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恋愛小説『Lover's key』 #33-1 聖夜<1>(teru's side)




 

 ───むっちゃくちゃ緊張した…。


 自室に由愛を残して一階に下りる俺は、おかしなくらい心臓がバックンバックンしていた。


 由愛を見かけて声をかけるときからずっと続いていたこの現象は止まることなど知らず。正直こんなの身体に悪いんじゃねーかと思う。


 今ぶっ倒れてもそれはそれで仕方ねぇなと納得するくらい、尋常じゃない程の身体内部のざわめきっぷりにオレ自身も戸惑っていた。


 (とりあえず一人になって深呼吸して力抜かないと身体がもたねぇ……。)


 そう思ったら居ても立ってもいられず、一度部屋から離れて風呂に入ることを決意した。「服着替えれば?」とか必死こいて理由を作って。


 もう、ホント。平常心を保ってるように見せかけてても、実は全然余裕ねぇの。でもどう頑張っても由愛の前ではどうしようもなくて。とにかく自分が後悔しないようにガムシャラに前に進むしかない。


 ちょっと前のオレだったら必死こいてぶつかっていくことに戸惑いがあったけど、計算したとこで由愛には全く通用しない。なんせ一度失敗してるし。


 センセと何かあったからって、別にこの状況を利用してどうにかしようとかそういうわけじゃないんだけど…。あの時の電話が最後の会話っつーのはやっぱり辛くて。毎日モヤモヤしっぱなしだし、スッキリしない分余計に由愛のことを考えてしまう。電話口で泣いた意味だって本気で知りたいんだ。


 もうこのチャンスを逃したら永遠に由愛に会えないかもしれない。それがオレの中ではやはり“嫌”で。“嫌”ならば、どうにかして自ら切っ掛けを作るしかない。


 律に電話したとき、“2%を有効活用しろ”と言われたのがオレの救いだったのかも…。お陰で、すぐネカフェに入って由愛の手を取ることに成功したし。


 まさかこういう展開になるとは自分でも思わなかったけど───。




 1階に下りて風呂場に着く前に、一応美佐さんに「ただいま」と声だけかける。


 美佐さんは「おかえりなさい」とこっちを向いて笑顔を見せていたけど、オレは見て見ぬふりをして素通りした。


 時間は既に22時近く。深呼吸してリセットしたいと言っても、それはほんの束の間。とにかく少しでも長く由愛と一緒にいたかったから、急いで風呂に入る。


 そして5分後には脱衣場で格闘していた。


 (くっそ。もう時間ねぇ…髪は2階で乾かすか…。歯は磨くだろ、やっぱ。あれ?…っつーかオレ飯食ってねぇよ…?もしかして由愛もかも?)


 しまったと思った。あまりのテンパり具合に自分の腹の虫も萎縮したのだ。完全に出てくるタイミングを失ったんだと思う。今頃になって腹が減った。


 (とりあえず、2階行ってすぐに由愛と相談すっか……。部屋に入ってからの第一声は「腹減ってない?」…うん、よし。これでいこう。)


 そんなことを考えながら着替えも終わり、ドライヤー持参で2階へ戻る。


 「もう入って平気?」


 一応ドア越しに声をかけたら中から「うん…」と聞こえてきて。オレは大きく深呼吸をしてから部屋に入った。


 着替え終わっている由愛は完全にOFF状態。スッピンにスウェットとか。


 (ちょっ、やべぇ…。これは彼氏しか見ることができない姿だろ…。)


 そう思ったらまたオレがおかしなテンションに逆戻り。由愛の姿に惚けつつも身体はカチコチのまま。無理矢理平常心を保った振りして床へ座り胡坐をかいた。そして、この状況に再び腹の虫が萎縮して、今脱衣場で考えてたことさえ吹っ飛んでしまったのだ。


 好きなヤツと一緒って…相当やばいな。こんな息苦しいほどの動悸は、今まで一度も経験したことがない。本人を目の前にして、それだけ好きなんだってことを改めて深く認識する。


 「……下行って風呂入ってた。髪乾かすけど、いい?」


 「あ…うん…」


 了承の元、ドライヤーのスイッチを入れると風を送るモーター音が部屋中に響いた。


 無言のままワサワサと髪を乾かす。ふと、由愛を横目で見ると、オレと視線を合わせないようにそっぽを向いているように見えて。


 なんかそんな仕草が寂しかったから、ドライヤーを由愛に向けて風を吹きかけた。


 「……!!」


 驚いてこっちを見た由愛はやはり笑顔も元気もなくて。何度も何度も泣いた形跡は目の下に現れていた。


 そんな姿が痛々しくて。オレは髪乾かすのを止め、そっと手を伸ばし由愛の目の下の赤く爛れた部分に触れた。


 ビクンと肩を大きく揺らし、体育座りをしたまま顔を下に向けた由愛はなんだか傷だらけで他人を警戒する怯えた猫のようで。


 ここまで苦しめた原因は何なのか。オレは今すぐにでも聞きたかった。


 単刀直入に聞いてもいいべきか一瞬悩んだけど。遠まわしにヤンワリと聞くことなんてオレにはムリで。


 「センセと、何があったの?」


 ドライヤーのスイッチを切り、電源を抜き、コードをくるくると本体に巻きつけながら、オレはとうとう本題への口火を切った。


 由愛のほうに身体を向き直し、お互い向かい合わせの格好になる。由愛は体育座りの体勢を変えずに、顔も下向き加減のまま。唇をキュっと噛み、どう話していいのか悩んでいるようにも見える。


 しばし沈黙の後、やっと口を開き、ポツリポツリと話し始めた。


 「進一にね、彼女がいたの…」


 「…は?……何それ、二股??」


 「ううん…違う。もうね、昔の話みたいなんだけど……。その彼女はもう亡くなっててね…でも妊娠してたんだって……」


 はっきり言って、この説明じゃさっぱり意味がわからなかった。ただ、出てくる話はどれも重いワードで。決して単純な喧嘩じゃないことはわかる。


 多分、由愛もまだ混乱してて他人にどう説明していいのかわからないんだと思ったから、オレは優しくこう告げた。


 「内容、もっと詳しく話せる?ゆっくりでいいから、順を追って。オレ、最後までちゃんと聞くから」


 由愛にもそんな真剣なオレの気持ちが通じたのか、こくりと頷き、気持ちを整理しながらひとつひとつ紐解くように色々話してくれた。






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