その日の朝はとても寒かった。
私は起き出して、いつものようにコーンフレークとミルクだけの簡単な朝食を摂った。
食事を終え洗面台で歯を磨いていると、妻が起きてきた。
(おっ!今日はお姫様だっこも無しで、自分で起きて来たね。すごいね!)
心の中でこう思った。
声を掛けたかったけど、歯を磨いていたので掛けれなかった。
妻はそのままソファーまで一人で歩いて行った。
私は出勤の準備で慌ただしかった。
携帯や財布をポケットに入れ、かばんを持って出かける準備をする。
リビングにいる妻は、ソファーに座ってブランケットを自分の身体に掛けていた。
妻に朝日を浴びさせるために、私はリビングのカーテンを一気に開けた。
寒い冬の、少し朝焼けの赤い光が残る朝日が、ちょうど部屋一杯に降り注ぐ。
朝日の赤い光に、ソファーに座る妻の身体が照らされた。
この時の妻の姿は、一生忘れないだろう。
朝日を浴びて、妻の顔は明るく照らされていた。
何故だかいつもより少し神々しく、愛おしく思えた。
妻と目が合って、多分数秒の事だと思う。
彼女は私のほうを、ずっと静かに見つめていた。
数秒の事だけど、とても長い時間に思えた。
一言「今日は可愛いね」と声を掛けたかった。
でも言葉に出さなかった。
「じゃあ、行ってくるね。」
私がそう言うと、妻は私を見つめたまま、本当に小さな声で
「いってらっしゃい」
と言った。
それが私が妻と交わした、最後の言葉だった。
私はそのまま玄関のドアを開け、仕事に出かけた。
最後まで朝日を浴びる健康法を続けていた。
妻の最後の姿は、私は一生忘れない。
最後までうつと闘っていた姿だった。