長編小説『遠山響子と胡乱の妖妖』4-2 | るこノ巣

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隙間の創作集団、ルナティカ商會のブログでございます。

すみません遅くなりました(>ω<;)
尚今回、証言の記録という形で終盤に人名とか組織名とか出てますが、飽くまで記録上の名称なのでルビを振っておりません。見たままでお読み頂いて結構ですし、読めなくとも進行に何ら差し支えはございませんので、ややこしい名前だなあ、とか思いながら読み進めていって頂ければ幸いです。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇では、本編どうぞ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「お疲れ様~」
 三人連れを見送って、あたしは脚を伸ばした。疲れたわ正直。
 玄関先、座って来客の話を聞いて、内容を簡単にメモる。それだけの仕事でも、何時間もやっていれば疲れる。中には世間話を始めちゃう奴も居て、そういう奴は次の奴に文句を言われたりして。そうそう、間に回覧板持ってきた人間がやってきて焦った時もあったわ。その時の来客には全く気付いてなかったからね、あの人間。気付かないのね、普通の人間は。
 吉田さんが一時間くらい前に帰ってきた。今は夜に備えて風呂に入ってる。ロジーも、少し前に戻ってきて、今は室井さんの部屋だ。また何か、色色やってるんだろうなあ。
「ただいま、トーコ」
 見上げれば、何時の間にか杏ちゃんが立っていた。
「おかえり、杏ちゃん」
「すまんな、疲れただろう」
「まあ、ちょっとね。みんなほどじゃないよ」
 笑ってはみたけど、疲れが表情に出てしまってるのが、何となく分かった。嬉しいことを、と言って杏ちゃんは苦笑した。
 と、呼び鈴が鳴った。どうぞ、と声を上げると失礼致します、と返ってくる。男の声だ。少し低めの、張りのあるイイ声。
 入ってきたのは、スーツ姿の背の高い男だ。眼鏡を掛けている、結構クールな感じの顔立ち。ん? 角? 鬼のそれ、にしては、一寸曲がって生えてるように見えるけど。あたしには気付いていないみたいで、直ぐに杏ちゃんにお辞儀をした。
「おお、佐伯か。久しいな」
「お久しぶりで御座います杏様。すみません、中中参上出来ませんで」
 頭を下げる佐伯さんとやらに、変な気を遣うでないと笑う杏ちゃん。いつも思うことだけど、こういう時の杏ちゃんは特に格好いい。佐伯さん、とやらも充分格好いい感じなんだけどな。その辺が、杏ちゃんが尊敬されてる理由なのかも。
 と、頭を上げた佐伯さんと、目が合った。どちら様か知らないけど、礼儀としてこんにちは、と言ってみると、何故だろう佐伯さん、顔が赤くなった。風邪か?
「紹介するぞトーコ。こやつは佐伯博信。役所で働いておる牛鬼じゃ。佐伯よ、彼女はウチで管理人として暮らしておるトーコじゃ」
「は、初めまして。さ、佐伯と、申します。京都左京区役所、第六課勤務です」
 さっきまでの格好良さが別人のように、佐伯さんはつっかえながら深深とお辞儀をしてくれた。牛鬼ってことは、矢っ張り妖なのね。牛の角だから、真っ直ぐじゃないのか。にしても、第六課って、何だろう? 聞いたことないわ。左京区役所は転居届出す時に行った覚えがあるけど、全然気付かなかったわ。
 ともあれ、そんなに畏まらないでくださいよ、と言うと、済みませんと赤面して頭を掻いた。
「おい佐伯」
 じろり、と杏ちゃんは佐伯さんを睨む。途端に佐伯さんも気まずそうな表情で何でしょう、と答える。
「やらんぞ」
「なっ! ち、違います私はそんな……」
 真っ赤になって、手まで付けて大きく否定しまくる佐伯さん。何を必死に否定してるのか知らないが、ギャップが面白い。
「た、只私は、ご報告したいことがあって参上したのです」
 やっと、最初の雰囲気が戻ってきた。ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべて杏ちゃんはふうん、と頷いた。
 そのニヤニヤ笑いは、彼の話によって確証を持った強い笑みに変わる。

「ひとまず、お疲れ様」
 結構訪問者が居たから、あんまり時間はなかったのだけど、それでも晩飯はちゃんと作った。とは言っても、お手軽に炒飯とスープなんだけど。時間かけずに出来るからイイや。それと、みんなして缶ビール。本番は未だ未だこれからだから、今は缶ビール。
「この後が面倒だがな。まあ、準備が面倒であればあるほど、本番は楽しく盛大になるだろうから頑張れ皆のもの」
 激励の声を発したのは、勿論杏ちゃん。頷く一同。今日の晩飯は、全員揃った。普段なら昼から出て行ったティルカは未だバイト中の筈なんだが、今日は居る。
「けど、この時間にアンタがいるなんて珍しいわね」
 ずずっとスープを飲んでから、鈴原さんがティルカを見る。ホントはバイト中の予定だったんだけどね、と苦笑いのティルカ。
「店に居眠り運転のトラックが突っ込んで来ちゃってね」
「ああ、さっきテレビでやっておった。お主が勤めておるところだったのか」
 そっか、吉田さんは風呂から出た後、訪問者の証言を居間で纏めてくれてたんだった。その時に観たのね。
 どんな感じだったの、と追及してくる鈴原さん、ものすげえ興味津津顔。どうもこうも店がグチャグチャだよ、とティルカ。運転手は彼方此方ぶつけたらしく病院に搬送されたそうだけど、客や従業員は幸いにも無事だったそうだ。だから、警察に証言をして帰宅することになったらしい。
「だから、暫くはもう一つのバイトだけで生活だよ。あうー」
「ゲーム控えれば、問題なかろう」
 ニヤニヤと見遣る杏ちゃんに、そーだけどー、と項垂れるティルカ。

 今日は取り敢えず、各各の作業で終わった。鈴原さんの部下達の証言が未だ不完全なので、明日の午前中から本格的に話し合いだ。
 ──面白いことが出来そうじゃ 
 朝にそう言っていた杏ちゃん。何を画策してるのかは、今のところ全く予想も付かない。
 まあ、予想はするだけ無駄だろう。こういう現実ってのは大体、予想の斜め上を行くものだしな。

                   *

 【鈴原の部下達が集めた証言】 録音テープを起こしたもの。
《ええ、私が悠木荘の大家をやってました。そうそう、確かに藤原不動産ですね、あの時は確か……ええ、四月の、十日くらいだったかしら。主人が死んでから、私一人でずーっとやってたんですよ。住人の皆さんも、色色とよくしてくださってね。で、藤原不動産の方がいらしてね、このままじゃあ私も、住人の皆さんも大変だろうって。建物も設備も、古かったからねえ。だから、建て替えをお願いしたんですよ。工事の費用は出してくれるって、色んな書類まで作ってそう言ってくれたからね。住人の皆さんへもちゃんと説明してくれたみたいですし。
 けど、新しいマンションになってからは、住人の皆さんがどうなったのか、全然分からないんです。私は、不動産屋が出してくれたこの家に住んでいるんですけどね。何時の間にか、権利書とか住人の皆さんの連絡先とかもなくなってしまってて、契約書には、全ての権利を藤原不動産に譲渡する、なんて書いてあったようなんですが……よく、見てなかったんでしょうね多分。みんなで楽な暮らしができるって聞いて、舞い上がっちゃったんです、きっと。
 え? 交渉に来た回数? 電話で一回だけですよ。とても親切で熱心でしたけど》

《ああ、あのコーポ? 確かに私が管理人だったよ。あんな、不審火が出る迄はね。え? 藤原不動産? そう言えば、そんな奴から電話とか訪問があったね。何か色色美味しい話、みたいなこと言って建て替えさせろとか執拗かったけどさ、胡散臭いだろう、だから断ってやったんだ。それっきり何にも言ってこなくなったしな。焼けちまったのは、それから一月ちょっと経った頃かな。
 でも、あの不審火はちゃんと犯人がいたって事だよ。ちゃんと、なんて言い方は変だけどさ。だから、藤原を疑ってはいないさ。住人連中も私もみんな無事だったけどね、住むところがなくなっちまったからさ、偶偶やってきた浜田不動産に頼んだんだよ。ほら、これが書類。今は、只のディメゾン天王洲の住人だよ。家賃が高くて死に物狂いで働かないといけないんだ。契約書に、書いてあったからな。退去する訳にもいかないんだ》
 補足・浜田不動産は、藤原が使った偽名。契約書等に、こっそりと藤原の名があったのを見た。本人は気付いていない(報告者 鈴戦会 宮埜)。