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恋愛小説『Lover's key』

#25-3 一歩前進(shinichi's side)





「もうこんな時間なんですね。すみません。すっかり長居してしまって…」


俺がそんな風に話を切り出すと、由愛も察したようだ。


「あ…ほんとだ。もう2時なら、そろそろ進一の家に向かわないとだよね…。ちょっと準備してくるから待ってて」


そう言うと、席を立ってパタパタと自室に向かって行った。


その間はリビングに俺と由愛の母親、2人だけになる。そんな状況に少し緊張していると、由愛の母親はそんな場面を待っていたかのように「ねぇ、進一くん…」と小声で話をしてきた。


俺も耳を傾ける。すると。


「進一くんって、由愛のこと……ちゃんと愛してくれてるわよね?」


あまりにもストレートな内容で、しかも由愛の母親にこんなことを聞かれるとは思わず一瞬ドキっとしたけど、俺は「もちろんですよ」と間髪いれずに答えた。


「そうよね…。ごめんなさいね、急にこんなことを聞いて…。実は由愛がこの間『進一に本気で愛されてるかわからない』なんて心配してたのよ。多分軽いマリッジブルーみたいなものだと思うんだけど…。女の子は花嫁になる前に色々考えちゃうことが多いから、あの子のことよく見ててあげてほしいの……」


え…?


本気で愛されてるかわからない──?


由愛の母親の話に、正直驚きを隠せなかった。多分、今の俺の顔には「寝耳に水です」と大きく書かれているだろう。目をまるくさせながら、そんな表情をしていると思う。


……由愛がそんな風に感じているなんて知らなかった。


俺は俺なりに由愛のことを本気で愛してるつもりだし、この先由愛が居なくなることは考えられないくらい大事だっていうのに…。


でも、知らなかったじゃ済まされない。そんなことを親に相談するくらい悩んでいたなんて…。これは完全に俺の責任だ。


事を重く受け止めた俺は、慎重に口を開いた。


「ご心配かけてすみませんでした。僕がもしかしたら言葉が足りないのかもしれません……。これからは何でも話し合って由愛さんを不安にさせないようにします」


そう告げると、由愛の母親はにこやかな笑顔で。


「ありがとう。そう言ってくれると心強いわ。あ、今のはここだけの話にしておいてちょうだいね!私の独断で進一くんに確認しちゃったから」


と、言っていた。


「あ、はい。わかりました。こちらこそ教えてくださってありがとうございました」


俺は軽く頭を下げながらそう答えると、由愛の母親はしみじみとした口調でこう答えた。


「ううん。いいのよ。やっぱり旦那さんになる人が進一くんでよかったわ。由愛を宜しくお願いしますね」


逆に頭を下げられて、俺もどうしていいかわからなかったけど「はい、大事にします」と、真剣に答えた。


もちろん、それは本心で。ずっとずっと俺が大事にしていきたいと思ってる。


その後、少しの間ができたから、湯呑み茶碗にほんの少し残っていたお茶を一気に飲み干すと、丁度由愛が自室から戻ってきた。


「お待たせ~」


その声に振り向くと。着替えてきたらしく、清楚な格好でやってきた。


さっきはチュニックにレギンスというような格好だったのに、今は黒のタートルネックに黒とオフホワイトのチェック柄ワンピース。由愛の母親も服装をチェックをしている。


「うん、それなら合格ね!スカートも短すぎないし、いいんじゃないかしら?」


「ほんと?」


「コート着て、寒くない格好で行くのよ」


「うん。あ、そうだ、昨日買った和菓子も持っていかなきゃ!」


「ほらほら、、、他に忘れ物はない?」


「うん!大丈夫」


母娘の会話はウチにも姉が居るから見慣れているけど、本当に賑やかだなと思う。


俺は2人のやりとりを何も言わずに眺めていた。


「進一ごめんね。用意できました」


由愛に声をかけられて、俺は「じゃ、行こうか」と席を立つ。


「帰り道、運転気をつけてね。由愛のこと宜しくお願いします」


そう言いながら玄関まで見送ってくれた由愛の母親に「はい、ありがとうございます。お邪魔しました」と挨拶をして。


由愛の家を後にした。


エレベーターに向かうまでの共用通路で、俺は大きな役目を終えたかのようにホっと胸を撫で下ろした。


やはり、緊張した。


由愛の母親は話しやすいから普段ならこんなに肩に力なんて入らないんだけど、結婚の申し込みとなると話は別だ。


「お母さんに反対されなくて良かったよ…」


俺がエレベーターの前で下階行のボタンを押しながら笑顔でそう言うと、由愛はふふっと笑って「大丈夫だよ。うちのお母さん、進一のこと凄く気に入ってるから」と、フォローしてくれた。


「じゃあ助かったよ…。ホント、ちょっと緊張したからさ」


「ええ?全然そんな風に見えなかったけど…。すごく自然だったよ?」


そんな話をしてると、エレベーターが3階を通り越して上の階に行ってしまった。


4階、5階、6階、7階…。


表示を見ていると、なかなか止まらない。最上階へ行くのかもしれないな…。


そう判断した俺は、このままエレベーターを待つより、階段で降りることに決めた。3階だし降りるのにしんどい距離でもない。由愛を促して1段1段ゆっくり降りていく。


「そうだ。進一、私の誕生日に結婚式挙げたいなんていつ決めてたの?さっきビックリしちゃったよ…」


降りている途中、由愛にそう質問された。


「ああ、あれは本当に最近なんだ。記念日が由愛の誕生日なら覚えやすいし、いいなって思って。時期的にも丁度いいし、名案だろ?」


「うん…。ありがとう…」


俺は振り返ると後ろからついて来ている由愛の手を取った。


そして。


1階に差し掛かる手前の踊り場で抱きしめたい衝動に駆られ、由愛をギュっと抱き寄せた。


「ちょ…と、進一?」


突然のことでどうしていいかわからず、俺の腕の中でモジモジしてる由愛を更に強く抱きしめて。


そっと、耳元で囁いた。


「由愛、愛してるよ…」


さっき、由愛の母親に教えてもらったことが俺の心にすごく引っかかっていて。


今すぐに本心を伝えたくて、再び口を開いた。


「おまえが居なくなったら、俺は生きてる意味が無いんだ。だから、これからは何でも話してくれ。何でも俺にぶつけていいから…。これからは手を取り合って一緒に歩んで行こうな」


こんなに熱のこもった発言は、多分初めてなんじゃないかと思う。里香にもここまでのことは言ったことは無い。


俺の中で、何かが変わった。普段は照れくさくて言えないことが、何故か今日はスラスラ出てくる。


そう…多分。


輝に触発されたんじゃないかと思う。それくらい昨日の輝との出来事は俺に大きな影響を与えた。アイツになんて取られてたまるか。


そんなことを考えていると、さっきまで居心地が悪そうにしていた由愛が、急に俺の腕の中でじっとして動かなくなってしまった。そっと顔を覗くと、目にいっぱい涙を溜めて、流れ落ちるのを堪えているようだった。


「わ…。ごめん、泣かすつもりじゃなかったんだよ」


俺は慌てて由愛を腕の中から解放すると、ハンカチをズボンのポケットから出した。


由愛は「ありがと」と言ってそれを受け取り、そっと涙を拭った。


「何か不安なことでもある?あるなら言ってほしいんだ。由愛が泣くところはあまり見たくないから…」


俺がそう言うと、由愛はううんと首を横に振った。


「ごめんね…。これは嬉し涙だよ…。私が進一から一番欲しかったものをもらえたから、もう大丈夫。ありがとう…」


そう言い終えると、今度は由愛のほうからギュっと俺にしがみついてきた。そんな由愛が堪らなく愛おしくて、俺も強く抱きしめ返す。


由愛は俺を選んでくれてるんだ。だからこうしてちゃんと向き合って本心を言えば、その分由愛も応えてくれる。何も恐れることなんて無い。


俺たちは再び一歩前進できたみたいだ。これからも、こうして一歩ずつ自分たちのペースでゆっくり歩んで行けばいい。


ギュっと力を込めて手を繋ぐと、由愛も力を込めてくれた。


そして。


そのまま仲良く並んで駐車場まで歩いて行って。いつになく弾む会話の中、一緒に車で俺の家へ向かった。






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