ライフデザイン学科 3年 斉藤 浩史

 1.日常を未知化する

 「リ・デザイン」というのは簡単に言うとデザインのやり直しである。ごく身近なもののデザインを一から考え直してみることで、誰でもよく分かる姿でデザインのリアリティを探ることである。ゼロから新しいものを生み出すことも創造だが、既知のものを未知化することもまた創造である。

 2.アートとデザイン

 アートは個人が社会に向き合う個人的意思表明であって、その発生の根源はとても個的なものだ。だからアーティスト本人にしかその発生の根源を把握することができない。もちろん、生み出された表現を解釈する仕方はたくさんある。それを面白く解釈し、鑑賞する、あるいは論評する、さらに展覧会のようなものに再編集して知的資源として活用していくというようなことがアーティストではないアートのつきあい方である。

 デザインは基本的には個人の自己表現が動機ではなく、その発端は社会の側にある。社会の多くの人々と共有できる問題を発見し、それを解決していくプロセスにデザインの本質がある。問題の発端を社会の側に置いているのでその計画やプロセスは誰もがそれを理解し、デザイナーと同じ視点でそれを辿ることができる。そのプロセスの中に、人類が共感できる価値観や精神性が生み出され、それを共有する中に感動が発生するというのがデザインの魅力なのだ。

 3.リ・デザイン展

 リ・デザイン展では、32名の日本のクリエーターに、極めて日常的な物品のデザインを提案し直してもらった。

 リ・デザイン展は既存のデザインをやり直すプロジェクトであるが、これは優れたデザイナーの手を借りて日常のデザインを改良しようという提案ではない。提案されたデザインはそれぞれ明確なアイディアの切り口を持っていて、それらと既存のデザインの間には明らかな考え方の差異がある。この差異の中に、人間が「デザイン」という概念を持ち出して表現しようとしてきた切実なものが含まれているはずなのである。このプロジェクトは差異の中にデザインを発見する展覧会なのだ。

 4.坂茂とトイレットペーパー

 建築家の坂茂のテーマは「トイレットペーパー」である。坂茂は「紙管」を使った建築で世界に知られている。紙という一見脆弱に見える素材が実際には恒久建築に使える強度と耐久性を持っていることを発見した。そして、紙管が極めて簡単でローコストな設備で生産できるという建築素材として着目したのだ。生産設備の負担が軽いこと、世界的に基準がはっきりしているので、同じ基準で調達できること、さらに紙は再生可能なのでリサイクルできるなど、今後の世界にとって重要な要素が、紙には潜在している。

 坂茂がリ・デザインしたのが「トイレットペーパー」である。特徴は、中央の芯が四角いことだ。

 器具に装填してこれを用いると引き出すときに必ず抵抗が発生する。通常の丸いタイプだと軽く引くだけで滑らかに紙を供給してしまう。必要以上に紙を供給する設計になっているのだ。トイレットペーパーを四角くすることで抵抗が生じる。ゆるい抵抗の発生は「省資源」の機能を生むわけであるが、資源を節約しようというメッセージも一緒に発生する。さらに、丸いトイレットペーパーだと重ね合わせた際に隙間がたくさん生じるが、四角いとそれが軽減され、運搬やストック時の省スペースにも貢献するのである。

 このように、真ん中を四角にするだけで、劇的な変化が起こる。

 5.佐藤雅彦と出国スタンプ

 佐藤雅彦は、お茶の間に浸透した数多くの広告のディレクターであり、ゲーム「IQ」の発案者であり、映画「KINO」の監督である。また「だんご三兄弟」という歌を子ども番組のために制作して大ヒットを飛ばし、氏が生み出すメッセージが多くの子どもの心に波及することを実証した。多方面での活動に共通するのは、コミュニケーションの中心に潜む法則性への冷静な探究とその成果の応用がとても見事である点である。

 佐藤雅彦に依頼したテーマは、パスポートに押す「出国スタンプ」である。基本的に日本の出国スタンプは「丸と四角」で出国と入国の差異を表示している。シンプルなアイディアである。

 佐藤雅彦がデザインしたものは、出国が左向きで、入国が右向きの旅客機の形になっている。そのアイディアには、スタンプを介した事務手続きに、一服のコミュニケーションを盛り込もうという、まさにコミュニケーションの種子が含まれていて、それに触れる人々の気持ちの中で次々と発生するのである。

 小さい所に、コミュニケーションの種子が眠っている。佐藤雅彦のスタンプは、その種子の存在とそれを芽吹かせる方法を具体的に示唆している。これは電子メディアの可能性について夢想することに夢中で、日常的なコミュニケーションの局面での実践がややお留守になっているかもしれない僕たちが、コミュニケーション音痴への道に迷いこまないための貴重なヒントを与えてくれている。

 

 6.隈研吾とゴキブリホイホイ

 隈研吾は頭脳派の建築家である。しかし世の頭脳派と呼ばれる建築家がもっぱら自身の建築の解説に頭脳を使っているのとは一線を画する。どこにどんな頭脳を使っているかというと、建築という名目で立派すぎる造形を世界に示すことを「恥ずかしい」と感じ、そういう局面に良質のデリカシーを持ち込むことに対した繊細で緻密な頭脳を使っている。つまり、モニュメンタルな建造物が権威を発生させてしまうという宿命や、個性的、耽美的な造形、建築を通して実現したいとうい欲望を、どう制御、抑制するかという点が、まさに今日の建築の質をはかるポイントであると考え、その点に非常に高い洗練を生み出そうとしている建築家なのである。

 隈研吾のテーマは、「ゴキブリホイホイ」である。普通の「ゴキブリホイホイ」にはゴキブリを捕獲するためのしたたかな機能が装着されている。入口にある「足拭きマット」で脚の油分を拭い、やがて中に入ったゴキブリは接着剤に足をとられて動けなくなり餓死するという仕掛けである。それが幸せそうなゴキブリの家族のマイホームのような形として表現されている。

 隈研吾はこれを、ロール状の粘着テープとしてデザインした。テープを適当な長さに引き出してカットして使うというもの。カットされたものを組み立てると四角いチューブができあがる。中は全て粘着質になっているので、要するに半透明の四角い粘着性のトンネルができあがる。ユニットとユニットの間の関節部分には外側にも粘着性があるので、壁のような垂直面に貼り付けられる。

 このデザインは、現代的なインテリアによく似合う。ゴキブリも洗練された機能美の中で捕獲される。一方で、これは小さな建築であり、隈研吾という建築家の考え方を理解するてがかりになる。

 7.面出薫とマッチ

 最近は家庭の中でマッチを手にすることが少なくなった。さらに火そのものを扱う機会すら減ってきた。このような時代になぜマッチか、という疑問を抱えるかもしれないが、これは要するに、最も身近な「火」のデザインなのである。

 面出薫のテーマは、「マッチ」である。面出薫は有楽町の東京国際フォーラムや仙台メディアテークなどといった大きな公共空間の照明計画を手掛けているライティング・デザイナーである。つまり、光のデザイナーであって照明器具をデザインする人ではない。別の言い方をすると、光と同時に闇をデザインしている人でもある。

 マッチに対する面出薫の答えは、落ちている木の枝の先に発火剤をつけたもので、地面に落ちた小枝に、地球に還っていくその前に、もうひと仕事してもらおうという発想である。落ちている木の枝の形を良く見ると美しい。そういう美の存在を、普段の忙しい時間が忘れさせている。自然、火、そして人。そのそれぞれの存在を、印象的に喚起させられるデザインである。生きた火には強い象徴性がある。炎には、巨大化するかもしれない破壊の可能性と、創造の本質が同時に潜在しているからかもしれない。このマッチのデザインにはそういう巨大なイマジネーションが小さくしたためられている。

 8.津村耕佑とおむつ

 津村耕佑のテーマは、「おむつ」である。これは、こどものおむつではなく、大人用あるいは老人用である。

 津村耕佑は服飾でデザイナーである。「ファイナルホーム」というブランドを主宰しているが、ファイナルホームのコンセプトは、流行やトレンドを意識している通常の服飾ブランドとは異なる。それは、衣服と人間との新しい関係を模索しようとする実験性をエネルギーとして成立している。

 津村耕佑のおむつは、基本的にトランクス型になったことで、お洒落である。高分子吸水素材でできているのでトランクス型でも漏れない。

 このデザインは、人間の体液を吸収するやめの「ウェア一式」として提案されている。ランニングシャツや、Tシャツのようなもの、ショーツのようなものなど様々あるが、よく見るとそれぞれのウェアの端に文字が書いてある。これはそれぞれの吸水性の度合いを表示したもので、この一連のウェアには、吸水性のレベルが三段階に設定されている。軽い汗を取る程度のシャツやショーツは「プロテクション1」、おむつは一番体液の吸水力の高い「プロテクション3」である。

 9.深澤直人とティーバック

 深澤直人はプロダクトデザイナーであるが、普通のデザイナーが見えない微妙でデリケートなポイントでデザインする。言わば、無意識の領域にデザインを仕掛けるデザイナーであり、それが効果を発揮していても人はそこにデザインが機能していることに気づかないのだ。

 人間の行動の無意識の部分を緻密に探りながら、そこに寄り添うようにデザインを行うのが深澤流である。これは「アフォーダンス」という新しい認知の理論を連想させる考え方である。アフォーダンスには行為の主体だけではなく、ある現象を成立させている環境を総合的に把握していく考え方である。たとえば「立つ」という行為は主体である人間の意志的なふるまいであるかのようだが、実際は「重力」と「ある硬さを持った地面」がないと「立つ」ということは実現しない。無重力だと体が浮いてしまうし、水の入った深いプールでも「立つ」は成立しない。この場合、重力と硬い地面が立つという行為を「アフォード」しているのだ。行為と結びついている様々な環境や状況を、総合的かつ客観的に観察していく態度が「アフォーダンス」である。深澤直人はアフォーダンスの理論からデザインを導き出したデザイナーではない。しかし、着目しているポイントがアフォーダンスの発想に近接しているのだ。

 深澤直人のテーマは、「ティーバック」である。今や世界でとれる紅茶の9割がティーバック型の製品である。

 深澤直人のティーバックは、持ち手の部分がリング状になったものである。これはリングの色が、紅茶の飲み頃の色と同じになっている。ただし、これはこの色になるまで紅茶をいれるという指標ではない。しかし、長い間使っているうちに紅茶の色とリングの色の関係をしだいに意識するようになるはずだと深澤は考えている。色の意味を特には規定しないけれど、そこに意味が発生するために用意しておく。つまり何かをアフォードする潜在性をデザインしておく、ということだ。

 もう1つのデザインがマリオネット型のティーバックである。紅茶を入れる仕草がマリオネットを操っている動作に似ていることからの発想だ。リーフが濡れるとバッグ一杯に膨らんで、黒い人形になっていく。それを揺さぶっているうちにマリオネットを扱っているような不思議な気持ちになる。無意識にしかけられたデザインが行為を通してあらわになってくるのである。

 10.世界を巡回するリ・デザイン展

 世界は今、気づきつつあるのだ。世界全体を合理的な均衡へと導くことのできる価値観やものの感じ方を社会のいたるところで機能させていかないとうまくやっていけないということに。そしてはっきりとかわり始めている。フェアな経済、資源、環境、そして相互の思想の尊重などあらゆる局面においてしなやかにそれに対処していく感受性が今、求められているのだ。

 デザインという概念は、そんな感受性や合理性に近接した位置に初めから立っている。そういう意味でデザインという概念の本質が見つめ直されようとしている。リ・デザイン展の巡回でそれをはっきりと感じとることができるのだ。

 11.感想

 デザインのデザイン第二章を読んで思ったことは、私たちが生活している環境の中には、デザインがたくさんある。たくさんあるデザインの中には、考え方や発想を変えてみるだけでデザインは無限に広がっていくものだと思った。

 「日用品」というテーマの中で、建築家やデザイナーの人たちのデザインの考え方は様々でとても面白いと思った。

 最後に、第二章を読んで、デザインの魅力について少し分かった気がする。