一週間前から呼吸が荒くなり来院した。
胸腔内には胸水の貯留を認め、肺は背側に圧迫され、
胸水貯留が呼吸困難の原因であることが分かった。
腹腔内には腹水が貯留し、腹腔臓器の辺縁が不明瞭になっていた。
下腹部には腸管を周囲に押しやるような陰影から腫瘤の存在が疑われた。
超音波検査では下腹部にφ5cm大の左卵巣を疑う腫瘤を認めた。
右卵巣もφ2cm大に腫大していた。
心疾患は存在しないことから胸腹水の貯留は卵巣腫瘍に伴うものが疑われた。
胸・腹水の貯留が悪性腫瘍の播種によるものであれば進行癌ではあるが、QOL(生活の質)改善を目的に以下の治療の選択肢を提示し、実施した。
○呼吸困難の改善を目的とした胸水抜去。
○今後、起こるであろう腹腔内巨大腫瘤の破裂の回避を目的とした腫瘤摘出外科手術。
○胸・腹水の再貯留を軽減させるための抗がん剤の胸・腹腔内投与。
全身麻酔下にて経胸壁的に薄い血様の胸水52mlを吸引抜去した。
呼吸の安定したところで腹腔内腫瘤摘出術に入った。
開腹し、貯留した薄い血様腹水を吸引すると腫瘤が現れた。
巨大腫瘤は術前の予想通り左の卵巣であった。
卵巣は液体を貯留する多数の嚢胞状であった。
左卵巣から左腎臓まで微細な嚢胞状の索状物が連続しており、左腎直上で結紮離断した。
φ2cm大に腫大していた右卵巣と肉眼上正常な子宮を含め、卵巣子宮摘出術を行った。
術中、腹腔内に貯留した薄い血様腹水を160ml抜去した。
肉眼上、他臓器や腹壁に播種病変は認めなかった。
抜去した胸・腹水からは多量の腫瘍細胞が採取され、腫瘍細胞が腹腔内・胸腔内に播種・転移していることが疑われた。
手術翌日、食欲もあり経過良好であったため、胸水・腹水の再貯留を軽減させる事を目的に、腹腔内・胸腔内シスプラチン投与を行った。胸腔内にはすでに癌性胸水の再貯留が認められ、30ml吸引抜去した後に投与した。
手術から3日目に退院し、3日に一度のピロキシカム投与を開始した。
病理組織検査の結果は卵巣腺癌であった。
左卵巣腫瘤から腎臓へと続く病変は転移病変であった。
手術から10日目に抜糸した。術前に1分間に60回あった呼吸数が20回に減少した。
その後、貯留があれば胸水の抜去とシスプラチンの胸腔内・腹腔内投与を継続している。
術後2ヵ月現在、胸水の再貯留を少量認めるものの、他臓器やリンパ節への転移所見は認めていない。
呼吸も安定し、食欲旺盛なため体重超過に注意しながら治療を継続している。
抗がん剤の体腔内投与は静脈内投与に比べ体腔内の播種病変へダイレクトに作用するため、癌性胸水・腹水貯留に効果が認められている。
シスプラチンは体腔内投与時の組織浸透性が比較的高く効果が期待されるが、副作用である嘔吐の予防と腎障害から保護するための十分な点滴が必要である。
今後は肺転移などの抑制効果なども考え、抗がん剤の全身投与も検討中である。