いつかまた君と会う日のため(自殺・自死遺族ブログ)

2013年12月、最愛の妻をうつ病による自死で亡くしました。
結婚して1年1ヶ月、あまりにも短すぎました。
体に障害があったけど、懸命に生きていた妻。
妻の事を忘れない為、初めてブログを書きます。

しばらく「ペタ」を中止したいと思います。


9割以上宣伝目的で、本来の意味をなさないためです。

多い日は100回以上ペタが押されて、本当の意味で押してくれている人が紛れてしまっています。


よろしくお願いします。

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このブログは、妻が亡くなってから2週間後から書き始めました。



妻との出会いから、亡くなる当日まで書いていくのに7か月かかりました。



読み返してみると、妻が亡くなる当日まではとても前向きに生きていたのだな、と思いました。


現在の心境とはずいぶん違います。



でも、一区切りついたところで、自分の中で整理して思い出す事ができ、当時よりは少しは落ち着いたように思います。





ブログを書き始めた時の内容は、妻が亡くなった当日の出来事でした。



今思えば、あんなボロボロの精神状態の中、亡くなった当日の内容をよく書いていたなと思います。



今読み返してみると、文章に脈絡もなく、何を伝えたいのかも分かりません。



やはり書くのがつらかったので、その日の事は途中までで書けずにいました。




妻が亡くなって7か月半ほど経ちました。


今なら当時よりは、向き合って書けるだろうと思います。






やはり当時の感情を詳細に残しておきたいため、というのが一番大きいです。


そして逃げずに妻の死と向き合いたい。



書き終えた時、もう少し落ち着くことが出来たら、と自分でも願っています。



最愛の人を自死で失った人間がどんな精神状態に陥っていくのか。

私のブログを見て、何かの参考になってくれたらと思います。



そんな気持ちも込めて、今後は亡くなった当時の事や精神状態を書いて行こうと思います。





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その日の朝はとても寒かった。


私は起き出して、いつものようにコーンフレークとミルクだけの簡単な朝食を摂った。



食事を終え洗面台で歯を磨いていると、妻が起きてきた。



(おっ!今日はお姫様だっこも無しで、自分で起きて来たね。すごいね!)

心の中でこう思った。



声を掛けたかったけど、歯を磨いていたので掛けれなかった。




妻はそのままソファーまで一人で歩いて行った。




私は出勤の準備で慌ただしかった。




携帯や財布をポケットに入れ、かばんを持って出かける準備をする。




リビングにいる妻は、ソファーに座ってブランケットを自分の身体に掛けていた。



妻に朝日を浴びさせるために、私はリビングのカーテンを一気に開けた。




寒い冬の、少し朝焼けの赤い光が残る朝日が、ちょうど部屋一杯に降り注ぐ。




朝日の赤い光に、ソファーに座る妻の身体が照らされた。





この時の妻の姿は、一生忘れないだろう。




朝日を浴びて、妻の顔は明るく照らされていた。



何故だかいつもより少し神々しく、愛おしく思えた。





妻と目が合って、多分数秒の事だと思う。



彼女は私のほうを、ずっと静かに見つめていた。


数秒の事だけど、とても長い時間に思えた。




一言「今日は可愛いね」と声を掛けたかった。



でも言葉に出さなかった。




「じゃあ、行ってくるね。」


私がそう言うと、妻は私を見つめたまま、本当に小さな声で

「いってらっしゃい」


と言った。





それが私が妻と交わした、最後の言葉だった。




私はそのまま玄関のドアを開け、仕事に出かけた。



最後まで朝日を浴びる健康法を続けていた。




妻の最後の姿は、私は一生忘れない。


最後までうつと闘っていた姿だった。







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月曜の朝。


寒い朝だった。




出勤前の慌ただしい中、寝室に妻を起こしに行く。


「朝だよ。」



そう声を掛け、布団をめくり、妻を抱きかかえる。



落ちないように首に手をかけてもらい、リビングのソファーまでいつものように運んだ。



「寒いからエアコン入れる?」


妻にブランケットを渡しながらそう聞いた。



「うん、ありがとう」


妻はブランケットにくるまりながら言った。



「じゃあ、行ってくるね」




そう言い残して仕事に出かけた。






仕事を終え、夕方帰宅した。


玄関のドアを開ける。



部屋の明かりがついている。


いつも夕方までには、妻は実家から帰ってきて、アパートで待っていてくれる。


家に妻がいてくれると、ほっとする。




「ただいまー。」


そう言って家の中に入った。



「おかえり。」


妻はキッチンの椅子に腰かけてスマホをいじっていた。



着替えをするために和室に目をやると、洗濯物が干してあった。


妻がうつになってからは、洗濯も私がやっていた。



「おっ!洗濯やってあるじゃん!ありがとう。」


妻にそう言った。




やっぱり薬が効き始めてるのかな?

洗濯だけでもやれるようになるなんて、一歩前進だね。


そう思った。





夕食を一緒に食べて終えて、一緒にテレビを見てくつろいだ。



「ねえ、yoshiちゃん。来週シリーズものの映画が一挙放送するから録画しておいてよ。

一緒に観たいから。」



その映画は恋愛要素が強い映画だったので、私はあまり興味なかった。


でも一緒に観たがってるのか。


「えーーー、やだよ。

嘘だよ。予約しておくから今度一緒に観よう」


妻にそう言って、忘れないように録画予約しておいた。




「ねえ、yoshiちゃん。今度スピリチュアル系のカウンセラーに誘われてるんだけど、、、。

どう思う?行った方がいいかな?」



それまでは、スピリチュアル的なものは私は一切信用していなかった。


むしろ弱みに付け込んで、ふんだくられるくらいの気持ちでいた。



「う~ん、、、、。やめておいたほうがいいんじゃない?」

妻にそう伝えた。


心なしか残念そうだった。






テレビを見終えたので、私はキッチンに行って明日の夕食を作り始めた。


そうすると、妻も私のすぐ横にぴったりと立って、じっと私が料理している所を見ている。



まるでお母さんの料理をみている娘みたいな感じだった。




鶏肉の削ぎ切りをしていると、妻が言った。


「私、削ぎ切りが出来ないんだよね。自分のほうに包丁向けるのが怖くてさ。」



「大丈夫だよ。こんなのは慣れればできるようになるし、むしろ楽なんだよ」

妻にそう言ってきかせた。




一通り料理を終えて、明日の朝食に食べるリンゴをむき始めた。


皮むきは得意なので、一度も皮を途切れさせずに一本でむいていった。



「yoshiちゃんは、包丁使うのがうまいね。

私、うつになってから家事も料理も全部やってもらって、、、。

時々自分が無能に思えるよ」



自分を無能に思うという事を、時々妻は口に出す。


そうではない事は、私が一番知っている。


「あみちゃん。

たった一か月半前まで仕事もしながら自分で弁当も作ってたし、夕飯も作ってたじゃん。

忘れたの?

全然無能じゃないよ。

今は病気だからできないだけで、本当はできるんだからね」




「、、、、。そうだよね。

私できてたよね、、、、。

実家にいる時に、もっとお母さんに教えてもらえば良かった。

私、また料理教室に通いたいな。」




聞いていて、なんだか嬉しくなった。


「いいね!体調が良くなったら通ってみれば?

また美味しいもの作って食べさせてよ」




少し前みたいに、また二人で料理を作りたいな。


ひょっとして、年末の連休中に一回くらいできるかも。





その日は、割と早めに二人で一緒に眠った。





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日曜日の朝、、。



昨晩の余韻で目が覚めた。




「おはよう」


横で寝てる妻に声をかけた。



「おはよう」




目を覚ました妻の方に転がって、そのままハグをした。



日曜日の朝は、イチャついてもゆっくり出来るからいいな。。


うつになる前は、この時間が至福の時間だった。

2か月ぶりくらいだったけど、妻にハグしたり頭をなでたり、幸せな時間を満喫した。





そのあと起きて、家事を済ませて、食後にゆっくりしていたら妻が言った。



「○○っていうサイトなんだけどね。二分脊椎の人達の妊娠について書いてあるんだよ。

私も読むから、yoshiちゃんもまた読んでおいてね。」


先週子供の事を話してから、やっぱり気にしてたのかな。



「うん、分かった。読んでおくよ」




でも妻に言われるより前に、そのサイトは私は知っていた。


途中まで読んでいたので、今の状態のままでは妻は精神的に妊娠に耐えられない、と思っていた。


だからうつが改善してから、という話をしたんだけど、、、、。



本当に妊娠を考えられるようになったら、そのサイトを書いた医者の所に相談に行こうとも思っていた。


でもまだ先の話だな。

そう思っていた。





午後からは散髪に行って、食材を買いにスーパーへ行こうと思っていた。



「ちょっと散髪にいってから、スーパーで食材買ってくるよ。」



「私もついて行くよ。」



えっ!ついてくる!?


うつで外出もほとんど、ままらなかったのに。




「でも、俺が散髪している間どうするの?」


「床屋から近いところに雑貨屋さんがあるから、そこで時間つぶしてるよ」



これを聞いた時は本当に嬉しかった。




妻と買い物に行けるなんて、本当に久しぶりだ。

うれしいな。




車で床屋の駐車場に車を停めた。


「じゃあ、終わったら連絡してね」


そう言うと、妻は駐車場から近くの雑貨屋に歩いて行った。





散髪が終わり、妻に連絡すると雑貨屋から歩いてきた。


「買い物の前に本屋に行きたいな。寄ってもらっていい?」

妻がそう言ったので、本屋に寄った。



年末が近かったから、テレビガイドの年末特大号が買いたかったらしい。


妻は毎年年末だけ買って、年末年始の番組を事前にチェックしていた。




本屋で探したけど、まだ特大号は置いてなかった。

「来週には多分でてるよ。また来週買おうか。」


そう言いって、二人とも買いたい本のコーナーに分かれた。



私が本を買い終えて妻を探すと、妻は健康コーナーでうつの本を読んでいた。



「何読んでるの?」


私が笑いながらそう言うと

「せっかく久しぶりに本屋にきても、結局こういう本を探しちゃうよ」


妻は、はにかんだような笑顔を浮かべてそう言った。




本屋をでてスーパーに行った。


休日に夫婦で買い物に行く。


何の事はない出来事だけど、この時は久しぶりだったから嬉しかった。


妻のいつも買っているヨーグルトや、妻の好きだったポテチも一緒に買っていった。




家に戻った。


家で少しのんびりして、夕方になってきたので、妻を散歩に誘った。



冬の夕暮れのなか、二人で手を繋いで近所をゆっくり歩く。



もうすぐ会社も冬休みだな。


今日みたいな調子が続いてくれたら、休み中もどこか連れて行ってあげられるかもしれないな。


でも二人で近場で買い物するだけでも、今年はいいかも。



一緒にいられる時間が増えるので、私は早く休みが来てほしかった。



散歩中、妻の暖かい手を握って、そんな事を考えた。






夜夕食を終えると妻が言った。


「yoshiちゃん、ここどう思う?うつに対するカウンセリングなんだけど、市内でやってるんだよね」

そういってスマホでサイトを見せてきた。


土曜日もやっていて、家から車で30分位だから連れて行ってあげれらる。



「いいんじゃないの?一緒に行けそうだし。一回試してみたらいいよ。

予約しておいたら連れていくよ」



薬以外、色々試したいという妻の気持ちは変わっていなかった。









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「朝日が出てるよ」




土曜日の朝、まだ寝ていた妻に声をかけた。



いつものように寝室のベットから「お姫様だっこ」をして、リビングのソファーまで妻を運んだ。




平日の出勤時間よりは遅めに起きたので、窓から注ぐ朝日の位置も、少しちいさくなっている。





「ここのほうが、よく朝日が当たるよ」



ソファーの位置だと身体の半分くらいしか朝日が当たらないので、窓際の日差しが良く当たっている箇所を指差した。



妻は顔に日焼け止めを塗って、ブランケットを羽織り、窓際に小さくなってじっと座っていた。



以前にも書いた、うつに効くという健康法をずっと実践していた。


http://ameblo.jp/loveemichan/entry-11893100144.html





私は朝食を手早く済ませ、部屋掃除と洗濯をし始めた。


休日は早めに家事を済ませて、撮りためた映画を観たい。



リビングを掃除する間は、妻にソファーに移ってもらう。



床掃除が終わってトイレ掃除をしていると、知らないうちに妻が後ろに立っていて、私の掃除している所をじっと観察していた。



「どうして見てるの?」


と私が聞くと


「いつもどんな感じでトイレ掃除しているのかな?と思って」

と言った。



妻は多分トイレ掃除は一度もやっていなかったと思われる。


お風呂掃除も大変そうなので、全部私がやっていた。



たぶん障害のせいで、掃除の体勢がキツいんじゃないかと思う。




「いつもありがとうね。本当に感謝してるよ」


そう言ってくれたので


「大丈夫だよ」

と答えた。





午後からは一緒に部屋で映画をみた。



ジェイソン・ステイサムの「パーカー」っていう映画。


昔、メル・ギブソンが主演してた「ペイバック」という映画のリメイク作品だった。




いつも主演映画では無敵に近いジェイソン・ステイサムが、瀕死まで追い込まれるので結構新鮮で面白かった。


ただ恋愛的な要素は一切ないハードボイルドな復讐劇なので、妻の反応はイマイチだった。



でも一緒にゆっくり映画を観て、ああでもない、こうでもないって感想をいうのも久しぶりで、とても楽しかった。




夕食が終わって妻がお風呂に入っている間に、サプライズのクリスマス料理を何にしようか考えていた。



一緒に楽しめるような食事がいいな。



そうだ!チーズフォンデュがいいや。

妻は食欲が落ちてるけど、チーズフォンデュなら、ちょっとずつ食べられるし、楽しいかもしれないし。


それと鶏の骨付きもも肉を買ってきて、オーブンで焼こう。



そう思って、レシピをプリントアウトしてしまっておいた。






私も風呂上がりにソファーでリラックスしてテレビを見ていた。


妻がソファーの横に静かに座った。


二人並んで、ソファーに座った形になった。




妻が、私の肩に頭をもたれ掛けてきて甘えてきた。




何だか付き合い始めた時のような、懐かしい気持になった。



私は妻の頭を優しくなでた。








その夜、二人は愛しあった。




「yoshiちゃん、大好きだよ。」


最後に抱き合った時、妻がそう言ってくれた言葉は、今も私の頭の中にずっと残っている。




「俺も、あみちゃんの事大好きだ。」




そう言って、以前より痩せてしまった妻の背中を抱きしめた。







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今日からは、妻が亡くなるまでの5日間をブログに書いていこうと思う。


うつの症状が和らいで、本当に穏やかに過ごせた日々でもあり、そこから地獄の底まで突き落とされた日でもある。



いままでブログで断片的に書いた事はあるけど、記録に残すために時系列で書いていく。













子供の話をした日から数日後、、、。



妻が少しずつ元気になっているような感じがした。



スマホは相変わらず触ってばかりいるけど、小刻みな震えはなく、前よりよく会話するようになった。



夕食の後、テレビを見ながら他愛もない会話も出来るようになり、本当に嬉しかった。




これはようやく薬が効いてきたのかな?


医者も効いてくるのに早くても一ヶ月くらいかかると言っていたし。





家事を終え、私がソファーでくつろいでいると、妻が言った。


「なんか、こんな気持ちでクリスマスとか年末年始を迎えたくないなー。」



そう言うと、「う~ん。バタッ!」と言って、私の太ももの上に頭を乗せて甘えてきた。




「まあ、今年はしょうがないね。でもここのところ前より調子いいよね?


整体の先生に借りた本にも載ってたよね。

服用後一ヶ月くらいで効き始めるって。


ようやく薬が効き始めたんじゃない?」


私は妻の柔らかい髪を撫でながら言った。




妻が整体の先生に借りた鬱の本に、「回復を表すグラフ」があって、横軸に経過時間、縦軸に回復度が書いてあった。


そのグラフを見せながら、「今きっとこの辺だよ」といって、回復の第一段階あたりを指で指した。





もう年末か、、、。


妻は嫌だと言っていたけど、私は連休で一緒に過ごせる時間が増えるから、早く休みになってほしいと思っていた。



クリスマスか。



まだ一緒に外食に行くのは難しいかな。




そうだ!家でちょっとパーティーっぽくして、簡単なクリスマスディナーみたいなものを作ろう。


実家に一人暮らししてた時の小さいクリスマスツリーがあったっけ。


あれも持ってこよう。



あみちゃんには内緒で進めよう。

久しぶりのサプライズだ。





「この所ちゃんと寝れてる?」

調子がよさそうだったので、試しに聞いてみた。



「うん、前よりはちゃんと寝れるようになったよ」



「本当!じゃあ、今日から一緒に寝ていい?ダメだったらまた別々に寝ればいいから」


「うん、いいよ」





マジか!やった!

一人で寝るのは寂しかったので、この言葉は本当に嬉しかった。


多分妻も寂しかったんだと思う。



いいよ。と言ったときは妻も嬉しそうだった。




その日は2ヶ月振りくらいに、一緒に眠れた。



妻が隣に寝ていられるって、とても安心できると思った。






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妻と一緒に心療内科に行ってから、一か月とちょっと過ぎた。



ずっと妻を見てきたが、調子の悪い時とそうでもない時が、何となくわかるようになってきた。



調子が「まし」な時は、まだテレビを見ていても時々喋っていられる。



調子が悪い時は、じっと膝を抱えて小刻みに震えている。





3日程前に心療内科から処方される薬が変わった。



今までの薬は、その病院でも妻を含め3人しか処方されていなかったらしい。



一般的に処方されている薬に変わったと言っていた。



薬が変わる時は、副作用で落ち込むことがあるらしい。



妻は今までないほど激しく落ち込んでいた。





私が仕事を終えて帰ってきたら、リビングにじっと座って、毛布にくるまって小刻みに震えていた。


一緒に食事をしていても、一言も喋らず、眉間にしわをよせて溜息ばかりついていた。



家事を全て終えて、私がテレビを見てくつろいでいると妻が話しかけてきた。


「こないだの食事会は楽しかったの?」



3日前に私の実家の食事会に行った時の事を聞かれた。


母から兄弟夫婦がみんな集まって食事会をするから、来るかどうか聞かれていた。



妻の事があるので最初は断ったが、よく考えたら母の誕生日だという事を思い出した。



妻は実家で泊り、私だけ行ってきた。



「うん、楽しかったよ。一番下の弟の子が来ててね。ちょうど一歳になったけど、すごい人懐っこいよ。

全然泣かなくて、顔見るとニコニコ笑ってくれるんだ。可愛いかったよ。」




子供の話題を聞いたからだろうか。


妻はしばらく考え込んだ顔をして、口を開いた。

「yoshiちゃん。ずっと聞くのが怖かったんだけど、私が子供いらないって言ったらどうする?」




この言葉は本当にショックだった。


ずっと妻との子供がほしいと思ってきた。



だから反射的に言葉に出てしまった。

二度と取り消せない言葉を、、、。


「挑戦してダメならしょうがないけど、挑戦もしないなら、その時はどうなるか分からない」



「分からないって、どういう意味?」

妻が聞いた。



しまった!俺何を言ってんだ。

こんな落ち込んだ状態なのに。元気づけなきゃいけないのに、、、。



「もちろん今すぐって意味じゃないよ。今の状態じゃ無理なのはわかってるよ。

でも何年か後には挑戦はしてみたい。

でも今は治る事だけを考えてほしい。」


そういって言葉を濁した。





「もう(子供の事は)大丈夫だよ、って言ってほしかったな、、、。」


妻は悲しそうな顔でそう言った。


消え入りそうな小さな声だったけど、私にははっきり聞こえた。





この言葉は一生忘れない。


そして私が発した言葉も、、。



この私が言った言葉が、彼女を殺してしまったのだと今も考える。



なぜなら、この10日後に妻は自死してしまうのだから、、、、、。







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それからは仕事の合間に手帳を見て、利他の原則・運命についてずっと考えていた。



運命か、、、、。




親父が商売をしている家に生まれたのも運命かもと、あの社長は言ってたな。



親父と弟から頼まれて、11年勤めたサラリーマンを辞めて家業を手伝ったのも運命かな?



昔付き合った彼女がうつになり、今は妻がうつになった。


これは、俺にうつになったパートナーを救えという事なのか?




利他の原則か。


純粋に私心がなく、人の為にできる事業や仕事なんてあるのか、、、、。





運命か、、、。


待てよ、、、。




妻はなぜ身体に障害があるのに、さらに鬱にもなって苦しまなきゃならないんだろう、、。


根底には障害があるんじゃないか?





妻と付き合ってから、俺は何をしてきたっけ?


障害を持った妻を喜ばせたいと思って、一人じゃいけない所に色々二人で行ったよな。


身体に障害があったら見れない景色や、体験したかった事、二人でいろいろ挑戦した。



そこに私心なんてあったか?


そんなの無かった。



ただ彼女の喜ぶ姿を見たかっただけだ。




障害による不便や苦労を少しでも楽にできるものを提供できれば。


また出来なかったことを、できるようにしてあげられたら。



そんな仕事ができたら、自分も嬉しいと思う。



それに不便な事、できなかったことは妻が一番分かってる。


今の会社には妻の居場所はない。




だけど、それを仕事にできたら妻と一緒にやっていける。




できれば同じか、類似した障害を持った方達を従業員として、仕事をしたい。


ボランティアではダメだ。



そうすることにより、色々なニーズを吸収し、彼らと利益を共有することができ皆が幸せになれる。

この考えには私心は無い。

純粋にそうしたいとも思う。


幸い今の仕事は製造業だ。


試作開発の仕事なので、すんなりと入っていけるのではないか?





妻の居場所を作るんだ。






私の中の「利他の原則」の答えが見つかった。



それからすぐ図書館に行って、補装具や福祉機器、福祉医療関係の本を借りて勉強し始めた。



福祉機器大手の会社の人の講演会にも申込みをした。




これまで家業とは言え、生活のために仕事をしてきた。


これからは違う。

考え抜いた末、出した答えも業務の一つとしてやっていく。

自分のためじゃない。障害を持った方の喜ぶ顔が見たい。


なにより妻と作り上げたい。一緒に幸せを作り上げる。



そう思うと、とても前向きになれた。






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会社を毎日定時で帰り、家事一切を自分で回していた頃。


前期は大幅な黒字決算だったものの、今期は大幅な赤字を計上した。


リーマンショックの流れで、売上の5割を占めていた親会社から取引を打ち切られ、必死に営業活動をして大手取引を再開して売り上げは回復していた。


ただ仕事の単価が大きな案件のため、仕事が取れた年と、取れない年の差がとてつもなく開きがある。



ほとんどマグロの一本釣りに近いような経営で、かつての安定とは程遠い。


これを解消すべく、新規営業のほかに成功している同業他社の会社を訪問して勉強をしようと思った。



父である社長は「今さら」という感じなので、私一人ですることにした。



うちの会社と全くの同業というのはあまりないので、近いと思われる会社を調べて電話をする。


その会社の社長に電話を繋いでもらい「勉強させてほしい」と伝え、話を聞きに行く。




友人であるコンサルには「そういう時はフルチ○でいったほうがいい」

と言われていた。


ここでいう「フルチ○」とは、経営的な数字、社員や自分の給料まで洗いざらい見せるという事だった。


全てをさらけ出せば、初対面の向こうも話に乗ってくれるというわけだ。




そうやって何件かの会社とアポを取り、商圏が重ならないように県外の会社に出かけ、色々な会社の社長達の話を聞いた。


こちらも全てを見せるが、聞くことはずけずけ聞いた。

何かヒントになりそうなことを聞き出すために、、、。


それで真似できそうなことは、すぐに取り入れた。




でも他の会社の回れば回るほど、自分の会社は一体何のために仕事をしているのか?

そう言う考えに陥った。


父はその昔、食べていくために当時給料の良かった木型職人に弟子入りして自分の会社を興した。


バブル崩壊で一度倒産してからは、不況に強い商社スタイルで会社を新たに興し今に至る。



元々は食べていくため。

それ故に、言われれば何でも引き受ける。

仕事の幅が広すぎて、「これ」といった強みが感じられない。


今の会社を一言でいうと、そんな感じ。


うちみたいな10人足らずの零細企業こそ、ブランディングに力を入れないと、価格競争に巻き込まれるのではないか?


そう言う思いが強くなった。




そして、ある社長に会いに行った時、、、、。


その会社は100人くらいの規模だけど、日経ア○シエにも「成長企業」として業種別ナンバー1として掲載されている元気のある会社だった。



いつもの通りこちらの腹をすべて見せ、その社長の経営に対する考えを聞いた。


社長はこう言った。

「私は創業してしばらく、会社を大きくすることしか頭になかったです。でもいつしか、それでいいのか?という考えに至りました。


でもその時読んだ稲盛和夫氏の「生き方」という本を読み、深い感銘を受けました。

利他の原則というのがあり、己の利益ばかり考えず、その仕事は他の人達の利益を考えているか?

そういう考え方です。


また少し宗教じみているけど、宇宙の真理や運命を感じながら仕事の意味を考えます。これも稲盛さんがおっしゃっていることです。


yoshiさんは何のために仕事をしていますか?お父様が社長という事。それも何かの運命かもしれませんね。」



そう言われて何も言えなかった。

でも心の中に何か熱いものを感じた。



その社長は盛和塾という経営者の会に入っていて、今度稲盛和夫さんの前で発表を行うと言っていた。

もし興味があって入会したければ、言ってください。とおっしゃってくれた。


稲盛さんは経営者として既に伝説の人で知ってはいたが、著書は読んだことがなかった。



その時の私は、72時間ルールというのを自分に課していた。

思い立って72時間以内に一歩を踏み出さなければ、それは多分一生することはない。


なのでその社長と面談した帰りに本屋に立ち寄り、すぐ本を買い求めた。



家に帰ってすぐ本を読んだ。


妻はそれを見て「よくそんな分厚い本が読めるね」と言っていた。


本は二日で読み終えた。




社長が言っていた利他の原則を手帳の裏に貼って、暇さえあれば読み返した。



『動機善なりや、私心なかりしか』

 

「自分がその事業や仕事に乗り出そうとするのは、本当にそこに携わる人達の為を思っての事か?

会社や自分の利益を図ろうとする私心がそこに混じっているのではないか?


または、世間からよく見られたいというスタンドプレーではないのか?

その動機は一点の曇りもない純粋なものか?」



以上の言葉を手帳に貼り、繰り返し読み、自分にとって利他の原則・そして運命って何だろうか、、。


毎日真剣に考えた。





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妻はうつになってから、朝全く起きてこれなくなった。



それでも病院の薬による治療以外もしたいと言った。



前にも書いたが、朝日を浴びながらのリズム運動が、体内からセロトニンを分泌しうつに聞くという説があり、それを実践したいと言っていた。



朝日ともに起きて、外を歩くのは今の妻の状態では中々難しい。


寝室には部屋の向きの関係で、朝日が入ってこない。



だから私が出勤前に、リビングのソファーまで運び、朝日を浴びさせることにした。



結婚してから家具は二人で選んで揃えたが、ソファーだけは私が独身時代の頃から使っているものを持ち込んだ。



二人掛けのラブソファー。





白と黒のデザインが気に入っていたこともある。



でもそれ以上に妻とつきあっていた頃の思い出が詰まっていた。





私はアパートで一人暮らしをしていた時には、一部屋をシアタールーム兼勉強部屋にしていた。



妻と付き合っていた頃は、この部屋でソファーに座ってよく映画を観た。



昔のアパートの写真↓




初めて部屋で二人で映画を観たときは、まだ付き合う前だったので隣に座っていても指一本触れなかった。


付き合ってからは、このソファーに座って二人で寄り添って映画を観た。


二人とも映画好きなので、何度観たかわからない。





その思い出のソファーの場所には、いい感じで朝日があたる。


だから出勤前に妻をベットルームから、『お姫様だっこ』で抱きかかえてリビングまで運んでソファーに寝かせていた。



朝出勤前に寝室に行き、ベットで寝ている妻のふとんをめくる。


眠そうな妻を抱きかかえる。


「落ちると危ないから、首に手をかけてね」


そう言うと「うん」言ってうなずいて、私の首に手をかける。



「何か介護されてるみたいだね」

妻がそう言った。


うつになる前だったら「私、お姫様みたいだね」

冗談っぽくそう言っただろうな。


「軽くなちゃったな、、。」

妻を運んでいて、いつもそう思っていた。


そこからキッチンを抜けて、リビングのソファーに寝かせる。

もう冬だったので、ブランケットを渡す。


「日焼けするのが嫌だから」と言って、私が外を走る時に使う日焼け止めを顔に塗っていた。



「それ、俺のなんですけど、、。自分の使えばいいじゃん。」


と言うと

「いいの。」

といってかすかに笑う。


朝のそんなやり取りが好きだった。




昼は昼食を食べに妻は実家に行く。


昼食を食べ終わると、妻はお義父さんと一緒に散歩に出かける。

リズム運動だ。


お義父さんも娘とのひと時を気に入っていたらしい。

後からそう言っていた。



ある時、夕食を食べていたら妻が言った。

「ねえyoshiちゃん。yoshiちゃんの会社に私も行っちゃだめかな?

ただ会社で座ってるだけでもいいんだけど。

実家に行ってもお母さんはパートでいないし、お父さんは散歩以外は寝てるだけだから。」



そう言われたけど、この頃の私は会社にいることは少なく外回りばかりしていいた。

だから会社に来ても、親や社員が「??」と思うだけで余計孤立してしまうのではないか?


会社に妻の居場所はないかもしれない。


そう思っていたので、「それはちょっとね、、。」と言って断った。


妻は実家にいても、寂しさを感じていたのかもしれない。

今思えば、会社に連れて行った方が良かったかもと思う。

そんな風に思える。






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