【事例】


大好きなテレビドラマの「半沢直樹」の最終回を見逃した千夏は、長男の武男からそのDVDを借りることにしました。千夏はそのDVDを見終わり、もう大満足です。千夏はその忘れっぽい性格からDVDを武男に返すのを忘れ、しばらく放置していました。ある日、千夏の友達である「美咲」が「私、半沢直樹の最終回見逃しちゃったんだよねぇ~。千夏、そのDVD私に売ってくれない?」と言ってきました。千夏は、そのDVDを武男から借りたもので
あることをすっかり忘れ、「いいよ~。もう見ないし。500円で売ってあげるよ~。」と言って、美咲にそのDVDを売ってしまったのでした。数日後、武男から千夏に電話があり、「千夏~、この前貸した半沢直樹のDVD返してよ~」と要求してきました。しかし、千夏はそれをうっかり美咲に売ってしまったということを伝えると、武男は激怒し、「はぁ~?何やってんだよ~。あれはお前のものじゃないだろ!勝手に売るなよ!」と言い、購入した美咲から直接そのDVDを返してもらうつもりでいます。

さて、この状況で、武男は美咲からDVDを無事に返してもらうことができるでしょうか?





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【解説】


善意の第三者、錯誤、弁償等いろいろな言葉が出てきていますね♪

では、以下検討してきましょう。

1、まず、千夏と武男は「半沢直樹」のDVDについて使用貸借契約を締結したと考えられます。

民法第593条 使用貸借
使用貸借は、当事者の一方が無償で使用及び収益をした後に返還をすることを約して相手方からある物を受け取ることによって、その効力を生ずる。

使用貸借は、千夏が返還義務のみを負い、さらに対価が発生しないという点で民法上、片務・無償契約とされています。

千夏にはその借りたDVDその物を武男に返還する義務があります。

2、では、千夏(第三者として武男)は千夏と美咲の売買契約について錯誤無効の主張ができるか?

民法第95条 錯誤
意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。

今回のケース、千夏は武男から借りた物であるにも関わらず、自己のものと勘違いをして美咲と売買契約を締結してしまっています。

この点が「法律行為の要素に錯誤がある」と言えるかどうかは正直微妙なところがあると言えますが、借りてから間もないDVDを自己の物と勘違いして売ってしまうというのは、いくらなんでも千夏に「重過失あり」と言えるのではないでしょうか!?よって表意者(千夏)に重過失ありとして錯誤無効の主張はできないと考えられます(重過失の立証責任は美咲にあります)

3、では、次の点を考えてみましょう。

千夏は、武男という他人の所有物を美咲に売ったわけですよね。これってそもそも有効なのでしょうか?

民法第560条 他人の権利の売買における売主の義務
他人の権利を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。


民法第561条 他人の権利の売買における売主の担保責任
前条の場合において、売主がその売却した権利を取得して買主に移転することができないときは、買主は、契約の解除をすることができる。この場合において、契約の時においてその権利が売主に属しないことを知っていたときは、損害賠償の請求をすることができない。

上記の規定は他人の物を売買の目的物とすることができるということが前提の規定となっています、(他人物売買は有効なのです)

千夏はこの「他人物売買」を行いました。そして、千夏には武男からDVDの所有権を取得する義務が発生するわけですが、如何せん武男は激怒しており、武男から所有権を取得し、美咲に移転することができませんね。

ってことは、その結果、美咲はDVDの所有権を取得することができず、美咲の手元にあるDVDは武男の所有権に基づく返還請求の対象となり、後は、美咲の千夏に対する第561条における損害賠償請求が残るだけとなりそうなものです。しかし…

4、美咲はそのDVDを完全に千夏の所有と思い込み、購入したわけですが、この点を無視して美咲に泣いてもらうなんてことが妥当なのか?

美咲は千夏から単にDVDを購入しただけです。何の落ち度もありません。この点、

民法第192条 即時取得
取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。

という条文があります。即時取得と言われるものです。動産取引の安全を重視した結果の規定です。

その要件は、
1、動産の取引であること
2、相手方が無権利者(処分権限のない者)であること
3、占有を取得すること
4、平穏・公然・善意・無過失であること

です。

美咲は、千夏(無権利者)から売買(取引行為)によって、平穏かつ公然とDVD(動産)の占有を始めました。そして、そのDVDが武男の物であることを知りません(善意)し、(無過失)は民法第188条によって推定されるので、即時取得の要件を全て満たし、DVDの所有権を取得することができると考えられます。

千夏の行いにより、武男と美咲はどちらも被害者の側面がありますが、うっかりと人から借りたものを売ってしまうような人に貸してしまった「武男」と何の落ち度もないただ単に買っただけの「美咲」とでは美咲の方が保護の必要性が高いと民法は考えています。

結論として、武男は美咲に対してDVDの返還請求をすることができないとなりそうです。

5、最後に、加害者的側面のある千夏はどのような責任を負うのか?

民法第415条 債務不履行による損害賠償
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。

契約上の債務不履行による損害賠償責任の規定です。

千夏は武男との使用貸借契約上における返還義務を果たすことができなくなる結果、第415条の責任を武男に対して負うことになるでしょう。具体的にはDVD相当額の金額を賠償することになるかと思われます。

かなり長くなってしまいましたが、理解していただけましたでしょうか??