元上司との楽しい夜から一転

 

全てが詰まったカバンを持って行かれると言う

 

予期せぬ悪夢に見舞われた。

 

 

カバンを持って行った犯人が

 

事件のあったお店の常連

 

それが唯一の希望だった。


 

『きっと、直ぐに出て来るだろ』

 

 

私の淡い期待は

 

見事に裏切られる事となる。




 

第1話 ⇒ 【 10度目の春  】

 

第2話 ⇒ 【 銀座の夜で  】
 

 

 

**************

 

 

『誤って持って行かれたカバンですが

 

どこかで発見される可能性が高いので

 

とりあえず遺失物届け出した方が良いですね』

 

 

事件を聞きつけて駆けつけてくれたお巡りさんに促され

 

私達は、新橋駅前の交番へと移動した。

 

 

時間は朝の5時

 

 

私は付き合ってくれた友人

 

 

後はもう大丈夫』

 

と声を掛けて帰って貰う事にした。

 

 

『そうだ、一応これ渡しておくね』

 

 

文字通り無一文の私に

 

そう言って友人は1,000円を渡してくれた。

 

 

 

『じゃあ、まずどんなカバンだったか

 

教えて貰っていいですか?』

 

 

 

お巡りさんと遺失物届けのやり取りが始まった。

 

『中身は何が入ってましたか??』

 

 

『えーと、財布に手帳、あと定期・・・

 

それと・・・家の鍵ですね』

 

 

随分と飲み明かしてはいたが

 

私の意識はしっかりしていた。

 

 

 

全てが詰まったカバンが無くなった

 

その信じたくもない事実が

 

より一層とそうさせていたのかも知れない。

 

 

『それで財布は、どんな財布ですか??』

 

 

『ボッテガの黒い長財布です』

 

 

財布の中には幾ら入っていたか

 

キャッシュカード等はどんな種類が入っていたか

 

そんな事を細かくやり取りしている時だった。

 

 

 

『おまわりさん、助けて下さいよー!』

 

 

急に荒々しい声が交番に飛び込んできた。

 

その声の大きさに私はビックリした様に振り返った。

 

 

そこには茶髪のガタイの良い兄ちゃん

 

気の弱そうなサラリーマンの2人組みが居た。

 

 

『この、お客さんがぼったくりだって言って

 

お会計払ってくれないんですよ!』

 

 

その兄ちゃんの声に反応するかの様に

 

気の弱そうなサラリーマンの1人が答えた。

 

 

『入った時と話が違うじゃないか!

 

ワンタイム4000円って聞いたぞ!』

 

 

兄ちゃんが即座に答える。

 

 

『だってお兄さん達、延長もしたし

 

女の子にもドリンク

 

沢山飲ませてたじゃないですか!』

 

 

 

 

・・・なんだ、この警察24時

 

真夜中の交番のワンシーンは。

 

 

いや、その中に飛び込んでるのは

 

私の方なのか。

 

 

こんな事件に巻き込まれなければ

 

TVで見たワンシーンを肌で感じる事も無かったろうに・・・

 

 

『それでお会計は幾らなの??』

 

お巡りさんが兄ちゃんに問いかけ

 

兄ちゃんは伝票を見せながら答えた。

 

 

『2時間延長されて

 

で、女の子のドリンクをこれだけ頼まれてるんです

 

で、お会計が72,000円で・・・』

 

 

 

 

・・・ちょっと待って

 

・・・それさ

 

 

 

 

妥当じゃね?

 

 

女の子に

 

どれだけドリンク飲ませたか知らないけど

 

むしろ、そんな飲み方したら・・・

 

 

それぐらいの

 

金額いくよね?

 

 

内容を聞く限りサラリーマン達も

 

とっても楽しんだからそうなったんだよね??

 

 

てか、こっちはそれどころじゃないんだから

 

余計な雑音いれないでくれよ!

 

 

『こっちのお客さんが

 

5万円は出してくれたんですけど・・・

 

こっちのお客さんは

 

ぼったくりだから払わないって』


 



早く払ってやれよ!

 

 

出し渋ってるのは

 

『聞いた話と違う!』と息巻いていた方の

 

サラリーマンだった。

 

 

 

相方良い奴かよ!!

 

頼むからこれ以上その相方に迷惑かけないで

 

さっさとお金払ってあげて!

 

 

只でさえしんどいやり取りしてるのに

 

余計にしんどい思いを

 

させられた瞬間だった。


 

 

**************

 

全てのやり取りを終え

 

私が交番を後にした時には

 

午前6時を過ぎていた。

 

 

季節は2月の下旬

 

流石に辺りは明るくなっていた。

 

 

歩いて帰るか・・・』

 

 

今、私の全財産は

 

友人に貰った1,000円のみ。

 

しかも、この日は土曜日。

 

 

キャッシュカードも無い私は

 

銀行のお金を降ろす事も出来ない。

 

 

無駄遣いは出来ない

 

 

そう、思い私は歩いて家に帰る

 

その選択をした。

 

 

歩いて帰ると言っても

 

中央区に住んでいた私は

 

新橋駅前からは30分も掛からない

 

 

なぁに、大した距離じゃないさ。

 

 

そう思う気持ちとは裏腹に

 

足取りは重かった。

 

 

歩き始めて暫くすると

 

太陽は完全に昇り切っていて

 

そこには普段と変わらない朝が訪れていた。

 

 

歩き始めて10分を経った頃

 

冷え切った手を見て

 

ふと思った。


 

『・・・手袋も、カバンの中か』


 

あと、20分弱

 

このかじかんだ手と

 

付き合って帰らなきゃいけないんだよな・・・

 

 

 

カバンが無くなった事がこんなにも痛いだなんて

 

改めて痛感した

 

 

『そりゃそうだ

 

全部入ってたもんな・・・』

 

 

そう思った瞬間だった。

 

 

 

私は大事な事を思い出した。

 

 

 

 

・・・あれ?

 

・・・ちょっと待って

 

 

このまま家に帰っても・・・

 

 

 

 

 

 

 

家に入れなくね?

 

 

家に向かって歩いてるけど

 

 

今・・・

 

 

 

家の鍵無いよね??

 

 

なんだよ!この仕打ち!!

 

なんて日だ!!

 

 

泊まるところを探そうにも

 

私の全財産は1,000円しかない。

 

 

就職をして10年

 

1度たりとも仕事を休んだ事のない私が

 

まさかこんなひもじい思いをするなんて・・・

 

 

神様・・・

 

 

どS過ぎや

 

しないかい??

 



私には疲れ切った体を

 

ゆっくりと休める事すら許されなかった。

 

 


**************

 

 

試練を乗り越えた私は

 

会社に居た。

 

 

カバンを持って行った犯人は

 

お店の常連

 

 

酔いが醒めて起きた時には

 

 

見知らぬカバンがあってビックリするだろう

 

 

そしたらお店に電話ぐらい入れるだろう

 

 

そして、お店から私の携帯に連絡が入る。

 

 

 

そんな希望ストーリを描いている私の携帯は

 

一向に鳴る事がなかった。

 

 

 

 

12時

 

15時

 

18時

 

 

無情にも時が過ぎ

 

辛かった思いを供にした朝陽は姿を隠し

 

辺りはすっかり暗くなっていた。

 

 

この時間まで待って

 

何も連絡が無い

 

 

カバンを持って行った犯人の手元に

 

カバンが無い可能性が出て来た事を

 

 

私は悟った。

 

 

 

私はすぐさま

 

事件があったお店に電話をした。

 

 

『昨日、そちらでカバンを持っていかれた

 

吉田ですけど』

 

 

冷静に振る舞っていたものの

 

やり場のない怒りで声は震えていた。

 

 

『昨日の、カバンを持って行った方から

 

その後、連絡は入ってないですよね??』

 

 

 

『残念ながら・・・』

 

申し訳なさそうに店員さんは答えた。

 

 

 

『分かりました。

 

それではこちらも被害届出させて頂きます』

 

 

 

そう伝えると店員さんから

 

思いもよらぬ情報が入った。

 

 

『私達も出来る限りのご協力させて頂きます。

 

防犯カメラを確認したのですが

 

吉田さんのカバンを持って行くところ

 

バッチリ写ってますから』

 

 


 

 

え?
 

なんと!

 

そんな分かり易い証拠があるのか!!

 

 

『警察の方が来たら

 

この防犯カメラの映像を提出致しますので』

 

 

事件のあった時は

 

常連が誤ってカバンを持って行った

 

その可能性を信じ

 

直ぐに出て来ると思っていたカバン

 

 

 

しかし、蓋を開けてみたら

 

現時点で犯人の手元に

 

カバンがある可能性が低いとなった今

 

 

犯人の身元が分かる証拠があったと言う事実は

 

解決の糸口以上の物が見えた瞬間だった。

 

 

 

『分かりました

 

是非、ご協力ください!』

 

 

そう言って私は、事件の管轄である

 

愛宕警察署に電話をした。

 


 

『はい、愛宕警察署です』

 

『あの、、かくかくしかじかで・・・

 

被害届を出したいのですが・・・』

 

『分かりました

 

それでは刑事課に回しますね』

 

 

そこで、事細かに事情を説明すれば・・・

 

これだけ証拠が揃っているんだ

 

犯人の特定ぐらい

 

直ぐに出来るだろう。

 

 

『刑事課です

 

どうされましたか??』

 

 

刑事課を名乗る男に

 

 

事情を話した私は

 

 

さらなる絶望を味わう事となる。

 

 

 

つづく