詐欺師‘Y’   其の弐 | 酒場人生覚え書き

詐欺師‘Y’   其の弐

自分自身ですら氏素姓がはっきりしないと言っていた彼は、物心ついた時、伊豆の

一人住まいの叔母に育てられていたと言う。


その叔母は誰かの‘囲い者’だったらしく衣食住には困らないものの、時折訪れる

おじさんが何がしかの小銭をくれるのを合図に、外で一人遊びをしていなければな

らなった。

厳冬の海岸で吹き付ける寒風に晒されながらの一人遊びもあった。
迎えにくるはずの叔母が、夜になっても来ず暗黒の口に、白い牙をむき、吠え続ける

海を前にした砂浜で、恐ろしさの為ガチガチと奥歯のなる音を聞きながら待ち続ける

事もあったと言う。



そんな幼少年時代から青春時代も含めて薄幸の見本のような話に、すっかりほださ

れて「肉親ですらここまでやらないだろう」という義憤まじりの思いこみで、付き合いが

始まったのだった。


そんなオレの甘さを見抜いていた‘Y’は、自分の勤める看板会社の親方の非情さを

涙まじりに語り、仲間の職人ともども何ヶ月も給料を貰っていないのだと訴えてきた

・・・・知り合っても間もなくの年も暮れようとする時だった。

義憤に駆られ「社長に掛け合ってやる!!」と息巻くオレに、そんなことをしたら下宿

からたたき出されてしまい、この年の暮れだというのに行くところもなくなってしまうか

らそれだけは絶対に止めてください・・・・と、震えながら言うのだ。


少年のような職工達だけにでも、なんとか金を工面して渡してやるつもりだ、と言うと

背中を丸めて立ち去ろうとする‘Y’のポケットに、押し込むようにして渡した金は『ぼ

んそわーる』の従業員に支払うべき給料だった。

これで‘Y’も二人の職工も人並みな正月が過ごせるだろう・・・・懐はすっかり寒くなっ

たというのに自己満足の温かさに酔っていた。


‘Y’が掛け金を回収してそのままどこかに行ってしまった、と聞いたのは慌てふためき

顔面蒼白で彼を捜し回っていた社長からだった。

その時が初対面だったが非情どころか“お人好し”がそのまま顔に書いてあるような人

で、オレがなにがしかの金を渡したと知ると、我が子の過ちでもあるかのように土下座

をして謝り続けた。


そんな出来事の記憶すら薄らいできた三年ほど経ったある夜、‘Y’から突然電話がか

かってきた。


「迷惑をかけた皆さんに死んでお詫びをしようと思う・・・・」

「一番迷惑をかけたイシハラさんにお詫びを言いたくて電話しました・・・・」


死なせる訳に行かない!と後始末をつけて、僅かだが資金も貸し、‘Y’の持ち逃げが

もとで夜逃げをしてしまった社長の作業所跡で看板屋を再建させる事とした。


順調な滑り出しを見せた頃、二度目の災難が待っていた。
中小企業向けの制度資金融資が実行された時点で、全ての金を持っての二度目の

遁走である。

そして、全ての借り入れの連帯保証人はオレなのだ・・・・再建のための資金を貸し、

運転資金も貸し与えた、それらの回収も今回の借り入れでけりが付くはずだったの

が悪夢としか言いようがない。


連帯債務者としての債務は小さな酒場一軒のマスターには余りにも重すぎた。
一日を三・四時間の仮眠だけで狂ったように働きながらそれらに対応した。


「今度逢ったらぶち殺してやる!」

と、真剣に考え、その時のくるのを励みとして耐え抜いた。


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