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2016-05-27 23:10:24

暴虐

テーマ:社会・事件


全国の米軍関係者の刑法犯検挙件数

在日米軍犯罪・事故 21万件 1952~2010年度
日本人1088人 犠牲に
赤嶺氏に資料 軍事が人権押しつぶす

(しんぶん赤旗)2011年9月8日
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-09-08/2011090801_01_1.html
米軍による国内の事件事故件数と日本人死亡者数


沖縄で繰り返される米軍犯罪

https://youtu.be/lGzaU1zEnrw


沖縄・怒りの事件簿
(東京新聞【こちら特報部】)2016年5月26日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2016052602000139.html
 伊勢志摩サミットの直前に起きた沖縄での米軍属による女性会社員(20)の遺体遺棄事件。沖縄県民の激しい怒りは、過去の事件の記憶に根ざしている。本土復帰以来、米軍人や軍属らによる強姦(ごうかん)事件は未遂を含めて、検挙された分だけで百件を優に超える。殺人や強盗事件も数多い。事件のたび、日米両政府は「綱紀粛正」「再発防止」を口にした。それが「儀式」でしかなかったことは現実が物語っている。
(池田悌一、三沢典丈)

沖縄・怒りの事件簿_1

解決策 基地撤去のみ

 今回の事件で噴き出した県民の怒りの底には、長い屈辱の堆積がある。
沖縄県警の統計などによると、本土に復帰した一九七二年五月十五日から昨年末までの間、同県内での米軍人や軍属、その家族による犯罪は、検挙されたものだけで約五千八百件。うち殺人、強盗などの凶悪犯罪は五百七十四件(七百四十一人)に上る。内訳は殺人が二十六件(三十四人)、強盗が三百九十四件(五百四十八人)、強姦が百二十九件(百四十七人)だ。
 もちろん、米軍絡みの犯罪に返還前と返還後の区別はない。戦後、一貫して県民に降りかかってきた。
 今回の女性遺体遺棄事件同様、人びとの印象に強く残る性犯罪での主な事例は以下の通りだ(被害者の年齢などは発生当時)。

 一九五五年九月、幼稚園児(六つ)
 嘉手納村(現嘉手納町)で、強姦され、下腹部を刃物で切り裂かれた幼女の遺体が見つかった。犯人には軍法会議を経て、懲役四十五年が下された。

 六六年七月、飲食店従業員(三一)
 金武村(現金武町)の下水溝で、全裸の女性の他殺体が発見された。帰宅途中に脱走中の米兵に殺害されたと分かったが、容疑者は捕まらなかった。ベトナム戦争当時で、飲食店の女性従業員が米兵に殺され忝事件が多発した。

 七三年三月、四十代の飲食店従業員
 コザ市(現沖縄市)で、全裸の女性絞殺体が発見された。地元署と米軍の捜査で容疑者が特定されたが、逮捕されず、二ヵ月後に除隊、帰国した

 八五年十月、四十代の女性
 名護市で暴行目的の米兵に襲われ、抵抗して絞殺された。犯人はその後、逮捕された。旧金武町で二人の米兵に車で拉致されたうえ、強姦された。二人は県警に現行犯逮捕された。

 九五年九月、女子小学生(一二)
 本島北部で、海兵隊員二人と海軍兵一人に粘着テープで顔を覆われ、手足を縛られた状態で車に押し込まれ、強姦された。米軍は身柄引き渡しを拒んだが、起訴後、身柄は日本側に。懲役六年六月から七年の実刑判決を言い渡した。

 二〇〇一年六月、二十代の女性
 北谷町で女性が嘉手納基地所属の軍曹に強姦された。懲役二年八月。

 〇八年二月、女子中学生(一四)
 北谷町で海兵隊員がわいせつな行為をした。犯人は逮捕されたが、被害者が告訴を取り下げ、那覇地検は不起訴。米軍法会議は暴力的性行為などの罪で禁錮四年の判決を下した。

 一二年十月、飲食店勤務の女性
 本島中部で帰宅途中に強姦された。沖縄県警は海軍の二人を集団強姦致傷容疑で逮捕。那覇地裁で、懲役十年と九年の有罪判決が言い渡された。

 一六年三月、四十代の女性観光客
 那覇市で海軍兵にホテルに連れ込まれ、暴行された。県警は米兵を準強姦容疑で逮捕した。

沖縄・怒りの事件簿_2

お決まり「綱紀粛正」「再発防止」

 度重なる米軍関係者による凶悪犯罪。それが根絶しない一つの要因は日米地位協定という大きな壁だ。
 同協定は日米安保条約に基づき、一九六〇年に締結された。米軍人や軍属が事件などを起こした場合、公務中なら裁判権は米側に優先的にあると定める。公務外であっても、基地に逃げ込み、身柄が米側にあれば「日本側が起訴するまでの間、米側か引き続き拘禁する」と規定している。
 今回の事件は公務外で、県警が先に容疑者(軍属)の身柄を確保した。だが、裁判権の不平等性は再三指摘され、そめ壁はいまも立ちふさがっている
 九五年九月の米兵による少女暴行事件では、米軍側が容疑者の米兵の身柄引き渡しを拒否。翌月の抗議の県民総決起大会には八万五千人が集まり、日米地位協定の見直しを要求した
 当時の村山内閣は、与党の社会党の久保亘書記長が「地位協定を見直す立場に立って努力を開始しなくてはならない」と表明。自民党の武藤嘉文総務会長も「改定に取り組む姿勢を示す必要がある」と述べた。
 しかし協定を見直さなくても「捜査は十分できる」(河野洋平外相)などの意見が政府内で勝り、・改定にはつながらなかった。
 ただ、日米両政府は同年十月、殺人や強姦などの凶悪犯罪については、米側か起訴前の身柄引き渡しに「好意的な考慮を払う」という協定の運用見直しで合意した。だが、裁量は米側に委ねられており、抜本的な改善にはなっていない
 二〇〇八年二月の米海兵隊員による女子中学生暴行事件では、当時の仲井真弘多知事が翌月、米軍基地を抱える都道県でつくる渉外知事会会長の松沢成文神奈川県知事とともに、政府に協定見直しを要請した。
 しかし福田康夫内閣の高村正彦外相は「調査する」と答えるにとどめ、福田首相は後日、記者団に「協定を改定したら、こういう事件がなくなるのかね」と否定的な考えを示した。
 協定改定を選挙公約に掲げ、政権を担った民主党も動きは鈍かった。飲食店の女性が強姦された一二年の事件で、野田佳彦首相は「あってはならないこと」、森本敏防衛相も「綱紀粛正の措置を米国に迫る」と言うにとどまった。
 今年三月の女性観光客暴行事件でも、菅義偉官房長官は会見で「米国に再発防止と綱紀粛正を申し入れた」と「常套句(じょうとうく)」を繰り返したが、地位協定の見直しには触れなかった
 名護市辺野古の金城武政さん(五九)は一九七四年、米兵に母親を殺害された。母親が営んでいたバーに米兵が押し入り、わずか二十㌦のために命を奪われた。
 金城さんは「母はブロツク片で虫けらのように殺された。米軍から謝罪の言葉はなく、日本政府からの対応もなかった」と憤る。
 今回の事件について「母が殺されて四十年以上になるが、米軍関係者による事件は繰り返されている。いくら米軍に『綱紀粛正を図る』と言われても、全く信じられない」と語る。
 「このような悔しさを二度と味わわないためには基地を撤去するしかない
 沖縄の市民団体「(基地・軍隊に)合意してないプロジェクト」のメンバーである琉球大の阿部小涼教授(カリブ海域研究)は「軍隊は構造的な暴力組織だ。殺人訓練を受けてきた兵士が、基地の中にその能力だけを置いて、フェンス外に出てくることなどできるはずがない」と指弾する。
 「事件を容疑者個人の資質に帰したり、監視カメラの設置といった対策に議論を終始させてはならない。米軍関係者から性犯罪の被害に遭ったものの、公言できずに泣き寝入りしている女性は大勢いる。唯一の解決策は、米軍を沖縄から完全に撤退させることだ

沖縄・怒りの事件簿_デスクメモ



沖縄米軍基地 撤去しかない
女性遺体遺棄事件
悲劇繰り返すな
(しんぶん赤旗)2016年5月24日

 元米海兵隊員の米軍属による女性遺体遺棄事件を契機に、沖縄県内で「全基地撤去」の声が急速に高まっています。戦後、基地あるがゆえに米軍の凶悪犯罪にさらされ、生命・財産を奪われてきた県民はもはや、形ばかりの「綱紀粛正」では納得しません。
(竹下岳)

沖縄米軍基地 撤去しかない 悲劇繰り返すな

「綱紀粛正」策20年間効果なし

 「綱紀粛正、徹底した再発防止策というのはこの数十年、何百回も聞かされたが、現状は何も変わっていない」。23日、沖縄県の翁長雄志知事は首相官邸で安倍晋三首相に憤りをぶつけました。
 1995年9月に沖縄本島で発生した米兵3人による少女暴行事件を契機に、県内では基地の整理縮小・撤去を求める声が噴出します。しかし、日米両政府は普天聞基地辺野古「移設」=新基地建設とセットで、「再発防止」策で乗り切る方針を取りました
 当時、米軍は「良き隣人」政策をけん伝。外務省は米兵を対象にした研修プログラムを設けました。しかし、2000~01年に米海兵隊員による女子中高生らに対する強制わいせつ事件が続発。今年3月には米海軍兵による女性観光客への暴行事件が発生しました。その際も米軍司令官は「綱紀粛正」を明言しましたが、その具体策もまとまらないうちに今回の最悪の事件が発生したのです。
 これまで米軍は事件・事故が発生した際、「リバティ政策」と呼ばれる深夜の外出規制や基地外の飲酒禁止などを行ってきました。しかし、今回の事件は夜8時すざに一般公道で発生しています。また、容疑者は事件当時、米軍属でした。軍属を対象にした綱紀粛正策が取られたことはありません
 兵士を対象にした教育についても、県当局から「形式的に行われている疑義がある」(23日の県議会特別議会、謝花喜一郎公室長)との指摘が出ています。
 これまでの「綱紀粛正」策に何の実効性もなく、基地撤去以外に再発防止策がないことは明らかです

根源に侵略部隊・海兵隊の存在

 県によれば、沖縄には2万6883人の米兵が駐留し、うち57・2%に該当する1万5365人が海兵隊です(15年3月現在)。今回、事件を起こした軍属も元海兵隊員です。
 95年の少女暴行事件など、これまでも数々の凶悪犯罪が海兵隊によって繰り返されてきました。その背景として指摘されているのが、海兵隊員は真っ先に敵地に殴り込むため、敵の殺傷を想定した訓練を繰り返し、「殺人マシン」に仕立てられることです
 報道によれば今回の事件の容疑者も、見ず知らずの女性を棒で殴り、首を絞め、刃物で刺すなど残虐性が際立っています
 また、在沖縄海兵隊の実動部隊は基本的に、UDP(部隊展開計画)と呼ばれる制度に基づき、米本土やハワイから6ヵ月単位で沖縄に交代配備されます。このため、教育の徹底が困難であるという構造的な問題があります。翁長知事も23日、「ゼロからの教育になる」と述べています。
 26日の県議会本会議では、今回の事件の意見書案として、在沖縄海兵隊「撤退」が与党案として提案されます撤退が実現すれば諸悪の根源が取り除かれ、辺野古の米海兵隊新基地を建設する必要もなくなります

県民が望んだ基地一つもない

 現在、沖縄県には国土面積O・6%に対して約74%の米軍専用基地が集中しています。この中に、沖縄県民が望んで誘致した基地は一つも存在しません
 県民は60年代の祖国復帰闘争で「基地のない平和な沖縄」を望んでいました。しかし、日米両政府は米軍の基地権維持を前提とした復帰を決め、71年の沖縄返還協定で沖縄への日米安保条約適用・大半の基地存続を盛り込みました。その結果、復帰後も基地あるがゆえの事件・事故が繰り返されてきたのです
 この基地付き返還」こそが、今回の女性遺体遺棄事件の原点です。戦後71年にわたって沖縄に基地を押し付けてきた日米両政府は「第2の容疑者」(琉球新報22日付)です。
 犠牲になった女性は今年、成人式を迎えたばかりでした。95年の少女暴行事件後に生まれ弯っだ世代です。「あの時、全基地を撤去していれば、こんなことにはならなかった…」。オール沖縄共同代表で、米軍の性暴力に取り組んできた高里鈴代さんは悲痛な面持ちで語ります。
 本土復帰以来の県民の願いであるすべての基地撤去を今こそ進める責任が、日米両政府にはあります。



沖縄県公文書館収蔵資料に見る日米安保50年
~「密約」をめぐる米側解禁文書を中心に~
http://www.archives.pref.okinawa.jp/publication/ondmnd/nakamoto2009.pdf


日米地位協定:不平等な理由と沖縄の負担

https://youtu.be/mpuMhG_y-Mc


いま考える『日米地位協定』沖縄と本土のどうしようもない“溝”

http://dai.ly/x2v4b0p
戦後70年とひとくくりで言いますけれども、考えてみれば 沖縄 27年間の空白、それは「アメリカの統治」ということになります。
日本国の憲法に守られることなく、軍の用地の接収から、あるいは米軍の兵士が起こす事件・事故 こういった事に泣き寝入りをせざるを得なかった流れもその中に含まれる。
そして、もうひとつみるべきは、『日米地位協定』の大矛盾、不条理であります。これを山口アナウンサーが特集としてお届けします。


そもそも日米地位協定の本質って何?

https://youtu.be/3rN3W9hFU3E



本当は憲法より大切な
「日米地位協定入門」

http://www.sogensha.co.jp/booklist.php?act=details&ISBN_5=30052
本当は憲法より大切な 「日米地位協定入門」
より
156頁

基地を使用する権利ではなく、米軍を日本国内とその付近に「配備する」権利

 日本全国どこにでも米軍基地をおけるとする「全土基地方式」の根拠となっている条文は次のとおりです。まず旧安保条約のもとでは、
 「日米安保条約(旧) 第一条
 平和条約およびこの条約の効力発生と同時に、アメリカ合衆国の陸軍、空軍および海軍を日本国内およびその附近に配備する権利を、日本国は、許与し、アメリカ合衆国は、これを受諾する。(略)」
 「日米行政協定 第二条 1項
 日本国は、合衆国に対し、安全保障条約第一条にかかげる目的の遂行に必要な基地の使用を許すことに同意する。(略)」

 次に一九六〇年に改定された新安保条約のもとでは、
 「日米安保条約(新) 第六条
 日本国の安全に寄与し、ならびに極東における国際の平和および安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍および海軍が日本国において基地を使用することを許される。(略)」
 「日米地位協定 第二条 1項(a)
 合衆国は、日米安保条約第六条の規定にもとづき、日本国内の基地の使用を許される。(略)」

 となっています。なぜ現在効力のない旧安保条約の条文まで読んでいただいたかといえば、ごらんのとおり、旧安保条約では「米軍が日本国内の基地を使用する権利」ではなく、「米軍を日本国内およびその付近に配備する権利」となっているからです。何度もくり返すようですが、これが現在の日米安保条約と日米地位協定の本質なのです。

 これまで見てきたとおり、日米安保関係の条約や協定は、オモテの条文は変わっても、ウラでその権利が受けつがれていることが多い。そしてQ&A⑥で見たような現状は、「米軍は基地使うことを許される」という協定からはとても理解できないものです。ほかの国で、米軍ヘリが現地の住民をターゲットにして演習を行なうなどということがありえるでしょうか。
 つまり、アメリカがもっている権利は、「日本とその周辺に米軍を配備する権利」ですから、「日本国の安全と、極東における平和と安全」のために必要だとアメリカがいえば、日本国内でどんな演習が行なわれても、どんな基地がほしいといわれても、部隊が自由に国境を越えて移動しても、日本側は断ることができないのです

日米合同委員会というブラックボックス

 アメリカから新しく基地がほしいと言われた場合、その場所をどこにするかについては、「日米地位協定 第二条1項(a)」の後段にこう書かれています。
 「個々の基地に関する協定は、第二五条に定める合同委員会を通じて両政府が締結しなければならない」

 その第二五条はというと、
 「日米地位協定 第二五条
 1項 この協定の実施に関して(略)協議機関として、合同委員会を設置する。合同委員会(略)、合衆国が日米安保条約の(略)遂行にあたって(略)必要とされる日本国内の基地を決定する協議機関として、任務を行なう。
 2項 合同委員会は、日本国政府の代表者一人および合衆国政府の代表者一人で組織し、各代表者は、一人または二人以上の代理および職員団を有するものとする。(略)
3項 合同委員会は、問題を解決することができないときは、適当な経路を通じて、その問題をそれぞれの政府にさらに考慮されるように移すものとする」
 つまり、米軍を日本に配備するにあたって、基地の場所の決定だけでなく、地位協定関係の問題をすべて引き受け、協議するための機関が日米合同委員会だということです。
 この日米合同委員会についてはQ&A⑩(⇒263ページ)を見ていただきたいのですが、その設立の経緯から考えても、会議の席上、日米に意見の対立があった場合、最終的にはつねに日本側が譲歩して合意してきたということが容易に想像できます。しかも、そうしてつくられた「合意」は、基地周辺の住民の生活と安全に大きな影響をあたえるにもかかわらず、原則として非公開とされているのです。いわば日米合同委員会は、日米が対等な外交交渉を行なっているフリをするためにつくられたブラックボックスだといえるでしょう

「全土基地方式」を言いたしたのは、意外にもマッカーサーだった

「全土基地方式」という発想を言いだしたのは、皮肉なことにそれまで日本に軍備はいらないといっていたマッカーサーでした。沖縄に強力な空軍基地と戦術核兵器があれば、日本の本土は戦力放棄でいい。そうした構想のもとで、彼は憲法第九条の平和主義を書いたわけです。
 沖縄の大きな空軍基地、イメージとしては嘉手納基地(162ページ)を思い浮かべてもらえばいいのですが、あそこは地下通路で広大な弾薬庫(嘉手納弾薬庫)とつながっています。そうした嘉手納のような基地に強力な空軍をおき、隣接する弾薬庫に戦術核兵器を貯蔵しておけば、当時の仮想敵国であるソ連の軍事力にじゅうぶん対応できる。だから日本本土には米軍基地はいらないという考えだったのです
 ところが一九五〇年の六月になって、そのマッカーサーが「全土基地化」と言いだした。
 「沖縄」ではなく、「日本全体」の全土基地化と言いだしたわけです。
 それはなぜかといえば、その前年には中国大陸で共産主義国である中華人民共和国が誕生しており、朝鮮半島でもあきらかに緊張が高まっていた(事実、マッカーサーの「全土基地化」発言の二日後、六月二五日に朝鮮戦争が始まっています)。そこでアメリカとしても、やっぱり沖縄だけじゃなく、本土にも基地は必要だという考えが主流になっていました。日本の占領終結(講和条約の締結)がなかなか進まなかったのも、本土の基地はどうしても必要なのだから、占領をつづけることで使えばいいじゃないか、という米軍部の強い意向があったからなのです。

 そうした状況のなかで、マッカーサーは自分だけが日本本土に基地を置くことに反対しつづければ、孤立してしまうと思うどうになりました。そんなときにダレスから、「日本の本土に基地を置くことについて、少し考えに磨きをかけてはいかがでしょう」と水を向けられたわけです。そこでマッカーサーは、講和後の日本の安全保障について書いた一九五〇年六月のメモのなかで、「日本全土が防衛作戦のための潜在的基地とみなされるべきである」と書いた。
 ここからは推測になりますが、なぜそれまで本土に基地はいらないといっていたマッカーサーが、一足飛びに「日本全土が潜在的な基地であるべきだ」となってしまったのか。それはやはり核戦争という問題が大きかったと思います。

 マッカーサーの頼みの綱は沖縄でした。沖縄に強力な空軍と戦術核をおけば、本土には基地がなくても大丈夫というのが彼の基本構想だった。しかし一九四九年にソ連が核実験に成功したあとは、相手が核で攻撃してきた場合に基地が一ヵ所だけでは、すぐにやられてしまう。もし沖縄が攻撃されて使えなくなった場合にそなえて、やはり本土の複数の場所に基地をおいて核兵器を配備できるようにしておく必要があると考えたのだと思います。
 そこでさきほどのべたとおり、マッカーサーは一九五〇年六月には、日本全土を防衛作戦のための潜在的基地とみなさなければならないという提案をし、それを受けたワシントンも、その提案を日本との講和条約を進めるにあだっての基本方針とする。そして同じ年の一〇月に国防省のなかで、きたるべき日本との講和交渉で示すべき安全保障協定の草案が作られ、そこにマッカーサーの「全土基地化」構想が盛りこまれる。
 その延長線上に出てきたのが、あのダレスの有名な発言、講和交渉の根本的課題は「われわれが望む数の兵力を、(日本国内の)望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を確保することである」という発言だったわけです。核戦争の時代に、ソ連との戦争が長期化した場合には、核を使った非常に大きな破壊に備えるために日本全土を要塞化するという構想だったと思います。
 冷戦も終わり、東西で本格的に核を撃ちあうような戦争が想定しづらい現在、「全土基地方式」を考えなおすべきであることは、言うまでもないことです。

安保村の狙いは「全自衛隊基地の共同使用」

 ただ現時点では、この「全土基地方式」という考えが、形を変えて浮上してきています。Q&A③にもあるように、近年すっかり予算のなくなった米軍は、いろいろな手を使って日本に負担を押しつけようとしています。
 その代表的な例が、富士山のふもとにある東富士演習場です。ここはもともと米軍基地でしたが、一九六八年に日本に返還され、自衛隊基地となりました。しかし、本書ではくわしくのべませんが、日米地位協定の条文(第二条4項b:⇒338ページ)を拡大解釈することで、基地の経費を日本側に負担させながら、米軍の演習は以前と変わらず大規模に実施できるという状態になっています。
 安保村の論客のなかには、今後はこの日米地位協定・第二条4項b(2‐4-B)を使って、「全自衛隊基地の共同使用」を実現することが目標だと指摘する人たちもいます

 「米軍基地返還」⇒「全自衛隊基地の共同使用」⇒「米軍の永久駐留と駐留経費の大幅削減」

 というわけです。これによって進行するのは、いわゆる「本土の沖縄化」以外の何物でもあ
りません。
 一方、沖縄からは、安保条約と地位協定は日本がアメリカに提供する基地を定めていないのだから、基地を沖縄に固定しなければならない根拠はなく、本土も当然その負担を担うべきだという声があがっています。
 長いあいだ、本土は安全保障問題をアメリカに丸投げし、その代償である基地の負担を沖縄に担わせつづけてきました。もはやそういう時代は終わりにきています
(明)



○●○●○●○



核保有国を代弁 禁止条約に背
被爆国政府の恥ずべき態度
(しんぶん赤旗)2016年5月24日
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2016-05-24/2016052404_01_1.html
 27日のオバマ米大統領の広島訪問まで1週間を切りました。核兵器を実戦で唯一使用した米国の大統領として被爆地・広島を初めて訪れるオバマ大統領。「核兵器のない世界」の実現に向けた被爆国日本の態度が厳しく問われる局面です。(山田英明)

核保有国を代弁 禁止条約に背 被爆国政府の恥ずべ

オバマ広島訪問で問われるもの

 137(賛成)対24(反対)対25(棄権)。国連に加盟する193カ国のうち、約7割の国が賛成する核兵器禁止条約の交渉開始を求める国連決議(「国際司法裁判所の勧告的意見のフォローアップを求める決議」)。日本は棄権した25カ国のうちの一つです(図)。
 核保有国の米、ロ、英、仏、中はこの決議を含む、一連の核兵器禁止条約の交渉開始を求める決議の大部分に反対もしくは棄権しています。(中国は「国際司法裁判所の勧告的意見のフォローアップ決議」などに賛成)
 日本が同決議に棄権したのは、1996年にマレーシアが中心となって国連総会に同決議を提案してから昨年まで20年連続マレーシアやメキシコ、オーストリアなど経済規模では日本よりも小さい国が国連では核廃絶を真正面から主張し、議論をリードしています
 核兵器禁止条約の交渉開始が世界のすう勢となるもとで、核兵器廃絶に背を向ける被爆国日本政府の姿勢が際立っています

廃絶妨げる態度

 なぜ、日本政府は核兵器禁止条約の交渉開始に背を向けるのか―。その根底にあるのは、「核兵器廃絶への近道は、漸進的な手法(段階的アプローチ)による現実的で効果的な方法だ」(2月23日、政府代表の発言)との考えです。「核抑止力」論に立つ核保有国が持ち出す理屈と同じです。
 ジュネーブで2月、5月に開かれた核兵器廃絶にむけた国連の作業部会では、大多数の国が核兵器禁止条約の必要性を主張しました。
 もとより核兵器保有国はこの作業部会に参加していません。作業部会で「漸進的な手法」を主張することで、核兵器保有国の意見を代弁し、核兵器禁止条約の交渉開始を妨害したのは日本政府でした
 会合をウオッチする民間団体の5月11日付リポートは、日本政府が、作業部会は法的事柄を判断する場として適当ではないと主張したと指摘しています。
 日本政府の代表はこの会合で、北朝鮮による核・ミサイル開発問題を取り上げ、「核軍縮を考えるときには、北東アジアの安全保障環境を考慮しなければならない」(日本政府提出の第22作業文書)と主張。核兵器禁止条約の交渉開始については、「安全保障環境を見ると、われわれはいまだそのステージに立っていない」(2月23日の日本政府代表の発言)と拒否しました。
 米国の核の傘の下で、いざというときに米国の核兵器に守ってもらわなければいけないから、核兵器禁止条約の交渉開始は時期尚早だという姿勢です
 核軍縮の部分的措置の積み重ねだけでは「核兵器のない世界」には到達しません
 インドやパキスタンなど新たな核保有国の誕生や北朝鮮による核・ミサイル開発問題などを見れば、この「漸進的な手法」が、核廃絶を永久に先送りし、実質的な前進を作り出せなかったことは歴史的な事実が証明しています

迫る現実的危険

 日本政府が2013年12月17日に閣議決定した国家安全保障戦略は、それまでの戦略にあった「非核三原則」を「堅持する」との文言を削り、「核兵器の脅威に対しては、核抑止力を中心とする米国の拡大抑止が不可欠であり、その信頼性の維持・強化のために、米国と緊密に連携していく」と打ち出しました。
 15年4月27日に日米両政府が合意した新「日米軍事協力の指針」(ガイドライン)は、「日本は、『国家安全保障戦略』及び『防衛計画の大綱』に基づき防衛力を保持する。米国は、引き続き、その核戦力を含むあらゆる種類の能力を通じ、日本に対して拡大抑止を提供する」と明記。その新ガイドラインを具体化する安保法制=戦争法が3月29日に施行されました。
 「核抑止力」論に固執し、米国の「核の傘」によってたつのが日本政府の姿勢です。
 ところが、この“いざというときに米国の核兵器によって守ってもらう”という姿勢が現実的危険をもたらしています。
 米国防総省が、昨年公開した歴史書の中で、沖縄の日本復帰後も「米国は…危機の際に核兵器を再持ち込みする権利を維持している」と明記していることが分かりました。米国が日本との核密約を認め、今なお沖縄を核基地として使用する権利を持っていると明示したものです。
 将来的に米側が再配備を主張した場合、これを拒否できる法的根拠はありません沖縄が核攻撃の拠点として使用されたら、被爆国日本が核戦争の足場にされる危険があります。「核の傘」頼みのツケが現実の核戦争の危険として迫っています

交渉の促進こそ

 日本政府は、「核抑止力」論をきっぱりしりぞけ、被爆国にふさわしい外交へとかじをきるべきです。核兵器廃絶を主題にした交渉の先頭に立つべきです。
 被爆者はオバマ氏の広島訪問にあたって、「筆舌につくせない生き地獄を体験した被爆者の話を聞き、被爆の実相、被爆資料などに直接触れることを強く要望します」(18日、日本原爆被害者団体協議会の要望書)と求めました。「核兵器を使用しないことが人類の利益であり、核兵器の不使用を保証できるのは、核兵器廃絶以外にあり得ない」という強い思いからです。
 核兵器の非人道性、残虐性を自らが体験した唯一の被爆国として、核兵器保有国を核兵器禁止条約の交渉のテーブルにつかせることこそ日本政府に求められています


墓の中身は空っぽじゃ
墓の中身は空っぽじゃ
夫も息子も帰ってこんじゃった。
探し歩いた私や娘まで 原爆症で寝込んでしもうた 夫と息子は 生きとるのか死んどるのか 分からん者の葬式は 出せんのじゃ。
しとうもない。
墓の中身は空っぽじゃ。

「原爆に夫を奪われて」

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