長編小説『遠山響子と胡乱の妖妖』6-2〈了〉 | るこノ巣

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隙間の創作集団、ルナティカ商會のブログでございます。

テーブルの下にしゃがんでいたことを忘れて立ち上がる拍子に後頭部強打……どうしたものやらヽ(;´ω`)ノ
皆様今晩は、榊真琴でございます。物凄く長くなりましたが、そしてまたキリの関係でここも長くなっておりますが、これにて『遠山響子と胡乱の妖妖』は終了でございます。長い間のお付き合い、本当にありがとうございました。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇それでは本編どうぞ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「みなさーん、時間ですよー」
 店をぷらぷらしてると、校庭を知らない声が響き渡った。マイクで喋ったのだろうか。ああ、確かに櫓の上に誰か居るわ。マイク持ってる。
「ああ、早くもエキシビションやるんだね」
 ティルカが、嬉しそうに言った。
「エキシビション?」
「ほら、アレ見てトーコ」
 鈴原さんが、校舎の方を指差した。
 校舎が、真っ白な布に覆われる。
 屋上から、係員なんだろうか数人の男? が一斉に布を垂らしたのだ。
「あれにね、毎年面白い映像を流すのよ」
「成る程。超巨大スクリーンか。でも鈴原さん、面白い映像って? 映画じゃないの?」
「映画なんて出さないわよ。毎年、内容は違うの」
「でも今年は、もう分かってるけどね」
 室井さんがうふふ、と小さく笑った。
 あれ、何かヤな予感……
 更に係員達が、校舎周辺で走り回っている。
「楽しみじゃのうトーコ」
「うわっ」
 バックアタックはないだろう杏ちゃん。吃驚だわよ。くそう、みんなは分かってるようだから笑いやがんの。
「杏ちゃん……話は終わったの?」
「うむ。私とて、いつまでもあんな社交辞令みたいな挨拶ばかりは聞きたくないからの。それよりトーコ、今の内に林檎飴を買ってくれ」
 あたしの袖を引きながら、とても嬉しそうな顔で杏ちゃんは近くの店を指差す。もうすぐ照明が落ちるからな、その前に頼む──と。何で照明が落ちるのかはまあ多分、エキシビションの為なんだろうけど。そんな顔で頼まなくたって断りゃしないんだけどな。
「あ、オレも!」
「アタシも欲しい!」
「わたしも」
「お前等はそのタコ焼き食ってからだ」
『ぶーぶー』 
 三つのブーイングをシカトして、店のおっちゃんに声をかける。
「おう、珍しいな人間のお客なんて」
「トーコというてな、私の家族じゃ」
 楽しそうなおっちゃんに、輪をかけて楽しげに杏ちゃんはそう言った。
 どうしよう、やけに嬉しい。
「こんばんは、林檎飴二つ頂戴」
「あいよ、いいねえトーコちゃん、杏様と家族かあ」
 おっちゃんは、やけに嬉しそうに言いながら大きいのを二つ、くれた。
「あれ、一個は小さくていいのに……」
「かまうなかまうな、あっしの奢りだよ。おおっと杏様、今回はお代は要りませんぜ、あっしの気分でさあ」
「ほう、そりゃあ頂こうか」
 にやり、と杏ちゃんは少し、意地悪そうな笑みになる。でも、何かとっても嬉しそうだ。
「ありがと、おっちゃん」
「おう、頑張んなよトーコちゃん」
「おう!」
 ……しまった。思わずやっちゃった。
 みんなして笑い出しやがった。
「トーコ姉ちゃんらしいや」
「格好いいわあ、流石アタシのトーコ」
「そのポーズなら、手首の所に×印付けたら一層格好いいと思うの」
 お前等……てゆーか室井さん、それは拙いだろうよ色色と。
 と、辺りがいきなり暗くなった。始まりね、と鈴原さんが言うとほぼ同時に、今度は校舎が明るく照らされる。
 周りでも、みんなの視線が校舎のスクリーンへと集まっていくのが見て取れる。
「さー皆様、今年のエキシビションは素晴らしいですよ」
 櫓に居る司会者らしき奴が、大仰に手振りを付けながら喋る。
「我らが妖の誇る【胡乱】を舞台に繰り広げられた、一夜限りの大立ち回り」
 ……をい、一寸待て。
「本邦初公開、人間も入り乱れての大活劇で御座います」
 ああ、何処からか歓声が起こってる。
 やばい、目眩してきた……
「それではどうぞ、ご覧あれー!」
 そして、スクリーン一杯に映像が映し出される──

 物凄い歓声だ。WBCだってFIFAワールドカップだってコミケだって、人数は此処より万倍多い筈なのに。桁違いの歓声が耳を劈(つんざ)く。
 どうもあたしは、めらめらと燃える火に体を焼かれながら、説教をしていたようだ。あのオッサンに差した指さえ、どろりと溶けて落ちている。カーくんの演出だろうか。けど気持ち悪いよ我ながら……
 無論【胡乱】も、ホラー映画さながらに燃えていたようだ。みんな、焼け出される人の演技上手すぎよ。あの時には、踊っているようにしか見えなかった妖達も、スクリーンというフィルターを通して見ると火に焼かれて苦しんでいる人に見える。叶ちゃん、すげーな……
 藤原不動産の連中もえらいことになってたのね。本当のところは、門から一歩入った時点でみんな、動けなくなってるのにね。幻覚のお陰でとんでもないことになっていたようだ。 結論。【狐窓の目】なんて、基本的には面倒なものだけど、こういう時は良いものだわ。
 見えてたら、絶対あんなに冷静になれなかった。
「ふふっ」
「?」
 不思議なもので、こんな大歓声の中でもその小さな笑い声はちゃんと耳に入った。笑った杏ちゃんはあたしの手を握ってきた。あたしも、ちゃんと握り返す。
「ゲットですよー」
 不意に、ロジーが姿を現した。その両手には、数個のぬいぐるみ。ああ、射的の景品か。
「あれ、遅かったわねロジー」
「えへへ、暗くなっちゃったでスからね。皆さんを見失っチゃって」
 笑いながら、ロジーはぬいぐるみの一つを杏ちゃんに差し出す。もう一つを、あたしに?
「どうぞ。貰ってクださい」
「嬉しいがロジーよ、林檎飴食い終わるまで持っておいてくれ。手が放せぬ」
「あたしも。悪いけど一寸待って」
「了解デす」
 にこりと、ロジーは頷く。
 本当は、お互い繋いでる手を放せば空くんだけどね、片手。杏ちゃんが先に言ったし。あたしから放すのも悪いし。
 初めて食べる林檎飴は、甘酸っぱくてとても美味しい。 

 スクリーンに佐伯さんが登場してきた。そろそろこのエキシビションもラストに向かうようだ。ちらりと櫓へ目を遣れば、吉田さんらしき姿が見える。他にも、何人も集まっている。この映像が終わったら、直ぐにでも始めそうな感じだ。
「ほんと、面白かったあ」
 ティルカが伸びをする。
「さて、盆踊りの刻限じゃが……ちゃんと吉田の雄姿を拝めるかのう」
 一寸だけ心配そうに、杏ちゃんが言った。
「どういう意味? 杏姉様」
「どうもこうも鈴原よ、私らがここにいるのは皆が知っておるのだぞ。映像をもって、その皆が一人、私らに接近してこぬとは到底思えぬよ」
「ああ、芸能人に集る追っかけみたいな状況になるかもしんないってことだね」
 何故か得意顔になって言うティルカに、杏ちゃんも左様、と頷く。
「なら、自分にお任セを」
 ロジーが、自分の胸を叩いた。ぬいぐるみをティルカに預けると、懐から何か取り出し広げるような動作をとる。あら、何か覚えがあるわ。
「ああ、素敵シールド」
「トーコご名答ですね。コレで誰も、自分達の姿見えマせんよ。ゆっくリ踊りを見られるですね」 
 Vサインして、誇らしげなロジー。
 確かに、映像が終わった途端、妖達はあたし達の姿を捜すようにざわつきだした。杏様ー、何処ですかー、とか呼び声が巻き起こる。あ、あたしも呼ばれた。
「すまんのロジー。これで快適じゃ」
 実に満足そうに頷く杏ちゃん。
 お囃子が流れ出した。
 聴いたことのないメロディーだけど、とても懐かしい感じのする音だ。ロクに来たことないクセに、ああ夏祭りだな、と思えてしまう。世の中に不思議なんてものは殆ど無いと思うけど、音楽だけは違うのかも知れない。
 落ちていた照明も、次次に色と輝きを取り戻していく。
 ざわついていた妖達も、次第に落ち着いて櫓の周りを囲み始める。へえ、みんな踊るのかな。ああ、踊り出した。
 と、その沢山の踊り手達の誰もが届かないくらいの高さ、地上から四メートルくらいかな、火花が散った。
「あら、火鼠も始めたのね」
 鈴原さんが言って、室井さんが暑そう、と呟く。
 火花は、然し誰にも睨まれたりすることなどなく、くるくるとゆらゆらと形を変えながら、櫓の周りを飛び回る。他にも火の妖が来ていたのだろうか、途中からその数が増えた。
 あの時の火、まあ幻覚だけど、アレに比べるととても同じ火だとは思えない。優雅で繊細で、でも時時激しくて華麗だ。音楽にも踊りにも、とてもよく似合ってる。
 杏ちゃんが、そろそろシールド取っても構わぬよ、と言ってロジーも、そうですね、と頷く。何かを巻き上げるような動作をしたけど、矢っ張り全く何も見えはしない。尤も、シールドが取れてもみんな踊りに忙しくなっちゃってるみたいで、こっちにやってくる奴は居ないようだ。
「いつまでも隠れておると、吉田が気づけぬだろうからな」
「確かに」
 太鼓叩くのに忙しいようだけど吉田さん、もし下を見れる余裕があってもあたし達の姿が見えないと一寸、淋しいかも知れないし。
 そしたら、丁度その吉田さんと目が合った。吃驚だわ。
 本当に一瞬だけど、にい、と吉田さんは笑みをくれたように見えた。だからあたしも、笑みを返す。
「みんなは踊りに行かなくてもいいの?」
「行ってきてもいい?」
 真っ先に答えたのはティルカ。行けば良かろう、と杏ちゃんが言うと大きく頷いて駆けていった。鈴原さんとロジーも後を追う。
「室井は行かぬのか?」
「わ、わたし、踊るのは、ちょっと……」
 答えながら、あたしの背中に隠れる室井さん。あなたの人見知りの基準が分からないわ。
「トーコは?」
「参加してみたいとは思うけど、今年は取り敢えず、踊りを覚えなきゃ」
「そうか」
「来年は踊ろうかな。また、来てもいいなら」
 此処まで来て言う台詞かよ、とも思ったがつい、口から出てしまった。途端に、杏ちゃんが意地の悪い笑みを浮かべる。
「何を言うておるのだ。引っ張ってでも連れてくるから覚悟しておれよ? トーコ」
「そうね、じゃあ引っ張られないように確乎り歩かなきゃ」
 答えて、珍しくあたしから笑い出した。
 杏ちゃんも、とても満足そうに笑い出す。
 背中から、室井さんの小さな笑い声が聞こえる。
 踊っているみんなも、とても楽しそうだ。
 人間は此処にあたし一人だけど、
 あたしは一人じゃない。
 此処でなら、
 笑っていられる。
 笑って生きていられる。
 だったら矢っ張り、此処なんだな。
 あたしの居場所は、此処にちゃんと出来たんだ。
 夏はまだ真っ盛り。寧ろまだ、始まったばかりだろう。
 これからの生活が、楽しみで仕方ない。
 鮮やかな夏の夜に、杏ちゃん達に、
 心からの大感謝を伝えよう。              
 共に暮らしながら。
                            〈了〉