先日書いたとおり 、アタシは今、ひとり暮らしをしている。


実家から会社までがかなり遠く、毎日2時間近くかけて通勤していたため、前々からずっとしたいとは思いつつも、いろいろと事情があってできずにいたひとり暮らし。

決断したのはちょうど2年前のことだった。


妹の受験が無事に終わり、当分は家庭内で大きな出来事が起こることはないだろうと思い、「今年中にひとり暮らしをしよう」と考えたのだ。


でも、いつも「考える」だけで行動に移せないアタシ。

自分の欠点は痛いほどわかってる。


そこで、ある方法を実践することにした。




それは、周りに宣言すること!





八方美人なアタシは、人に言っちゃうと後に退けなくなり、無理してでもやろうとする

要するに、欠点の逆利用ってヤツですなにひひ


それに、人にしゃべることで、自分の脳にも再認識させることができる気がして。




まずは、ことあるごとに同期に言いまくった。


でも、ひとり暮らしをすることがかなりの影響力をもたらすであろう親や恋人には、なかなか言い出せず。



デートのたび、「今日こそ話そう」「こういう切り口なら自然かも」なんて、いろいろと思案するものの、「言わせる女」 にはかなり難易度が高いのだ汗




そんな感じで1カ月が過ぎ、2カ月が過ぎ……桜が舞い散る季節となったある日のこと、ようやく絶好のチャンスが到来!!

ピロートーク中、うまく切り出せそうな話の流れになったのだ。


まずは、妹が寮に入った話できっかけをつくる。



「お母さんとか、寂しがってるやろ~」

「そやね~。やっぱり一番下はみんながかわいがってたしね。でもさ、母親には悪いけど、アタシもいつかひとり暮らししたいねんな~」



言えた~!!




「ひとり暮らし? 実家暮らしのほうが絶対楽やで!? お金も絶対実家にいたほうが貯まるし」


あれ? アタシのひとり暮らしには反対?



「でもさ、会社まで遠いやん。去年なんて雪降ったのが多かったから、1回、道路は大渋滞、電車は停電で1時間動かずで、結局通勤に6時間かかったことがあったしさ~。朝の6時に家を出たのに、着いたのお昼の12時やで! そういうのって、職場の人にも迷惑かけるやん」


訴えるアタシ。



「そやなぁ、遠いもんな~。――で、いつぐらいにしたいと思ってんの?」

「うーん、今年中が目標かな。今年の夏は猛暑になるって気象予報で言ってたし、ラニーニャ現象が起これば冬は寒くなると思うねん。だから、できればそれまでにしたいなって」

「そっかぁ、なるほどね。――そういえば、ひとり暮らしはしたことあるんやっけ?」

「ないよ。寮には入ってたけど、あれは共同生活やしね」

「ないの!? う~わ、青いな~。そりゃ、一度はするべきやわ」



彼はアタシをちゃかしながらも、ギュッと抱きしめてくれる。

心地いい沈黙。

しばらくすると、“スーッ”という寝息が聞こえる。



あら、寝ちゃった。

しかたない、続きはまた今度にするか。



でも、ずっとずーっと言えずにいたことが言えて、アタシはものすごくスッキリした気分だったニコニコ








それから1カ月ほど経ったころ、彼のほうからひとり暮らしの話題をふられた。


「どう、その後、進んでるん?」

「ううん、ぜ~んぜん。ていうか、何からすればいいのかよくわからんくて。不動産サイトを見たりはしてるんやけど」

「そやな~、まずはそうやってネットで目星をつけて、それから下見に行かんとアカンわな。言ってくれたら都合つけるで。俺、ひとり暮らし歴長かったし、友達の部屋探しにもよく付き合うから、結構そういうの慣れてるねん。それに、俺も住むことになるかもしれんから、ちゃんと選ばんとにひひ



ドキッとした。

“俺も住むことになるかもしれんから”だと?



「何言ってんのよ~、もうあせる



彼の腕を軽くぶつ。


まったくの冗談? それともちょっとは本気?



「でもな、ホンマ何をとるかやで。駅から近いほうがいいとか、新築がいいとか、角部屋がいいとか、鉄筋鉄骨がいいとか」

「そやねんな~。そのへんがよくわからんねん。ひとり暮らしってしたことないし」

「そやわなぁ」


彼は苦笑する。


「俺、学生のときハイツタイプに住んでたんやけど、壁が薄くてさ」

「へ~。隣の人の話し声とかが聞こえるん?」

「うん、何話してるのかはっきりわかるぐらい。――下品な話やけど、あのときの女性の声もめっちゃ聞こえるわけよ」


要するに、Hのときの声。



「うそぉ~」

「こっちもお互い様なんやけどさ。俺、そのとき付き合ってた彼女と半同棲してて、まだ二十歳前後やったし毎晩のようにそういうことしてたわけよ。だから向こうにもこっちの声は聞こえてたやろな。隣は女性やったんやけど、お互い学生やから家を出る時間帯がだいたいかぶるねん。朝ばったり出会うと、顔を合わせるのが気まずかったね~」



半同棲……。


やきもちはあまり焼くほうではないアタシは、別の感情が心を占めて、複雑になった。



彼に、クリスマスがトラウマになるほど 真剣に付き合っていた人がいたことは知っていた。

その彼女と半同棲していた彼女が同一人物なのかどうかはわからないけど、なんとなく同じ気がした。

女の勘って結構当たる。


半同棲って、アタシはしたことがないからよくわかんないんだけど、やっぱりいずれは結婚しようとか考えてするもの!?

もしそうなら、別れることになったとき、どれほど苦しかっただろう……しょぼん


今でも未練があったりするんだろうか。

男性は引きずるって言うし。



アタシとの出会い も、ひょっとしたらその人を忘れるためにセッティングしてもらったんだろうか。

そういえば、付き合ってた年上の女性が、別れたとたんに結婚して子どもができて……アタシと会ったのはそんなときだったって話もしてたっけ。


パズルのピースが組み合わさるように、これまで何気なく聞き流していた話たちがどんどんとつながっていく。




彼はずっと苦しんでたの!?

アタシはそれに全然気づいてあげられなかったの!?


勝手に彼に感情移入してしまい、切なくて胸が痛くなる。



アタシで代わりになるのかな。


考えれば考えるほど自信がなくなり、食欲もなくなり、その日から一気に3キロ痩せてしまった。




8月の初め、彼と不動産めぐりをした。

いくつか物件もまわり、だいたいの感触をつかむ。


最初に行った不動産会社で応対してくれたのが30歳前後のイケメンお兄さんで、彼の態度が明らかにいつもと違っておもしろかった。


ある物件を見に行く途中、歩きながら「こちらは彼氏さんですか?」と聞かれたときのこと、アタシが答えるよりも先に、「はい、彼氏です」と牽制するように言う彼。


不動産会社のお兄さんの前で、アタシのことを異様にからかう彼。

絶対このお兄さん、「こいつらいちゃいちゃしやがってむかっって思ってただろうな……。



でも、そんな彼の態度が、少しアタシに自信をつけてくれた。







9月、ようやく親に話すことができ、本格的に物件を探し始める。


そして11月、彼がネットで見つけてくれたよさそうなマンションを下見に行くことに。


立地条件も築年数も家賃も広さも間取りも優秀で、タイミングよく敷地内の屋根付き駐車場も月末に空くというので、「こういうのは縁やで」という彼の後押しもあり、仮契約。

その日の夜、無事に親の了承も得ることができ、晴れて本契約となった。





12月に引っ越しをし、彼から引っ越し祝いということでアロマランプとアロマオイルをもらう。


「代わりにと言ったらあれなんやけど、俺もほしいものがあるねん」


彼はアタシの目をまっすぐに見てそう言った。



「ほしいもの? 何、何?」


アタシは興味津々に尋ねる。

彼がほしいものならなんでもあげたいプレゼント



「――カギ」



彼は照れくさそうに一言そう言った。

アタシもなんだかドキドキしてしまい、つい早口になる。


「ああ、カギね! わかった。今度会うときまでに用意しとくわ」



実は、アタシも考えてはいたのだ。

合鍵を渡そうと。

でもこれまた、どういう切り出し方をすればいいのか、悩んでいた。




いつも彼は、ほしいときにほしい言葉をくれる。

助けられてばかりいる。


ひとり暮らしだって、彼がいなければ実現したかどうか。

不動産めぐりだって、部屋探しだって、仮契約だって、すべて彼から働きかけてくれた。




次のデートのときに合鍵を彼に渡した。


「うわぁ、ありがと。うれしいわ。合鍵もらうのって初めてや」


ホントにうれしそうな顔で受け取る彼。


「そうなん?」


(半同棲してたんだよね!?)


アタシは心の中でつぶやく。



「そやで。渡すほうはあるけど、もらうのは初めてやで」


(なるほど、そういうことか!)


納得した。



「アタシも渡すの初めてやな。まあ、ひとり暮らしが初めてなんやから当たり前やけど。てことは、お互い初めてなんやね!」
「せやな」


彼は、さっそくカギを自分のキーケースにつける。

彼の家のカギ、車のカギ、仕事で使うカギ、それらと一緒に並ぶ合鍵を見て、なんだか幸せな気持ちになった。



そうだよ、彼が昔の恋愛でついた傷があるのなら、アタシが癒してあげればいいんだよね。

代わりになる必要はないんだよ。

アタシはアタシのやり方で、不器用ながらにも彼を愛していこう。



合鍵が、アタシの心の中の答えの扉を開けてくれた気がした。







年が明けて去年の元旦、彼にはいつも以上に感謝の気持ちを込めたメールを送った。


“いつも頼ってばかりでゴメンね。ひとり暮らしが実現したのもすべてあなたのおかげです。いてくれてよかった。今年もいろいろと迷惑かけると思うけど、よろしくね”





2008年、これまた特別な年になろうとは、このときはまだ思ってもいなかった。