全てが詰まったカバンを

 

不意に奪われてしまった。

 

 

その時の残った数々の証拠のお蔭で

 

事件は早期解決するかに見えた・・・

 

 

しかし、あまりにも消極的な担当刑事の対応は

 

その僅かな希望すらを簡単に奪っていった。

 

 

無くなったカバンが出て来た

 

 

と、言う連絡を貰うまでは・・・。

 

 

 

 

第1話 ⇒ 【 10度目の春

 

 

第2話 ⇒ 【 銀座の夜で  】

 

 

第3話 ⇒ 【 与えられた試練  】

 

 

第4話 ⇒ 【 裏切るのが期待  】

 

 

 

**************

 

 

事件から4日経った日

 

早朝に私の携帯が鳴った。

 

 

『こんな朝早くに誰だよ・・・』

 

 

そんな電話の主は

 

被害届を出した警察だった。

 

 

要件は、無くしたカバンが届けられた

 

と、いう事。

 

 

その待ちに待った発言を受け

 

眠気が吹き飛んだ私は

 

すぐさま、警察に向かった。

 

 

待ちに待ったカバンとの対面

 

の、はずだった。

 

 

しかし、そこには

 

無情な現実も

 

一緒に待っていた。

 

 

事件のあったお店近くの路地裏に

 

捨てられていた私のカバン

 

財布や定期、携帯の充電器、等

 

仕事道具以外の物は一切なかった。

 

 

 

約10年間、私と色々な思い出を供にしてきた財布

 

様々なお店でコツコツと貯めてきたポイントカード

 

立て替えた分も含めると10万以上の現金

 

 

その全てが、奪い去られた事を

 

改めて実感した瞬間だった。

 

 

『何が何でも

 

犯人を捕まえて償わせてやる』
 

やり場のない怒りが

 

当たり前の様に犯人へと向けられた

 

瞬間でもあった。

 

 

 

**************

 

 

 

私の確固たる気持ちとは裏腹に

 

捜査は一向に進む気配を見せなかった。

 

 

そんな私を見兼ねてか

 

事件当日に一緒に居た友人が

 

私を飲みに誘ってくれた。

 

 

場所は事件のあった新橋。

 

 

『遅れて行くから

 

先に飲んで待ってて!』

 

 

その友人の連絡を受けて

 

いつも、独り飲みをする焼き鳥屋に足を運ぶ。

 

 

 

カバン事件の幕開けとなった

 

元上司と一緒に来た以来だった。

 

 

『あ、吉田さんすみません!

 

今日、いっぱいなんですよー』

 

 

そう、そんな事言われるのも珍しくない

 

人気店だったよな、このお店は。

 

 

 

仕方なく、その焼き鳥屋を後にして

 

独りで時間を潰せるお店を探す。

 

 

『困ったな・・・

 

あそこぐらいしか一人で行く様なお店

 

知らないんだよな・・・』

 

 

そう、思いながら新橋の街を歩いてると

 

 

男性から不意に声を掛けられた。

 

 

『すみません!

 

ちょっと良いですか!?』

 

 

夜の繁華街を歩いていると

 

いわゆる客引きに声を掛けられる事は珍しくない。

 

 

新橋のそれは私が知り得る繁華街の中でも

 

かなりの数で声を掛けてくる。

 

 

(・・・うっとおしいな)

 

 

大抵、目線も合さず無視をしていれば

 

引き下がってくれるのだが・・・

 

この日、声を掛けてきた男性は

 

やけにしつこかった。

 

 

『すみません!

 

ちょっとで良いんでお話だけでも良いですか!?』

 

 

 

(・・・しつこいな)

 

 

視界の端に映るスーツ姿らしき男性に

 

目線すら合せず無視をしようとした時

 

その男性の顔が私の視界に飛び込んできた。

 

 

 

え?

 

 

 

その顔を見て

 

私は思わず声が出た。

 

 

『・・・澤部さんですよね?』

 

 

 

そう、私に声を掛けてきた男性

 

それはお笑い芸人

 

ハライチの澤部さんだったのだ。

 


 

 

『すみません

 

今、テレビの取材をしてまして・・・

 

少しだけお時間を頂いても良いですか??』

 

 

突然の要求で状況が呑み込めなかったが

 

お店すら決まっていなく時間を持て余していた私は

 

その突然の要求を快諾した。

 

 

『別に大丈夫ですけど・・・』

 

 

その私の発言と共に

 

一斉に私の周りに集まるスッタフ

 

そして向けられるカメラに照明

 

 

『ただいま、新橋にいらっしゃるサラリーマンの方に

 

お話を伺っておりまして・・・』

 

 

そう、切り出す澤部さん

 

その後、やたらと私の持ち物を褒めだした。

 

 

『ネクタイもすごく素敵ですね、どこのブランドですか??

 

時計も高そうで・・・』

 

 

あまりの褒めように気持ちが悪くなった私は

 

『え?

 

ホントは何が聞きたいんですか??』

 

 

と質問返しをした。

 

『今回の番組ですが

 

【聞きにくい事を聞いてみた】と、言う番組でして

 

新橋のサラリーマンの方に

 

聞きにくい事を聞いておりまして・・・』

 

 

私も何度か見た事がある番組だった。

 

 

 

(聞きにくい事ってなんだろう・・・)

 

 

そう思った矢先に澤部さんから

 

本題の質問が飛んできた。

 

 

『ずばり、財布の中身には

 

幾ら入ってますか??』

 

 

 

確かに、聞きにくい質問だったが

 

 

事件のせいで、それ以上に私はその質問に対して

 

答え辛い状況だった。

 

 

『すみません、先日

 

カバンを盗難されまして

 

財布が無いんですよ』

 

 

先日の事件が解決するまでは

 

新しい財布を買わないと決めた私は

 

財布が無い状態だったのだ。

 

『またまたぁ~

 

そんな事言わずに教えて下さいよ~』

 

 

私が財布を出し渋っているかと思い

 

食い下がらない澤部さん

 

 

 

『本当なんですって!

 

この前、すし三昧でカバンごと盗られちゃって

 

財布が無いんですって!』

 

 

 

私の必死の訴えを見て

 

ようやく、その出来事が本当だと悟った澤部さん

 

 

『え?

 

じゃあ、今現金はどうしてるんですか??』

 

 

『今ですか??

 

銀行の封筒に入れてます』

 

 

そう、この時の私の財布代わりは

 

銀行の封筒だったのだ。

 

 

 

『そんな、いくらなんでもそれは無いですよね?笑』

 

そう笑いながら応える澤部さんを尻目に

 

私のカバンから三井住友銀行の封筒が出て来た際に

 

澤部さんを含めて、スタッフ一同から爆笑が湧きあがった。

 

 

『本当だったんですね!!』

 

その後、何度かやり取りを交えて

 

私に対しての取材が終わった。

 

 

 

『本日はありがとうございました!!』

 

そう澤部さんに御礼を言われた後に

 

ディレクターらしき男性が私にこう告げた。

 

 

『すみません、先程の

 

すし三昧でカバンを盗られちゃったって言うくだりですが・・・

 

お店の名前が出ると色々とまずいので

 

すし三昧ってところを

 

お寿司屋さんに変えて

 

撮り直しをお願いできますか??』

 

 

 

 

 

 

え?

 

 

ちょっと待って、私・・・

 

 

 

ただの素人だよ??

 

 

 

 

そんな、素人に

 

さっきのやり取り無かったことにして

 

新たな内容に差し替えて❤️

 

 

って、なにさらっと高度な要求してるのよ!?

 

 

そんな、何事も無かったかのように

 

もう一回、出来る訳・・・

 

 

 

『それでは財布を見せて貰って良いですか??』

 

 

おい、澤部

 

 

 

なに、さらっと進めてるんだよ!!

 

やらなきゃいけない流れになってるじゃないか!!

 

『・・えっと、財布ですが

 

この前、カバン盗られちゃって無いんですよ・・・

 

・・・お寿司屋さんで

 

 

 

 

 

 

私の苦労が詰まった今回のインタビューの流れを

 

私は親しい友人達にのみ放送日と共に伝えておいた。

 

 

 

『それ、絶対放送されるよ!

 

そんな面白い出来事ないもの!!』

 

 

話を聞いた友人たちは

 

口を揃えてこの出来事を絶賛してくれた。

 

 

 

 

そして迎えた放送日。

 

 

 

仕事で会議だった為

 

OAを観る事が出来なかった私に

 

放送直前に次々と連絡が入った。

 

 

 

 

『そろそろ始まるね!』

 

『録画スタンバイしてるよ!!』

 

 

そうOAを楽しみしてくれてる連絡を横目に

 

私は長い会議に入り

 

放送開始から、1時間後に再び携帯を見た。

 

 

そこには放送を観てくれた皆からの

 

連絡で埋め尽くされていた。

 

 

『放送観たけど・・・

 

直君、映ってなかったみたいだね・・・』

 

 

待って

 

あんな高度な要求させておいて


 

 

カットされたの?

 

 

 

おい!

 

 

 

おい!!!

 

 

 

カットするんだったら

 

 

 

あんなクダリ

 

要求しないでよ!

 

 

 

酷いにも程があるぞ!!!

 

 

カバンが盗られた事により

 

思わぬところにも影響が出ていた。

 

 

 

**************

 

 

事件から3ヶ月経ったが

 

未だに警察から事件の進展を継げる連絡は

 

入らなかった。

 

 

私から菊池刑事に定期的に連絡をするも

 

『未だ裏付け捜査が取れていなくて・・・』

 

相変わらずな返事しか貰えなかった。

 

 

 

業を煮やした私は

 

再度、事件のあったお店に連絡をした。

 

 

カバンを持っていった常連客が

 

その後、お店に来ていないかを直接確認する為だった。

 

担当の副店長に繋いでもらい

 

様子を伺う。

 

 

すると、驚いた様子で副店長

 

私に告げた。

 

『警察の方から何も聞かれていませんか??

 

例のお客様、この前お店に来られたので

 

私が名刺を頂いて、既に警察の方に提出してますよ』

 

 

 

 

え?

 

 

 

 

『それ・・・

 

いつの出来事ですか??』

 

 

『えっと・・・

 

2週間ぐらい前です』

 

 

 

 

 

 

つづく