詐欺師“Y”  其の四 | 酒場人生覚え書き

詐欺師“Y”  其の四

フン・・・・『郵便配達は二度ベルを鳴らす』じゃあなくて『詐欺師‘Y’は三度ベル

を鳴らす』か・・・・


この男がオレが店にいることを下調べをした翌晩に、こんな‘笑顔’で近づいて来る

のには、必ず何かのネタを仕込んできたからに違いない。


三十年前は年の瀬だというのに給料が貰えないと泣きついて、職工の分までまん

まとオレからせしめた挙げ句、集金した看板会社の売上金を懐に逃げ、それから三

年後には再建した看板会社の運転資金として借り受けた国民金融公庫の金を持ち

逃げしたのだが、その連帯保証人になっていたばかりに辛酸をなめた・・・・それが

二十年前だった。


街角で見つけ出したものの、その憔悴しきった風体に恨み辛みも忘れ、行き交うよ

うに別れてから6年・・・・今度はいったい何なのだろう・・・・ナメられてるという不快

感も、ジックリ振り返って考えれば“腸(はらわた)の煮えくりかえる”ような怒り

もあるというのに、興味はそちらに向いた。


「元気そうだね」


「ハイ、イシハラさんも元気そうですね」


「元気だけが取り柄だからサ・・・・へなちょこのツラしてられねえよ」


「商売のほうどうですか・・・・」


「まあ、可も無し不可も無しってとこだね・・・・ところでなんか用事があってきたん

じゃないの?」


「そうなんですよ・・・・イシハラさんに迷惑かけっぱなしだから、今回はその埋め

合わせをしようと思って来たんですよ」


「埋め合わせってなんだい・・・・いままでアンタにしゃぶられた金に利息でも付

けて返してくれるって言うのかい」


「その程度のものじゃあないんですよ・・・・これを見てください」


‘Y’がジャンバーの内ポケットから取り出したのは、封筒に入った一枚の写真

だった。


「なにこれ・・・・“モジリアニ”の絵のようだけど」


モジリアニですよ・・・・これがいまボクの手許にあるんです」


「本物かい?」


「フランスまで行ってモジリアニ家の末裔の方に鑑定をして貰ったのだけど、絵の具

にしてもカンバスとか木枠とかもその時代のものであることは100%間違いないっ

て言うことまではこぎ着けたんだけど、ただ正式な鑑定を頼み、真正の鑑定書を発行

して貰うとなると、少なくみても1000万は費用がかかっちゃうんですが、それが添付

できてオークションに出させば10億以上の値が付くだろうし、急いでたたき売っても

5億ぐらいにはなります。ところがいまのボクにはその金が工面つかないんです」


「へー、すごい話だねぇ~。だけどそんなものがなんで君の手許にあるんだよ」


「絵画コレクターとしても有名だったある不動産業会社の社長が、本業の方で勝負

をかけようとした時、僅かに資金不足だったので、急ぎの金を使ったらしいんですよ。

その時の“形”に入れた絵のひとつにこれがあったんだけど、画策していた不動産

取引がパーになって、出資元のヤバイ筋から追い込みをかけられ、とうとう雲隠れ

しちゃったんです・・・・陰では殺されたと言うことも聴きますがね・・・・」


酒の飲めない‘Y’が水割りで喉を湿らすと言葉を続けた。


「そんな経緯(いきさつ)があって、最終的にはイシハラさんも知っている、磯子に住ん

でいた絵描きの“”さんのところに、この絵が流れ着いたんですが“”さんも今では

生活保護を貰って暮らしているような有様で、ボクが200万出して譲って貰ったんで

す。このままでは世に出すこともできないので、なんとか鑑定書を手に入れて、迷惑

をかけたイシハラさんにも利益の分け前を払い、“”さんの生活が成り立つようにし

てあげたいんです・・・・」


フランスまでの往復の旅費も含めての1000万を、一ヶ月ほど立て替えて貰えない

だろうか。その間この“モジリアニ”は預けておきますからどうでしょう・・・・万一これ

が贋作としても、作品の出来からしても、描かれた時代的背景からしても、物好き

のコレクターなら1000万ならすぐに売れます。


・・・・血色の悪い顔を、ひとくち飲んだウイスキーの水割りで真っ赤にそめて、力説

する‘Y’の言っていることが、だんだん本当のことのように思えてきて、億を超える

金の山が浮かんでは消えた・・・・ヤバイヤバイ・・・・詐欺師とそれに引っ掛かるヤツ

の共通項は心の奥底に潜む濡れ手で粟を掴むような金銭欲だろう。

札束が頭の中で乱舞しはじめたりしたら、その時が心を閉じ話を打ち切る潮時だ。


「面白い話だけど生憎そんな大金ないな・・・・他所で当たってくれよ。マジな話だっ

たらのってくる奴は大勢居るんじゃないの?」



モジリアニ 『黒いネクタイの女』


モジリアニ”は生涯で400点ほどしか描いていないといわれている。

それだけに昔から贋作の多いことでも知られているが、世に出ていない作品は絶対

にないとも言い切れないのがこの世界でもある。

・・・・今回‘Y’がかつぎ回っている話の仕掛け元が某国の情な贋作シンジケー

だった、何年か後に『詐欺師‘Y’は四度目のベルが鳴ら』ことが出来るのだろ

うか・・・・。


オレに儲けさせたかったのに勿体ない話だと、ブツクサと言いながら師走の夜に去

っていった‘Y’がフト哀れになった。

                                           終