B・J | 中山昌亮のカタコト語り

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告知です。

少年チャンピオンの広告で既に御存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、今年の9月売りの週刊少年チャンピオン41号より、手塚治虫先生のメジャータイトル『ブラックジャック』に挑戦させて戴きます。

脚本は『寄生獣』『ヒストリエ』でお馴染みのベテラン漫画家、岩明均さんです。

このお話自体は2年前からあったのですが、正直申しまして最初は悩みました。

メジャータイトルのリメイクというかカバーというか、そういった作品は誰もが知っているからコマーシャル性があり、露出に有利という強みがありますが、その反面非常にリスクが高いので、結構考え込みました。

浦沢直樹氏のプルートゥが成功した直後に、同じ手塚先生の作品であるブラックジャックを手掛けるのは、いかにも二匹目のドジョウ狙いっぽいし。
『中山も安易な方向に流れたか』
などと勘ぐられてもツマランなぁ…とか、
それよりも何よりも、読者百人いたら百様のブラックジャック像というものが確実にあるワケなので、どう描いたところで読者の不満は生じるだろう…というハードルの高さを前に、どうしようもない葛藤がありまして、正直言ってこの話は断る寸前で揺れていました。

ところが、編集長から話を聞いたところ、岩明さんが今回のブラックジャックのストーリーを思い付いた時、ヒストリエの進行も大変だったけれど、どうしてもブラックジャックのシナリオを書いてしまわなくてはヒストリエも進められなくなる…と、アフタヌーンの編集に内緒で、隠れてブラックジャックを書き上げたらしいのです。
そしておまけに、
『中山昌亮さんにならお任せしたい』
と言ってくれたと聞いて、思わず熱い想いが『ぶわーっ!!』っと自分の中に吹き上がってきてしまって、気付くとお話を引き受けていたワケです。

後日実際に岩明さんと初めてお会いした時に、その感激をお伝えしたところ、ご本人はキョトンとしていたので、『中山さんになら…云々』の事は、どうやら編集部の僕に対するリップサービスもしくは戦略だった様ですけど(笑)、今となってはそれはどうでも良い事で、一旦火の点いた創作欲をどうしていこうか…と、岩明さんと酒を酌み交わしながら話し合いました。

これは余談なのですが、僕がデビューした直後の数十年前から、何故か僕が岩明さんのアシスタント出身という噂をチラホラ聞きますが、岩明さんはアシスタントを使わずにズッとお一人で仕事をされている方ですので、その噂は事実無根です。
僕自身アシスタントをした経験は、ヘルプで新井英樹さん、高橋のぼるさん、田中政志さん、飯坂友香子さんのところにスポットで行っただけで、全部足しても1週間にも満たないです。

余談過ぎでしたね(汗)

ブラックジャックに話を戻します。

いくら創作意欲に火が点いたとはいえ、ハードルの高さに変わりはないワケで、さてどういう心構えで作品に向かい合おうか…と襟を正して考えました。

これは、
『自分なりに解釈しました』
なんておこがましい姿勢でやっちゃいけない。
自分の解釈したブラックジャックなど読者は望んではいない。

数多いる薄っぺらで弛いカバー・バンドみたいな真似をしちゃいけない。

ブラックジャックを大切に思っている沢山の読者さんと、出来るだけ同じスタンスに立たなければ駄目だ。

そこから始める必要があったので、その姿勢がブレない様に冒頭のシーンと最終回のシーンを先ずネームにしました。

ここから岩明さんと僕が手塚先生に垣間見せて戴いたブラックジャックは始まります。

そして、それを皆さんにも違和感無く楽しんで戴けましたら存外の幸せです。


最後に、数多ある手塚先生の作品の中でも、ブラックジャックが凄いなぁ…と感じた事について話したいと思います。

よく読者さんに質問される事に、専門知識を持たずによくストーリーを描けますね?というのがありますが、

実は専門知識があるもの程、話作りが難しくなるものなんです。

何故かというと、知識がある分だけ自分の中にある常識に囚われて突飛な発想が難しくなってしまうため、出来上がった物が案外リアルではあっても小ぢんまりとしたツマラナイものになってしまう事が多いからです。

ですので僕自身は自分の得意な物をモチーフにする事を努めて避けます。

ところが手塚先生は、博士号まで持っている医療のエキスパートでありながら、専門家が見たら突っ込みどころ満載の破天荒で荒唐無稽なエピソードを、ストーリーにガンガン盛って練り込んでいくんです。
しかも毎週読み切り形式で!

これは先生の漫画家としてのエンターテイナーの部分が、御自身の専門家としての知識・常識をねじ伏せ凌駕してしまっているという事です。

文章で書いてしまえば大した事がない様に感じられるかもしれませんが、これはとんでもない事です。

『手塚治虫だから』
といえばそれまでかもしれないし
『お前の常識で手塚治虫を量るな!』
と言われれば、その通りと言うしかありませんけど、

作品の中でそれを少しでも追体験出来たら、僕は作家としても読者としても幸せだと思います。

では、駄文を長々と重ねてしまいましたが、9月に改めて作品でお目にかかりたいと思います。


中山昌亮