長編小説『遠山響子と胡乱の妖妖』4-4 | るこノ巣

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隙間の創作集団、ルナティカ商會のブログでございます。

すみません、物凄くキリが悪いので今回、長いです(>д<;) 4章はこれで終わりでございます。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇では、長いですが本編どうぞ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 そしてあたし達は今日七月一一日、祇園に居る。彼方此方の店で、結構な買い物をしながら。因みに今日の面子はティルカと鈴原さん、ロジー、あたしの四人だ。杏ちゃんは準備とやらで、吉田さんは仕事、室井さんは、まあいつも通り出かけたくないとのことで此処には居ない。
 今は、ティルカ行きつけの駄菓子屋だ。おばさんが一人で切り盛りしている店だそうだが、そのおばさん、どう見ても狸だ。レジに椅子があるのだろう、腰掛けてあたし達の様子をニコニコと眺めている。
「この飴、大好きなんだ」
 ティルカが嬉しそうに、ビニール袋を掲げた。中には、十数個の空色の飴が入っている。
「一色だけなの?」
「うん、他のは興味ないの。麗華姉さんは沢山だね」
「アタシは色色楽しみたいからね。本命は一人だけだけど」
 カラフルに飴を入れた袋をぷらぷらさせながら、鈴原さんは何故かあたしにウインクを寄越した。止めてくれ、ゾッとするから。
「室井さんはコれだったかな」
 こっちは頼まれもの、キャラメルの箱を持って首を捻るロジー。
「ああ、そうだわ」
 狸おばさん(何か失礼に聞こえる表現だな)、何故か突然手を打った。そして、ぷいと奥に引っ込んだかと思ったら、直ぐに小瓶を持って戻ってきた。
「トーコちゃんでしたっけ、これを杏様に渡して頂ける?」
 小瓶の中には、色取り取りの金平糖が入っている。綺麗ね。
「杏ちゃんに? 分かったわ。ん?」
 言った途端、おばちゃんは目を丸くした。あれ、あたしなんか変なこと言った?
「気にしないで累夏さん。トーコは杏姉様をそうやって呼べる唯一の人間なのよ」
「はああ……凄いんだねえ、トーコちゃんって」
 いや凄い凄い、そう言いながらおばちゃん、いや累夏さんは嬉しそうに笑って握手を求めてきた。
 そういえば、今更気付いたんだけど杏ちゃんを“ちゃん”付けしてんのって、あたしと叶ちゃんだけなんだね。何にも思わず呼んでたし杏ちゃんも突っ込んでこないから気にもしてなかったんだけど。確か杏ちゃんはこの辺り一帯の妖に尊敬されてるんだったな。あたしの呼び方、威厳もクソもないな……

「やあ、お帰り」
 帰宅してみれば、小川さんが室井さんと居間で喋っていた。卓袱台の上には、それぞれの湯飲みがある。けど茶菓子的なものは、どうも見当たらない。ああそうか、室井さん見つけられなかったのかも。
「ただいま……どうしたの? 小川さん」
「いやあ、吉田の奴と勝負したくて来たんだけどねえ、留守みたいでさ」
 問うと、小川さんは照れ臭そうに答えた。
「偶偶、千頼ちゃんが珍しく玄関先に出てたから気付いてくれてね、良かったら吉田が帰ってくるまで上がってたら、って言ってくれるからお言葉に甘えちゃったのよ」
「少し前に吉田さん、もう少しで帰るって、連絡あったから」
「成る程ね。じゃあ、お茶の用意しなきゃ。みんな、荷物片付けてきて」
『はーい』
 一同、威勢良く駆け出す。あたしは待っててね、と言い残して台所へ。いいよお気ぃ遣わなくても、という小川さんの声には、まあまあ、と軽く返して。顔馴染みとはいえ、お客さんだからね。その辺はキッチリしておかなきゃ。それに、ティルカ達もおやつ食べたがるだろうし。 
 用意してると、室井さんの頭が飛んできた。困ったような悲しそうなような表情だ。
「ごめんねトーコちゃん、お茶菓子、どこにあるのか分かんなくて」
「気にしないで。あたしがいつも適当に置いてるから、ちょっと分かりづらいんだよね」
 そう言うと、室井さんの表情は目出度く晴れた。彼女がシュンとなると、何か物凄い……こっちが苛めてしまったような気分になる。難しいなあ。彼女はあまりお菓子を食べないから、置き場所を知らないのも無理ないわね。
 みんなも当然食べるだろうから、この間ティルカが持って帰ってきたクッキーにしよう。結構大きな缶入りクッキー。ゲーセンで獲ったらしい。すげーな。 

「でも、ここまで順調とは思わなかったわね」
 早速クッキーを囓りながら鈴原さん。一抹の不安があったけど、小川さんも美味しいと食べてくれるのでホッとした。いや、ねえ……見た感じお年寄りだからさ、歯とか、心配したのよ。良かった。室井さん達のも淹れ直して、改めてみんなでお茶だ。
「さっきも、来てたよ」
 室井さんは静かにそう言って、写真を見せてくれた。あのデジカメだろうか。写っているのは、ああ上田と金尾だ。角の陰で此方を見てる。これを撮ったところで、小川さんが来たのだそうだ。
「あの話した時も、ちゃんと隠れてたもんねえ」
 こっちからすれば隠れてる内に入らないけどねえ、と実に面白そうに小川さんは笑った。
 今を去ること五日前、六日の話だ。前もって杏ちゃんが呼んでおいた小川さんは、いつもの勝負の体でやってきた。あくまでも体だから実際には吉田さんは居ない。それで、門の前で少しの間お喋りだけして彼女は帰ったのだ。
【一二日から三日間、胡乱の住人全員で沖縄旅行に行く】
 そういう内容の話をした。八谷と大塚が、塀の向こうに隠れているのを知った上で、そういう話をしたのだ。
 何を隠そう、いや隠しようもないんだけど、この間ロジーが付けた監視カメラ、未だ確乎り生きている。全く見つけられる気配もなく、二四時間体制で此方に映像と音声を送り続けているのだ。それを見てるのは、主に室井さんとロジー。だから、彼方の会話とか行動とか、だだ漏れである。
 いいのかなあ。本当に、良いのかなあ……
 と、吉田さんが帰ってきた。吉田さんもお茶するかなあ。
「おお、やっと戻ってきたか」
 先に小川さんが立ち上がると、見た目からは想像も付かないほど(失礼)俊敏に軽やかに玄関の方へ駆けていった。なんだまた来ておったのか、勝負じゃ勝負じゃ、なんて楽しそうな声が聞こえる。
「……撤収ー」
『おー』
 ものすごーく低テンションで、あたし達は湯飲みとクッキー缶を持って縁側の方に退がった。直に卓袱台は隅に立てかけられ、代わりに何かの台が置かれるだろう。今日は麻雀か将棋かオセロか、さて何かしら。ああ、室井さんが様子見てくるって部屋に戻ったわ。
「ただいま、みんな」
「おかえりなさい吉田さん。お茶飲む?」
 居間に入ってきた吉田さんに問うてみるが、既に彼の手には木の鞄みたいなものが握られていた。あら、それじゃ今日は卓袱台取らないわね。
「いや、構わんよ。勝負に入るからの」
「はっはっは、楽しみじゃー」
 妙にテンションが高い二人は、意気揚揚と卓袱台に付いた。吉田さんが鞄を広げると、現れたのは携帯用のチェス一式。直ぐに、真剣勝負が始まった。こうなると、どちらも周りのことなんか目にも耳にも入らなくなる。
「ねえトーコ……」
 此方はとっても低いテンションのまま、鈴原さんが訊いてくる。気を遣っているのだろう、声も小さい。
「チェスってルール知ってる?」
「いや全く。誰か知ってる人?」
 ティルカもロジーも首を振る。
 お菓子をつつきながら、四人並んで縁側に座ってるあたし達。長閑だわ。明日、何をするのかは知らないけど、何かが起きる前だというのに、物凄く長閑だわ。
「てゆーか、明日が楽しみデすね。自分沖縄ハ初めてでスよ」
「オレも、行ったことないなあ」
「日焼け止め、キッチリ塗らなきゃ。麗羅の黒焼きなんて洒落にもならないわ」
 楽しそうな男二人に対して此方は真剣そうに麗羅……ってのは、仕事場での鈴原さんの名前だそうだ。然しあんた達、設定だけでよくそんなに喋れるわね。あたしも、まあ一寸行ってみたいとは思うけどなあ。

 開始の時間が時間だったから、縁側で転た寝してる内に吉田さん達の勝負は終わったようだ。てゆーか、あたしまで一緒になって寝ちゃった。
「終わったら、再戦じゃな」
「その時こそ、打ち負かしてやるわ」
 どっちが勝ったのかは知らないけど、どちらも楽しそうに笑っている。この二人はいつもこんな感じだ。
 さて、頼まれてた最後の作戦とやらをしなきゃな。あたしは、小川さんを見送る為に玄関へ続く。
「ちゃんと、いるかねえ連中」
「まだ時間を知らないんだから、気にしてるとは思うんだけどね」
 それだけが一寸気掛かり。これで連中が誰も居なかったら、冗談抜きの猿芝居だ。 
 幸い、玄関を出た途端に小川さんが、小さな声でちゃんと居るね、と呟いた。あたしには全然分かんないのだけど、隣の塀と此方の竹林の間辺りにしゃがんでいるそうだ。
「じゃあ、また来るよ」
 いつもより、ほんの少しだけ声を大きくして小川さん。
「ええ、待ってるわ」
「えーっと、明日は何時に出るんだったっけ?」
「六時半よ。お迎えのバスを手配してるからね」
「そうかそうか、じゃあ続きは、帰ってからの方が良いねえ」
「うん。お土産買ってくるから」
 あたしも負けずに演技。否、ほぼ素だけどな。台詞だけ演技だ。門のところで手を振って、小川さんを見送る。
 ドアを開けてみれば、いやーね雁首揃って待ってやんの。ティルカ、鈴原さん、ロジー、吉田さん。
「どうだった?」
「ばっちり、みたいね」
 物凄いウキウキ顔で訊いてきた鈴原さんに対して、あたしはあくまでもマイペース。マイペースは大事にしなきゃな。最近、呑まれることが多いから。それは良かったわ、と笑う鈴原さんに、みんなも笑みを溢れさせる。ああ、吉田さんだけは、あんまり表情変えないけどね。楽しんでる感じは出てる。
 ともあれ、本日の作戦はこれにて終了だ。あたしは晩飯の支度にかかり、他のみんなは一旦部屋に戻った。杏ちゃんも程なく戻ってきて、ダイニングのテーブルでお茶をすする。
「どうじゃ、こっちの様子は」
「とりあえず、順調みたいね。今日も様子見にちゃんと来てたし。言われた通りのことはやっといたわ」
 朝から出かけていた杏ちゃんに報告をする。上上じゃ、と杏ちゃんは満足げな笑みを浮かべる。
「明日が楽しみじゃな」
「楽しみ……だけど、具体的には何をするの? 今分かってるのは沖縄旅行は嘘って事だけよ?」
 訊くと、杏ちゃんは嬉しそうにふふふ、と笑った。悪戯っぽい、可愛らしい笑みだ。
「全部を把握してしまうと、逆に面白くなくなってしまうことじゃよ。発案した私でさえ、一部はどうなるのか全く分からんのじゃ」
「え……」
 分からないってーのに、やけに得意げな表情の杏ちゃん。お陰であたしは絶句する羽目になった。それでいいのか? 本当に、それで大丈夫なのか?
 見透かされたかな、心配には及ばぬよ、と杏ちゃんは付け加えた。
「それでも、必ず成功するのじゃ。トーコがおれば、な」
「へ?」
 全く分からない。
 一体何をする気なのか、
 一体全体あたし達に何が起きるのか……
 いや、よそう。もう考えない。
 大丈夫なんだ。きっと、
 成功するんだろう。