社会科や理科をやっていると、
折に触れて出てくるのが「方位」。
一般的な地図や地球儀、その他方角を要する図は、
概ね上が「北」になるように作成されている。
世界の大半が北半球に住んでいること、
特に先進国がそうであることを考えると、
何故そうなのか・・・は想像できる。
しかし、天(宇宙)から見れば、地球は自転し公転しているのだから、
絶えず「方位」ごと回っていることになる。
ちなみに、南を上にしてみると・・・↓↓↓
これは、決してサカサマに描いたのではなく、
地図がこういうものであってもおかしくはないのだ。
さて、つい見落としがちだが、「方位」がアヤシイ生徒は多い。
北の反対は?→南
北を向いて右手は?→東
ということもアヤシイし、太陽はどこから上ってどこに沈む?
東から上って西へ沈む。
「勉強」を超えた“生活の中の一般常識”だと思うが、
これらすべてがアヤシイ。(笑)
聞くと、生活には不便しないそうだ。
生活に困らないのに、どうして覚える必要がある??
出た!!(笑)
これを、「勉強ができない理由」として成立させ、
自ら納得している人種には何を言っても通用しない。
話は逸れるが、
このテの話に乗っかって、小・中学生を諭そうとするのは間違い。
彼らは、「それでも困らない。」
「高校や将来などどうなっても良い。」
という、最強の武器を要している。
もちろん本音ではないが、周囲にウケようとして、
または単に反抗して言っている。
しかし、コトバというのは不思議なもので、
自ら発した言葉により自ら洗脳されていく。
口に出せば、それは間違いなく自分で言った言葉であり、
次第にそれが本心へと変わってくる。
それをさせないために、
彼らと「勉強」に関する精神論は避けるべし・・・というのが持論である。
ゆえに、勉強するのに「理由」など要らない。
話を戻すと、「方位」というのは、
大事な社会的感覚である。
方位一つとっても「歴史」があり「仕組み」があり、
「社会」がある。
地球儀はどんな小学生でも興味を示す。
できれば、その小さなきっかけを見逃さず、
広い視野を持たせてあげたいところだ。