「お母さんがいたことない西島になんてわかるわけないっ!」
思いっきり叫んだ後でその引っ叩かれたような西島の顔をみて我に返った。
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小学2年生の夏休み、太陽がジリジリと照りつけ誰も外へ出たがらないようなある水曜日。友達の家に遊びに行って帰ってきたら、お母さんがいつも旅行に行く時にしか使わないボストンバッグとスーツケースを持って玄関に立っていた。
「……ただいま。」
「実彩子…。」
私を見つめたお母さんの顔がいつもと違って、嫌な予感がした。
「お母さんそんなに沢山…。どこ行くの?少し待ってて?みさも急いで支度するから!」
「どこに行くの?どれくらい長く?」
「みさ、あなたはここに残りなさい。」
お母さんは冷たくそう言った。
「どうして⁈私も行くよ!お母さんが行くなら私も行くっ!」
「駄目よ。みさまで連れてったらあの人が壊れちゃう。みさはお父さんとここにいるの。」
「やだよ。お母さんが行くなら行く。お父さんが心配ならお母さんもいてっ!」
「実彩子…お母さんの言うこと聞いて。
お母さんワガママな子は嫌いだよ?」
「でも…。」
「みさ、みさがいい子にしてたらママは帰ってくるから。」
「ほんと?」
「ほんと。」
「約束。だよ?」
「……、じゃあね。」
約束だよ?私の必死な声にお母さんは振り返りもせずに家を出た。
今だからわかるのは、お母さんが寂しかったって事。広告代理店の優秀な営業マンだったお父さんは忙しくて私には優しく遊んでくれるお父さんだったけど、お母さんには仕事ばっかりで何も手伝ってくれない夫だった。
お母さんが出てって、何時間も経って外がすっかり暗くなってからお父さんが帰って来た。玄関に座り込んだ私と、シーンとした自分の家に全てを察したお父さんは私を強く抱き締めて
「ごめんな…。本当にすまない…。実彩子から母さんを奪ってしまったね。」
お父さんの所為なの?
みさが悪い子だったからなの?
聞きたいことはまだあったけど初めて見るお父さんの泣いてる姿に何も言えなかった。その日からお父さんは早く帰ってくるようになった。毎晩7時30分には帰ってくる。毎晩11時30分帰りだったお父さんがそんなに早く帰ってくるのは簡単じゃないって事だけは分かってた。
だから、家事は何だってした。料理、掃除、洗濯。お母さんがやってくれてたことは全部1人でやった。唯一お母さんが置いてったエプロンを毎日つけて高い所にあるものも椅子に乗ったりさらに踏み台に乗って。お母さんがいなくたって大丈夫な振りをした。ほんとは寂しかったし悲しかった…。
そんな時西島がやってきた。勝手に私の世界に詫び入れもせず入ってきて。すごいだとか好きだとか一緒にいようだとか訳わかんないことたくさん言って私を困らせる。だけどほんとは嬉しかった。お父さんは晩御飯を美味しかったよって言ってくれるけど、私が食べる時はいつも1人だから。
一口食べるごとに
「わっ!美味しいっ!」
「何これっやばいっ。」
「げっ…ぼくキュウリ嫌いって言ったよね。。」
「わぁーー、もお実彩子天才っ!」
うるさく喋って表情をコロコロ変える西島との時間が楽しかった。
でもあの日嫌だと言う私の手を無理やり繋いで西島が連れてきた公園にはお母さんがいた…西島が見せたかったのは別に他の子供に優しく笑顔を向けるお母さんでも、
私の知らないその子を名前で呼んで抱きしめるお母さんでも、私を見たあとバツの悪そうな顔をするお母さんでもなかったはず。
でも私の視界を独占したのは私の好きな沢山のひまわりではなく、他の子の物になった大好きなお母さんだった。
「西島のバカっ!大っ嫌い!サイテー!デブっ!」
辛くて、悲しくて、西島に向かって知ってるだけの悪口を言った。
「実彩子っ!ごめんね。僕実彩子にお話見させてあげたかっただけなんだ。」
「あとデブじゃない…」
「知らないよっ!私ヤダって言ったのに寄り道しちゃいけませんってお母さんがいつも言ってたから。嫌だって言ったのに!」
「なんでこんな事するの?私悲しいの見て西島楽しいっ?!」
「そんな訳ないだろっ!僕だって悲しいよ。実彩子が悲しかったら僕も悲しい。」
「僕だってお母さんいなくて1人で寂しい時あるよ?だからこそ実彩子と一緒にいる時楽しくてしょうがないんだ。」
「わかる訳ない!私がどれだけ寂しいかなんてわかんないっ!」
「わかるよっ!」
「お母さんがいたことない西島になんてわかるわけないっ!」
急に部屋が静かになった。
「そうだね。ごめん。僕がなんか言う事じゃなかった…。僕今日は1人でご飯食べるから。大丈夫だよ。じゃあね…。」
「えっまだ4時…」
ガチャン_____
毎晩7時20分、お父さんが帰ってくるギリギリまでウチに居て帰ってって言っても帰ってくれないような西島が、こんなに早く帰ることなんていままでなくて。西島を傷つけたんだ。ってお母さんを見た時より悲しくなった。それから1週間私達は口を利かなかった。私が何回か話しかけようとしても知らん顔されしまいには違う女の子達といるようになった。
初めの頃は申し訳なくて謝りたくて話しかけてた私もだんだんイライラして来て…
だから強行手段に出たんだ。
「はい。にっしーこれ昨日お母さんも作ったのよかったら食べて?」
「私もっケーキ焼いて来たよ!」
「私もっ!はい。これクッキー!」
私も私もっ!って西島に甘い香りを漂わせながら群がる女子。案の定女の子に囲まれてて満足気にしてた顔もすぐに嫌そうな顔に変わる。
「西島っ!よかったねー。甘いもの大好きだもんね?私今日の晩御飯はオムライスと唐揚げなんだっ!」
「はっ⁈」
パタリと話しかけて来なくなった私がいきなり喧嘩を売るもんだから(売ってるつもり)西島が驚いてマヌケ顔になるのが見えた。
「おい実彩子っ!」
私を呼ぶ声が聞こえたけどベーってして走って逃げてきてしまった。
西島は今日食べにきてくれるだろうか。
許して…くれるだろうか。