川崎トリスバー ③ | 酒場人生覚え書き

川崎トリスバー ③

この薄緑色の単純きわまりないカクテルばかりオーダーするのは、そ

れがひどく都会的な飲み物の様な気がしていたのと、何よりもその安

さが魅力だった。

しかし、その夜は仄かに甘いジンライムの口当たりと裏腹に、心の中

はどんよりとした苦渋に満ちていた。


漆黒の闇の中を、灯り一つ持たず手探りで歩き続けてきたような一年

が過ぎた。

その日は終業式だった。

五年生になればクラス編成がされ、約三分の二の児童が入れ替わる、

だから教員になって初めて受け持った四年二組は、今日で解体された

ようなものだが、新学期も五年二組の担任との内示は受けていたのが、

せめてもの救いだった。


.......................................................酒場人生覚え書き

共に過ごした泣き笑いの一年間は、先生と教え子というより、先輩の

先生が四年二組を評して云った“ガキ大将とその仲間達”に近かく、そ

れだけに感傷めいたものもあった。


一年目のイレコミすぎた新米教師がよく陥るらしい、一種のシンドロー

ムであったろう。


最後の儀式である通信簿の手渡しは、ガキ大将から否応なしに先生に

戻る日でもある。
通信簿を抱え階段を昇って行くと、とんでもない嬌声や、高笑い、TVマ

ンガの主題歌の大合唱やらが聞こえてくる。


通信簿をもらって帰り、両親の小言をチョット我慢すれば、春休みとい

う自由の天地が待っているのである、有頂天にならないわけがない。


                                         続