長編小説『遠山響子と胡乱の妖妖』5-6 | るこノ巣

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隙間の創作集団、ルナティカ商會のブログでございます。

すみません更新が遅くなってしまいました(>д<;)
あんまり、やること詰め込むのは良くないですね。皆様今晩は、榊真琴でございます。
遅くなりましたが、続きでございます。
前回と一転、区切りの関係で長めですが、宜しくお願い致します。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇では、本編どうぞ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「どうなってんだよ……」
 八谷が、小さく呻いた。
 さっきからもう何度も、通りを歩く人や走る車とすれ違っている。なのに、幾ら叫んでも誰も気付かない。
「あ、あれは……」
 浜田が指を差した。その先に、明明と燃えている火が見える。
「真逆、晴れ舞台って……」
「そうそう、ご名答だ」
 切れ切れに呟く大塚に、鼬はにやりと笑った。その笑みの後ろに、炎はどんどん迫ってくる。
 そして藤原達は、コーポ【胡乱】の前で落とされた。板きれが急停止し、慣性のように雪崩れ落ちた。
「ううっ」
「ちくしょ……どうなって……」
 誰かが呻きながら、それぞれ起き上がっていく。
「何やってんだ? お前等」
 最初に気付いた浜田が、首を傾げた。
 門の向こうで、砂の上で、自分の部下達が此方を向いて並んで立っている。走りかけのような奇妙な格好で。何れの顔も蒼白で、一人なんか明らかに失神している。
「これ、やりすぎじゃねーか?」
 燃え上がっているコーポを見上げて、大塚が呻く。
「金尾、お前まで何をやっとる?」
「誰がそこまで燃やせと言った! 燃えすぎだろうが!」
 浜田が眉を寄せる以上に、藤原が怒鳴りつけてくる。どうも、さっきとは逆に藤原が一番、平常心を失っているようだ。
 そのまま、門を蹴り開けて駆け込んできた。
「だ、ダメだっ社長! 入っちゃダメだ!」
「来るなああああっ」
 消え入るように擦れた声を上げる金尾と、叫ぶ若い男。
「何がだよ。どうしたんだよお前等」
「早くこっちに来いよ、腰抜けてんのか?」
 次次とやってくる男達。金尾達が冷静でなくなっている代わりに、上田達は平常心を取り戻しつつあった。けど、矢っ張り誰も気付いていない。己の影の歪みに、気付かない。
 だから、彼等の足も唐突に止まる。
「な、何じゃ!? どうなっとるんだこれは!?」
「ちょ、ちょっと待てよ、何だよこれえ!?」
「だから来るなって言ったのに!」
「助けてくれええっ」
「煩瑣い! 喚くな! くそう!」
 総勢九人の男が、砂の上でバタバタとのたうち回っている。否、一人は未だ失神中なんだけど。
「あついよお」
『!?』
 声がした。
 二階の窓から、ゆうるりと男が出てきた。その顔は、既に火に焼かれて醜く爛れている。
「な、んだよアレ……誰もいないんじゃなかったのかよ!?」
「知らねえよっ! さっきからずっと、ああなんだよ! 見えないのかよその辺の死体が!」
 金尾が、すっかり涸れた声で叫んで指を差した。
「な、なんてことだ……」
 藤原の顔が、見る間に蒼白になっていく。
 建物の周りに、折り重なるように死体が転がっている。どれも、焼かれ、焦げ、爛れて転がっている。
「こんなにいるのか!?」
「そういう問題じゃないだろう」
 また、ドアから人が出てきた。小さな女の子だ。
「たすけてえ、あついよお」
「ひいいっ」
 耳元に響くような、擦れた声。上田のズボンが、でろりと色を変えだした。その表情は、最早虚ろだ。
「こ、こんな、ばかな……」
 動けない体で、それでも藤原は仰け反る。
 殺人だけは、やりたくなかった。だからこそ、念入りに調べて住人が居なくなる時を狙ったのだ。
「いままで、今迄一度も、こんな事にはならなかったのに! なんでだあああああっ!!」
「煩瑣いわねえ」
 強い声がした。若い、女の声だ。
 見れば、本当は目を向けたくもなかったのだが、火の向こうから一人の女が此方に向かってきている。若い女だ。
「あ……れは、トーコとか言う、住人……」
 ボソリと、浜田が呟いた。
「なんで……ひっ」
 更に続けようとして、然しその声は引き攣れて飛んだ。
 女の、左足がだらりと爛れた。 
「あんたらねえ」
 それでも、女は、トーコは何事もないかのように此方に歩いてくる。尤も、その表情は怒りとも呆れとも付かない、険しいものだが。己の足については、全く意にも介していないようだ。
 やっと、藤原の目の前で止まった。
「自分が、何やったのか分かってんの?」
 トーコは、鋭い声で訊いてきた。

         ☆     ★     ☆

「自分が、何やったのか分かってんの?」
 と言ってみたのだが、藤原達は何でだろう、顔面蒼白だ。あたしは、只眼前に突っ立っているだけなんだけどな。
 藤原達の足下、その影には、影子達がガッツリくっついている。あれじゃあ、ピクリとも動けないだろうな。
 否、それ以前に此奴等、一体どんな幻覚を見ているんだろう。失神してる奴も居れば失禁してる奴も居る。ああ、もう一人失神した。
「な、ななな何って、お、おま……」
「人を指差すなっ」
 震えながらも差してくる指を、あたしは蹴り上げた。何かムカツク。ぎゃあと悲鳴を上げて手を押さえる藤原だが、誰も気遣う様子はない。只あたしを、それこそ化け物でも見るかのような目で見つめている。
「ふふん、オレの幻覚に見事に嵌ってやがんな」
 肩の上で、火鼠が自慢げに呟いた。
 あたしの周りをふわふわと舞う煙々羅達も、何だか楽しそうだ。あたしだけ様子が掴めないって、何か不公平な気がするんだけど……
「今迄あんた達が、どういう理由で何をやってきたかはこの際良いわ。でもねえ」
 その時、後ろから、妙に喧しい音が響いた。ちょっと振り向いてみると、何のことはない、みんなが踊っている。屋上でも何人か、踊ってるわ。って、鈴原さん、ジュリアナって古過ぎじゃないか? ああ、なんかヤ○ナイカ踊ってる奴等も居る。ニコ厨共め……って、分かったあたしも同類か。
 けど、藤原達は口口に悲鳴を上げた。何が見えてるのかしら。あたしは噴き出しそうになってるのを我慢するので必死なんだけど。
「こっち見なさい、人が話してんだから!」
 怒鳴る。ああ、もうイイや、このままのテンションで行こう。サツキちゃんの時みたいな事になりそうな気がするけど。指蹴った時点で、もう諦めはある程度ついてたしな。
 ──お主のしたいように、思ったようにやればいいのじゃ
 杏ちゃんも、そう言ってくれたことだし。
 やっとあたしの方に視線が戻る。が、直ぐに凍り付いた。あはは、何見てんだ?
「けど、此処をどうにかしようって考えだけは許さない!」
 声を少しだけ荒げて、びしいっと藤原を指差す。その、差した指を火鼠がちょろっと走った。途端に、男達は悲鳴を上げる。
「此処はね、あんた達にとっては一攫千金宝の山かも知れないけど、あたし達にとっては大事な住処なの。つまんない裏工作満載の契約書なんかで此処を買収できると思ったら、大間違いなんだからね。聞いてんのかテメー等!」
 最後は怒鳴ってみた。大の男達が、今にも死にそうな顔で叫ぶ姿は滑稽だ。
「少しは反省できた? それとも、また火い付けに来るか? ああっ?」
「ひいいいっ」
「し、しませんっ、もうしません助けて」
 一転声を低くして詰め寄ると、あらまあ失神しちゃったよ藤原のオッサン。代わりに、浜田が叫んだ。こっちも、そろそろ失神するかな。けど、立ったままで失神って何か、きつそう。つーか、あたしが聞きたいのは浜田じゃなくて藤原(こいつ)の謝罪なんだがな。
「人に答えて貰ってないでお前も何か言え!」
 殴ってみた。なんか、ふごお、とか悲鳴を上げて、藤原は意識を取り戻したようだ。取り戻した途端、人の顔見て悲鳴上げるから、胸倉掴んでもう一発殴った。ひい、とか呻く藤原。背後から、歓声が上がる。
「お前はどうなんだ? 経営者だろう? 社長だろう? 責任者なんだから、何か言え! 部下に言わせて一人で気絶してんじゃねえ!」  
 一頻り怒鳴って、やっと解放してやると藤原は、何度も何度も噎せて咳して、漸く涙目であたしを見た。
「すいません、もうしませんごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
 急にしおらしくなったな。また気絶しそうだけど。
「よし。次やったら今度は顔変わるまで殴るからな」
「その前に、暫く住処が変わると思いますが」
 不意に、静かな声が割って入ってきた。とは言っても、これは知ってる声だ。ちゃんと覚えがある。
 門の向こうに、佐伯さんが立っていた。
 前に見た時とほぼ同じ色のスーツに身を包んでいる佐伯さんは、一枚の紙切れを持って入ってきた。
「藤原不動産の皆さんですね」
「だ、誰だよお前!」
「何なんだよ! 何でしれっとしたツラしてんだよ!?」
「人呼べよ! 燃えてんだろうが!」
 それまで静かだったのに、また騒ぎ出す男達。けど佐伯さんは涼しい顔で藤原達を見据える。
「火が、どうかしましたか?」
「はあっ!?」
「なんなんだよ!?」
 すっかり錯乱状態が戻ってしまったようだ。口口に喚き散らす男達。ああ、煩瑣え……
「煩瑣え黙れ!!」
『ひいっ』
 黙った。そんなに怖いか? あたし。もう既に、目が半分イっちゃってる奴も居るし。
 佐伯さんはちらとあたしを見て、何故か赤面した後頭を振って、持っていた紙切れを前面に掲げた。
「詐欺罪、所得不正搾取、文書偽造、とまあ色色と罪状は多いのですが、貴男方に逮捕状が出ています」
「は?」
 逮捕状? あたしまで、目が点になった気がする。
「助けてええ」
 と、背後から鈴原さんの低い声がした。
 振り返れば、【胡乱】の面子が、揃いも揃って此方に歩いてきている。みんな、鳥山石燕が描いたような幽霊の真似みたいに胸元に手をだらりと翳して。よろよろと。
 途端、男達の錯乱が頂点に達した。彼方此方から奇声が上がる。そのまま、男達はバタバタとその場に転がった。影子達が離れたようだ。中には、綺麗に引っ繰り返った者も居る。失神してた二人だな。ありゃあ、頭打ったな屹度。
『ばーか!!』
 あたしの左右について、杏ちゃん達は一斉にそう言って笑った。尤も、誰一人としてそこまで見てないけど。呪縛は解けているってのに、誰も彼もがガクガクと震えながらその場でのたうち回っている。
「すみませんトーコさん」
 そこで、佐伯さんは苦笑いを浮かべてあたしを呼んだ。懐から、黒い手帳を取り出す。
「第六課というのは、警察の管轄なんです。私、こう見えても警察でして」
 ぺかり、と開かれた手帳には、確かに警察官であることを示す文言と紋章、あと確かICタグとか言うシールみたいなのがあった。
「わはははははははっ」
 杏ちゃんが、仁王立ちで高笑いを始めた。続くように、みんなも笑い出す。あ、吉田さんだけ後ろ向いた。肩が震えてる。
「どうじゃトーコ、素晴らしい計画じゃろう!」
「まあね……此処までやるとは、思わなかったけど」
 あたしは、いまいち笑えない。
 だって、もうみーんな、気絶してるもの。すっごい形相で転がってるオッサン達……ある意味、地獄絵図だわ。
「あとでビデオ観ようよ、トーコ姉ちゃん。絶対面白いからさ」
「そうそう、絶対最高な状況になってるわ。トーコも格好良かったし」
「編集が楽しみだわ」
 室井さんまで……
「ま、いっか」
 もういいや、あたしも笑うことにした。
 その辺で何故か転がってた妖達も、踊ってた面面も笑い出す。
 此処まで笑えるとも、思ってなかったんだけどね。