いつかまた君と会う日のため(自殺・自死遺族ブログ)

2013年12月、最愛の妻をうつ病による自死で亡くしました。
結婚して1年1ヶ月、あまりにも短すぎました。
体に障害があったけど、懸命に生きていた妻。
妻の事を忘れない為、初めてブログを書きます。


テーマ:

ここ最近、妻が亡くなる前日の事ばかり思い出す。


気分が落ちているせいもあるかもしれない。




妻は亡くなる5日程前から、うつの症状がおさまり、本当に穏やかに過ごせた。


亡くなる前日の事。



仕事から帰ってきたら、珍しく洗濯をしていてくれた。


うつで何もかも出来なくなっていたので、本当にうれしかった。



前日に私が作った夕飯を一緒に食べた。


妻は二分脊椎という障害による排泄障害があったので、食事の時には胃腸を整えるため青汁を飲んでいた。


足も不自由だったので、何かに手をついていないと歩けない。


だから作った青汁のグラスを持って「はい、お願い」と言って、食卓に置くようにいつも渡してきた。



二人で好きなドラマを観ながらご飯を食べた。


「今後どうなるんだろうね~」


そんな話をしながら、、、、。



「来週wowowでトワイライトシリーズ全5作がやるんだけど、一緒に観たいから録画しておいてよ」


妻が言うトワイライトという映画は、高校生の女の子がイケメンのバンパイアと狼男と三角関係になる甘ったるい映画だ。


妻は日ごろから私に対して、甘い言葉が足りないといって、よくこういう映画を見せたがった。


「えー、俺も観るの?うそうそ、録っておくから一緒に観よう」



「yoshiちゃん、後で聞いて欲しいことがあるんだけど」

と妻が言った。



食事が終わってソファーでくつろいでいたら、妻が話しはじめた。


「最近また便秘になって来て、もう薬を使わずに治したいよ。どうしたらいいと思う」



妻は数週間前に酷い便秘になり、どうしようもないので強めの薬を飲んだ。


そうしたら下痢になってしまった。


排泄障害の厄介な所は便意がない事。


我々からみれば何ともなくても、便意そのものがないからトイレから出られなくなる。


ちなみにお腹は痛くなるので、痛くなったらすぐトイレに行っていた。



「薬以外に、なんか腸を動かす体操とかないの?」


そう聞いたら、昔買った体操の本があるとの事だった。


「とりあえず、こまめに体操から初めてみたらどうかな?」


そう言ったら、本を読んで早速体操をしはじめた。



私は風呂掃除をして、明日の夕食を作り始めた。


「明日の朝、りんご食べる?」

妻は胃腸のためにリンゴを食べるのも好きだった。


「うん、食べるよ」


そう言ったので、私はキッチンでリンゴを剥き始めた。



そうすると妻は、リンゴを剥く私のすぐ横に来て、ずっと包丁さばきを見ていた。


「yoshiちゃんは、包丁使うのうまいよね。私は自分のほうに包丁向けるの苦手なんだよね」


「まあ、慣れだよね。何回もやってれば無意識で出来るようになるよ」


「私、ここ最近ずっと料理も家事もやってもらって、自分が無能に感じることがあるよ。yoshiちゃんには感謝してるけど」


「あみちゃんは無能じゃないよ。現に2か月前まで普通に出来てたじゃん。それに働いてた時は仕事終わってから夕食作ってたよね?

今は体調が悪いから出来ないだけ。

うつは目に見えないから分からないけど、両腕骨折していると思えばいいよ。

骨折してる人にご飯作れなんて言わないでしょ。

それに俺は好きでやってんだから、気にしなくていいよ」


「そうだよね。私やれてたんだよね。

私思うんだけど、また料理教室に通いたいな。もっとバリエーションも増やしたいし、手際よく料理作りたいんだよね」


「いいじゃん、良くなったらまた通って俺においしい料理食べさせてよ」



そういってキッチンで二人並んで話した。



5日前から不眠も少し良くなったので、一緒に寝る事が出来た。


何て事はない1日だけど、うつが酷い時にはこんな会話絶対出来なかった。


だから本当にうれしかった。



2か月たって、ようやく薬が効いてきたか。

本にも書いてあったけど、やっぱり薬が効くのはそれくらい掛かるんだな。


後は良くなっていくだけかな。


その日はそう思っていて、半年後には何事もなかったように暮らしているかなと、ごく普通に考えていた。





次の日の同じ時間には、病院で遺体となった妻にすがりついて泣いていた。


死ぬなんて微塵も思えなかった。



最近この幸せな日の事と、次の日遺体になった妻の姿が交互に頭に出てくる。

その度に泣いてしまう。


落ち込むとこんな事ばかりが頭をよぎる。





にほんブログ村
にほんブログ村
いいね!した人  |  コメント(10)
PR
同じテーマ 「妻との思い出」 の記事
最近の画像つき記事  もっと見る >>

テーマ:

この数週間、ずっと風邪のような症状が続いていて、少しずつ良くなっているものの扁桃腺がずっと腫れてます。


今日は本当ならフルマラソンに出ている予定でした。


もともと妻がまだ生きていた時にエントリーしたもので、妻が亡くなってすぐは全く出場する気もありませんでした。


2か月程前から少しづつ元気を取り戻し、週末や夜少しづつ走るようになりました。


3週間前に練習で20km走りきり、これは完走ぐらいは出来るんじゃないかと思っていました。



それから風邪が長引いてしまい、練習が一切できず、、。



ダメもとで、昨日の朝5km走ってみました。


走れましたが、呼吸が苦しくてとてもフルマラソンは無理と判断しました。



少し残念ですが、今は悔しさもあまり感じなくなりました。


基本、負けず嫌いなので、以前だったら無理してでも出場していたと思います。


でも今日はどうでもよくなってしまいました。



今日は一歩も家から出ませんでした。


家でボクシングの中継を見たり、撮りためたビデオを見たりして、あとは寝ていました。


長時間、テレビを観られるようになった所は少し回復したのかなと思います。



体調が良かった時は心の中でも妻に伝えていました。

「俺、一人になっちゃったけど、頑張るから。見ててくれ」


ここ最近はダメですね。


今日はキッチンの椅子に掛けてある、妻の部屋着を後ろから抱きしめて言いました。

「頼む、あみちゃんに会わせてくれ。どんな形でもいい、一目でいい、会わせてくれ」


仏壇の前でも「会いたいよ。俺あみちゃんに会いたいよ」と呟いていました。


今日は泣き事しか浮かんできませんでした。



明日、病院に行って注射でも打ってもらい、早く体調だけでも戻そうと思います。













いいね!した人  |  コメント(10)

テーマ:

今日はとても暖かい一日でしたね。



みなさんはISOはご存知でしょうか。


国際標準規格の一つで、規格に沿って会社の運営システムを構築し、認証を得た企業は「ISO認証企業」となります。


うちの会社は小さいですが、ISO9001という規格を8年前に取得しました。



年に一度、監査機関より監査員が派遣され、ちゃんと標準規格に沿って運営がされているか監査を受けるのです。


審査に引っかかった場合、最悪認証を取り消される場合もあります。


今日は、その監査の日でした。



審査は主に書類の有無で行われますが、膨大な書類を必要とします。



妻が亡くなってからISOの書類どころか、通常の仕事もままならない状態がしばらく続きました。



また審査の日が近づいてきても、どうしても資料を作る気になれず、そのまま放置していました。



ただ、取り消されると今後の仕事に差し支えるので、2週間前から嫌々書類を作り始めました。



昨日の夜、残業をして何とか資料を完成させました。



妻が亡くなってから、会議などする気にもなれなかったので、実際には行っていない会議などをやった事にして作った、いわばねつ造の書類です。

例年はまじめにやっていますが、今年はそんな状態ではないのです。



頭の働かない状態で作った書類なので、つじつまが合わない箇所もあるかもしれないと思いました。


審査員は色々な質問をしてきます。


それも朝8時半から夕方5時まで質問とチェックは続くのです。



指摘を受けた時、動揺しても表情を読み取られないよう、今日は大きめのマスクをしていきました。

風邪なのでちょうどいいですが。


2~3回指摘を受けましたが、相手から視線をそらさず何とか受け答えしました。



丸一日かけた監査も、無事大きなミスもなく終わりました。


緊張が解け、心底疲れを感じました。



駅まで車で審査員を送る途中、車の中で聞かれました。


「Yoshiさんは、お子さんはいるんですか?」


「いえ、おりません」


審査員は雑談のつもりで聞いたのでしょう。



私はいまだに結婚指輪は外せずにいます。

指輪を見て聞いたかもしれません。


精神的にひどく疲れていたせいか、何気ない質問でしたが今日は堪えました。



私は妻との子供が欲しかったのです。



妻が亡くなった夜、病院に運ばれていた妻は身に着けていたものは全て外されていました。

もちろん結婚指輪も外されていました。


病院で妻の亡骸を目の前にして「俺、この指輪外したくねえよ、外したくないんだよ」と言って、妻の亡骸に覆いかぶさって泣きじゃくった時の事を思い出しました。


それから一度も外したことはありません。


最近体調のせいか気分が落ち気味ですが、いまだに妻の死を受け入れられずにいます。



妻は身体に障害があり、私と出会うまでは一人でも生きていけるよう頑張って働いていた。


ようやく結婚出来てとても喜んでいたのに、なぜ一年で亡くなってしまったのか。


なぜ、身体の障害のほかに心の病気にもならなければいけなかったのか。



最近、世の中は不条理に満ちていると思えてなりません。


気付かなかっただけで、もともと不条理なのかもしれません。


私は守るものがなくなり、最近本当に弱くなったと思います。






にほんブログ村
にほんブログ村


いいね!した人  |  コメント(18)

テーマ:
昨日は関東から、わざわざひじりんさんが来て下さった。

名古屋では有名な待ち合わせ場所「ナナちゃん人形」の前で待っていました。


ひじりんさんの情報としては、「メガネ」くらいしかないので、待ち合わせ場所に次々現れる「メガネ」の男性を確認していました^^


そのうちに私を見るなりすぐ手を挙げて、にこやかに近づいてくる方がいました。

ひじりんさんでした。


私も目印を身に着けていましたが、すぐ気付いてくれたようで良かったです。



お店に入り、お互いの妻の写真をテーブルに置き、「4人」で乾杯しました。


その後、お互いの胸の内を話し合いました。


あれだけ喋ったのは、妻が亡くなって初めてだと思います。


あっという間に6時間も経過していました。


お互いに思っていたかもしれませんが、奥様の為にとても頑張っていたし一緒に病気に立ち向かおうとしていた。


でも私もそうですが、自責の念が完全になくなる事はどうしてもありません。


今後どういう生き方をすれば、我々は救われるのか。

まだまだ模索中ですが、そういった話をしました。


昨日はとても有意義な時間を過ごせました。



そして今日。

先週からひいて、中々治らない風邪のため一日家でゆっくりしていました。


心が弱っているせいか、風邪の治りもとても遅いです。


ひじりんさん、もしうつしていたらゴメンなさい^^;


ソファーに座ってテレビを見ていてもしょうがないので、久しぶりにゲームでもやろうと思いました。


プレステ3の中に入っていたのは、妻と途中までやっていたゲーム、、、。

パペッティア/ソニー・コンピュータエンタテインメント
¥5,980
Amazon.co.jp


このゲームは、妻が亡くなる4か月ほど前に購入したものです。


その時はまだ、うつだとは言っていませんでしたが、吐き気や痺れなど身体の不調が現れはじめた時期です。


そして妻が、今まで楽しかったことがあまり興味がなくなってきたと言っていました。


だから何か楽しいことない?一緒に考えて。と私によく聞いてきました。


今思えば、それもうつの症状だったと思います。




そこでこのゲームを買いました。


妻はアクションゲームが苦手だったけど、このゲームの2プレーヤー側のキャラクターは「死なない」のです。


アイテムを拾ったり、私が操作する主人公を助けたり。


そういうゲームだったので、妻とも協力してプレイすることができました。


でも結局、クリアする前に妻は亡くなってしまいました。



このゲームは思い出が強すぎて、今の私にはプレイできません。


ゲーム機から出して、箱にしまいました。


代わりに他のゲームをしましたが、集中力が続きません。

あまり面白くも感じなかったので、ゲームはやめました。



今は身体を動かしていたほうが、気が紛れて良いような気がします。


にほんブログ村
にほんブログ村


いいね!した人  |  コメント(5)

テーマ:

最近風邪をひいて体調が悪いのと、急に仕事が忙しくなったおかげで気分が落ち気味です。


物事に虚しさを感じてしまう事が、最近よくあります。


体調のせいかもしれませんが、いけませんね。



一年前、何をしていたかと思い出してみると仕事にスポーツに、新婚旅行の準備に張り切っていた事を思い出します。


一年後、まさか一人でブログを書いているなんて思ってもいませんが、幸せな日々を過ごしていました。




初めてフルマラソンに出たのは結婚して2週間後。

すぐ次の大会にエントリーしました。


思い立ったらすぐ行動に移すほうなので、エントリーしたことも妻には当然のように事後報告。



「あみちゃん、次のマラソン大会、4月○日にエントリーしたから。」


「えっ?もう一回言ってみて。」


「4月○日だよ」


「もう一回言ってもらっていい?」


「だから4月○日、、、、、。あっ!!」


エントリーした4月○日は妻の誕生日でした、、、。


「ゴメン、すぐキャンセルするから」


「大丈夫、気にしないから」



これはマズい事になったな。

気にしない訳ないよな。


しかも結婚してから初めての誕生日なのに。



週末友達と飲む約束をしていたので、ことのいきさつを話した。



「yoshi、それはマズイぞ。この先ずっと言われかねんぞ。」

「マジか、、。どうしよう、、、、。」


飲み仲間数人と話した結果、サプライズで花を贈ってみたらどうかとアドバイスをうけた。



マラソン大会当日に、家にいる妻に花束とメッセージが届くように手配しておいた。



マラソンを完走した後に携帯を見たら、妻からメールが入っていた。



「花束とメッセージが届いたよ。びっくりしたよ。ありがとうね、嬉しいです。」



家に戻ってから、新婚旅行に持って行きたいと言っていた腕時計もプレゼントした。


とても喜んでもらえた。





妻が亡くなってから、妻のスマホを見ていた。


マラソン大会の時にはメールが来ただけだったけど、スマホに送った花束の写真が撮ってあった。




妻はとても喜んでくれたんだな、と思った。


正直この写真を発見した時には泣いてしまいました。






にほんブログ村
にほんブログ村


いいね!した人  |  コメント(13)

テーマ:

結婚式の数か月前。


「yoshiちゃん、私結婚式の前にアパートで一人暮らししたいんだけど。いい?」


「えっ?またどうして?」


「私って今まで実家でずっと暮らしてきたから。yoshiちゃんと暮らす前に一か月半くらい、料理とか洗濯とか一通り練習しておきたくて」


「本当に一人で大丈夫?じゃあ週末だけアパートに泊まりにいってあげるよ。通い夫だね」



彼女のそういった意向があったので、電化製品や家具など、結婚式の2か月前にアパートに搬入することにした。



彼女が一人で暮らすと宣言した日が、だんだん近づいてきたある日。


「yoshiちゃん、ちょっと言いにくいんだけど。なんかあのアパートで一人で暮らすって考えたら段々不安になって来て。やっぱり結婚するまで実家にいていい?」


「いや、俺は全然問題ないけど。買ったばかりの家具家電はもう搬入してあるよ。」


、、、、、。


無人では新品の家具家電が心配なので、結局私が結婚より一か月半前にアパートで独り暮らしすることになった。



弟にその事を話したら「謎の一人暮らしだな」と言っていた。



それからは新品の家電を使いこなして料理や洗濯をしたり、友達を呼んでアパートで飲み会をやったり、夜遅くまで一人で映画鑑賞やゲームをしたり、、、。


思う存分、一人暮らしを満喫した。



結婚式が終わった次の週末に、彼女が荷物を持って引っ越してきた。



私はすでに一か月半ここで暮らしているので、日常生活のなかに迎え入れる感じだった。


彼女が越してきた日のことが、mixiの日記に残っていた。



「引っ越し初日☆

旦那の作った夕ご飯を、、、、。

一人で食べました(T_T)

2時間ランニングに出かけちゃったよ、、。」



確か2週間後にマラソン大会だったので、最後のツメの練習をしていたと思われる。



彼女にとっては新婚生活初日なのに。

何やってんだろうね、俺は、、、。



今は妻が亡くなり一人暮らしに戻ってしまったけど、結婚前の一人暮らしとは気分が全く違う。


一人が日々虚しく感じます。




にほんブログ村
にほんブログ村


いいね!した人  |  コメント(9)

テーマ:

妻が亡くなって、3か月と少し。


先月くらいから義母さんに「遺産相続、急がなくて大丈夫?」と何度か聞かれるようになりました。


私はいつでもいいと思っていたけど、ネットを見ると死亡時の色々な手続きの中で、遺産相続も「速やかに」と書いてありました。


自分でもよく分からないので、税理士さんに聞くことに。



会社に月一で税理士さんが来てくれるので、義両親にも会社に来てもらい、相続で気になるところを聞いてもらうことにしました。


今日みんなで話を聞いた結果、そこまで急いで相続手続きをする必要はないとの事でした。


お義母さんが、妻の預貯金の総額を、紙に書いてまとめてきました。


私は妻の預貯金額は知りませんでした。


初めて金額を見ましたが、相当頑張って貯めた額だと思いました。



妻は10年間、市役所に勤務していました。


お義母さんによると、給料から天引きしてほとんど貯金していたようです。


「あの子はちゃっかりしててね。化粧品とかも家に宅配で頼んで代引きだったから。家計で払ったんだよ。

洋服とかも『一緒に見に行こう』とか言って、結局家計から払ったりしててね。」


お義母さんは、懐かしそうに微笑みながら言いました。


「でも、それでいいと思ってた。あの子自身も、二分脊椎の障害で結婚出来ないと思っていたから。

私もそう思っていたし、だからこそあの子の老後のために貯めていてほしくてね。」



「でも、、、、、死んでしまうんだったら、、、、、、死ぬなら、、、、このお金で贅沢して欲しかった。、、、、頑張って貯めたのに、、、、お金だけ残して、、、、、。」


お義母さんは、泣きながらそう言いました。



横で聞いていた私も涙を止めることができず、手の甲で流れる涙をぬぐいました。

そして妻と一緒に、今のアパートを探していた時の事を思い出していました。



自営業で苦しい時期を知っていたので、いちばん苦しい時の給料でも大丈夫な家賃のところ。

子供が生まれたとしたら、小さいうちは妻の実家が近いほうがいいので、実家に近い場所。


そんな条件のなか、建物は少し古いけど希望の金額と場所が偶然あったこと。

目標5年で家を建てるため、給料の半分を貯金していた事。


もともと安いと思った家賃を、おとなしいと思っていた妻が不動産屋と交渉して3000円値下げさせ、私を驚かせた事。



本当、死んでしまうのなら、もっといい所に住んで、もっと贅沢させてあげたかった。

もっといろんな所に連れていってあげたかった。



みんなしばらく一言も発することができず、静かに泣きました。



今日は遺産相続の相談で、泣くとは思いませんでした。



にほんブログ村
にほんブログ村

いいね!した人  |  コメント(12)

テーマ:

今回のブログの内容は、私のおせっかいかもしれません。


でもとても気になったので、あえてブログの記事として書かせて頂きます。

コメント欄では書ききれないので。


先日、私が書いた妻の三回目の月命日の内容で、あるご意見を頂きました。


お寺の娘さんとの事でした。


妻の3回目の月命日は、春彼岸と重なり、お寺で全ての檀家さんと合同で執り行われることになりました。


お坊さんが5人もいて、どらな巨大なおりんなどをかき鳴らす、盛大なものでした。


合同とは言え、ずいぶん盛大にあげてもらったなと思いました。


率直な意見として、「盛大にお経をあげてもらった」と書きました。


コメントを頂きました。


「お寺の娘として言わせて頂きます。お経に「盛大な」という形容詞をつけるのは不謹慎です。奥様のためを思うなら避けてほしい言葉です」


こういう内容でした。



お寺の娘さんでなかったら、そういう意見もあるのだなと思って見過ごそうとしました。


ただ、お寺の娘さんなんですよね?


奥様のためを思うなら?


こんな不躾なコメントはないと思いました。


かりのも仏門の家の方です。


言葉遣いを言う前に、妻に対するお悔みの一言もないのでしょうか。

仏門とは関係なく、一般常識だと思いました。


そして、何に対して不謹慎なのでしょうか。

私の妻に?お坊さんに?コメントを頂いた本人に?


続けて聞いてみると

「盛大にお経をあげる、ではなく盛大に法要が執り行われ」が正しいとの事でした。


勉強になりました。


ただそれは仏門に関わる方が、まだ妻を喪って間もない遺族に対して言う言葉でしょうか。


喪主の苦悩は計り知れません。

通夜や葬儀を行う時の喪主の心境は、はっきり言って生き地獄です。

とくに自死遺族は強烈な自責の念で、自分を責めます。

そして自分も死にたいと思っています。考えられないような喪失感もあります。

まるで自分の身体の半分をもぎ取られたかのような感覚です。


起きている限り、何をしようがこの考えが頭の中を占めています。

寝てしまえば、この考えから解放されます。

ただ、眠れないのです。


そんな、嵐の中のような感情吹き荒れる中で、一筋の救いの光となる最初の人は、和尚さんなのです。


和尚さんの言葉でずいぶん救われたものです。


「私は結婚して一年で10歳近く下の妻を亡くしました。なぜ私ではなく妻なのか。生きるも死ぬも薄い壁一枚のことなのか」

そう和尚に聞いたのです。

「こんなことは、本来あってはいけないことだ。だがyoshiはひとつ悟ったのだ。命の儚さを。

それはお前の両親ですらまだ分からない事だ。だから奥さんのために生き、奥さんのために出来なかった事を自分のため、人のために使え」


この言葉は絶望の中の光となったのです。


仏門に携わることを言われるのなら、傷ついた人を癒す言葉をかけるべきです。

絶望のなか、言葉遣いを指摘されようものなら、それこそ立ち直れません。


先ほどコメントを見たら

「もういいです。泣きながらキーボードを打っています。」と、、、。


軽い涙だと思いました。

お寺の娘さんですよね?


普通の人より死に対して接しているはずなのでは?と思っていました。


このブログで交流している方たちの中には、突然ご主人を自死で亡くされ幼子を奥様一人で育てなくてはいけない。

収入も突然絶たれ、絶望と不安の中、悲しむ間もなく歯を食いしばって働きに出る。


そんな時、仕事中に幸せな家族の姿を観ながら、涙を堪えながらも涙があふれてしまう。


そんな方たちのブログです。


あなたの涙は何に対する涙なのでしょうか?


尼寺の娘さんと言うことで、将来継がれるのかどうかは分かりません。

でも檀家さんとの関わりはあるのではないですか?


お寺の娘の仕事というのは、遺族に対するいたわりではなく、言葉遣いを指摘し、意見が通らなけらば泣くことなのですか?


お願いですから、遺族に寄り添うようにしてください。

人の痛みをもっと分かってあげて下さい。


そして前回からのブログの内容を、親であるご住職に見せてあげて下さい。


先日のコメントがあなたの考えでしたら、お寺の娘さんとして先行きが不安です。





にほんブログ村
にほんブログ村



いいね!した人  |  コメント(46)

テーマ:

三回目の月命日でした。


3日前でしたけど^^


ちょうど春彼岸と同じ日だったので、お寺で一緒に盛大にお経をあげてもらった。



妻が亡くなって三か月、、、、、。


長いなー。


結婚して一年は早かったけど、亡くなってからの三か月はとても長く感じます。


日々、一日一日が無意味に感じるようにも思えます。




最近仕事に関して別の事もしたいと思い、個別で動き始めてます。


今日は仕事を午後から休んで、別業界の方の講演会に行ってきました。



新しい事を始めるのは、とてもエネルギーがいることです。


今、講演会を聞いたところでお前に何ができる?

もう一人の自分が、問いかけます。


妻が自死でなっくなってから三か月、生きている意味・生かされている意味を毎日考えています。


今までの仕事を続けることも大事です。

親の起こした会社だし、この仕事のおかげで生活ができています。

親族も働いているので頑張らなくてはいけません。



でも今後本当にやりたいのはそれなのか?

明日もし死んでしまったとして、思った事を何もせず後悔はないのか?


最近もう一人の自分の問いかけがうるさいです。



講演会では、話の流れで高齢者の自殺率の話になりました。


高齢者の自殺率は、10万人に対して米国は10人、日本は71人でOECD加盟国の中で最高だそうです。


そしてそれは、家族で一緒にすんでいる家庭に多いそうです。


理由は介護をする親族への「気兼ね」だそうです。


介護されている、自分は家族のお荷物になっている、だったら、、、、。


恐らくそんな考えだと思います。


これは高齢者だけではありません。

私の妻にも思い当たる事があります。


日本は高齢者や介護される人に対して、優しくないのか?

ほかの国と何が違うのか?


考えた所で答えはあるのか?





にほんブログ村
にほんブログ村



いいね!した人  |  コメント(14)

[PR]気になるキーワード