詐欺師‘Y’  其の壱 | 酒場人生覚え書き

詐欺師‘Y’  其の壱


一日中降り続いた雨も夕暮れ近くには霧雨に変わり、街中のネオンがその輝きを

次第に増す頃にはそれもやみ、にび色の空には赤銅色に染まる雲さえ漂っていた。


さすでもない傘を手にした人々が、どっと街にあふれ出し一日の区切りを感じさせる

そんな時であった・・・・「あの男」に会ったのは。



少し肩をすぼめ、うつむき加減で歩いてくる彼の姿が、辺りの人々の中で妙に浮い

て見えたのが気になり、その顔を見るともなく視線がとらえていた。


 似ている「あの男」に!


二十数年の歳月は、髪の毛を白くし、顔は一面にカサカサな渋紙を張り付けたように

変えてはいたが、辺りを窺うような視線やボテッとした下唇、薄い眉は紛れもなく

「あの男」のものだった。


「ヨオッ!Yじゃぁないか?」


彼の前に立ちふさがるようにして顔を覗き込んだ。


一瞬怪訝そうな表情で見返していたが、やがて彼も二十数年の歳月の流れを差し

引いた中に私を見たらしく、顔をこわばらして「ち・違うよ・・・・」と、横を通り抜けよう

とした。


「待てよ!」


その腕を捕まえ正面に引きすえた。
痩せた腕だった。


「Yだろ」
重ねての問いかけに、小さくうなづいた。

逃げ道を探す小動物のような落ち着きのない目だ。


「オレのこと覚えてるよな」
「・・・・・・・」
「昔、お前に金を持ち逃げされたイシハラだよ」
「アァ・・・・覚えてますょ・・・久しぶり・・・」


急に人懐っこい笑顔になり手を差し伸べてきた。


得体の知れない軟体動物を見るような悪寒が背筋を寒くし、手を握り返す事など

出来なかった。


そういえば彼はこんな‘笑顔’で近づいてきたのを思いだした。


いまでは五十を一つ二つ越えたはずの男が、どんな愛想笑いを浮かべてもただ

気色が悪いだけである・・・・その事に気がついていないのだろうか。


一度ならず二度までコロリと騙された彼との最初の出合は「ぼんそわーる」の看板

を修理してもらった事から始まった。


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