【マフィア企画】もう二度と独りには戻れないと解り、青年はまだ死ねなくて【文章】 | あたしの海にさよならを

あたしの海にさよならを

あなたはあたしのすべてだったの。 だからさようなら。 さよなら、あたしの海。


きっと彼はそれを知らず、ただひたすらに歩みを進めているのだろう。

もう何も喪わぬようにと。
喪うならばただひとつのものだけでいいと。



  ____永遠であれと願う時、或いは



美しいシチリアの街並を背に人波を掻き分けすたすたと早足で歩く長身の人間がひとり。普通に歩いている筈なのにどこか艶かしさのある後ろ姿からは、少々の苛立ちと倦怠感が見て取れる。緩くパーマのかかった長めの金髪が日の光に照らされ、「それ」が一歩踏み出す度にきらきらと輝く。ふと「それ」とすれ違うと、長い金色の睫毛とサファイア色に煌めいた瞳、すっと通った鼻筋や潤った唇、細い顎にすらりと伸びた腕、一瞬見ただけでは「それ」を美女と見紛う人も多いだろう。だが眉間に深く刻まれた皺、煙草を持つ骨張った手、そして何よりもがっしりとした肩やしっかりと筋肉のついている胸板が「それ」を男であると強調させた。一見すればかなり美しい青年であるのだが、なによりもその眉間の皺がその美貌を台無しにしている。それを知っていて敢えて機嫌が悪そうにしてみせているのは、言い寄ってくる女性をなるべく減らそうという青年の試みであった。そう、普通の女性はその美貌に振り返るのみで、声は滅多にかけないのである。

「ダビデさーん、そのまま信号無視して車と正面衝突して死んでしまえば良いのにー」

その拍子抜けする声で放ったとんでもない台詞が、ダビデと呼ばれた青年の背後からとてとてとついてくる女性が普通の女ではないという大きな証拠である。切りそろえられた前髪から覗く大きな瞳でダビデを背後から覗こうとするその姿は愛らしいのだが、いかんせん彼女ーーソルジャー:エマ=オールウィンは壊滅的に空気が読めない、否、空気をあえて読まない女性である。青年がその追跡を振りほどこうとするも、彼女は軽いフットワークでダビデの早足に対抗する。時々「何で脱走するんですかー?」や「偶然通りかかった馬に轢かれちゃえば良いのにー」等物騒な事を口走っているような気もするがダビデは完全無視を決め込んだ。人が多い通りでこれの知り合いと思われたらたまったものではない、そう思ったのだろう。背後からはまだ死ねば良いのにコールが聞こえているが徹底的に無視し、奥まった路地に入り込んだ。同じようについてきた彼女に、ダビデは呆れたように話かけた。

「何の用だ、今日は何もねェんじゃねェのかよ」
「あ、口が利けなくなったのかと思いましたよー、窒息死すれば良いのに」

エマの相変わらずの死ねば良いのにコールに半ば苛立ちを覚えながらもダビデは彼女に要件を訊ねる。彼女はにこにこと、彼御付きの執事が主人を呼んでいたことを告げた。道中で事故に逢えといったようなことも言われた気がするが徹底無視。執事がいるであろう自分の仕事場へさっさと戻ろうとすると、彼女もとてとてとヒールを鳴らしながらついてきた。テメェはいいと苛立ちながら引き離そうとするがついてくる。エマにしてみればきっとそれは嫌がらせなのだろうが、彼女が放つひとことひとことは、己が生きている証拠であることを再認識させてくれると、ダビデはすこしだけ嬉しかった。彼女はきっとそれに気付いていないのだろう、ひたすらに彼に死ねと、やさしく言い続けた。



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「あ、だ、ダビデさん!ひどいじゃないですか!置き去りにしないでくださいよー!」

涙目の少年とすれ違ったような気がしたが無視。すれ違いざまに足をひっかけてしまったような気がするが無視。背後から「痛い!」という泣き声が聞こえたが無視。少年はまた置いていかれると察知したのだろう、慌てて立ち上がり走ってダビデの横につき、さっさと早足でその場を過ぎ去ろうとしていたダビデに向かって問い詰めた。

「何で!任務中に!僕をほっぽって!どこに!行ってた!んですか!」
「…。」
「ぼく!とちゅうで!弾切れ起こしそうに!なって!すごく!あせったんです!けど!」
「……。」
「ていうか!ぼくの!マガジン!どこに!やったん!ですか!!」
「………。」

が、それは少年の独り語りにしかならず、息を切らせた銀髪の少年ーーソルジャー:リッチー=キールはひどく落ち込んでしまった。綺麗な銀髪も含め可愛らしい顔立ちはところどころ煤で汚れたり血で滲んでいたりと少々悲惨な状態で、くりくりとした金色の瞳は涙できらきらと濡れていた。流石に可哀想と思ったのか(どうかは分からないが)、ダビデはリッチーの頭をぐいと引き寄せ、彼なりに少年の苦労をねぎらった(かどうかは分からない、ただ髪をひっぱって脱毛させたかっただけかも知れない)。リッチーはそれに気付いた(というよりも勝手にねぎらってくれたものだと思った)のか、すこしだけ嬉しそうな表情を見せ、その体勢のままずるずると引き摺られるようにダビデについていった。ダビデはいい加減リッチーいじめに飽いたのだろう、やっとのことで手を離し、何の抵抗もせず掴まれている退屈で残念な部下をそこそこ強めに小突いた。鍛えている人間の「そこそこ強め」を受けたリッチーは軽く脳震盪を起こすのではないかというレベルの強打に悶え、その場にしゃがみこむ。それを上司が完全に無視した様子で横切り、その横を「だいじょーぶですかー?」と小馬鹿にしたような声をかけて先輩が横切る。あまりその場でじっとしていると取り残されて、まだ生き残っていた敵からの追っ手がやってきて自分を殺すのではないかという不安に駆られすっくと立ち上がりダッシュ、涙目になりながらもダビデの後ろに追いついた。リッチーから見たらきっとそれはただのいじめにしか見えないのだろうが、まだ新入りで経験の浅過ぎる少年の心身共の強化を図っているということにいつ気付くのか、ダビデは少し楽しみにしていた。少年はきっとそれに気付いていないのだろう、早足でさっさとその場を離れようとする彼等を、ぱたぱたと必死に走ってついていった。



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早足で彼等の職場ーーイタリアンマフィアの拠点に着くと、紅色の髪の青年が彼等を出迎えた。

「あーお帰りーダビデー。どーしたのー?」

紅色の髪とその間延びしたような口調ですぐに判断できた、昔からずっと傍に居てくれた友人ーーソルジャー:サングイノーゾだった。前髪を鬱陶しいくらいに伸ばしているが、素顔は綺麗な顔立ちである。勿体ないとダビデはいつも言っているが、サンは面倒くさがって切りたがらないのでたまにばっつりと切ってやったりする。実はこれによって女子の視線が背の高く顔立ちの良いサンに向くように仕向けている等とは絶対に言えない、ダビデはそんな事を思いつつ口では髪が鬱陶しいと言う。するとサンは自分もだろうと言い、ダビデの心の疵を無意識に抉ってくる。ーーサンと出会う前の出来事だから彼はきっと知らないだろうし、誰にも話していないであろうその疵は、一生隠し続けて墓場に持って行くつもりだった。そんな逸れた思考を紫煙とともに吐き出し、かつかつと踵を鳴らして豪勢な造りの廊下を歩く。何年も歩き、見慣れた筈のその廊下が、何故かすこしだけ違って見えた。気のせいだろうと自分に言い聞かせるが、やはりどこかおかしい。自分の視力には絶対の自信があるダビデである筈なのに、その違和感がなにかにまでたどり着けない。「つまり」。

「サン、俺今怪我してるか」

痛覚・触覚が無に等しいダビデは「自分で怪我を見る」、「自分の膝が落ちる」、または「誰かに教えてもらう」の3点でしか己の怪我に気付けない。そのためのソルジャーと言っても過言ではない。これこそがダビデをひとりで行動させてはならない大きな要因である。そして大体それを行うのはサンと執事の
2名だ。サンにしか聞こえないように小さな声で訊ねたら、サンも察してくれたのだろう、小さな声で答えた。

「よく気付けたねー珍しー、そのとーりー。脇腹に一発、かなー?もーあんま無茶しちゃァだめだよー?お前それでも幹部様なんだからー。」

言われてすぐに脇腹のあたりを触る。触覚もまた鈍く血の感触が分からないため一度手を離し目視で確認、鮮血が見えた。やはり流血していたようである。俺は怪我探知機かよとぼやく声も聞こえたが無視。否、無視というよりも頭が回らず無言にならざるを得なかったというだけだろう。今まであまり喋りたくなかったのはそのためか、やっと自分の異変に気が付いた。けほん、とひとつ咳を入れて、自分の執務室に足を運ぶ。来る時に結構失血していたのだろうか、少し足下がふらつく。それを察してサンがダビデの腕を掴んだ。

「今倒れたら二人がびっくりするでしょー?まだ、まだしっかり歩くんだよ。倒れるのはひとりになってからねー。」

こっそりと、早口で、それでいて威圧的に言い捨て、ダビデの意識を引き戻した。サンにしてみればきっととても心配してくれているのだろうが、それさえも自分の意識を正常に戻してくれるものであるのだと、ダビデは少しだけ感謝していた。青年はきっとそれに気付いていないのだろう、卒倒寸前のダビデを無理矢理執務室へ引き摺っていった。



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そしてやっとのことで執務室に辿り着いて、ダビデは漸く目的のあの仏頂面を拝む事が出来た。

「遅かったですね。どこまで遊びにお出かけだったのですか?いえ返答は結構でございます。今はとにかくーーー」

そして件の執事様ーーハイドの口からすらすらと流暢なイタリア語で要件が述べられた。黒く艶やかな髪と黒塗りのゴーグルで隠れて表情が見え難いが、遠目で見ても端正な顔立ちである事は一目瞭然であった。その横顔を見て安堵したのか、ダビデは椅子に腰掛けた瞬間に肺に溜まった紫煙を思い切り吐き出した。そして彼の短く要約された要件と長い長い説教を子守唄にのんびりと眠りに就こうとしたーー

「寝てはいけませんよ、あと気絶も赦しませんので」

が、見事にハイドに叩き起こされてしまった。どずんっという鈍い音とともに、腿の上に書類の山を乗せられた。昔こんな拷問があった気がすると脳の隅で記憶を掘り起こそうとしたが、それよりも脳の全体で警報が鳴っているようで、身体が硬直する。これはとてもまずいのではないか。瞬時に立ち上がろうとするが貧血による体力不足で腿上の書類を退けることさえできない。自分の感覚のあまりの鈍さに涙が出そうになる。これはとてもダビデにとっては非常に拙い事である。「自分が何故脱走して別任務にリッチーを連れ出したのか」、それさえも忘れていたのだから。

「とりあえずこの書類、本日22:00までに片付けておいてくださいまし。」

でました死刑宣告。そう唸るダビデをよそにハイドは澄まし顔で別の事務処理を行っていた。黙ってそこに佇むだけであればハイドはまあるで人形のような美しさがあるのだが、口を開けば悪魔そのものである。ハイドにしてみればきっと仕事上での効率重視で物事を話しているのだろうが、その他愛のない会話さえ、ともに歩を進める一分一秒でさえ、ダビデはとても楽しかった。かの執事はきっとそれに気付いていないのだろう、仏頂面のまま静かに書面と向き合っていた。



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そう、彼は、今がとても楽しくて仕方ないのだ。孤独に過ごしたその日々を払拭してくれる今という時がいとおしくて堪らず、それ故に今の彼を動かすのはただ「彼等の為に」という、一種の執念にも似た感情であった。彼がぼろぼろになってでも護りたい「時間」がその部屋にはあって、ともにその時間を作ってくれる「友人達」がそこにいる。今まで最も愛した女性と××××を亡くした男には、もうそれしか縋れるものがなく、ただひたすらに彼等とともにあれる時間を大事にしていた。

故に、彼は、

(きっとあなたたちはしらないのだろうけれども、)

ーーふと部屋を見回すと、

「何さぼってるんですかー?ハイドさんの分厚い本がうっかり頭に刺さって死ねば良いのに」

軽口を言ってくれる友人、

「ちょ、ぶ、物騒ですよエマさん…もっとこう表現…を……。……。…ごめんなさい」

成長過程が楽しみな友人、

「ほらほらぁー、早くしないとー、閉まっちゃうよー?ドクターいなくなるよー?」

こっそりと心配をしてくれる友人、

「……耄けている余裕が、今のダビデ様にあるとは思えませんが。」

常に話し相手になってくれる友人。

(しあわせだなあ)

彼は今、とてもしあわせな表情で、



(今なら死んでもいい)


ゆっくりと、しずかに、 眠りに就いた。



ダビデにしてみればきっとそれはとてもしあわせでやさしい一時なのだろうが、その顔色があまりにも悪いことに気付き、彼等はとても、とても慌てていた。その犬はきっとそれに気付いていないのだろう、すこしだけ、その呼吸を止めた。


(もう死んでもいい、あのひとに逢いたい、と そう叫んだ声は)


(きっと彼等の話し声で掻き消されてしまったんだろう)


(ああ、あのひとにはまだ、 逢えそうにもない)


(悪いな、  xxxx  )





目が覚めた時はいつもどおりの白天井といつもどおりの医療器具。
ああまたここからか、と、ぼそりとつぶやき、学習しない犬はこっそりと病院から抜け出し、いとしの「Home」に帰るのであった。




  ____永遠であれと願う時、或いは弱まる鼓動と死を理解できない犬の









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あとがきみたいなつぶやき。

ほんとこれ精神不安定に陥るって言いますかすみませんでしたorz
とりあえずみんなのことは「部下」というよりも「友人」と思っているということが書きたかったんですがむりでしたー/(^q^)\さーせん
なんかもう…もう…これはひどい 文字書きでもないのに書くなって話ですね知ってます^q^ほんとなんでこんな話しか思いつかないのりんりんさん

とにかくお借りしたお子様の親御様方、すみませんでしたぁああああああああああ(ダッシュ逃げ