Elven毎日独家娯楽圈図片ミニブログより
1988年頃か?レスリー・チャン(張國榮)と新馬師曾(サン・マー・シーチャン)のツーショット写真。
●新馬師曾(サン・マー・シーチャン)は、粤曲のスーパースターなので、
「客途秋恨」が使われた1987年『ルージュ(臙脂扣)Rouge』監督: スタンリー・クワン(關錦鵬)の頃か?
1988年《百事巨星張國榮演唱會》で粤曲「客途秋恨」を歌っているからその頃かもしれないです。
詳細が不明なので何かわかる方、教えてください~。
●この新馬師曾(サン・マー・シーチャン)の亡くなったことが出てくるフルーツ・チャン監督の『リトル・チュン(細路祥)』は、思い出深い映画です。
レスリー・チャン(張國榮)は、日本では97年1月に初来日コンサートで来日して
それから、世界ツアーを回ったのですが、
私の場合は、しばらくしてから香港に行くようになった時に、
必死にネットでネットの新聞(といってもまだお粗末なものばかりだったけど)を見て情報収集してた頃に、
新馬師曾(サン・マー・シーチャン)の妻と子供達が遺産相続争いを盛んにやっていたんです。
香港に行っても香港の現地テレビをつけるとまだ、まだ遺産相続の争いことをやっていました。
『リトル・チュン(細路祥)』の映画の中で、あの子供やお客さん達が、
新馬師曾(サン・マー・シーチャン)のニュースをテレビで見ている感じがそのままの香港だったんです。
私はてっきり若い嫁さん(4番目の奥さん)と前妻の子供達が遺産を巡って対決しているのかと思っていたら、
違うんですっていうのが、さらにワケワカメ?だったのですがぁ~(笑
どうせ嫁と祥哥(チュン・コー)の実子の子供達にお金が行くのだから税金対策してるんだよってことが、
若い嫁さんだと、年寄の旦那が死んだ後は、自分が面白おかしく金を使うんだってことで、納得いかず
ってことかいな?そうなのか?と~、
実子と母親で、実の親子で対決している理由がワケワカメでした(笑
慈善大王だったのに、こんなことに家族がなってしまうなんてね。。
とにかく、97年は、返還よりも何よりも祥哥(チュン・コー)の芸能記事が凄かったのです(笑
『リトル・チュン(細路祥)』(99年)みたいなまともな映画を香港が作るようになって、
香港映画もまともな時代になってきたと思っていたら・・・。
今は、どうなってしまったんでしょうかねぇ・・。
なんでも大陸合作の大作映画ばっかりで、
こういう香港らしいまともな映画がすっかりなくなってしまいました。
■新馬師曾(サン・マー・シーチャン)(1916年6月20日~1997年4月21日)
本名:鄧永祥,香港の粤劇の大御所スター、映画出演多数。
レコード会社、レストラン、ビル所有等、商売でも成功したお金持ち、慈善家でもあった。
新馬師曾(サン・マー・シーチャン/サン・マ ー・シーツァン/ SUN MA Sze Tsang / Sun Ma Si Zhen )
あだ名がたくさんあって祥哥(チュン・コウ)、ブラザー・チュン、新馬仔(サン・マー・ジャイ)慈善伶王。
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新馬師曾(サン・マー・シーチャン)
1992年12月洪金梅新馬師曾 再婚。内縁関係だった4番目の奥さんと子供達と正式に結婚式。