男度胸で飲んだ酒
酒の飲み方は時代によっても、年齢によっても変わってくるものらしい。
酒の種類とか味などはどうでもよく、酔うために飲み、酒量だけを誇った若い頃は、他人の迷惑
など顧みもせず、暴れたり取っ組み合いをしたりと、喧嘩腰で酒を飲んだこともあった。
夜の繁華街にはそんな輩がゴロゴロといたものだから、通りをひとつ抜ける間に一度や二度は
殴り合いを見かけたものだし、当事者になったりする・・・・昭和35年頃のとある田舎町での話
である。
若造も、いい年をした“おっさん”も、抜き身のドスのように尖って徘徊しては
「酒を飲んだら、喧嘩のひとつやふたつヤラなければ男じゃねぇ」
等と嘯(うそぶ)いては、酒を呷っていたものだから、時には酒を飲みたいのか喧嘩をしたいのか
の見境がつかなかったりしたものだ。
仲良く酒を飲んでいた二人が議論の果て「表に出ろ!」と殴り合いを始め、それを止めに入った
もの同士が喧嘩になったり、ついでに店のオヤジまでが参戦して収拾がつかなくなったところに、
駆け付けたお巡りさんを殴ってしまったりと、一種のドタバタ喜劇を観ているような可笑しさがあ
った。
昔はほかに楽しみがなかったからもあるだろうが、いまの若い人達にはけっして見かけない酒の
飲み方である。
「なんだなぁ~どいつもこいつもオナゴのような飲み方をしくさって。こんな男ばかりじゃあ
日本の行く末が心配になっちまうってもんだ。俺たちが若かった頃は、酒は“男度胸”で
飲んだものだった。それがなんだ今時の“若い衆”をみてみろよ、頭なんか赤く染めやが
って、男か女かわからんようなヘナヘナと気合いのない男ばかりが増えてからに・・・・だ
いたい酒の飲み方の作法もしらねえし、喧嘩の作法もしらねえ。そんな連中にこの国を
任せられるかヨオ・・・・くどいようだが、これからのニッポンがどうなっちまうのか心配で
しょうがねえ。ナア!!そう思わんか“イシさん”!!」
ほんの数ヶ月前、故郷の焼鳥屋で偶然にあった昔なじみは、絶え間なく震える片手にコップ酒を
持ち、そうわめき散らしてたっけ・・・・。
半世紀前の繁華街で知らぬ者が居ない野武士のような男だった・・・・その訃報がつい先頃、風の
便りに届いた。
あの時、老いたヤツの台詞は、相変わらず古い酒場をやり続けていると聞いたオレに、最期に伝え
たかった“檄(げき)”だったのだろうか、男の酒の飲み方ぐらい伝え残せと言う“遺言”だったのだ
ろうか。
また青春の日の一こまが突然に消し去られたような、心の痛みと侘びしさがまぜこぜになって、
心の中にジワッとしみ出た。