。政府発表の経済指標などから見えてくる本当の姿は―。
大企業の内部留保 大幅増
超富裕層の資産倍増
大企業・富裕層
アベノミクスは、大企業と大株主に膨大な利益をもたらしました。大企業(資本金10億円以上)は、内部留保を2012年1~3月期の265・4兆円から16年同期の301・2兆円へと35・8兆円も増やしました。
安倍政権は、大企業が負担する税金を減らしました。国と地方を合わせた法人実効税率は、第2次安倍政権発足時の37・0%から16年度には29・97%へ7・03ポイント下落。18年度に29・74%に下げるとしています。また、復興特別法人税を1年前倒しで終了させ、法人実効税率の引き下げと合わせ4兆円も減税しました。
安倍政権は公的資金も使い、株高政策を推進。米誌『フォーブス』集計の「日本の超富裕層」上位40人の資産総額は、12年の7・2兆円から16年の15・4兆円へと2倍以上に膨らみました。
「日本の超富裕層」上位10人だけで、資産は5兆3035億円も増加。最も増やしたのはソフトバンクの孫正義会長で、1兆2619億円です。16年に保有資産額トップとなったユニクロの柳井正ファーストリテイリング会長兼社長は、12年に8151億円だった資産を16年には1兆9609億円へ、1兆1458億円も増やしました。
「働く貧困層」増加 格差拡大
雇用
一方、非正規比率(役員を除く雇用者に占める非正規の割合)は、2013年1月の35・3%から16年4月には36・8%に上昇。25~54歳では28・4%から29・1%に増えました。結婚や子育ての時期となるこの世代の非正規比率が3割であることが、格差と貧困を深刻なものにしています。
年収200万円以下のワーキングプア(働く貧困層)は、13年の1120万人から14年は1139万人に増加しました。
実収入から直接税と社会保険料を除いた可処分所得が減っています。物価変動の影響を除いた実質可処分所得は、12年の月額42万6610円から15年は40万8649円へ1万7961円も減りました。30年前の水準です。
暮らし
円安で輸入物価が上がり、食料品が高騰するもとでエンゲル係数(消費支出に占める食費の割合)が高まっています。12年の23・6から15年は25・0と1・4ポイントも上昇しました。
可処分所得が減り、物価が上昇する中では、貯蓄もできません。金融資産を持たない世帯(2人以上)は、12年には26・0%でしたが、15年は30・9%へと4・9ポイントも増えました。
長引く景気の低迷と消費税増税が暮らしや営業を悪化させています。
生活保護受給者も増加。中小企業数は、12年から14年の間に4・4万社減少しました。
農林水産物輸入額は、12年の7・9兆円から15年は9・5兆円へと1・6兆円も増加しました。一方で安倍首相が増やすとしている輸出は、12年の4497億円から15年は7451億円へと2954億円しか増えていません。
「自然増」を1.3兆円カット
社会保障
安倍政権が13~16年度の4年間に削減した社会保障の「自然増」(国費)は、1兆3200億円にのぼります。介護報酬の大幅削減や生活保護費の切り下げなどによるものです。「介護難民」「医療崩壊」をもたらした小泉「構造改革」を上回る削減額です。
さらに、これとは別枠で、年金・医療・介護の給付を1兆9200億円も減らしました。年金支給額を3・4%切り下げて1兆7000億円削減。70~74歳の患者負担2倍化や、介護保険への2割負担導入などで2200億円削りました。
最多の生活保護世帯 締め付け
「一億総活躍社会」
現場からの批判
(しんぶん赤旗)とくほう・特報 2016年6月10日
安倍政権の下で大企業と富裕層に富が集中する一方、生活保護世帯は163万世帯を突破し過去最多となっています。ところが、政府の「1億総活躍プラン」では生活保護の拡充は一言もふれていません。それどころか、生活保護の締め付けを強め、受診遅れで亡くなる人まで出ているのが現実です。
(鎌塚由美)
保険証なくがん全身転移、手遅れ
昨年末、千葉県内の病院に緊急入院した昭夫さん=仮名=(74)は、入院から1ヵ月もたたずに亡くなりました。末期の大腸がんが全身に転移していたからです。
「『どうしてここまで放っておいたの!』と病院でも言われました。でも、健康保険証もなく、生活保護もなかなか認められず、手遅れになってしまったのです。もっと生きられたはずだと思うと悔やまれてなりません」。昭夫さんの娘で、結婚して埼玉県で暮らすユキさん=同=(44)は涙を浮かべて語ります。
昭夫さんは長年、電気工事会社で働いてきました。加入期間か足りず年金が支給されないため、定年後もアルバイトで仕事を続けてきました。しかし、交通事故で負傷して働けなくなり、国民健康保険料も払えず保険証もなし。アパートの家饑を3ヵ月滞納し、異母弟の家に転がり込みました。ユキさんは2ヵ月に1度は昭夫さんに会い、仕送りを渡していました。しかし、昭央さんは肩身の狹い生活だといって「生活保護を受け、自立したい。病院にも行きたい」と語っていました。
昨年1月、昭夫さんは「もうユキには迷惑はかけられない」といって、ユキさんと一緒にA市の生活保護申請窓口に行きました。しかし、窓口の職員は2人の話を5分も聞かないうちに、「持ち家がある。親族に収入がある」「ダメ、ダメ」と一方的に話を打ち切り、申請さえ受け付けませんでした。しかし、実家は異母弟が継いでいて持ち家などなく、市の対応は道理もなく理不尽なものでした。
その後、昭夫さんは腹水がたまり、勳けなくなったため、連絡を受けたユキさんが「このままでは死んでしまう」と知人の議員と一緒に生活保護を申請。市も無視できなくなり、ようやく申請が認められました。しかし、すでに全身はがんにむしばまれていたのです。
千葉県生活と健康を守る会連合会の妹尾七重会長は「職員が、あれこれ条件を持ち出し、『申請する』と言わせず、追い返す”水際作戦”が横行している」と話します。
水際作戦で侵害
「生活に困窮していれば、生活保護を利用する権利が国民にはあります。その人が基準に合っているかどうかは、申請を受理した後に判断すればよいことです。申請権さえ奪う”水際作戦”は憲法と生活保護法に基づく運用ではありません」
生活保護世帯は3月に163万5393世帯となり過去最多を更新(1日公表)しています。高齢者世帯は82万6656世帯で、初めて全体の半数を超えました。
貧困と格差が広がっているにもかかわらず、安倍政権は、最後のセーフティーネットである生活保護の切り捨てを強めてきました。生活費である生活扶助費を2013年から平均6・5%、最大10%削減。13年には生活保護法を改悪して親族の「扶養義務」を強化し、15年には住宅扶助、冬季加算の削減も強行しました。
それでも厚労省の締め付けは止まりません。
通帳コピー提出。「財布の中いくら」
横浜市に住むA子さん(80)は昨年末、役所から「通帳すべての残高や取引状況を確認したいので、窓口のATMに通帳を通し、最新情報にしたうえでご来所をお願いする」との手紙を受け取りました。A子さんは、言われるがまま役所に通帳を持参。通帳のコピーを取られたうえ、帰り際に「財布の中にいくらありますか」とまで聞かれました。これまで申請時だけ実施していた資産調査を毎年実施するよう厚労省が通知(14年3月)を出したからです。
ケースワーカーから執拗(しつよう)に提示を求められ、不眠や精神不安定に追い込まれる事例も続出しています。
日本共産党の辰巳孝太郎議員は参院厚生労働委員会(3月22日)で、生活保護利用者の預貯金は耐久消費財の買い替え、子どもの教育費、家族の葬式代など必要な費用が認められていると追及。「自らの生き方および生活を自ら決する自由があり、それは憲法25条に根ざすものだ」と批判しました。
国は「最大限、プライバシーは守らないといけない」(塩崎恭久厚労相)と述べつつも、財布の中身について「たくさん入っていそうなら見せてください、のケースは出てきうる」(石井淳子・社会・援護局長)と答弁するなど、反省を示しません。
低すぎる捕捉率
日本の生活保護の捕捉率(生活保護対象者で実際に利用している割合)は約2割と推計されています。先進諸国と比べても日本の捕捉率の低さが指摘されています。ところが「1億総活躍プラン」では、「誰もが活躍できる全員参加型の社会」と掲げながら、貧困と格差の解消は一言もふれられていません。「アベノミクスは大きな成果を生み出した」として、深刻な実態を見ようとしないからです。
前出の妹尾会長は「生活保護制度は国民生活の土台です。生活に困窮したら、生活保護を利用し、生活を立て直していく権利が国民にあり、国はそれを保障する義務がある。それを踏みにじる安倍政権の姿勢が問われます」と語ります。
自由からの逃走
エーリヒ・フロム
より要約抜粋
主題
「人間がもっとも恐れているのは「孤立すること」である。しかし人間は普段そのことを意識すらしていない。
人間は、意識の上では自らの意思で動いているものと信じているが、実際は「無意識的な力」によって動かされている。
人間は、自由になればなるほど、心の底では耐えがたい「孤独感」や「無力感」に脅かされるようになる。人間は、自由になればなるほど「孤立の恐怖」に直面させられる。
この絶望的な恐怖に人間は耐えられない。
人間は、意識の上では自らの意思で積極的な自由を求めているものと信じているが、実際は、孤立の恐怖から逃れるために、「逃避のメカニズム」が働き、自由を求めるより、自由から逃がれることを選択している。」
自由の二面性-進むべき道の選択
「自由は個人に「独立」と「合理性」を与えたが、その一方で、個人を「孤独」に落とし入れ、個人を「不安」で「無力」なものにした。これが自由がもたらすことの二面性である。
個人を「不安」で「無力」なものにする「孤独」に、人間は耐えることができない。彼は進むべき二つの道の二者択一に迫られる。一つは、愛や生産的な仕事の「自発性」の中で外界と結ばれ、人間の独自性と個性とに基づいた「積極的な自由」の完全な実現に進む道である。もう一つの道は、自由や自我の統一を犠牲にする「絆」によって結ばれ、自由の重荷から逃れて、新しい「依存」と「従属」を求める道(『隷属への道』)である。
人は誰もが「積極的な自由の完全な実現に進む道」を選択できる、という訳ではない。
人間は、無意識的な力によって動かされるために、多くの人びとが、実際は「自由から逃れる道」を選択している、ということを理解しなければならない。
自由と民主主義に対する脅威は、われわれ自身の「態度」と、われわれ自身の「制度」の中に存在する。ファシズムと戦うために、われわれはそれを理解しなければならない。」
自由からの逃走
「資本主義が個人にもたらした新しい自由によって、個人はますます「孤立」するようになり、外部の圧倒的で強力な力によって操られる「一つの道具」となってしまった。 新しい自由により、彼は「個人」となったが、途方にくれた「不安な個人」となった。不安を抑えるために役立ついくつかの条件はあった。その第一は、自我を支えるための「財産の所有」である。
不安を抑えるための条件の他の要素は、「名声」と「権力」を手に入れることであった。財産や社会的名声を持たない人間にとっては、「集団への帰属」が不安を抑えるための支えとなった。個人的には無に等しくても、自分の属している集団が、同じような他の集団よりも優れていると感じることができれば、それを誇ることができた。(集団のナルシシズム)しかし個人の不安を抑えるためのこのような要素は、不安や懸念を根絶させたのではなく、それらを覆い隠したのである。
資本主義の独占的傾向は、個人の「無力感」や「孤独感」を増大させ、個人はますます巨大な力に脅かされるようになった。
このような個人の「孤独」と「無力」の感情を、一般の普通の人びとはまったく意識していない。なぜなら、その感情を意識することは、あまりにも恐ろしすぎることなのである。「孤独」と「無力」の感情は、日々の型に嵌った活動、事業の成功や他者からの称賛、あらゆる種類の気晴らしによって覆い隠される。しかし、暗闇で口笛を吹いても光は現れない。孤独や恐怖や昏迷は依然として残り、人はいつまでもそれに耐えることはできない。人間は、「積極的な自由の完全な実現に進む道」へと進むことができない限り、結局は自由から逃れようとする他はない。」
これらが…安倍政権への高い支持率の謎を解く手助けとなるか?
かつての自民党と
現在の政権与党は
同じ政党ではない
注目の人 直撃 インタビュ
東大・東北大名誉教授(憲法学者)
樋口陽一
(日刊ゲンダイ)2016年6月10日
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/183163
来月10日に参議院選挙が行われる。安倍政権は争点を「アベノミクスを進めるか、後戻りさせるか」などと言っているが、その裏で、憲法改正という野望を抱いているのは間違いない。9条の解釈改憲、違憲の安保法施行と、憲法破壊を断行した政権が「本当の改憲」に向けて蠢いているのだ。そこで自らの政治活動を40年間禁じてきた憲法学界の権威が立ち上がった。闘う憲法学者、小林節氏との対談「『憲法改正』の真実」(集英社)も話題。今そこにある危機を語ってもらった。
国民の大多数は憲法改正を求めていない
――先生は81歳ですよね。安保法案採決前の昨夏は、ご高齢を押して、小雨の降るなか、何度も国会前での演説に立たれた。「立憲デモクラシーの会」「立憲政治を取り戻す国民運動委員会」などの団体でも積極的に活動し、安倍政権の立憲主義破壊や自民党がもくろむ憲法改正の危険性を訴え続けていらっしゃる。その原動力とは何ですか。
私の専門は憲法学で、他の人より多少は知っていることがある。だからこそ言わなければならないことがあるし、国民のひとりとしても、言うべきことは言わなくてはなりません。
――安保法が成立し、政治権力が憲法の根幹を勝手に骨抜きにしてしまった。「学者は中立的な立場で論評していればいい」という悠長な局面ではなくなったということですか。
「象牙の塔」にこもって学問に専念できる時代のほうが研究者にとっては幸福です。しかし、いつでもそのような幸せな時代だとは限らない。
戦後を振り返ってみると、改憲を目指した岸首相が1957年に内閣憲法調査会を発足させたのに対して、私どもの恩師世代が「憲法問題研究会」に結集し、世論に問題のありかを訴えました。大内兵衛さん(経済学者)が代表で、憲法学者では私の直接の恩師の清宮四郎さんと宮沢俊義さん、それから民法の大御所の我妻栄さん、そして湯川秀樹さんほかが発起人でした。戦時中の困難な状況に耐え、ようやく学問ができる。論壇に復帰できた。学者にはそんな思い、時代背景がありました。発起人の記者会見は各新聞が1面トップ記事で大きく報道した。それほどの出来事だったのですね。
我妻、宮沢のおふたりは政府の憲法調査会からの招請を断って、民間の憲法問題研究会を立ち上げた。当時の政府の要人が「政府からの要請を断っておきながら、札付きの左翼と研究会を発足させるとはけしからん」というような談話を出したのに対して、宮沢さんが、この問題については札付きの左翼とも一緒にやる必要があるというだけだ、と答えたのをおぼえています。
――改憲をめぐって、自民党VS学者という構図が、岸信介の孫である安倍首相の時代に再燃していることに因縁を感じます。ところが、改憲が参院選の「争点」だということを自民党は伏せたがっている。
首相は国会答弁で「憲法改正問題については国民レベルで大いに議論して下さい」と言う。しかし、いま国民の大多数は「憲法を変えて欲しい」などと政府に要求していないのです。世論調査でも分かるように、国民が求めているのは「原発停止」「TPPの影響や問題点の提示」「格差是正」「社会保障の将来への不安の解消」など、生活に直結する身近で具体的な課題です。
問われているのは「改憲草案」賛成か反対か
――だから、安倍政権は改憲問題を参院選で前面には持ち出さない。争点を明確にしないまま、選挙に臨み、3分の2の議席を得れば改憲について“信を得た”とばかりに突き進む。そんな懸念を感じます。
「護憲」「改憲」という言葉を、抽象的に憲法を変えた方がいいのか、変えない方がいいのか、という意味で使う人がいますが、間違いです。それぞれが「理想の憲法」を出し合え、というのが改憲問題ではありません。いま問われているのは、2012年4月に自民党が発表し、現に掲げ続けている「憲法改正草案」に賛成か、反対か、それを作った人たちが描いているこの国の未来像への賛否なのです。抽象的に改憲が問題になっているわけではないのです。
――「『憲法改正』の真実」のなかで、自民党改憲草案の問題点を子細に分析なさっていましたが、とくに驚いたのは、この草案が、戦前回帰、明治憲法回帰どころか、江戸時代の「慶安の御触書」レベルのものだと断言なさっていたことです。
これは友人の歴史家が使った言葉なのですが、本質的な意味を含んでいる警句です。自民党改憲草案は明治憲法のようだというのは正しくない、むしろ明治以前の法秩序に戻るようなものだという主張で、その通りだと受け止めました。
近代憲法は国民が国家を縛るものであり、民法や刑法は国民自身に向けられたものだ、という区別は大切です。しかし、実は民法も刑法も一人一人の行動に直接、命令は下さない。刑法には「人を殺した者は○○に処する」とあり、「人を殺すな」という書き方ではない。法が制裁を科すことで国民を縛っているように見える場合でも、やっていいのか、いけないのかという“良心”にまで踏み込んで縛っているわけではない。法と道徳は違うのです。
明治憲法制定にかかわった井上毅はこう書いています。「立憲政体ノ主義ニ従ヘハ君主ハ臣民ノ良心ノ自由ニ干渉セズ」
――ところが、自民党改憲草案では、国家がズカズカと人々の良心に踏み込んでいいことになっている。そのうえ、国家を縛るはずの憲法で、国民の方に「憲法を尊重する義務」や「常に公益及び公の秩序に反してはならない」と命じています。自民党らしい、右傾化、保守化した改憲草案と言えますね。
現政権を「保守」と呼ぶ人が多いが、本来の意味での「保守」には3つの要素が不可欠です。第1は、人類社会の知の歴史遺産を前にした謙虚さです。第2は、国の内・外を問わず他者との関係で自らを律する品性。第3は、時間の経過と経験による成熟という価値を知るものの落ち着きです。私たちをいま取り巻いているのは、そのような「保守」とはあまりにも対照的な情景です。
2012年12月の第2次安倍政権の発足時、日本のメディアが「保守化」と捉えた鈍感さとは対照的に、例えば、英エコノミスト誌は、「歴史修正主義に執着」する「ラディカル・ナショナリスト(急進民族主義者)の政権」と論評していました。当時から欧州では、そうした勢力が台頭し始めていて、懸命にそれを抑え込もうと苦慮していただけに、アジアで唯一、「価値観を共有」する仲間として安心して見ていた日本で、そのような勢力そのものが政権に座ったのか、という驚きだったのです。翌年初めの首相訪米の時のびっくりするほどだった冷遇は、その表れだったのでしょう。一転して去年の首相訪米の時の厚遇ぶりは、安保法制との物々交換で、「価値観の共有」より、それを優先させたということでしょう。
――安倍政権の言う「戦後レジームからの脱却」を、世界の秩序を揺るがしかねない構想だとして海外メディアは危惧していたのですね。
欧米の教養のある人々は「戦後レジームからの脱却」というスローガンを聞くと、ナチスとカール・シュミットを思い出します。シュミットには「ベルサイユ・ワイマール・ジュネーブ」という論稿があります。それぞれ、第1次世界大戦にドイツが敗北して「押し付けられた」条約と憲法と、そして国際連盟を指す地名で、それらを拒否する宣言の意味を込めたものでした。
――ナチスといえば、民主主義的な手段でワイマール憲法をほごにしてしまった。安倍政権も「民主主義にのっとって」と装いながら、結果的に立憲主義を破壊し、民主主義を制限する憲法に作り変えてしまおうとしている。非常に巧妙で危険な手口に見えます。
有権者は3年半の間に3回の国政選挙で現政権に多数議席を与え続けてきました。その意味で言えば、「民主」というカードの枚数の多さの上に政府与党が座り続けてきた。4度目の機会にそのカードを何枚、奪い返せるか、それが選挙の争点です。
結党以来の自民党政権は、実は派閥という名の中小政党の連立政権で、政権内部の抑止要因が働いていました。3分の1の議席を確保できていた野党や労働運動、それにメディアの姿勢も権力に対する抑止要素となっていました。
ところが、これしかないという「決める政治」を掲げて安全ベルトを外した政治は、この国をどこに連れてゆくのか。長らく自民党に投票してきた有権者たちが支持してきた自民党と、現在の政権与党は同じ政党なのか。ここが最も肝心な点です。
(聞き手=本紙・小塚かおる)
争点隠しは改憲だけではない
3年前は秘密法
2年前は戦争法
(日刊ゲンダイ)2016年6月14日
悪辣なペテン政権が企んでいる庶民苛めのメニューはこれだけある
「2年前の2014年の総選挙の時とまったく同じ手法です。選挙では消費増税先送りなどの有権者受けする政策や、アベノミクスの是非を争点にし、大人げなく野党を批判する。そうやって選挙に大勝した安倍首相が何をしたか。全権委任を得たとぱかりに、選挙戰ではほとんど触れなかった戦争法に邁進したじゃないですか。アベノミクスは何年経っても『二道半ば』で、逃げ水みたいなものです。経済とアベノミクスを隠れみのにして、選挙で多数派を得たら、国民にとっては寝耳に水の軍国化政策を推し進める。それが安倍政権の手口なのです」(政治学者・五十嵐仁氏)
問われる「言葉」 参院選の本当の争点
(東京新聞【こちら特報部】)2016年6月15日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2016061502000143.html
東京都知事の金銭疑惑に注目が集まる中、参院選まで一カ月を切った。立憲主義、経済政策など争点が浮上している。しかし、その前提が本当の争点ではないか。それは言葉だ。何を公約しても、容易に覆されれば、公約は何の意味もなさない。安倍政権の消費税増税の再延期決定は、その典型例だ。だが、同政権の支持率は依然、高い。今回の選挙は、有権者が自らを問う機会でもありそうだ。
(木村留美、三沢典丈)
首相の約束次々と変節
消費税 TPP 汚染水…
「これまでのお約束とは異なる新しい判断だ」
安倍首相は一日、来年四月に予定していた消費税増税を二〇一九年十月に再延期することを宣言した。
首相は一四年十一月、一度目の増税延期を決断した際、「十八ヵ月後さらに延期するのではないかといった声があります。再び延期することはない。ここで皆さんにはっきりとそう断言いたします。(中略)景気判断条項を付すことなく確実に実施します」と語り、翌月の総選挙に臨んだ。
その「断言」を覆すならば、再び総選挙で信を問わねばならない。だが、「新しい判断」という言い回しで回避した。「参院選を通して国民の信を問う」と言ったが、参院選では、その後の国会で新たな首相指名はない。政治家にとって命とも言える「言葉」。増税再延期の宣言は、その空洞化を如実に示した。
そうした信を伴わない首相の言葉は、これまで何回も繰り返されてきた。
第一次安倍政権時代の○六年十二月、原発の全電源喪失について、首相は
「(日本で海外の事故事例と同様の)事態が発生するとは考えられない」と野党議員の質問主意書に対して答弁。だが、この答弁は福島原発事故で覆された。
○七年七月の参院選では「消えた年金」問題で、首相は「最後の一人まで記録をチェックして年金を支払う」と公約した。だが、昨年九月時点で、消えた分の年金名義は約六割が確認されたにとどまっている。
第二次政権以降も、自民党は一二年十二月の衆院選の公約で環太平洋連携協定(TPP)について「聖域なき関税撤廃を前提にする限り、交渉参加に反対する」と掲げた。
党総裁の首相は一三年二月に訪米し、オバマ大統領と会談した後、「『聖域なき関税撤廃』が前提ではないことが明確になった」と胸を張った。
だが、昨年十月に大筋合意された内容では「聖域」のコメなど重要五項目の五百九十四品目うち、約三割で関税が撤廃された。
今年四月、国会でこの点を野党から追及されると「私自身はTPP断固反対
と言ったことは一回もない」と言い放った。さらに「国益にかなう最善の結果を得ることができた。国民との約束は守ることができた」と自画自賛した。┐(´д`)┌
一三年九月には、東京五輪招致がかかった国際オリンピック委員会(IOC)総会で、福島原発事故による高濃度汚染水問題について、首相は「状況はコントロールされている」「汚染水の影響は福島第一原発の港湾内〇・三平方㌔㍍の範囲内で完全にブロックされている」と明言した。
しかし、東電側はこの直後、「今の状態はコントロールできているとは思わない」と発言を否定。今年になっても、凍土遮水壁の凍らない部分に追加工事が必要というような状況だ。
「新しい判断」ルール破り
民主主義の根幹は「信託」=「信頼」
公約違反は、自民党のみの話ではない。○九年の総選挙で誕生した民主党政権にも当てはまる。選挙で当時の鳩山由紀夫代表は消費税について「今後四年間は上げない」と訴えて大勝。政権交代を果たしたが、野田佳彦首相は一二年、一八〇度方針転換し、消費税増税で自公と合意した。
もっとも、その直後の総選挙で民主党は大敗し、公約違反の責めを負った。
ここで原点に戻りたい。そもそも、政治の言葉はなぜ信を伴うのか。千葉大の小林正弥教授(政治学)は「議会制民主主義の根幹にある概念が信託、つまり信頼だからだ」と語る。
議会制民主主義では有権者が政府に権力を信託した上で、選挙で選ばれた代表者が議会で政策を決定する。「政治家の公約や約束が虚偽や間違いなら、厳しい批判を受け、次の選挙で落選する。これが民主主義の基本的なシステムだ」
ところが、重ねて言葉を覆しながらも、安倍政権の支持率は高い。共同通信社が今月一、二日に実施した全国電話世論調査でも、内閣支持率は49・4%だ。
なぜか。小林教授は「憲法などを無視した安保関連法の成立で、日本は本当の民主主義国ではなくなった。マレーシアやシンガポール、東欧各国などと同じ疑似的民主主義国になってしまった。その反映と言える」と話す。
こうした国々では、権力側か選挙時期も自由に決められる。メディアもコントロールされ、政権批判をしないため、選挙では基本的に与党側か勝つという。
小林教授は「日本では形式的にはまだ選挙がある。国民はメディアが以前のように多様な意見を紹介していると信じて、本当の民主主義を失ったことに気づいていない。政権の高支持率はそんな有権者の意識を投影している」と説明する。
立教大の西谷修特任教授(比較文明学)は日本人の民族性を「長所でも欠点で
もあるが、ほとんどの一般人は政治に関心がない。記憶が薄れるのも早く、安倍政権の公約違反も、国民は覚えていない」と語る。
だが、その裏では国民に深刻な危機感が伝わらないよう、政治に無関心な多数派に訴えかける巧みな広報戦略があると指摘する。
「国会の論戦が好例だ。野党側の追及に対し、首相の反論がどんなに非論理的でも、その反論部分だけがクローズアップされて報じられる。そうすると、一般の視聴者には、首相の非論理的な答弁も、強さと自信の反映に見えてしまう」
西谷教授は「現在の危機は根深い」とみる。金融崩壊や、紛争地に派遣された自衛隊が泥沼にはまる事態に陥れば、日本社会は崩壊しかねないと言う。「『新たな敗戦』を迎えないと、国民は社会の危機に気づかないかもしれない」
安保法歯止めも覆る恐れ
実際、首相が増税再延期で使った「新しい判断」という言い逃れがまかり通るようになれば、それは戦争に直結しかねない。
安保関連法の審議では、野党の「米国の戦争に巻き込まれる」という懸念に対し、政府はさまざまな「歯止め」を約束した。だが、「新しい判断」の一言でそれらは覆されかねない。
西谷教授は「このまま参院選で与党が勝てば、ウソがまかり通る政治に、何の歯止めもかからなくなる」と危機感を募らせる。
前出の小林教授も有権者の課題をこう訴える。
「これだけ公約を破り続けた上、次の参院選でも与党が勝てば、日本はますます独裁国家に近づく。民主主義を回復させるために、有権者自身が政治における言葉の価値をいま一度確認すべきだ。日常生活に置き換えて、自分をだましてきた人とそのまま取引が続けられるか否か。有権者にも果たすべき責任がある」