【事例】


広志が、深夜いつものように自転車でコンビニに向かって走っていると、前方から、パトカーがやってきました。嫌な予感がした広志は、あまり目を合わせないようにしていましたが、案の定、呼び止められてしまいました。「ちょっと、ちょっとそこの人~!?こんな時間に何してんの~?ちょっと話聞いてもいいかぁ~!?」と警察官が尋ねると、それに応じないわけにもいかず、しぶしぶ自転車から降りたのでした。広志がフっと見ると、その警察官は以前も注意されたことのあるあの態度の悪い警察官でした。職務質問中、その警察官は、到底その職務とは関係ないことをべらべらと話し、挙句の果てに、「何その服装??浮浪者と間違われても仕方ないよ~とか、頭、禿げあがってんじゃん!」などの個人攻撃ともとれる言動を繰り返し、さすがに業を煮やした広志は、思わず突発的に、その警察官の胸倉を掴みかかるやいなや、顔面を思いっきり殴り、重度の怪我を負わせてしまったのでした。


さて、広志の行った行為は、公務執行妨害罪(3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金)と傷害罪(15年以下の懲役又は50万円以下の罰金)に該当することになりますが、この場合、刑はどのように科されることになるのでしょうか。(単純に合計されるのかどうか等)




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【解説】


今回、広志は、職務質問中の警察官を殴るという行為によって、刑法上、以下の2つの罪を犯したことになります。



刑法第204条 (傷害)
人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。



刑法第95条 (公務執行妨害及び職務強要)
公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。



傷害罪と公務執行妨害罪です。




警察官を殴るという一つの行為によって、2つの罪を同時に犯したわけです。



本来であれば、完全に数罪を成立させる併合罪として処断されることになり、最も重い罪について定めた刑の長期の1.5倍までの刑を科されることになるはずですが(刑法第45条・刑法第47条)、例外的に、複数の犯罪が特殊な理由から刑を科する上で一罪として扱われる場合があります。これを科刑上一罪と言います。



今回広志が犯したこの2つの罪は、観念的競合と呼ばれる科刑上一罪の一つに該当します。



以下が観念的競合について定めた規定です。


刑法第54条 (一個の行為が二個以上の罪名に触れる場合等の処理)
一個の行為が二個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。



これによって科される刑は、成立するいくつかの罪の刑の中から、上限も下限も一番重いものが選択されることになっています。



傷害罪の刑は「15年以下の懲役又は50万円以下の罰金」で、公務執行妨害罪の刑は「3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金」ですから、比較して最も重い刑をとると「15年以下の懲役又は50万円以下の罰金」ということになります。



よって、今回のケースで広志は、警察官を殴るという1個の行為によって2罪を犯したのですから、それは観念的競合となり、「15年以下の懲役又は50万円以下の罰金」の範囲で刑を科されることになるということになります。


複数の罪が成立するからと言って、必ずしも併合罪となり、刑が加重されるわけではありません。





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【事例】


新年を迎え、広志はいつものように初詣に行こうと、家から少し離れた神社へ歩いて向かっていました。しかし、その日はあいにくの雨。わりと山奥にあるその神社へ行くためには、山道を通らなければならず、広志は、通りなれた道なので特に何も注意することなく足を進めていました。しかし、道中、何か「ゴォゴォゴォー!」という聞きなれない轟音を耳にし、広志はその音のする上の方へ目を向けてみると、実にとんでもない事態が起こっていました。なんと、有に直径3メートルはあろうかという岩石が広志目がけて降ってきたのです。そう、土砂崩れです。広志は「まずい!」と思って、とっさにすぐ脇の民家へ避難し、何とか直撃を免れたのですが、その際に、その民家の飼い犬を蹴っ飛ばしてしまい、怪我を負わせてしまいました。広志が「やってもうたぁ~申し訳ない~」と思った瞬間、民家の主人が玄関から出てきて、犬が重傷を負っている姿を見て、激しい剣幕で広志を責め立ててきたのです。


このようなケースで、広志は、刑事上又は民事上で何か法的責任を負わなければならないものでしょうか?




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【解説】



今回のケース、広志は飼い犬を蹴っ飛ばして重傷を負わせている…といういことだけ見れば、刑事上では器物損壊罪、民事上では、飼い主に対する損害賠償責任がそれぞれ成立するように見えます。しかし、飼い犬に重傷を負わせてしまった原因が、自分の身の安全を守るためやむを得ず行ったことであること…を考えると、果たしてこの場合に広志に責任を負わせてもいいのかということが問題となります。



それは、広志が行った行為に果たして「違法性」があるのかどうかという話につながっていきます。




【刑事上】



刑法において犯罪が成立するかどうかは、およそ3つの段階を経て考えていくこととなります。


1、その行為が刑法上の犯罪カタログに書いてある条文に該当するかどうか(構成要件該当性の検討)

2、その行為に違法性があるかどうか(違法性阻却事由の検討)

3、その行為に対して行為者に責任があるかどうか(有責性の検討)



以上の要件が揃って初めて、犯罪というものが成立することとなります。今回のケースで問題となるのは主に2番の「違法性阻却事由」があのるかどうかということになります。



刑法第261条
前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。



まず、広志が行った行為は、刑法第261条により、器物損壊罪の構成要件に該当すると考えられます。(飼い犬は条文上、他人の物に該当する)※この時点で、違法性は推定される。



そして、刑法には次のような条文が存在します。



刑法第37条 緊急避難
自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。



緊急避難についての規定です。この緊急避難に該当すれば、違法性が阻却され、犯罪が成立することはありません 。



では、広志の行った行為が「緊急避難」に該当するのかどうか検討してみます。



・自己の生命に対する現在の危難を避けるため


⇒ここでいう現在の危難には、人の行為だけではなく自然現象も含み、自己の生命に対する差し迫った危険が必要です。(直径3メートルもある岩石が頭を直撃しそうなごときは、まさにこれに該当する)



・やむを得ずにした行為


⇒その行為が、現在の危難を避けるための唯一の方法で、他に手段がなかったということ(補充の原則)
(今にも岩石が頭に直撃しそうなのこの状況では、それを避けるためとっさに逃げ込むという行為は、まさにこの補充の原則を満たすものと考えられます)



・これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合


⇒緊急避難は、無関係な第三者の正当な法益(これによって生じた害)を侵害することになるので、厳格な「法益の均衡」が要求されている。(これによって生じた害⇒飼い犬の重傷<避けようとした害⇒岩石直撃による広志の死亡、なので条件を満たしていると考えられます)




このように緊急避難に該当すれば、その行為(広志の犬を蹴っ飛ばし重傷を負わせる行為)は、「違法性を阻却」され(判例・通説)、犯罪は成立しないこととなります。



よって、広志には、緊急避難行為によって、違法性が阻却される結果、器物損壊罪は成立しないと考えられます。(刑事上の責任は負わない)





【民事上】



広志には刑事上の犯罪が成立しないことにより、国家からの制裁を受けることが無くなったわけですが、これとは別に民事上、つまり、被害者(飼い主)との関係で何か責任を負わなければならないのでしょうか。

この点、民法にはなんと書いてあるのでしょうか?



民法第709条 不法行為による損害賠償
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う



今回のケースは、明らかに広志には犬に重傷を負わせることについての故意はなかったわけですが、過失があったと判断されることはあり得ます。


広志の行為に過失ありとされると、他人の権利、つまり、飼い主の飼い犬に対する所有権を侵害した(法律上、動物は物)結果、損害賠償責任を負わなければならない、となりそうなものです。



しかし、民法には、刑法同様、違法性阻却事由についての規定が存在します。



民法第720条 正当防衛及び緊急避難
1 他人の不法行為に対し、自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をした者は、損害賠償の責任を負わない。ただし、被害者から不法行為をした者に対する損害賠償の請求を妨げない。
2 前項の規定は、他人の物から生じた急迫の危難を避けるためその物を損傷した場合について準用する。



1項が正当防衛について、2項が緊急避難についてです。



第1項の正当防衛が、今回のケースに当てはまるのかどうかについては、まず条文が「他人の不法行為に対し」としているところから、岩石落下は明らかにこれに該当せず、当てはまらないと考えられます。(民法上の正当防衛は、刑法のそれとは異なり、第三者に対する侵害行為でも成立することがあります)



2項の緊急避難についてはどうでしょうか?



・他人の物から生じた急迫の危難


⇒岩石は山の所有者の所有物と考えられます。また、その落下という急迫の危難も存在します。



・その物を損傷した場合


⇒ここで言うその物とは、他人の物、つまり、岩石のことを指すと考えることができます。つまり、岩石を損傷した場合ならともかく、無関係の第三者の法益を侵害することは、民法上の緊急避難の対象外とされているということです。(刑法における緊急避難は第三者に対する法益侵害でも成立しえたことと違いがあります)

ですので、今回のケース、広志が飼い主に損害賠償責任を負うかどうかは、広志に過失ありとされる可能性があること(不法行為成立)、違法性阻却事由として正当防衛も緊急避難も適用にならないということ考えれば、民法第709条の不法行為責任を負うと考えることができるのではないかとい思います。(民事上の責任を負う)具体的には、治療費等の犬が回復するまでにかかった費用を負担しなければならないと考えられます。



広志は、刑罰を科されることはなかったのですが、結局、治療費相当額を飼い主に支払うことで、何とか飼い主の怒りを静めることができました。

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【事例】


雄一と京子は現在、アパートで同棲中。アパート暮らしを始めた頃は景気も良かったのですが、約2年が経過した頃、とある大企業が破たんしたことをきっかけに、大不況が世の中を襲いました。当然、雄一と京子もその影響を受け、雄一の給料は当面は半額カット、京子も高齢ではあるけど、パートとして働きに出なければならない状況となり、家計は徐々に火の車状態となっていったのでした。そこで、京子は、現在住んでいるアパートの家賃が家計にとって大きな負担となっていることから、なんとかして下げることはできないものかと思い、大家さんにその旨交渉しにいったのですが、「契約にない!」と言われて門前払いを受けてしまい、結局今も当初の契約通りの家賃を払い続けています。


このような状況で、法律上、借主である京子と雄一は、契約にないからといって、大家の言い分(反論)を素直に聞き入れ、泣き寝入りするしかないのでしょうか?



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【解説】



果たして雄一と京子は、大家の言うことに何も対抗できず、泣き寝入りをしなければならないのでしょうか?


借地借家法という法律があります。


この法律は、主に「借主の保護」を目的として存在しており、民法の規定を修正する形で、借主のための規定が多く用意されています。


その中の一つに、次のような規定があります。


借地借家法第32条第1項 借賃増減請求権
建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。



この規定は、貸主からの「賃料増額請求権」と借主からの「賃料減額請求権」について定めたものです。

今回の場合は、借主からの賃料減額請求権についての話ですので、この規定によると、


・土地若しくは建物に対する租税その他の負担の減少


・土地若しくは建物の価格の低下その他の経済事情の変動


・近傍同種の建物の借賃に比較して不相当



という事情があれば、当初の契約内容にかかわらず、賃料の減額請求を貸主に対してすることができます。



では、減額請求を受けた貸主は、それに従わなければならないのかと言うと、そんなことはありません。



第3項においては次のような規定がります。


借地借家法第32条第3項
建物の借賃の減額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃の支払を請求することができる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払を受けた額が正当とされた建物の借賃の額を超えるときは、その超過額に年一割の割合による受領の時からの利息を付してこれを返還しなければならない。



まずは、何より当事者同士の協議で決めるのが一番良い方法ではあるのですが、減額請求を受け入れない大家さんも多いのは事実ですので、協議が整わないようであれば、話は裁判所へ移行することとなります。


その場合、まず、


民事調停法第24条の2 地代借賃増減請求事件の調停の前置
借地借家法 (平成三年法律第九十号)第十一条 の地代若しくは土地の借賃の額の増減の請求又は同法第三十二条 の建物の借賃の額の増減の請求に関する事件について訴えを提起しようとする者は、まず調停の申立てをしなければならない。



とあるように、民事調停を申し立て、それでも協議が整わないようなら、次は裁判で決着をつけてもらうという流れになります。(賃料の適正額は、土地・建物の時価や公租公課額、近隣同種の建物の価格等、諸般の事情を総合的に考慮して決められる)



では、裁判中は貸主としては、一体いくらの賃料を請求することができるのでしょうか?



第32条第3項には、「減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃の支払を請求することができる。」とあります。ここで言う「相当と認める額の建物の借賃」とは、貸主が相当と認める賃料、つまり、大抵の場合は、従前の家賃のことを意味しています。


ですので、貸主は、裁判が確定するまでは、今まで通りの家賃を請求することができるし、反対に借主は、今まで通りの家賃を支払わなければならいわけです。しかし、減額を正当する裁判が確定すれば、賃料減額請求をしたときから、払いすぎとなった賃料については、貸主はその超過額に年1割の割合による受領の時からの利息をつけて借主に返還しなければなりません。



そのことを知った京子は、大不況後という経済変動によって著しく建物の価格が下がったこと、近隣同種の建物の家賃は比較的安くなってきていることなどを理由に、この法律の存在とともに、大家に対して、改めて「賃料減額請求」をしに行こうと決めたのでした。


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