ホントは、過去世の続きを出すつもりだったんですが、

今日は別の事を。



原発の事、アメリカのデフォルト問題、

円高、不況など、色々な問題が、ニュースに登場していますね。



最近、電気料金に『太陽光発電促進付加金』なる項目が

追加されています。


これ7円です。



しかし、不思議なのは、電気会社はなぜこれを書くのか?

ということ。



これが政府の方針で先ごろ決まったから、

というのであれば、『原発促進付加金』という項目がないのは、

絶対におかしい、と私は思うわけです。



日本では、原発は何より一番お金がかからない、と

言われてきましたが、実のところ、原発の危険性&その開発費用、

地域への奨励金やその他もろもろに巨額なお金がかかっている事が

全く書かれていないことは、府に落ちません。



何しろ、そうしたものを入れれば、実は原発にかかる費用が

電気料金に跳ね返って私たちが個人的に支払う費用は、

実は300円ほどにも上っているという試算があります。




つまり、原発促進付加金として電気会社は300円を

電気料金の内訳に入れないといけない事になるわけですよね?



皆さん、この事実をどう思いますか?



私たちは、自分たちのお金で、原発を促進するための

お金をずっと支払ってきたことになります。



よしんばその見積もりが多すぎる!という反論があって

それが半額だったとしても、現実に巨額のお金が私たち皆を

危険にさらす原発に使っていた事に変わりはないのです。



面白い事に、この原発を推進した人の中には、

実際に自分や家族が原爆を体験した人もかかわっているようです。



そして、そうした人々は、原発の平和利用、ということに

こだわったそうです。




ある心理学者によれば、それは『原爆への復讐心からであったのではないか』

と言います。



もちろん、ものは見方です。



このものの見方が正しいとは限りません。



しかし、原子力の恐ろしさを何よりも知っているはずの人たちが

それを推進した、というのは、非常に興味深いことでしょう。



そしてそれを平和利用という形で、克服すれば、

人類は原子力の力に勝った、と言えるのではないか、と。



その方たちは考えたのかもしれません。



しかし、科学が生み出したとはいえ、原子力の力の源は、

自然の中に存在するものです。



それを人間が克服できる、と考えるのは、結局は

人間のおごりにすぎない事を今回の事故は証明しています。



それとも、まだこの程度ではわからず、

このまま人間の傲慢をつきとおし、皆が死ぬまで、

ただ経済発展を望み続けるのであれば、私たちの未来は

考えなくとも、見えています。



原発は危険ではないという欺瞞。



危険があるとわかっても、今、自分たちの生活を謳歌するためには、

多少(?)の犠牲も仕方がない、と考える文化人?と名乗る人たち。



日本は、確かに豊かになりました。



けれど、実際の社会を見渡せば、約1、2割もの人たちがうつ病にかかり、

年間3万人を超える人が自殺しています。




日本の人口が現在約1億3千万ですから、約1,300万から2,600万人もの

人たちがうつ病で苦しんでいる寸法です。



そんな国って、ホントに豊かなんでしょうか?



「お金や物があったら幸せ」だった時代は、これから良くなる、と

いうわくわく感と共に、市民にもやる気と時代の波がありました。



けれど今は、お金や物があるだけでは幸せではない事に

皆が気付いてしまっています。



忙しく、自分に戻る時間もないまま、ただ働いて、

疲れて休みにはその憂さを晴らして、という奇妙な人生を

多くの人が生きています。



生き生きと自分の時間を持ち、自分のありたいように生きる、

という選択肢すら、初めから奪われているような

この社会のあり方に、疑問がないのもおかしい、と

私は思います。



自分らしい、ゆとりのある生き方は、これまでの観念から

導き出したのではきっと決して得ることができないだろうと

思います。



原発がいまだ、エネルギー政策の主流であると考える古い

偏ったものの見方からは、新しい発想が生まれるのは難しいでしょう。



実際、政府や大きな団体が動くのは、残念ながら、

人が何人も死んだあとです。



それも多くの批判をかわせなくなるから、という理由です。



これからのエネルギー政策は、政府主導ではありえません。


政府が機能していないことは、日本におらずとも、

世界中に丸見えです。



一人ひとりの力が高い日本だからこそ、

逆に新しいエネルギーは生まれてくると私は思います。



それはあくせく働き、人生に夢も希望もないような

生き方をする事ではなく、もっと気持ち良く暮らせ、

より鮮やかに自分の穏やかな生き方を現実化できる世界の

到来を意味している、と私は思います。



本当に生きる、とは、自分の人生に価値を見出し、

自分自身に自信と愛を得て、心豊かに生きていくことです。



豊かさって、本来、自分を認めたところにある、と

私はそう思っています。




今。節電で大変さばかりが大きく取り上げられていますが、

私は、電車やレストランで必要以上に冷えを感じなくて

済むことにむしろありがたみさえ感じます。



実はこれまでにも、夏になると病気になる人が

増える傾向にあったと、ある新聞の記事にありました。


女性が冷房で体調を崩すのは、普通でしたが、

実は気付かないうちに、男性も冷房病にかかっている

場合が多かったのだそうです。


それからいけば、今節電で世の中が少し冷房を控えて

くれる事は、私たち皆のためになっているのではないでしょうか?


寒暖の差が激しいと、肉体は体温調節機能を

失い、体調を崩しやすくなります。



過ぎたるは及ばざるがごとし、です。



熱中症にならない程度に、涼しくしておけば、

私たちは、原発に頼る生活を送らずに済むかもしれません。


むしろ、今年の夏は、私たちに大きなチャンスを

くれているのかもしれません。



原発より、クリーンなエネルギーを使って

電気を使いすぎない生活に慣れるよう、

訓練する場でもあるでしょう。



原発がなければやっていけない、というのは

実は電力会社のでっち上げ、という話もあります。


真実がどうであれ、私たちが何を選ぶかで、

結果は変わるのです。



日本人は、工夫をする、という点からいえば、

世界一の能力を誇ると私は思います。



私たちにやってできないことなんて、

きっとないはずです。



私たちの生活をより豊かにしていくのに、

本当に必要なのは、心のゆとりです。



物理的エネルギーと共に、

私たち自身のエネルギーを軽やかに

していきましょう。