肝炎ウイルス感染から死まで | ジョン・コルトレーン John Coltrane

肝炎ウイルス感染から死まで


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コルトレーン、ヘロインを断つ 目次

「コルトレーン、ヘロインを断つ」早分かり ♪→ 「これまでのあらすじ」


コルトレーン、ヘロインを断つ その120(最終回♪)(うそ)


肝炎ウイルスへの感染がヘロインを打つ際の注射器の使い回しによるものだったとすると、コルトレーンがヘロインを始めたのは1947、8年頃のことと推測されますので、それから断薬した1957年春までの約10年の間に肝炎ウイルスに感染したということになります。感染から1967年7月に死ぬまで十数年。20代の始めで感染、30歳代で発癌ということでしょうか。そして40歳で死亡。

C型肝炎の場合、既に述べた通り、感染→急性肝炎→慢性肝炎→肝硬変→肝臓癌という経過をたどりますが、これにどれぐらいの時間がかかるかは個人差が大きく、どの時点で症状が出るか、発癌するかは一定していません。例えば、感染から肝硬変に至るまで、数年から数十年と大きな幅があります。

とはいえ、C型肝炎の進行は一般にかなりゆっくりで、約20年~30年以上かかって肝硬変へと移行し発癌に至ります。発癌年齢は60歳~70歳、ピークは60歳代半ばといいます。感染者の中には発症する前にC型肝炎以外の病気で死亡することもあるほどです(*)。

(*)早世した、あるいは60歳以前で他の病で死んだヘロイン依存歴のあるジャズ・ミュージシャンは肝炎ウイルスに感染していた可能性があることになりますね。


ちなみに、53歳の時に暴漢に襲われて重症を負い、輸血を受けてC型肝炎に感染した元駐日アメリカ大使ライシャワー(1910, 10/15 - 1990, 9/1)の場合は、感染の26年後、1990年9月、79歳で肝臓癌により死去。

また、1951~1968年(19歳~37歳)までの現役時代、手術での輸血によりC型肝炎に感染した(正確な感染の時期は不明)大リーグ史上最強のスイッチ・ヒッター、ヤンキースのミッキー・マントル (1931, 10/20 - 1995, 8/13) の場合は、感染から最低でも27年以上経過後、1995年8月、63歳で肝臓癌により死去。

どちらもコルトレーンの場合より感染から死までがやや長いです。

とすると、コルトレーンがC型肝炎であったと仮定した場合、断薬以前のかなり早い時点で感染した可能性が高くなる。また、比較的進行が早かったケースになるわけで、病を促進した因子について考える必要が出てきます。何がコルトレーンの死を早めたのでしょうか。一つ一つ確認していきましょう。


1.断薬以前の飲酒と喫煙

アルコールはC型肝炎と相乗的に肝細胞を傷害し、喫煙は肝発癌の発生頻度を上昇させますので、断薬以前の段階で、肝細胞の繊維化がかなり進んでいた可能性があります。ヘロインを断つと同時にアルコールと煙草も断った時点で、恐らく肝疾患の悪化は緩んだと思われますが、C型肝炎は進行性の病ですので、治療によってウイルスが除去されない限り進行は止まらない。

それでも断薬後の華々しい活躍が可能だったのは、肝臓が非常に余力のある器官だからです。普段でも肝臓全体の2、3割ほどしか働いておらず、多少の障害があっても通常の生活に支障をきたすことはない。肝硬変に至っても身体が必要とする肝機能が維持されている限り(これを代償性肝硬変といいます)、これといった症状はほとんど出ないのです。


2.肥満による脂肪肝(断薬以前と以後を通じて)

コルトレーンは頻繁にダイエットを繰り返していましたが、ほとんど持続的な成果は得られず、常に肥満がちでした。そのため脂肪肝によるリスクが考えられる。肝臓に脂肪が過剰に蓄積されると脂肪滴という状態に至り肝細胞を破壊します。

もともとC型肝炎ウイルスには肝臓に脂肪を溜まりやすくする性質があり、その結果としての脂肪肝がさらにウイルスの複製に関与しているのですが、肥満はこれに輪をかけることになるようです。実際、C型慢性肝炎の患者が肥満を解消すると肝機能が改善されるといいます。


3.ストレスと喫煙の再開

精神的なストレスと肝炎ウイルスの増殖との因果関係は科学的に実証されているわけではないが、ストレス状況が肝疾患を悪化させ、問題の解決が肝機能を回復させることは経験的に知られています。死別等の対象喪失での強い情動ストレスが発癌や癌の進行に大きい影響を与えることはコルトレーンの祖母の死を扱った「死が死を招く」 で触れました。

コルトレーンが経験した61年末から63年半ばまでのストレス状況は、死別のショックに比べれば左程深刻なものではなかったでしょう。しかし音楽が人生の全てであるような人間にとって、全身全霊をかけて取り組んでいた音楽的な試みが強く否定され、与えられた別の課題をこなさなければならないという状況は精神的にかなりきついものだったに違いありません。

しかもそのストレスが引き起こしたに違いない渇望によって肝発癌の危険因子のひとつである喫煙がぶり返してしまった。喫煙は肝細胞の繊維化を進め、肝臓癌の発生を非喫煙者に比べて1.5~2.5倍増加させるといいます。それゆえ、あの評論家たちの批判に端を発した「試練の時」 が病の進行を早めたという可能性は否定できません。
 

4.オーヴァーワーク

以前は肝疾患というと「安静」が重要であるとされていましたが、非代償性肝硬変に至っていなければ運動制限はなく、現在ではむしろ適度な運動は奨励されており、仕事も普通にやって差し支えないようです。しかし過労をもたらすような激しい運動やオーヴァーワークは避けるべきであるとされている。

C型肝炎に感染した時マラソンのランナーだった原田隆史(現在はトライアスリート)は、医師から激しい運動を禁止されたそうです(*)。嫌々残業させられるサラリーマンと違い、コルトレーンの場合は好きで練習に没頭していたわけですから、精神的なストレスはほとんどなく、むしろ練習できないとストレスがたまるタイプだったのではないかと思われます。しかしそれでもやはり、オーヴァーワークは肝機能の余力を確実に損っていった可能性があります。ことに症状が出始めた晩年は致命的であったかも知れません。

したがって過剰な練習、連日の演奏が死を早めたとも言えるのですが、あくまでも肝炎ウイルス感染を前提にということで、単純に無茶苦茶練習したから若死にしちまった、ということではないでしょう。一生懸命練習しても寿命は縮まらないと思いますので、健康なミュージシャンの方は安心して練習に打ち込んでいただきたいと存じます(ひひひ♪)。

(*)原田隆史公式サイト―BELIEF


5.C型とB型の重複感染、あるいはB型肝炎

C型とB型の重複感染は肝硬変への進展と肝発癌のリスクを一層高めます。B型肝炎は成人してからの感染ではキャリアになることはほとんどないのですが、C型との同時感染ではキャリアになりやすい。もともとB型肝炎ウイルスの抗原が見出されず、C型肝炎による肝臓癌だとされていた人たちをよくよく調べてみたところ、その多くでB型肝炎の遺伝子が検出されたという報告もあります。

そして最後に、確率は少ないかもしれませんが、コルトレーンの発癌年齢・死の早さという点では、C型肝炎ウイルスではなく、B型肝炎ウイルスへの単独の感染も考えられないではありません。母子感染あるいは幼児期感染によるB型慢性肝炎では、肝硬変を経ずに肝炎からいきなり発癌して30歳代で死亡してしまうケースもある。発癌年齢はC型より早くて44~55歳、ピークは55歳代半ばに集中しています。


以上、コルトレーンが肝炎ウイルス由来の肝臓癌であった場合に考えられる経過について推測してみました。断薬後の華々しい活躍の最中にも肝炎ウイルスはコルトレーンの肝臓を徐々に損っていたことになるわけです。しかしこれはあくまで仮定に基づいた可能性に過ぎませんので、事実と勘違いしないようご注意願います。

次回は最初に症状が現れた時点から死までを簡単にたどり、今度こそ本当に終わりにしたいと思います。 (つづく)




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