いつかまた君と会う日のため(自殺・自死遺族ブログ)

2013年12月、最愛の妻をうつ病による自死で亡くしました。
結婚して1年1ヶ月、あまりにも短すぎました。
体に障害があったけど、懸命に生きていた妻。
妻の事を忘れない為、初めてブログを書きます。

メッセージボードに妻との出会いから、自死遺族になるまでの出来事をまとめました。

下記の題名をクリックすると、直接記事のページが開きます。


最新記事、その他の記事は記事一覧よりご覧ください。


Ⅰ.妻との思い出


1.妻と出会った頃の事(1)

2.妻と出会った頃の事②

3.妻と出会った頃のこと(3)

4.妻と障害

5.妻からもらった結婚を決めた一言。

6.勝利の女神(1)

7.勝利の女神(2)

8.勝利の女神(3)
8.思い出(アウトドア)

9.思い出(続・アウトドア)

10.花火のこと

11.最高の笑顔

12.テーマパーク

13.彼女の夢は

14.彼女の誕生日に

15.ごあいさつ

16.友達へのお披露目

17.結婚式の想い出 1

18.結婚式の思い出2

19.結婚式の思いで3

20.次の日

21.謎の一人暮らし

22.妻へのサプライズ

23.お披露目会(1)

24.お披露目会(2)

25.ハネムーン計画

26.ハネムーンクルージング(1)

27.ハネムーンクルージング(2)

28.ハネムーンクルージング(3)

29.ハネムーンクルージング(4)

30.ハネムーンクルージング(5)
31.ハネムーンクルージング(6)

32.ハネムーンクルージング(7)

33.ハネムーンクルージング(8)

34.ハネムーンクルージング(完)

35.パート開始

36.パートをし始めてから

37.楽しい事がなくなっていく。



Ⅱ.鬱との闘い


38.新しい病院

39.一言日記

40.パートを辞めることを決めて。
41.不眠。

42.うつ。

43.模索
44.妻とのやりとり

45.治療院

46.最初で最後の結婚記念日

47.治療院、その後

48.心療内科

49.その後の日常

50.ラブソファー

51.利他の原則

52.答え。

53.二度と取り消せない言葉

54.最後の5日間(一日目)

55.最後の5日間(二日目)

56.最後の5日間(三日目)

57.最後の5日間(四日目)

58.最後の5日間(五日目)



Ⅲ.自死遺族


59.連絡

60.病院

61.現場

62.アパート

63.暗証番号

64.対面

65.遺書

66.涙の対面

67.安置室

68.会葬礼状

69.怒り・不安

70.お通夜

71.告別式

72.火葬

73.骨上げ~初七日。

74.自死遺族~葬儀から数日



テーマ:

1~2か月前から自分の中で一つの目標ができたことから、最近は仕事や友人との付き合いなど、以前より前向きになってきています。



よく人間は2回死ぬと言われます。


一度目は生命活動が失われた時。

二度目はみんなから忘れ去られた時。



私が生きている内は二度目の死だけはさせないと思っています。


そして一人でも多く、妻の生きた証、妻の人となりを知ってもらう。


ブログをまとめた事で多くの方に、妻の事を知ってもらえたと思っています。



ここから先はブログはもちろん、私の仕事を通して妻の意志と共に歩む。

そうすることで、妻の意志をこれからも残していきたい。


それが現時点での私の生きる意味だと思っています。




妻が亡くなって間もない頃、苦しみから逃れるため、自死遺族のブログや死別のブログを見て回っていました。


ジャナベッティさんがブログで紹介してくれていた中原 憬さんの「愛する人を亡くした人の為の100の言葉」


http://www.asahi-net.or.jp/~kx5n-kgym/frame.htm


このサイトを見て、波のように押し寄せる自責の念や押しつぶされそうな孤独感、慟哭ともいえるような悲しみに耐えてきました。


プリントアウトして会社でも持ち歩き、仕事中でも押し寄せる悲しみに襲われた時に取り出して、クリスチャンが聖書にすがるがごとく読み、心を落ち着かせていたことを思い出します。



中原さん自体がお母様を自死でなくされていて、自殺/自死で遺された遺族の為に
というページを別に立ち上げていました。


http://www.asahi-net.or.jp/~kx5n-kgym/light.htm


この内容を読んで当時は「すべての気持ちが自分に当てはまる。理解されない気持ちもこの人は全て代弁してくれている」と思いました。


それこそ憑りつかれたように、プリントアウトして毎日読んでいました。



時間が経つにつれ、気になったのは「いかにして回復していったか?」という所でした。



サイトにはこんな内容が書かれていました。



その人の人生全体を、覚えている限りのありったけの思い出で再構成しているのです。


知らない部分でさえ、推測で補って、思い描いているのです。

それは、あたかもひとつの彫像をコツコツと彫り上げる作業のようなものだったかもしれない、と今にして思います。

当時は、ただ悲しみと苦しみ、慟哭と絶望しか感じられないわけなのですが。

長い歳月を経て、その人の生と死は、私の中で、ひとつの像としてできています。

その人の在った姿、あるべき姿は、私の胸の中にあるのです。

それは、記憶ではなく、心の形として。







これを読んだ時、ブログの中で妻との出会いから亡くなるまでの事を書いて行こうと決めました。



ただ書いている時は、当時の事を隅々まで思い出す必要があったため、いつも泣きながら書いていました。


大変辛い作業でしたが、しっかり心に刻みながら書いていたと思います。


本当に心に彫刻を彫っていくような作業でした。




今現在はどうかと言うと、まだまだ荒削りな像ではありますが、ぼんやりと「心のかたち」として出来上がりつつあるような気がします。



週に2~3度お墓参りに行きますが納骨堂にお参りする時は、目を閉じて妻の事をイメージします。


妻をしっかりと抱きしめて、生前そうしていたように頭をなでます。

「もう大丈夫だよ。これから俺と一緒に頑張っていこうね」


必ずこう語りかけます。


そしてお墓には、もう妻の名前が刻まれているのですが、墓に水をやり、彫られている妻の名前をやさしくなでます。


そして先程と同じことを語り掛けます。



仕事やプライベートなどで決断を迫られた時、今は心の中で妻に相談しています。




弟の元に妻が2度現れたと教えられてから、、、、。



妻は私の左側にいるのではないか?と何となく感じる時があります。



生前妻がよく私の左肩にもたれて甘えてきた感覚が残っているだけかもしれませんが、、、。


そういう時は、自分で左肩をポンポンと軽くたたいて「ありがとうね。大丈夫だよ」と語り掛けています。



先日のボクシングの試合の時も、試合前に左肩をポンポンたたいていました。



そしてリングに上がる寸前には、胸に手を当てて、目を閉じて妻の事を考えていました。




「さあ!一緒に戦うよ」と語り掛けました。





以前より回復してきたものの、来月には一周忌が控えています。


これだけは、必ず落ち込むと思っています。


まだまだ不安定な日々が続くと思いますが、そんな自分も今は受け入れています。







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