いつかまた君と会う日のため(自殺・自死遺族ブログ)

2013年12月、最愛の妻をうつ病による自死で亡くしました。
結婚して1年1ヶ月、あまりにも短すぎました。
体に障害があったけど、懸命に生きていた妻。
妻の事を忘れない為、初めてブログを書きます。

しばらく「ペタ」を中止したいと思います。


9割以上宣伝目的で、本来の意味をなさないためです。

多い日は100回以上ペタが押されて、本当の意味で押してくれている人が紛れてしまっています。


よろしくお願いします。


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遺書のメモ書きが見つかったことが分かると、先ほど帰った警察がすぐ戻ってきた。



「こちらのメモがそうですか。」


警察官はそういうと、遺書のメモ書きをテーブルの上に置き、写真を撮った。



写真を撮り終えると、警官は足早に去って行った。




しばらくすると、病院スタッフが控室に入ってきた。


葬儀社が来るまで、別室であみちゃんと一緒にいて下さいという事だった。



みんなで病院スタッフの後について行く。



急患用の手術室だろうか?


大きな搬送口から直接入れるような部屋に案内された。


そこには先程と同じく、ストレッチャーに乗せられた妻が横たわっていた。



ただ先程と違って、首元を隠していたタオルはもう完全に取り払われていた。



妻の首筋には、くっきりと紐の跡が残っていた。


その跡は真っ赤な色をしていて、はっきりと食い込んだ跡が見える。


食い込み跡というより、紐の形にへこんだ、真っ赤な血の色をした跡といってもいいくらいだった。



ドラマや映画なんかで見る、あんな生やさしいものと違い、もっと痛々しく、深々と食い込んだ跡だった。





まるで眠っているようだった、さきっまでの感想とは違った。


これは生きていられるわけがないよ。


なんでこんな恐ろしいことを、、、。


痛かっただろうな、、、、。苦しかっただろうな、、、。





義両親と私の両親、それと末弟と、ぐるっと妻の周りを取り囲んだ。



お義母さんが、あみちゃんを見て、ストレッチャーのすぐ横にしゃがんで泣き崩れた。



「お義母さん、、、。手を、、、。手を握ってあげて下さい、、、。

俺、さっきまで握っていたから、、、。まだ、、柔らかいから、、、、。」


私は絞り出すように、そう話しかけた。



お義母さんはあみちゃんの手を、指を優しくなでて、そして握った。



お義父さんは呟くように語り掛けていた。


「あみちゃん、、、。さみしいよ、、、、。ずっと一緒に散歩してくれてたよね、、、。

お父さん、すごくうれしかったよ、、、、。

一緒に散歩したいよ、、、。


親より、、、。親より先に死んだらいかんよ、、、、。」



妻はうつに効くと言う『日光を浴びてリズム運動』をするために、日中にお義父さんと一緒に散歩をしたいた。


その時の事を言っているんだと思った。


娘と水いらずの二人きりの散歩は、お義父さんにとっても心休まる時だったんだろうな。



でも2か月で終わってしまった。







お義父さんは、また呟くように語り掛けていた。


「もともと健康な身体に産んでやれんかった俺たちのせいだ、、、。

でも、あみちゃんは恵まれていたんだよ、、、。

親より先に逝ったらいかんよ、、、。


ごめんなyoshiちゃん、こんなことになって、、、。ごめんな、、、。」




私はそれを聞きながら、泣きながらずっと妻の頭をなでていた。



みんなが静かに泣いていた。




一時間くらいがたったと思う。



病院スタッフが呼びに来た。


「葬儀屋さんが到着しました。皆さんで下の階まで移動をして下さい。

あみさんも先に移動させますので。」




そう言われ、皆で下の階まで歩いて行った。






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今年は初盆だったので、3日間実家へ帰っていました。


親類も妻の為に集まってくれて、皆で仏壇にお経を唱えました。




去年の夏、実家に行った時は妻と二人きりで、その後お墓参りと花火を見に行ったっけ、、、。



初盆は、もっと悲しい気分になるのかな?と思ったけど、そうでもなかったです。



このところ、ブログで辛い時の事ばかり書いていて、悲しみに向き合っているので、悲しみに慣れてきたのかもしれません。




そしてお盆中の中日、従兄に誘われて岐阜県の『徹夜踊り』(郡上踊り)に参加してきました。



徹夜踊りにはこれまで行ったこともなく、初めて参加しました。



ここ最近は、何か妻と一心同体になっているように思えて(思うようにしている)いるので、初めてトライするような事にも積極的になれています。


自分も体験することで、妻にも体験させている。


そう思っています。




浴衣と下駄をショッピングセンターに買いに行き、実家から従兄の営む店に向かいます。



従兄は名古屋の繁華街で長くバーテンとして働いていましたが、4年前に地元に戻ってきて、洋食屋を営んでいます。



従兄に誘われて遊びに行くのは初めての事です。


きっと妻を喪って悲しんでいる私を思って誘ってくれたのだと思います。


でも会ってるときは、妻の事は一言も話題にも出しませんでした。

彼なりの気遣いです。



徹夜踊りには従兄と私、それともう一人、従兄のお店のお客さん(女性)と3人で行きました。



名古屋から車で2時間くらいで郡上市に到着します。



夕方になり会場である商店街に着くと、もう屋台などが組まれ始めていて、人も多くなってきました。


駐車場で浴衣に着替えました。



「初めて徹夜踊りをすると、下駄の鼻緒がすれて、足の皮がずるむけになるよ」


そう従兄から言われていたので、鼻緒があたる部分に厳重にテーピングをしました。




徹夜踊りは夜8時から朝5時まで、ノンストップで行われます。


時間になるまで居酒屋で飲み、英気を養うことにしました。



3人で居酒屋で飲んでいて、従兄がトイレに行った時、従兄のお客さんの女性と二人きりになりました。



お客さんは既婚者で小さい子供が二人いるらしいのですが、郡上市出身で徹夜踊りに行くからと言えば旦那さんが「行ってこい」と言ってくれるらしいです。



「あなたの奥様も外出には理解があるんですね。指輪はめているから結婚してるんですよね?」


そう女性は聞いてきました。



妻の死因を知っている従兄もいるので、もう誤魔化すのもめんどくさくなり本当の事を言いました。


「妻は8か月前に亡くなったんで、、。特にだれの許可もいらないですよ」



それを聞くと女性は驚いた顔をして聞きました。

「えっ!どうして亡くなったんですか?何か病気とかですか?」



出た、この質問。


私も最近は隠すことはあまりしません。


「うつ病による自殺です」


そういうと女性は絶句していました。



そうしているうちに従兄も戻ってきて、何事もなかったように3人で店を出ました。



そしていよいよ徹夜踊りのスタートです。



踊りは商店街の通りを十文字に踊りながら進んでいきます。


大体一周するのに一時間半かかります。


そして踊りの特徴は、下駄をタップするように鳴らす動作です。


これを朝まで続けるので、下駄はボロボロになります。



そして通りを向かい合って踊るのですが、人と人の間を「盛り上げ隊」みたいな踊りがうまい地元の人たちが入って盛り上げます。


北○武監督の映画「座頭市」はご存知でしょうか?


あの映画のラストで下駄でタップダンスをするシーンがありますが、盛り上げ隊はオーバーに言えばそんな感じです。


あそこまで激しくないですが、目の前で一緒に踊ってくれるので当然盛り上がります。




途中で適当に休憩をはさみ、空も白んできて夜が明けました。



明け方には雨も降り、ずぶ濡れになりながらも無事朝まで踊り終えました。



駐車場に戻って足の「テーピングを外すと、テーピングの下の足の皮が擦り剥けていました。


そして固い下駄をずっと履いて踊っていたので、足の裏が腫れているような感じです。


足全体も2割増しくらい大きくなっているような、、、。



でも独特の充実感がありました。



徹夜明けの疲れた体で名古屋に戻り、その後実家に帰りました。



その日は死んだように眠りました。




そして昨日は花火大会に行ってきました。


私と妻が毎年楽しみにしていた花火です。




前にブログに書いた時は、現地にいったら泣いてしまうのではないかと思っていました。

http://ameblo.jp/loveemichan/entry-11769369276.html




でも実際現地にいっても泣くことはありませんでした。



ビールと屋台で買ったつまみを飲みながら、一人で花火をみました。


去年は、花火を見ている時、妻が横にいて私の方に頭をもたれて甘えてきたっけな、、、。


浴衣姿が可愛かったな、、。




あみちゃんも、花火一緒に見てくれてるかな?


そう思いながら花火を見ました。




花火は綺麗でしたが、妻と一緒に見ていた去年までのほうが10倍は綺麗に思えました。




花火を見終り、帰りの電車で向かい側に花火を見終えた若いカップルが座りました。


彼が彼女の髪を優しくなでました。

それを彼女は嬉しそうな顔で受け入れています。



それを見て、初めて私は泣きそうになりました。


まるで俺とあみちゃんみたいだ、、、。



本当に駅に着くまで、涙をこらえるのに必死でした。



カップルとは同じ駅で降り、手を繋いで階段を降りる彼らの横を足早に通り過ぎました。




そして今日は8回目の月命日です。



今日は妻と私の思い出の料理に挑戦しました。



ハネムーンで行った、サントリーニ島で食べた「エビのパスタとカジキのソテー」です。






ハネムーンで一番美味しかったね、と妻と話していた料理です。




本当は有頭エビを使うのですが、残念ながらスーパーに売っていませんでした。



一応それなりに出来ましたが、やはり本場にはかなわない。




エビの出汁があまり出ませんでした。



でも供養にはなったかな。


美味しく頂きました。



何だかんだで結構充実した連休となりました。



今日で連休も終わりですね。






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控室に戻ると、私の両親と一番下の弟が来ていた。



弟は私を見るなりハグをした。




「葬儀社など、決められた所はありますか?よろしければ病院と提携している葬儀社を紹介します。

奥様のご遺体は今晩中しか置けませんので、お決め頂くようお願いします」


病院のスタッフにそう言われた。



葬儀社か、、。


そんなもの事前に知っている訳がない。



「俺に任せとけよ。俺が探すから、とりあえず見つけたら教えるよ。」


弟がスマホで色々調べてくれた。




数分後、、、。


「ここでいいか?」


そういってスマホで基本の予算みたいなものを見せてくれた。


正直高いのか安いのかすら分からない。



「うん。そこでいいよ。」

私はとりあえず、そう答えた。



「葬式はどこでやる?こっちの方でやるか、うちの地元でやるのか。」

弟にそう聞かれて、考えた。



妻の両親に聞いても、もともとお寺との付き合いもないし、全て私に任せると言ってくれた。



なので、私の地元でやることにした。



葬儀場も、私の祖父の時と同じところですることに決めた。




ここまで決めるのは、全てが慌ただしかった。


短時間で決めなければならず、とても死を悼んでいる暇などない。



回らない頭の中、本当に弟に助けられた。




控室に戻ると、机の上に妻のカバンが置いてあり、横に紙切れみたいなものが置いてあった。




これは、、、、まさか、、、、。




恐る恐る聞いてみた。



「この紙は何?」



そう聞くと私の母が答えた。

「私があみちゃんのカバンをもう一回調べてみたらね、、、。このカバンのポケットから出てきて、、、。」




私はその紙切れを、手に取った。




それは小さなメモ用紙だった。



あみちゃんの大好きな、ディズニーのキャラクターのメモ用紙、、、。



その小さなメモ用紙を4つ折りにしてある。



私はゆっくりとメモ用紙を開いた。




小さなメモ用紙に、本当に小さな文字で書かれていた。




「生きることに疲れました。迷惑をかけて、また悲しませて本当にごめんなさい。」




それは妻の遺書だった。



これは遺書と言えるものなのか?



正直、この文字を見た時も、とても妻の本心だとは思えなかった。






これだけ?


本当にこれだけなのか?



全く私が知っている妻らしくなかった。




涙は出ず、深い、本当に深いため息しか出なかった。







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看護師に連れられ、手術室の裏のバックヤードのような所に案内された。


「今はこんな場所ですみませんが、こちらでよろしくお願いします。また呼びに来ますので。」



そこには妻が横たわっていた。



ストレッチャーのようなものに乗せられて、肩までシーツがかぶせられている。


看護師が出て行った。





看護師が出て行ってすぐ、妻の横まで駆け寄った。



「あみちゃん、どうしたの?何があったんだよ、、、、。」


妻の頭をなでながら、そう言った。



首元はタオルで隠してあり、跡は見えないように配慮してあった。




妻はまるで眠っているかのように、穏やかな顔をしていた。


妻を上から抱きしめた。


「どうして?何で、、、、何でこんな事に、、、俺一人でこれからどうすりゃいいんだよ、、。

一人なんて嫌だよ、、、、一緒じゃなきゃ嫌だよ、、、。」


そう言いながら声を殺して泣いた。



(手を、、、あみちゃんの手を握りたい、、、。)


シーツを少しめくって手を探した。


すでに浴衣に着替えさせられていた。



そのままそっと手を握りしめた。



「クソッ!冷たい、、、手が冷たい、、、。」


そのまま手を握り続けていたら、私の体温が移って少しだけ暖かく感じた。



まだ手は柔らかかった。




私はずっと手を繋いできた。


出会ってから、どこに行くにも。



http://ameblo.jp/loveemichan/entry-11755753511.html



ついこないだも、一緒に散歩して手を握った。



杖歩行を支える為でもあったけど、なにより手を繋ぐと安心できた。


あみちゃんもそうじゃなかったのか?



これからも支えさせてくれよ、、。



もう手を繋げないなんて嫌だよ、、、、。



一緒に手を繋いで歩いた時の事が、走馬灯のように思い出された。



「ごめん、、、あみちゃん、、、、ごめん、、、、守れなかった、、、俺約束したのに、、、ずっと守るって誓ったのに、、、守ってあげられなかった、、、。」


http://ameblo.jp/loveemichan/entry-11750109806.html



声を殺してずっと泣き続けた。





もう、、、ずっとこのままでいい。


ずっとこうして手を繋いでいたい。



私はそのまま、妻の唇にキスをした。



泣きながら手を握って、ずっと妻の頭をなで続けた。




どれくら時間がたっただろう。



看護師が入ってきた。



「大変申し訳ございません。皆様が心配していらっしゃいますので、そろそろ戻って頂けますでしょうか。」




ずっと妻のそばにいたかったが、家族がまっているとの事だったので後でまた会えるとの事を確認しつつ、仕方がなく部屋を後にした。






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アパートを出て、病院に戻った。



最初に行った控え室に戻ると、義父母と警察が妻のスマホを操作していた。




お義母さんは私が部屋に入ってきた事に気が付いた。


「yoshiちゃん、あみちゃんのスマホの暗証番号知ってる?

さっきから開こうと思って、色々試しているんだけど、全然当たらなくて」


そう聞かれた。



「スマホの中に、何か遺言のような物が残っていないか調べたいのですが。

ご存知ないでしょうか」


警官もそう聞いてきた。




私は暗証番号どころか、スマホすら操作したことがない。



私自身はいまだにガラケー、、どころかPHSを使っている。

「PHSってまだあるの?」

友達にも、たまにそうやって聞かれる。





暗証番号は数字4桁だった。



ひょっとして、この番号じゃないか?



そう思って数字を入力した。





一発でメニューが開いた。




その数字は、僕らの結婚記念日だった、、、、。






「スマホ開きました、、、、。僕らの、、、結婚記念日でした、、、。」



(あみちゃん、、、。スマホ買った時、どんな気持ちでこの番号に決めたんだよ、、、。嬉しかったからだよね?それなのに何で?)


悲しくて、切なくて、なんとも言えない気分だった。




警察はスマホを調べたが、やはり遺書みたいなものはなかった。




その後、警察からだったか病院の人だったか忘れたが、死亡診断書を見せられた。



「縊死」と書かれていた。


最初はなんて読むのかも分からなかった。




「死亡推定時刻ですが、午後4:30頃だと思います」


そう言われた。





この言葉は、この後しばらく私を苦しめる事になった。



冬の4:30といえば、もう夕暮れ時になっている。



妻が亡くなって2ヶ月くらいまで、夕方になってくると妻が亡くなったことを連想するようになった。



「あみちゃんは夕暮れを見ながら、あの部屋で一人寂しく自死してしまったのか。

恐かっただろうな。寂しかったろうな、、、。」


その時間になると常にその考えと、見たわけでもないのにその時の情景まで頭に浮かんできた。




そして仕事中でも精神が不安定になり、いてもたってもいられなくなった。



それまで夕暮れはロマンチックな事を連想させたが、それからは妻の死を連想させるものへと変わった。


(今は大丈夫です)








しばらくすると、病院のスタッフが透明の大きな袋を持ってきた。



「奥様が最後に身に着けていたものです」



袋の中を見ると、妻が今日着ていたと思われる服が入っていた。




その時、ふと目に入った物があった。


「ああっ!」



それは、うつに効果があると言われていた、重ね履きの五本指ソックスだった。

http://ameblo.jp/loveemichan/entry-11889836127.html


妻は下肢障害だったので、足の感覚はほとんどなかった。


だから、うつに効果があると言っても、5本指ソックスを履くのはとても時間が掛っていた。


しかも5枚の重ね履きだった。





「最後まで、、、最後まで、、、闘ったね。、、、。最後までうつと闘ったんだね。」


今日の朝、一体どれほど時間をかけて、沢山の5本指ソックスを履いたのだろう。



最後まで治ると信じて頑張って履いたんだ、、、。




そう思うと、もう涙が止まらなかった。




その靴下も、無造作に透明の袋に入れられていた。



しかも洋服の腰紐と思われるものも、切られた状態で入っていた。



まさか、これで首を、、、。




もう、見ていられなかった。



「この袋の中身はどうされますか?持って帰りますか?こちらで処分も出来ますが」

病院スタッフが聞いた。



「処分して下さい」

私は即座に答えた。




「こちらも外させて頂きました。身に着けているものは全て外すことになっていますので」


そう言って小さなポリ袋を渡された。




中には、コンタクトレンズと結婚指輪が入っていた。




(これで終わりなのかよ、、、。俺たちの結婚生活、もうこれで終わりなのかよ)



岐阜城の展望台で夜景を見ながらプロポーズして、後ろから抱きしめてサプライズで指輪をはめた時の事を思いだした。


http://ameblo.jp/loveemichan/entry-11784170632.html



あの時、本当にすごく喜んでくれた。

プロポーズも2回言わされた。




(嫌だ!二人ともやっと幸せになれたのに。これで終わりなんて嫌だ!!)


ポリ袋に入れられた指輪を見ながら、頭の中はそんな思いが駆け巡っていた。




「ご主人、まだ奥様にお会いになられてなかったですね。こちらへどうぞ」


病院スタッフにそう言われて、後について行った。



ようやくだ。ようやくあみちゃんに会える。




一体どんな姿になってしまったんだろう。




一秒でも早く会いたいという想いと、不安な気持ちが入り混じっていた。






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妻の実家からアパートまで車で移動した。


お義父さんは、パトカー一台と先に病院に戻った。



アパートまでは2~3分くらいで着く。



アパートに警察官数人と、どかどかと入って行った。



「奥さんが鬱だったとの事ですが、部屋の中は片付いてますね」

警官がそう聞いた。



「ええ、、、、。私が家事全般やっていましたので、、。」



「それは、、、、ご苦労様です。」

警官は申し訳なさそうに答えた。



各部屋を案内した。



「それでは遺書がないか、探します。」



警官はそう言うと、部屋の中を一斉に探し始めた。




「パソコンに何か残っていないか探します」


そう言って、わたしのパソコンも調べられた。



「この窓の向こうは?」



警官が聞いたので、


「ちょっとした庭で、物干し台が置いてあります」

と伝えた。



「じゃあ、カーテンを開けますね。」


といって、警官が一気にカーテンを開けた。





外を見て「あっ!」と思った。



その時初めて気が付いた。



外の物干し台に洗濯物が干してあった。




私はそれを見て、、、泣いた、、、。




妻はうつになってから、洗濯も出来なかった。



代わりに私がやっていたけど、夜だったからいつも部屋干しだった。




前日に、うつになってから妻が初めて洗濯してくれて部屋の中に干してくれた。



妻は下肢障害なので、ましてや鬱で外に干すのには苦労したはずだった。





「外に、、、外に、、、洗濯物が干してある。外に干してある、、。干してくれたんだ、、、。」




私が泣きながらそう言ったので、警察は不思議に思ったのだろう。


「洗濯物がどうかしたんですか?」

と聞いた。





「妻はうつで洗濯も中々できなかったんです。下肢障害もあって、外に干すのも中々できなかったんです。でも最後に外に干してくれた、、、。最後に干してくれたんです。」



私は袖で涙をぬぐいながら言った。




流し台を見ると、朝食で使った食器もきれいに洗ってあった。



冷蔵庫を開けると、前日に私がむいたリンゴもちゃんと食べていてくれた。

http://ameblo.jp/loveemichan/entry-11900746857.html




(最後にちゃんと家事をしてくれたんだ、、、。なのに何で、、、なんで死んじゃったんだよ、、。)





警察はずいぶん長く遺書を探していた。



(早くしてくれよ、、、。早く妻に会わせてくれよ、、、。)


待つ時間がとても長く感じた。





「探しましたが、遺書は見つかりませんでした。

それではこれから病院に戻ります」




そう言いわれて、皆で病院へ向かった。





やっとあみちゃんに会える。





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警察数人と妻の実家に入った。


「現場はどの部屋ですか?」

警察官が聞いた。



お義父さんが言った。

「2階の、、、、娘の部屋です。」



みんなで階段を上がり、彼女の部屋に向かった。



部屋の前に着いた。



ドアは開いていて、部屋の中が見えた。



(ここがあみちゃんの部屋か、、、。)



私と付き合っている時も「今度遊びに行くから部屋に入れてよ」と言っても、


「物だらけで散らかってるからヤダ!」と言って、一回も入ったことがなかった。


結婚してからもそれは変わらなかった。



初めて部屋の中を見た。



(どこが散らかってるんだよ。綺麗に整頓してあるじゃないか、、。)


この時初めて部屋を見て、そんな事を考えていた。




「どこで実行したんですか?」

警察官が聞いた。



「そこの、、、、。クローゼットの中です、、、。」

お義父さんが、絞り出すように言った。



(こんな、、、こんな場所で死んじゃったのかよ、、、。こんな所で、、、、。)

私はやるせない気持ちで涙が止まらなかった。




「それで、どういう状態でした?」

警察官はどんどん聞いて行く。



「このクローゼットの中の、洋服を掛ける棒にこの紐を掛けて、、、。」


床には紐のようなものが、切り刻んで落ちていた。



洋服の腰紐みたいなものだった。



「それで、どうしたんですか?」

警察は容赦なく聞く。



「慌ててハサミを持ってきて、紐を切りました」



「そうですか。それでハサミというのは、、ああ、これですか。」


警察は床に転がっていたハサミに気が付いた。



「それで、どういう状態で紐を切りましたか?娘さんを持ち上げて切ったんですか?そのままで切ったんですか?」



「そんなの覚えとらんよ!無我夢中で!!」

お義父さんはたまらず答えた。




もう、、、もういいだろ、、、、。もう聞かないでやってくれよ。

もうそっとしておいてやってくれよ。


警察とのやり取りを廊下で聞いていて、そう思っていた。




「それで、身体の向きはどっちを向いてましたか?」



もう聞いてられなかった。






私は廊下を降りて、玄関を出た。




玄関の外の階段に座って、声を押し殺して泣いた。


(あんな場所で、、、、たった一人で、、、何でだよ、、、、何でそんな寂しく一人で逝っちゃったんだよ、、。)




しばらくて気が付いた。


そうだ、俺の両親に連絡しなきゃ、、、。



携帯を取り出して、母に電話をした。



「もしもし、、。俺だけど、、、、。落ち着いて聞いてくれよ。

あみちゃんが、、、首を吊って、、、、、死んじゃった、、。」



「うそーーー!嫌だよ!何でそんな事に??」


母は私から話を聞いた瞬間、驚いてすぐに泣いてしまった。



「あんた、今どこにいるの?」

しばらくして母が言った。



「あみちゃんの家だよ。警察と一緒にいる。まだ時間が掛りそうだから親父と一緒に病院に行っててくれ。

お義母さんがいるから、、、。」



何とか母にそう伝えて電話を切った。


何でこんな電話を掛けなきゃいけないんだ。

この状況は一体何なんだ!


全てを信じたくなかった。





家の中に戻った。





「遺書のようなものがないか探します」


警察がそう言って、家の中を探し回った。




しばらくして「遺書のようなものはありませんでした」と言った。




「それではこれで終わります。次はお二人のアパートを調べますので、ご主人ご案内をお願いします」



今からアパートに行くのか、、、。


早く妻に合わせてくれよ、、、、。



病院から移動して、もう2時間くらいたっていた。






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どれくらい突っ伏して泣いていただろう。


多分5分~10分だったと思う。



(あみちゃんに会いに行かなきゃ)



不意にそう思って、体を起こした。



お義母さんに電話を掛けた。



救急車で運ばれて、みんな近くの大学病院にいるとの事だった。



アパートから車で10分くらい。



頭の中は半分パニックになりながら、車を運転して病院に向かった。



(どうして?何で?何で死んじゃったの?

こんなの信じたくない!あみちゃんが死ぬ理由がない!)


頭の中で、ずっとこの考えが頭を駆け巡っていた。


泣きじゃくりながら車を運転した。



今考えたら、あの状態でよく運転できたと思った。



大学病院の駐車場に車を停めて、お義母さんに教えてもらった場所に走った。



足がフワフワして現実味がない。


それでも心のどこかで、あみちゃんが死んだことが信じられずに、まだ蘇生処置をしてくれているんじゃないかと願っていた。



大学病院はとても広い。


教えられた場所までの道のりは、とても長く感じた。


(まだ、きっと処置をしてくれてるに違いない。きっとそうだ。

お義母さんはパニックになってあんな事をいったに違いない。

そうに決まっている!)


病院の長い廊下を走り抜け、ようやく目的の場所に着いた。


受付の人に名前を言うと、すぐとなりの控室を案内された。




控室のドアを思い切って開けた。




部屋の中には、お義母さんとお義父さんが3人掛けの長いソファーに座っている。


机を挟んで向かい側の椅子には警察官が座っていた。




みんな一斉に私の方を見た。



「yoshiちゃん!」


そうお義母さんが言った。



「yoshiちゃん、ここに座って。」


お義父さんが言った。


私はお義父さんとお義母さんの間に、一緒にソファーに掛けた。



「yoshiちゃん、ダメだった。助けてやれんかった。

俺は家にいたのに。俺のせいだ。

気付かなかった。

気付いてやれんかった、、、。」


お義父さんが言った。



私はそれを聞いて、今度こそ確信した。


本当に死んでしまったんだ。



もう泣くことを堪えようがなかった。



私はお義父さんとお義母さんの間で、子供のように泣いた。



「私が、、。私が悪かったの。

今日、パートだったから。

私がパートなんか行かなかったら、、、。家にいたらこんな事にはならなかったのに。」


お義母さんは泣きながら言った。



「yoshiちゃん、ごめんな、、、。本当にごめんな、、、。

yoshiちゃんみたいな良い人とせっかく結婚できたのに、、。

せっかく一緒になれたのに、、、。

yoshiちゃん、本当にごめんな。

許してくれ、、、。」


お義父さんはそう言って、頭を抱えて泣いている私の肩をさすってくれた。



みんなが泣いていた。




しばらくすると正面に座っていた警察官が口を開いた。


「この度は誠にご愁傷さまでした。お悔やみを申し上げます。

お疲れの所、大変申し訳ないですが、これから一緒に現場に行ってもらいます」



病院以外で亡くなった時には、警察が動くことになる。



私は早く妻と対面したかった。



でもすぐに現場検証をしなければならないらしかった。





現場である妻の実家に移動することになった。


お義父さんは案内がてら、警察とパトカーで行った。


私は自分の車で妻の実家へ向かう事になった。


「大変でしょうが、事故に気を付けてゆっくり来て下さい」



車で移動する途中も(どうして?なんで死んじゃったんだ?)という感情がずっと頭を占めていた。

一人になると涙がとめどなく流れる。


実家に向かう時もずっと泣いていた。



妻の実家に着いた。


家の前にパトカーが3台も並んだ。


近所の人は絶対に何かあったと思うだろう。



部屋の明かりや外灯がついていないので、妻の実家の雰囲気もいつもと雰囲気が全く違って見えた。



お義父さんが玄関のドアを開ける。


警官5~6人と一緒に家に入って行った。





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その日は、アポを取った会社に新規営業へ行っていた。


客先の反応も良く、初めて行ってたにも関わらず、さっそく見積もり案件をもらった。



「年末だったけど、来年に向けて幸先がいいな。」



そう思ってその日の仕事を終えた。





仕事を終えて、妻の待つアパートへ車を進める。


冬なので日が暮れるのが早い。


もう日が暮れて真っ暗だ。




今日は火曜日か、、、。



昨日の夜中、あみちゃんが好きな海外ドラマがやってたな。


あのドラマだけは楽しみにしてたから、夕食の時一緒に見よう。



もうすぐアパートに着くな、、、。



そんな事を考えながら運転していたら、電話が鳴った。



会社からだった。



「奥さんのお義母さんから、電話がありましたよ。すぐあみさんの携帯に連絡して下さいって。」



お義母さんから?



お義母さんは、私の携帯番号を知らない。


だから何かとても大事な用事があって、会社の番号を調べて電話を掛けてきたのか。




何だろう、、、、。



もしかして、あみちゃんに何かあったんじゃないだろうな、、、。



とても不安な思いで、電話をした。




お義母さんが電話に出た。


泣いていた。


「もしもし、yoshiちゃん。ごめんね。

あみちゃんが、、、あみちゃんが、、、、。

うちで首を吊って、、、、、。

もう、、、、もう、、死んじゃってて、、、。

ごめんなさい、、、、。yohiちゃん、許して、、、。ごめんなさい、、、。」





その瞬間、自分の世界が壊れた。





「嘘だ!そんな!そんなバカな!嘘だ!!!!」

電話に向かって叫んだ。



「ごめんなさい!ごめんなさいぃ!」


お義母さんはずっと謝っていた。



私は電話を切ってしまった。


もう家の目の前だ。



そんなバカな!


あみちゃんが死ぬわけない。

そんな事あってたまるか!



車を停めて、玄関に向かった。





そんな訳ない!


あみちゃんが死ぬわけない。


いつもみたいにアパートで俺を待っててくれてる。


いつもみたいにソファーに座って俺を待っててくれるはずだ!




玄関のドアを開けた。





家の中は真っ暗だった。






そんな!嘘だ!!



すぐ部屋の電気をつけて回った。



嘘だ!そんなの嘘だ!


いてくれよ!部屋にいてくれよ!




寝室を見た。


妻が朝起きた時のまま、ふとんがめくれ上がっていた。


クソッ!いないよ!



キッチンの電気をつけた。


誰もいない。きれいに片づけられたままだ。




和室も見た。


ここにもいない。





リビングの電気をつけた。


リビングの入口に置いてある、結婚式の時の写真が目に入った。



幸せそうに寄り添っている。

http://ameblo.jp/loveemichan/entry-11796214232.html




誰もいない。


朝、ソファーに座って私をじっと見ていた妻は、もうそこにはいなかった。



誰もいないソファーがそこにあるだけだった。




その時悟った。


もう妻はこの世にいないのだと、、、。





「約束したじゃんか!一緒に乗り越えようって!

何でだよ!俺を置いてかないでくれよ!頼むよ!


嘘だ!こんなの嘘だ!!」



そういって床に突っ伏して、泣き叫び続けた。






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このブログは、妻が亡くなってから2週間後から書き始めました。



妻との出会いから、亡くなる当日まで書いていくのに7か月かかりました。



読み返してみると、妻が亡くなる当日まではとても前向きに生きていたのだな、と思いました。


現在の心境とはずいぶん違います。



でも、一区切りついたところで、自分の中で整理して思い出す事ができ、当時よりは少しは落ち着いたように思います。





ブログを書き始めた時の内容は、妻が亡くなった当日の出来事でした。



今思えば、あんなボロボロの精神状態の中、亡くなった当日の内容をよく書いていたなと思います。



今読み返してみると、文章に脈絡もなく、何を伝えたいのかも分かりません。



やはり書くのがつらかったので、その日の事は途中までで書けずにいました。




妻が亡くなって7か月半ほど経ちました。


今なら当時よりは、向き合って書けるだろうと思います。






やはり当時の感情を詳細に残しておきたいため、というのが一番大きいです。


そして逃げずに妻の死と向き合いたい。



書き終えた時、もう少し落ち着くことが出来たら、と自分でも願っています。



最愛の人を自死で失った人間がどんな精神状態に陥っていくのか。

私のブログを見て、何かの参考になってくれたらと思います。



そんな気持ちも込めて、今後は亡くなった当時の事や精神状態を書いて行こうと思います。





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