いつかまた君と会う日のため(自殺・自死遺族ブログ)

2013年12月、最愛の妻をうつ病による自死で亡くしました。
結婚して1年1ヶ月、あまりにも短すぎました。
体に障害があったけど、懸命に生きていた妻。
妻の事を忘れない為、初めてブログを書きます。


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今日は妻の誕生日でした。


今日は定時で会社を後にして、早々に家に帰りました。



前にお義母さんから聞いていた、妻が好きだったケーキ屋さんでケーキを買いました。


仏壇にケーキと紅茶を備え、妻に語り掛けました。


今日は遺影の笑顔が少し柔らかく感じました。



去年の誕生日は、イタリアンを食べに言いって、新婚旅行に行くためにほしがっていた腕時計をプレゼントしたっけ。


マラソンにも重なって、サプライズで花束も送ったなぁ。



腕時計は今、仏壇に飾ってあります。


「誕生日おめでとう。あみちゃんだけ歳を取らなくなってずるいよ。俺は4か月で凄い老けた気がするよ」


そう仏壇に向かってつぶやきました。



しばらくすると、見慣れない番号から電話がかかってきました。



電話に出ると、妻の親友からでした。



私がひどく落ち込んでいると思って、今日まで電話をかけられなかったそうです。


彼女とは妻とまだ付き合っていたころから良く一緒に遊んでいて、私のボクシングの試合も一緒に応援に来てくれたり、ダブルデートも何度かしました。



葬儀に来てくれた時は、彼女を見て妻との思い出を一気に思い出してしまい、涙が止まりませんでした。


色々話すと彼女なりに自責の念を感じていたようです。



友達として、何でもっと早く相談してあげることが出来なかったんだろう。

何で悩んでいると分かっていて、もっと会って話せなかったんだろう。


電話でそう言っていました。


「でもあみちゃんはyoshiさんと結婚できて、本当に喜んでいたんですよ。

身体の障害があるから私には結婚は無理かもしれない。でも結婚ができて本当に嬉しかった。

あみちゃんは私にそう言っていました」


そう言ってくれました。



そして今週の土曜日、アパートにお参りに来てくれる事になりました。



4か月振りに会いますが、楽しかった時の思い出を一気に思い出しそうで、泣かないかどうか心配です。






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先日は4回目の月命日でした。


うーん。三回目と比べてどうなのかな?


気分的には進んだり戻ったりですね。

今回は少し戻り気味でした。


でも月命日が近づくときの、なんとも言えない気持ちは少し少なくなってきたような気がします。



ただ、時間の流れは以前遅いまま。

一か月が一年くらいに感じますね。



今回の月命日からお寺ではなく、実家にお坊さんが来て行われることになりました。


職場を早めに離れて、大急ぎで実家へ。



仏壇にお供えをしてお坊さんを待ちました。


教本を渡され、みんなで一緒にお経を唱えました。


時間にして30分くらい。



お寺でやるよりアットホームで良いと思いました。


お経が終わり、和尚さんにお寺で預かってもらっているお骨について言われました。


「今預かっているお骨な、自分でいいと思った時に納骨すれば良いからな。

わしは、自分の親父の事があったから、すぐ納骨せよとは言わん。」


「何かあったのですか?」


「わしの親父は檀家さんに対して、49日が終わったらすぐ納骨させていた。

だが自分の妻が亡くなった時には、なかなか納骨することが出来なかったんだ。

それから親父は、すぐ納骨せよとは2度と言わなかった。

わしはそれを見て、何事もその立場にならなけらば分からないと思った。

だからあなたの良いというタイミングが来たら、納骨するから。

また時期がきたらこちらからも聞くからな。」


そう言ってくれた。


「ところで、あんたは大分調子が良くなってきたな」


和尚さんがうちの父を見て言った。


父は2年前に腰の大手術を行い、今は杖歩行です。

毎日リハビリに通って、以前よりはかなり回復してきました。


「また昔みたいに、寺で刀降らないといかんぞ」

和尚さんが、笑って言った。


寺で刀を振る?


父が言った。

「若いころ、居合をやっていたけど、家の前で日本刀を振り回すとさすがに警察に通報されるから。

先代の和尚に頼んで、夜お寺の境内で居合の稽古をさせてもらっていたんだ。

高い塀もあるから、お寺なら大丈夫だったよ」


父の若いころのエピソードを聞いた。





後ろで往年の名脇役、成田三樹夫のような恰好をしているのが若いころの父です。


まあ、その辺で日本刀振ってたら通報されるでしょうね。


来月から一周忌まで、毎日実家で月命日を行うそうです。




そして今日、ちょっとしたアクシデントがありました。


友達数人と飲む約束をしていて、時間に名古屋駅前に集合しました。


でも誰も来ない。


改めて、メールを見ていたら飲み会は来週でした、、、、。


そのまま帰ってもしょうがないので、名古屋の駅裏をふらつきました。




駅前の大通りに面したビルに貼ってあったのですが、小なら分かるけど大はすごいな。

過去に例があったから貼ったのだろうか。


日本の大都市のひとつの名古屋駅前で、、、、。

剛の者の所業だと思った。


小さな焼き鳥屋で、ひとり飲みして帰りました。





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ここ最近、妻が亡くなる前日の事ばかり思い出す。


気分が落ちているせいもあるかもしれない。




妻は亡くなる5日程前から、うつの症状がおさまり、本当に穏やかに過ごせた。


亡くなる前日の事。



仕事から帰ってきたら、珍しく洗濯をしていてくれた。


うつで何もかも出来なくなっていたので、本当にうれしかった。



前日に私が作った夕飯を一緒に食べた。


妻は二分脊椎という障害による排泄障害があったので、食事の時には胃腸を整えるため青汁を飲んでいた。


足も不自由だったので、何かに手をついていないと歩けない。


だから作った青汁のグラスを持って「はい、お願い」と言って、食卓に置くようにいつも渡してきた。



二人で好きなドラマを観ながらご飯を食べた。


「今後どうなるんだろうね~」


そんな話をしながら、、、、。



「来週wowowでトワイライトシリーズ全5作がやるんだけど、一緒に観たいから録画しておいてよ」


妻が言うトワイライトという映画は、高校生の女の子がイケメンのバンパイアと狼男と三角関係になる甘ったるい映画だ。


妻は日ごろから私に対して、甘い言葉が足りないといって、よくこういう映画を見せたがった。


「えー、俺も観るの?うそうそ、録っておくから一緒に観よう」



「yoshiちゃん、後で聞いて欲しいことがあるんだけど」

と妻が言った。



食事が終わってソファーでくつろいでいたら、妻が話しはじめた。


「最近また便秘になって来て、もう薬を使わずに治したいよ。どうしたらいいと思う」



妻は数週間前に酷い便秘になり、どうしようもないので強めの薬を飲んだ。


そうしたら下痢になってしまった。


排泄障害の厄介な所は便意がない事。


我々からみれば何ともなくても、便意そのものがないからトイレから出られなくなる。


ちなみにお腹は痛くなるので、痛くなったらすぐトイレに行っていた。



「薬以外に、なんか腸を動かす体操とかないの?」


そう聞いたら、昔買った体操の本があるとの事だった。


「とりあえず、こまめに体操から初めてみたらどうかな?」


そう言ったら、本を読んで早速体操をしはじめた。



私は風呂掃除をして、明日の夕食を作り始めた。


「明日の朝、りんご食べる?」

妻は胃腸のためにリンゴを食べるのも好きだった。


「うん、食べるよ」


そう言ったので、私はキッチンでリンゴを剥き始めた。



そうすると妻は、リンゴを剥く私のすぐ横に来て、ずっと包丁さばきを見ていた。


「yoshiちゃんは、包丁使うのうまいよね。私は自分のほうに包丁向けるの苦手なんだよね」


「まあ、慣れだよね。何回もやってれば無意識で出来るようになるよ」


「私、ここ最近ずっと料理も家事もやってもらって、自分が無能に感じることがあるよ。yoshiちゃんには感謝してるけど」


「あみちゃんは無能じゃないよ。現に2か月前まで普通に出来てたじゃん。それに働いてた時は仕事終わってから夕食作ってたよね?

今は体調が悪いから出来ないだけ。

うつは目に見えないから分からないけど、両腕骨折していると思えばいいよ。

骨折してる人にご飯作れなんて言わないでしょ。

それに俺は好きでやってんだから、気にしなくていいよ」


「そうだよね。私やれてたんだよね。

私思うんだけど、また料理教室に通いたいな。もっとバリエーションも増やしたいし、手際よく料理作りたいんだよね」


「いいじゃん、良くなったらまた通って俺においしい料理食べさせてよ」



そういってキッチンで二人並んで話した。



5日前から不眠も少し良くなったので、一緒に寝る事が出来た。


何て事はない1日だけど、うつが酷い時にはこんな会話絶対出来なかった。


だから本当にうれしかった。



2か月たって、ようやく薬が効いてきたか。

本にも書いてあったけど、やっぱり薬が効くのはそれくらい掛かるんだな。


後は良くなっていくだけかな。


その日はそう思っていて、半年後には何事もなかったように暮らしているかなと、ごく普通に考えていた。





次の日の同じ時間には、病院で遺体となった妻にすがりついて泣いていた。


死ぬなんて微塵も思えなかった。



最近この幸せな日の事と、次の日遺体になった妻の姿が交互に頭に出てくる。

その度に泣いてしまう。


落ち込むとこんな事ばかりが頭をよぎる。





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この数週間、ずっと風邪のような症状が続いていて、少しずつ良くなっているものの扁桃腺がずっと腫れてます。


今日は本当ならフルマラソンに出ている予定でした。


もともと妻がまだ生きていた時にエントリーしたもので、妻が亡くなってすぐは全く出場する気もありませんでした。


2か月程前から少しづつ元気を取り戻し、週末や夜少しづつ走るようになりました。


3週間前に練習で20km走りきり、これは完走ぐらいは出来るんじゃないかと思っていました。



それから風邪が長引いてしまい、練習が一切できず、、。



ダメもとで、昨日の朝5km走ってみました。


走れましたが、呼吸が苦しくてとてもフルマラソンは無理と判断しました。



少し残念ですが、今は悔しさもあまり感じなくなりました。


基本、負けず嫌いなので、以前だったら無理してでも出場していたと思います。


でも今日はどうでもよくなってしまいました。



今日は一歩も家から出ませんでした。


家でボクシングの中継を見たり、撮りためたビデオを見たりして、あとは寝ていました。


長時間、テレビを観られるようになった所は少し回復したのかなと思います。



体調が良かった時は心の中でも妻に伝えていました。

「俺、一人になっちゃったけど、頑張るから。見ててくれ」


ここ最近はダメですね。


今日はキッチンの椅子に掛けてある、妻の部屋着を後ろから抱きしめて言いました。

「頼む、あみちゃんに会わせてくれ。どんな形でもいい、一目でいい、会わせてくれ」


仏壇の前でも「会いたいよ。俺あみちゃんに会いたいよ」と呟いていました。


今日は泣き事しか浮かんできませんでした。



明日、病院に行って注射でも打ってもらい、早く体調だけでも戻そうと思います。













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今日はとても暖かい一日でしたね。



みなさんはISOはご存知でしょうか。


国際標準規格の一つで、規格に沿って会社の運営システムを構築し、認証を得た企業は「ISO認証企業」となります。


うちの会社は小さいですが、ISO9001という規格を8年前に取得しました。



年に一度、監査機関より監査員が派遣され、ちゃんと標準規格に沿って運営がされているか監査を受けるのです。


審査に引っかかった場合、最悪認証を取り消される場合もあります。


今日は、その監査の日でした。



審査は主に書類の有無で行われますが、膨大な書類を必要とします。



妻が亡くなってからISOの書類どころか、通常の仕事もままならない状態がしばらく続きました。



また審査の日が近づいてきても、どうしても資料を作る気になれず、そのまま放置していました。



ただ、取り消されると今後の仕事に差し支えるので、2週間前から嫌々書類を作り始めました。



昨日の夜、残業をして何とか資料を完成させました。



妻が亡くなってから、会議などする気にもなれなかったので、実際には行っていない会議などをやった事にして作った、いわばねつ造の書類です。

例年はまじめにやっていますが、今年はそんな状態ではないのです。



頭の働かない状態で作った書類なので、つじつまが合わない箇所もあるかもしれないと思いました。


審査員は色々な質問をしてきます。


それも朝8時半から夕方5時まで質問とチェックは続くのです。



指摘を受けた時、動揺しても表情を読み取られないよう、今日は大きめのマスクをしていきました。

風邪なのでちょうどいいですが。


2~3回指摘を受けましたが、相手から視線をそらさず何とか受け答えしました。



丸一日かけた監査も、無事大きなミスもなく終わりました。


緊張が解け、心底疲れを感じました。



駅まで車で審査員を送る途中、車の中で聞かれました。


「Yoshiさんは、お子さんはいるんですか?」


「いえ、おりません」


審査員は雑談のつもりで聞いたのでしょう。



私はいまだに結婚指輪は外せずにいます。

指輪を見て聞いたかもしれません。


精神的にひどく疲れていたせいか、何気ない質問でしたが今日は堪えました。



私は妻との子供が欲しかったのです。



妻が亡くなった夜、病院に運ばれていた妻は身に着けていたものは全て外されていました。

もちろん結婚指輪も外されていました。


病院で妻の亡骸を目の前にして「俺、この指輪外したくねえよ、外したくないんだよ」と言って、妻の亡骸に覆いかぶさって泣きじゃくった時の事を思い出しました。


それから一度も外したことはありません。


最近体調のせいか気分が落ち気味ですが、いまだに妻の死を受け入れられずにいます。



妻は身体に障害があり、私と出会うまでは一人でも生きていけるよう頑張って働いていた。


ようやく結婚出来てとても喜んでいたのに、なぜ一年で亡くなってしまったのか。


なぜ、身体の障害のほかに心の病気にもならなければいけなかったのか。



最近、世の中は不条理に満ちていると思えてなりません。


気付かなかっただけで、もともと不条理なのかもしれません。


私は守るものがなくなり、最近本当に弱くなったと思います。






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昨日は関東から、わざわざひじりんさんが来て下さった。

名古屋では有名な待ち合わせ場所「ナナちゃん人形」の前で待っていました。


ひじりんさんの情報としては、「メガネ」くらいしかないので、待ち合わせ場所に次々現れる「メガネ」の男性を確認していました^^


そのうちに私を見るなりすぐ手を挙げて、にこやかに近づいてくる方がいました。

ひじりんさんでした。


私も目印を身に着けていましたが、すぐ気付いてくれたようで良かったです。



お店に入り、お互いの妻の写真をテーブルに置き、「4人」で乾杯しました。


その後、お互いの胸の内を話し合いました。


あれだけ喋ったのは、妻が亡くなって初めてだと思います。


あっという間に6時間も経過していました。


お互いに思っていたかもしれませんが、奥様の為にとても頑張っていたし一緒に病気に立ち向かおうとしていた。


でも私もそうですが、自責の念が完全になくなる事はどうしてもありません。


今後どういう生き方をすれば、我々は救われるのか。

まだまだ模索中ですが、そういった話をしました。


昨日はとても有意義な時間を過ごせました。



そして今日。

先週からひいて、中々治らない風邪のため一日家でゆっくりしていました。


心が弱っているせいか、風邪の治りもとても遅いです。


ひじりんさん、もしうつしていたらゴメンなさい^^;


ソファーに座ってテレビを見ていてもしょうがないので、久しぶりにゲームでもやろうと思いました。


プレステ3の中に入っていたのは、妻と途中までやっていたゲーム、、、。

パペッティア/ソニー・コンピュータエンタテインメント
¥5,980
Amazon.co.jp


このゲームは、妻が亡くなる4か月ほど前に購入したものです。


その時はまだ、うつだとは言っていませんでしたが、吐き気や痺れなど身体の不調が現れはじめた時期です。


そして妻が、今まで楽しかったことがあまり興味がなくなってきたと言っていました。


だから何か楽しいことない?一緒に考えて。と私によく聞いてきました。


今思えば、それもうつの症状だったと思います。




そこでこのゲームを買いました。


妻はアクションゲームが苦手だったけど、このゲームの2プレーヤー側のキャラクターは「死なない」のです。


アイテムを拾ったり、私が操作する主人公を助けたり。


そういうゲームだったので、妻とも協力してプレイすることができました。


でも結局、クリアする前に妻は亡くなってしまいました。



このゲームは思い出が強すぎて、今の私にはプレイできません。


ゲーム機から出して、箱にしまいました。


代わりに他のゲームをしましたが、集中力が続きません。

あまり面白くも感じなかったので、ゲームはやめました。



今は身体を動かしていたほうが、気が紛れて良いような気がします。


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最近風邪をひいて体調が悪いのと、急に仕事が忙しくなったおかげで気分が落ち気味です。


物事に虚しさを感じてしまう事が、最近よくあります。


体調のせいかもしれませんが、いけませんね。



一年前、何をしていたかと思い出してみると仕事にスポーツに、新婚旅行の準備に張り切っていた事を思い出します。


一年後、まさか一人でブログを書いているなんて思ってもいませんが、幸せな日々を過ごしていました。




初めてフルマラソンに出たのは結婚して2週間後。

すぐ次の大会にエントリーしました。


思い立ったらすぐ行動に移すほうなので、エントリーしたことも妻には当然のように事後報告。



「あみちゃん、次のマラソン大会、4月○日にエントリーしたから。」


「えっ?もう一回言ってみて。」


「4月○日だよ」


「もう一回言ってもらっていい?」


「だから4月○日、、、、、。あっ!!」


エントリーした4月○日は妻の誕生日でした、、、。


「ゴメン、すぐキャンセルするから」


「大丈夫、気にしないから」



これはマズい事になったな。

気にしない訳ないよな。


しかも結婚してから初めての誕生日なのに。



週末友達と飲む約束をしていたので、ことのいきさつを話した。



「yoshi、それはマズイぞ。この先ずっと言われかねんぞ。」

「マジか、、。どうしよう、、、、。」


飲み仲間数人と話した結果、サプライズで花を贈ってみたらどうかとアドバイスをうけた。



マラソン大会当日に、家にいる妻に花束とメッセージが届くように手配しておいた。



マラソンを完走した後に携帯を見たら、妻からメールが入っていた。



「花束とメッセージが届いたよ。びっくりしたよ。ありがとうね、嬉しいです。」



家に戻ってから、新婚旅行に持って行きたいと言っていた腕時計もプレゼントした。


とても喜んでもらえた。





妻が亡くなってから、妻のスマホを見ていた。


マラソン大会の時にはメールが来ただけだったけど、スマホに送った花束の写真が撮ってあった。




妻はとても喜んでくれたんだな、と思った。


正直この写真を発見した時には泣いてしまいました。






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結婚式の数か月前。


「yoshiちゃん、私結婚式の前にアパートで一人暮らししたいんだけど。いい?」


「えっ?またどうして?」


「私って今まで実家でずっと暮らしてきたから。yoshiちゃんと暮らす前に一か月半くらい、料理とか洗濯とか一通り練習しておきたくて」


「本当に一人で大丈夫?じゃあ週末だけアパートに泊まりにいってあげるよ。通い夫だね」



彼女のそういった意向があったので、電化製品や家具など、結婚式の2か月前にアパートに搬入することにした。



彼女が一人で暮らすと宣言した日が、だんだん近づいてきたある日。


「yoshiちゃん、ちょっと言いにくいんだけど。なんかあのアパートで一人で暮らすって考えたら段々不安になって来て。やっぱり結婚するまで実家にいていい?」


「いや、俺は全然問題ないけど。買ったばかりの家具家電はもう搬入してあるよ。」


、、、、、。


無人では新品の家具家電が心配なので、結局私が結婚より一か月半前にアパートで独り暮らしすることになった。



弟にその事を話したら「謎の一人暮らしだな」と言っていた。



それからは新品の家電を使いこなして料理や洗濯をしたり、友達を呼んでアパートで飲み会をやったり、夜遅くまで一人で映画鑑賞やゲームをしたり、、、。


思う存分、一人暮らしを満喫した。



結婚式が終わった次の週末に、彼女が荷物を持って引っ越してきた。



私はすでに一か月半ここで暮らしているので、日常生活のなかに迎え入れる感じだった。


彼女が越してきた日のことが、mixiの日記に残っていた。



「引っ越し初日☆

旦那の作った夕ご飯を、、、、。

一人で食べました(T_T)

2時間ランニングに出かけちゃったよ、、。」



確か2週間後にマラソン大会だったので、最後のツメの練習をしていたと思われる。



彼女にとっては新婚生活初日なのに。

何やってんだろうね、俺は、、、。



今は妻が亡くなり一人暮らしに戻ってしまったけど、結婚前の一人暮らしとは気分が全く違う。


一人が日々虚しく感じます。




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妻が亡くなって、3か月と少し。


先月くらいから義母さんに「遺産相続、急がなくて大丈夫?」と何度か聞かれるようになりました。


私はいつでもいいと思っていたけど、ネットを見ると死亡時の色々な手続きの中で、遺産相続も「速やかに」と書いてありました。


自分でもよく分からないので、税理士さんに聞くことに。



会社に月一で税理士さんが来てくれるので、義両親にも会社に来てもらい、相続で気になるところを聞いてもらうことにしました。


今日みんなで話を聞いた結果、そこまで急いで相続手続きをする必要はないとの事でした。


お義母さんが、妻の預貯金の総額を、紙に書いてまとめてきました。


私は妻の預貯金額は知りませんでした。


初めて金額を見ましたが、相当頑張って貯めた額だと思いました。



妻は10年間、市役所に勤務していました。


お義母さんによると、給料から天引きしてほとんど貯金していたようです。


「あの子はちゃっかりしててね。化粧品とかも家に宅配で頼んで代引きだったから。家計で払ったんだよ。

洋服とかも『一緒に見に行こう』とか言って、結局家計から払ったりしててね。」


お義母さんは、懐かしそうに微笑みながら言いました。


「でも、それでいいと思ってた。あの子自身も、二分脊椎の障害で結婚出来ないと思っていたから。

私もそう思っていたし、だからこそあの子の老後のために貯めていてほしくてね。」



「でも、、、、、死んでしまうんだったら、、、、、、死ぬなら、、、、このお金で贅沢して欲しかった。、、、、頑張って貯めたのに、、、、お金だけ残して、、、、、。」


お義母さんは、泣きながらそう言いました。



横で聞いていた私も涙を止めることができず、手の甲で流れる涙をぬぐいました。

そして妻と一緒に、今のアパートを探していた時の事を思い出していました。



自営業で苦しい時期を知っていたので、いちばん苦しい時の給料でも大丈夫な家賃のところ。

子供が生まれたとしたら、小さいうちは妻の実家が近いほうがいいので、実家に近い場所。


そんな条件のなか、建物は少し古いけど希望の金額と場所が偶然あったこと。

目標5年で家を建てるため、給料の半分を貯金していた事。


もともと安いと思った家賃を、おとなしいと思っていた妻が不動産屋と交渉して3000円値下げさせ、私を驚かせた事。



本当、死んでしまうのなら、もっといい所に住んで、もっと贅沢させてあげたかった。

もっといろんな所に連れていってあげたかった。



みんなしばらく一言も発することができず、静かに泣きました。



今日は遺産相続の相談で、泣くとは思いませんでした。



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