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---- 大家~、開始了!------

1987.3月初旬  広州 → 蘭州

広州から一路空の旅で2時間以上、シルクロードの入り口の蘭州に快適なフライトで無事着陸しました。機内サービスは相変わらず、紙パックのジュースやまずいパン、キャンディ、おまけのおもちゃとそう代わり映えもせず、西双版納の時の様なヤカンでのお茶サービスはさすがに没有どした(笑。

時は既に3月だから日本・南方の香港・広州は暖かく春の服装でOK。しかし、わたしの最終目的地はチベット、そこへ行くまでの道のりも険しい内陸部&山間部。なので温かい服装をどっちゃり準備、ジャケット・セーター・トレーナー・マフラー・手袋・厚手の靴下・保温下着、登山用の上下レインスーツ?そして寝袋と完璧な品揃え!おかげで軽いけど冬物ばかりで荷物かさばりまくり~。

長旅の途中で絶対不要になるはずなので、荷物減らせばいいやとばかり、ボロいのを用意していました(笑。蘭州の空港は飛行機からタラップを降りて、そこに見えてる建物まで自力で歩くタイプだったような、小さな空港だし頻繁にフライトもないのでのんびりしたものですわ。

蘭州の天候はどんより曇天、ここはお天道様が望めない場所なのか、それともいつものことなのか...、どうやらここはまだ冬!一歩外へ出ると寒かった~、慌ててセーターとレインスーツ上を着込みました、この厚手のレインスーツ防寒に大活躍。登山用品店のア○ペンで買ったのねん、広瀬香美さんのCMソングのところよん。

空港の建物の外にはバスが待機。そう、蘭州の街中にある中国民航オフィスまで、唯一の足エアーポートバスが運行しているのです。中国の空港は大体ドコモそうでした。とんでもなく辺鄙な場所に空港はあって大体遠い。昔はタクシ─なんて客待ち一切しておりませぬ。飛行機に乗るような上客は高級幹部や公司のお偉いさま、そんな方達には迎えのお車がいます。

それ以外のわたしら個人旅行者は即座にササッと乗車しないと、置いてけぼりを食っちゃい、エラいことになります。つまりこの場所で夜明かししなきゃいけなくなるのです。この時もそのような事情が分からず、どうしたもんかとボケッとしておりましたら、空港職員らしいおじさんにやたらせかされ、何か言ってるんだけど、言葉が分からないので意味も分からず、せかされるまま半強制的に、バスの方へ誘導されていったわけです。

乗り込むなりバスは急発車!なるほど~、あのおじさんはとっても親切だったとやっと気づく始末。こういう場合、大体しらん顔されまする...危なかったわ~。窓の外にはな~んもない、ほんと樹木とか一切ない茶色い景色を見ながら一路蘭州市街地へ。

小一時間も走っただろうか、どんだけ遠いねん!ちなみに80キロはあるらしい。だんだん人家が見えだし、人の暮らしの気配がし出し、街の入り口に到達。道はとトラックとバス以外走っておらず、通行人も少なくがらーんとしていました。

蘭州の街は横に20キロと細長いのです。と言うのは2黄河に沿って発展してるからでしょうね、海抜が1510mなので結構高い、ここから時間をかけて高山病を避けるべく高度順応しながら、陸路で最終目的地チベットまで移動するわけです。

ちなみに当時は、チベット行きの列車などがあるはずもなく、ルートは外国人には二つだけ。陸路で遠回りしていくこの旅と、空路四川省成都からダイレクトに西藏自治区省都の拉薩(ラサ)に飛ぶパターン。わたしの行ったルートが、現在は快適で快速な列車が1泊2日で蘭州-拉薩を結んでいます。

飛行機の旅は早くて楽ですが、いきなり低い場所より富士山より高い場所に行くので高山病のリスクは大です、そしてチケットはお高くて3万円もしました。

成都からは陸路バスでいくルートもありますが、それは未開放地域を通るので外国人にはクローズ。多分途中に軍事施設があるのでしょう。中国の未開放地域は大体軍関係か国営工場などへのスパイ防止が目的。距離的にはこれが一番近くて安く安全?です。デモ思いっきり悪路でしょうね、うきき(笑。

バスは蘭州駅の前を通りすぎ、どんどんメインストリートを進み、民航(ミンハン)オフィスへ到着。やれやれ~、やっと着いた!しかし、またバスに乗り換えて今晩の宿へ行かねばー。幸い、一本道なので来たバスに乗り、地球の歩き方に乗っていた外国人向けのほぼ一軒宿に移動。

大きな高層ホテルが見えてきて、その前のバス停で下り、無事にチェックイン。普通の部屋なのに安く宿泊、広州などの都会とは違うリーズナブルお値段。部屋も広く立派で設備もまぁまぁ、おまけに高層階で景色もいい!外は寒いけれども暖房が入っていて快適ルンルン。どうやら時期が観光シーズンではなくガラ空きの様子、ここはまだ冬だからかしら~。

とりあえず、部屋に荷物を置きロビーで手持ちのお金を両替しようと一階の両替窓口へ。蘭州は今回の旅では最後の大きな街で、この後立ち寄る町には銀行などあるのだろうか?人民元も持っていないと、拒否される恐れもあるし~などと思案していると...。

ロビィ─にいた人に...「あの~、日本人の方ですか?」と声をかけられる。見ると個人旅行者が3名、出たっ!(笑、やっぱりどんな僻地でも、どこにでもいる日本人!でも先客だし、きちんと挨拶をして色々情報を聞き出さなくては...。

そろそろ夕食の時間だし、外は寒いのでホテル内のレストランで夕食をとることにしました。まずくも高くもないけど、あまり感動のない食事をとりながら、その人たちがしきりに困った困ったと言うのです。何でも人民元を持っていないので、当然ながら外国人用通貨の兌換券で支払いをしたところ、人民元のおつりが来て困っているとな。

そしてもうすぐにも蘭州からどこかへ移動して日本に帰国するので、その人民元をどうにかする時間もなく、空港で再両替えもできそうにないと...。なぜにおつりの兌換券がないのか?と聞くと、「没有」と言われるだけで意味不明。そこへまた別の日本人個人旅行客が参加。

食事しにきたら、見知らぬ日本人が数人話してるので、日本語が懐かしくなって声かけてきたそうです。何とその人、某私大中国語科の学生さんで中国語が話せるそうです。でも中国への旅は初めてで、中国での旅行の仕方を知らないというか、あまりにも旅行するのが難しくて困ってる人でした、おまけに数日経つのに日本人に会ったの初めて(笑。ちょっと参っておられましたね。

で、とりあえず、その人が売店のお姉さんに事情を中国語でペラペラ説明したら、そのお姉さんはとても親身に話を聞いてくれて、「ちょっと待っててね!」と言い残しどこかへ。しばらくして戻ってきたその手には、兌換券をかき集めてくれたのだろうか、とても細かい金種のお金が握られてたのです。

あまりにも細かいので彼女は何度も謝るんですよね、信じられん!無事に人民元と交換してくれて、一件落着。わたしはそれまでにもあちこち中国を旅して回りましたが、この時ほど言葉の威力をおもい知ったことはなく、また服務員などの外国人に接する人がこんなに親切なのも見たことがなく、もうただただ腰を抜かしたたのです(@_@) 

一体ここはどこ?同じ中国?そんな感じですかねー、あまりにも没有攻撃にさらされ、犬ころの様に扱われる事山の如し、ある意味それが日常(笑  つづく



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