一日半、ルボックスを飲まないだけで、パニック発作と社交不安と格闘していたわたくしです。
きっと他人様には布団で昼過ぎまで寝てるだけで「格闘?」って思うでしょうね(笑)。
しかも薬の切れる反動で、左手の痺れ(しびれ)と膝から下の浮遊感に悩まされ、結局は動かないことを選択する自分。
そして服薬すれば…効果あるんです。
肉体と脳が連動して高揚感(こうようかん)に包まれ、まるで
「自分は空も飛べるはず」
なんてくらい自信が湧いてくる…。
小さな小さな錠剤に支配されているのかなぁ?
少女雑誌をめくれば、頻出の単語、「本当のわたし」が理解できる気がする。
買い物するだけで、電車に乗るだけで、他人様の笑い声を聞くだけで、わたくしにとっての大作業だと言うことを、もう一人の自分が嘲り(あざけり)笑っている…。
単細胞生物のアメーバは自らの細胞に餌を取り込むことで栄養としていますが…
あぁ、わたしの中に薬があるのなら薬もわたしになります。
わたし自身の存在が薬によって造らされている幻なのかと思えます。
ハイデッカーの
「存在は存在者と異なり、存在は存在しないことになります」
の言葉が今なら解ります。
何故なら肉体は本当に借り物で満足に操ることも叶わず、それを認識している脳さえも作動しなければ、どこにわたしと言う存在があるでしょう?
「歴史」です。
ただ人生を信じるしかありません。
運命でありません。
「人生そのもの」を信じて下さい。
キルケゴールは「動き出したときに、世界は創造される」と言っています。
それは断片的で連続性の現在を、無限の変化の過去と未来を信じるか否かなのです。
同じ病に苦しんでいるかた、どうか「あるがままに」いて下さい。
このblogを書けたのは薬のおかげ?
いいえ、わたくしの実力です(笑)。