ニッケルハルパのお手入れ | エルデ楽器の工房ノート

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めずらしい楽器の製作や修理をやっています。
そんなめずらしい楽器でお困りの方、私でよろしければご相談に上がります。

ニッケルハルパというスェーデンの伝統楽器があります。


この楽器、日本の楽器屋さんに持っていっても、まずメンテナンスしてくれない楽器だったりします。ですから、演奏者自らがメンテナンスするしかない!または、、本国に行くか、、送るか、、、とにかく一筋縄ではいきません。でもですね、、楽器です!法則や理にのっとってできてますから、ちゃんと理解すれば方法はあるんです。


そんなわけで、意外と知られていないニッケルハルパのメンテナンスポイントをいくつかご照会します。

でもメンテナンスする際は自己責任ですから、難しいときは専門家(演奏者ではなく製作者)に託すべきです。



●ポイントは各部動作のチェック!

>>ペグ・アジャスターなど
ニッケルハルパの動く部分は何でしょう?まずはチューニングをあわせるためにひねる、ペグやアジャスター(微調整ねじ)ですね。特にこの楽器で一番動かしにくいのが主弦(4本の演奏弦)を支える大きなペグです。もともと、なかなか回りにくい仕組みでできているのですが、動きが悪いときは、軸にほんの少しだけ、そのまま石鹸をこすり付けててあげると回りがよくなります。つけすぎたり水を使ったりしないようにしましょう。石鹸の代わりに「ペグコンポジション」というものがバイオリンなどを取り扱う楽器店にあると思いますのでこれを使うと良いでしょう。


また、均一に弦が巻き取れていますか?

 ←だめな例

上の写真は、きれいに巻かれていますが、明らかに巻きすぎです。巻き数は3~5巻き程度にしましょう。多く巻くとそれだけ遊びができてチューニングの狂いがでます。また少なすぎると外れたり、テンションの低下が出ますのでそれも注意です。また、ナット(弦の乗っかっている枕板)より下に向かって弦が巻き取られているのが理想です。(上の写真はいけない例です)これは共鳴弦もおなじです。


>>キー・タンジェント
次に動く部分はキー(鍵盤)です。しっかりと構えたときに鍵盤が定位置に来ていますか?高音域の鍵盤は弓でこする際、飛び散った松脂の粉でべた付くことで動きを悪くするんです。ワックスやレモンオイルなどを布にしみこませて、鍵盤をきれいに磨いておきましょう。

分解してクリーニングする方もおられると思います。その際2B~5Bの鉛筆で鍵盤のこすり合わさる部分に塗りつけすべりを良くするのは、スェーデン本国のプレーヤーの間ではよく知られている方法です。ですが、それでも動かないことはよくあります。こうした場合は加工が必要となるので専門家にゆだねましょう。


分解作業は専門的な知識がないと破損の恐れがあるので注意が必要です。

破損において一番多いのがネジの破損です!分解の際にねじ山をすり減らしたり組付けが甘くなったりすることが多く、「鍵盤が落ちてこない(動かない)」「なんかノイズが多い」というのは、まずはここが原因です。

 ←ねじ山の破損に注意

上の写真は若干のねじ山の崩れがありましたので補修材を充填したネジで締めなおして修正した時のものです。場合によっては加工が必要になる場合も少なくないです。
こうした「ゆるみ」がノイズを生みます。小さなネジですが緩んでくれば致命傷になる部分です。


タンジェントとは?


専用のペンチでつまんでいるのがタンジェント(音階を決める柱)です。これを回して、向きを調節することで正確なピッチを決めていきます。非常に熟練の要る作業ですのでしっかり理解しないうちは専門家に任せたほうがいいでしょう。



当工房のメンテナンスではオクタブ調整という正確な音階を出すための精密ピッチ補正を行います。オクターブ調整は上の写真のように12番タンジェント(開放弦の1オクターブ目のタンジェント)のピッチを正確にあわせてから各ピッチ調整をするのですが、大きくずれている場合(上の写真はかなりひどい状態です)は駒の移動<ナットの加工<弦の変更<タンジェントの加工、、、、などで対応するとより精度の高い調整になります。とにかく書き表せないほど複雑なものですのでご自身でやるときは注意してください。



●音の確認

>チューニング
最後にしっかりとチューニングメーターで確認しながら、音を確認してみましょう。



チューニングでの注意点は「指で弾いた音」だけではなく「弓で擦った音」でも確認することです。振動の仕方に違いがありますので主弦の調律は弓で弾くのが正解です。共鳴弦は爪弾くことになりますが、専用の爪、、もしくは竹串などで「均一の力」で他の弦に注意しながら弾いて調律しましょう。張り具合が各弦で違うので注意してください。

主弦、共鳴弦、いずれも、、ペグでのチューニングは「上げあわせ」(締め上げながら)が基本ですよ!下げながら(緩めながら)あわせると後で狂ってきます。

それから、一度に一箇所を完璧にあわせようとせず、全体的にあわせていくことです。大体音程があってきたら次、そのまた次、、と弦を調律して、また、はじめに戻って調律して、、と少しずつ全体的にあわせることが大事です。

これらはペグをもつどんな楽器(ギター・三味線・ヴァイオリン)でも共通でいえることですのでしっかり覚えておきましょう!


>異音・ノイズ

音色を確認しましょう。共鳴弦がちゃんと響いていますか?びりびりとノイズが混じっていませんか?鼻をつまんだようなこもった音がしていませんか?

この楽器の構造上、ノイズが必ず出ます。ノイズも持ち味ですが、気になる方のために。
ノイズは特に鍵盤のガタツキによる揺れが多く、次いでタンジェントの接触です。各部の緩みや割れ、破損、が原因です。


 ←古いスポンジの交換

特に多い鍵盤のガタツキですが、これの少ない楽器は優秀な作品といえます。この対策にはいろいろな工夫がなされています。中でもスポンジやフェルトでカバーして軽減されているものはノイズが少くできています。しかしながら、スポンジも減ってくると交換が必要です。当工房では少々高価ですがウレタンスポンジを使っています。弾力性に富み、劣化しにくいのが特徴です。メリハリのあるキー操作が可能になり素早いパッセージに効果的です。

タンジェントの接触は加工が必要なことが多いので専門家に任せると良いでしょう。単純にタンジェントがあたっているからといって削ったりしないように。実はキーボックス(鍵盤が収められている箱の部分)全体がずれて曲がっていたりすることがあります。これも取り付けの際の「ネジの緩み」や度重なる演奏で傾いてきた「ゆがみ」で発生するので覚えておきましょう。

そのほか、破損によるノイズは、目に見えない「緩み」「割れ」があったりなども考えられますので専門家に任せましょう。よくあるのは、アッパーバウツ(表板)・テールピース(尾止)の引っかかり・ブリッジ(駒)などが主なものです。

サウンドポスト(魂柱)の転倒は危機的状況です。F字孔から見て、サウンドポストが見当たらなかったらすぐにすべての弦を緩めてください。転倒している時点で破損している可能性、大ですが、、最小限に食い止めましょう。上写真の図のようにサウンドポストの位置がずれている所に立っているように見えますが、印の位置はあくまで目安です。いかにもあわせなければいけないような印ですけどね。正確な位置とは立っているブリッジ(駒)の位置からテールピース(尾止)側に15mm~7mm以内の位置で調節するのが望ましいです。駒との位置が離れれば「ソフトな音色」(ふくよかな音)、、近ければ「ハードな音色」(甲高い音)になる傾向ですが、繊細な変化です。

音色の繊細な変化がわかる方は、きらびやかさが無くなったことに気づくことがあるかと思います。鼻をつまんだようなこもった音」など、そのほとんどが弦の老朽化が原因でしょう。弦の交換をするタイミングは人それぞれです。音色の好みですから決まりは無いと考えますが、老朽化によって弦が切れたりする確率も上がります。交換タイミングを自分で決めておくと常に安定した音色を得ることができるとともにコンディションを知る大きなヒントになります。

弦の化学>
弦は通常、張り替えてから1ヶ月間は「きらびやかな音」がします。特に共鳴弦は顕著で、その後2~3ヶ月は安定していますが、それ以降は劣化(主に酸化)が始まりサスティ
ン(音の伸び)が無くなっていきます。主弦はあまり気づかないのですが、共鳴弦は顕著です。当工房では、コーティング弦をおすすめしてます。酸化を防ぎ、きらびやかさを半年以上持続させることを確認しています。その楽器に合ったゲージ(弦の太さ)を測定して張りかえる必要があります。また、まれにあるのが、無理に太かったり細すぎたりする弦が、最初から張られている、良くも悪くも適当なものが張ってあることがあります。場合によっては合わない弦が楽器を傷め続けていることがあります。

現代では、適性の張力・太さ・弦の重さ・長さ・材質などから、優れた計算方法で弦を選抜することができます。弦だけとってもサイエンスがぎっしり詰まっているのです(^^)b


●最後に
より良い響きを追求すると奥の深い世界だということがわかっていただけたかと思います。楽器を健康な状態ですごさせるには主治医が必要ですよね。なかなか専門的な分野ですからそんなに多くは居ないと思いますが、探せばきっと、、結構いる、、と思います。

楽器を通じて演奏家と製作者が良い出会いをして沢山広まっていけば、伝統楽器もいつか現代を代表する一般楽器となって多くのメディアで活躍することだってある!それには100年くらいかかるかもしれませんが、その楽器を愛する人いればかなうと思いますから、大事に大事に育てていきたいものです。