短編小説【月光酒 抄─香─】③ | るこノ巣

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 目に留まったのは、殆ど赤に近いようなオレンジ色の髪を、左右にお団子に結った女。アーモンドみたいな色の目が大きくて、愛嬌のある笑顔だ。
 ……この女、何処かで会ったか?  
「とは申しましても、郭というのは当主様が字面を気に入って冠しているだけですので、」
 多分、オレみたいな奴等にいつも言ってきてるんだろう、朔の説明が朗朗と入る。つーか、何だよ字面が気に入ったって……
「カラーセラピーとかアニマルセラピーとか御座いますでしょう。それに近いものを想像して頂く方が自然ですね。【月】と称される姐さん達が、それぞれが持っている特技でお仕事をされます。お客様はその日の気分、好み等でこの中から今宵のお相手を選ぶんです」
 つまりは、郭ってのは名ばかりで実際は個性豊かなセラピスト集団、ってトコかな。然し……選ぶ、と言われても……帰るって言い損ねた気がする。
「おや、いらっしゃい」
 朔のその台詞はオレに向けられたものじゃないみたいだ。
 振り返ると、いかにもワンマン社長、みたいなデブのオッサンがいた。朔に、また来ちゃったよー、とか嬉しそうに笑ってる。オレのことは、全然気付いていないようだ。まあ、眼中にない、とも言うかもな。でも、何時入ってきたんだ?
「今、アヤカちゃん空いてる?」
「アヤカちゃんですか? ちょいとお待ちくださいまし」
 オッサンの言葉に応えて、朔はノートパソコンの前に、正確には横に座った。カタカタと幾らかのキーを打って、その度に図形が動いて、そのうちフォルダみたいなのが開いた。字は、なんか見たこともない字だなあ。
 なんて思ってると、
「アヤカちゃん、今大丈夫ですかい?」
 え、誰に喋ってんだ?
 と、よく見れば朔のヤツ、ヘッドセット付けてた。フードの所為で今迄気付かなかっただけみたいだ。あぶね、キョロキョロする前に気付いて良かったぜ。
 返事があったようで、朔は嬉しそうに数回、頷いた。二言三言交わして、それじゃ宜しくお願いします、と締める。
「大丈夫ですね。では、ご案内しましょう」
「やあ、いつもすまんね」
 又パソコンをつつきながら朔が言うと、オッサンはとても満足そうに笑った。うーん、ギトギトした顔だなあ。アヤカって誰なんだろ……
 未だ何やら朔と喋っているオッサンから視線を外して、額を見渡す。あ、なんか難しい字ばっかりで何て読めばいいのか分かんねー。
「お待たせしました。ご案内します」
 今度は子供のような声。
 もう一度振り返ってみると、オッサンの前に女の子が立っていた。どう見ても十代前半の女の子。ツインテールにした長い髪は青色、着ているのは裾の短い着物……いいのか? こんな所でこんな小さい子が働いて。
 だけどオッサンは、嬉しそうに女の子の後をついていく。
「こんな感じですよ」
 朔の声が飛んできた。
「今の方はもう何度もお越しになってるんですけどね。基本的には、今のような流れになるんです。因みにあの子はナカヅキ、半分の月と書いて【半月】といいまして、お客様のご案内をするのが仕事なんです」
 そして、額の写真の一つを指差した。セミロングの、少しウェーブの掛かったセミロングヘア。目は閉じてるものの、穏やかな笑みを浮かべる口と肩を大きく開けた着物とで、何か物凄いセクシーに見える。“妖歌”と書かれている。
「これで、アヤカって読むのか?」
 読めない。悪いけど読めない。けれど朔はいたって変わらずニコニコと、そうですよ、と言った。
「妖歌さんは、歌や演奏をされるカナデヅキですね」
 また、妙な単語が出てきた。ああ、よく見れば名前の後に【奏月】って書いてある。これでカナデヅキと読めってか。
「そう、お名前の後に書かれているのが、それぞれの姐さんのお仕事内容を表しているんです」
 まるでオレの心でも読んだように的確な答えを有り難う。まあ、初見とやらがよくする質問なんだろうな。だから直ぐに付け足したんだろう。もう、考えるの面倒になってきたぜ。
「さて、お兄さんは誰にします?」 
「ちょ、ちょっと待ってくれ……!」
 催促されて、慌てて写真を見渡すけど、矢っ張りさっきの女が気になった。お団子頭の……
 “水華”【香月】
「おや、スイガちゃんにします?」
 これでスイガって読むんかい。もう驚かねーや。でも、【香月】ってのは何なんだ? こうげつ、とかかな?
「あ、うん……」
 あ、答えちまった。まだ遊んでいく(とゆー言い方で良いものか…??)と決めた訳じゃねーんだけどなあ。けど、朔はさっきのオッサンと同じようにパソコンをつつきながらヘッドセットで喋り出した。 
「じゃあ、ご案内しますね」
 どうやら水華さんとやら、空いていたらしい。会話を終了して俺に微笑む朔。ちょっと待ってくれ……
「あ、あのさ」
 慌てて切り出してみたが、さて何て言えばいいのか……首を傾げる朔に、思わず続いた言葉は、
「この、【香月】ってのは、何て読むんだ?」
 何、聞いてんだよ……ああ、調子が戻らない……
 朔はにこりと笑って答えた。
「それは、カオリヅキと読むんですよ。水華姐さんは、香りを扱う月なんです」
「へえ……香り、かあ」
 頷いて、幸いにも一寸落ち着きを取り戻せた。何故なら、今付けてる香水が、このところ一番のお気に入りだからだ。少しばかり高かったが、可成りの逸品なのだ。
「お待たせしました、お兄さん」
 後ろから、女の子の声。とは言っても、さっきのオッサンを案内した子とは違う声な気がする。
「早かったね、“トーヤ”ちゃん」
 振り向いた俺の背中に、朔の声。
 トーヤちゃん、とやらは、何時の間にか其処に立っていた。
 後ろでぐるりと結い上げた青っぽい、紫の髪に大きな簪が刺さっている。南の海を思い出させる色の大きな瞳は少し吊り気味だけど、人懐こそうな愛嬌が感じられる。着ているのは、チャイナ服と言うにはちょっと、色気が足りないけど丈の短い中華っぽい服。
 で、さっきの子もそうだけど、この子も矢っ張り十代前半に見える。そして、髪の色が眩しい。どんなメーカーのを使ったら、こんな色になるんだろう。いやいや、問題はそんな所じゃなくて、
「さあ、此方へどうぞ、お兄さん」
「あ、ああ、うん」 
 にこやかに掌を差し出すトーヤちゃんに、つられて愛想笑いを返すオレ。うーん……まあ、いいか。考えるのも段段面倒になってきたし。
 いってらっしゃい、と朔のにこやかな声に送られて、オレは大きな建物へと歩き出した。因みに、向かうのは日本家屋風の建物のようだ。