『時空のトラベラー計画』で参考図書となっている
ミヒャエル・エンデ作『モモ』。
モモ (岩波少年文庫(127))/岩波書店

読み返してみた。
「岩波少年文庫」になっているけれど、
読んでほしいのは大人だよね。

時間をはかるにはカレンダーや時計がありますが、
はかってみたところであまり意味はありません
というのは、だれでも知っているとおり、その時間に
どんなことがあったかによって、わずか1時間でも
永遠の長さに感じられることもあれば、ほんの一瞬と
思えることもあるからです。
なぜなら、時間とは生きるということ、そのものだからです。
そして、人のいのちは心を住みかとしているからです。

時間ってその人その人に固有のもので、
人にあげることもできなければ、
人からもらうこともできません。

その人の時間は、その人の心のなかにある時にしか
生きていないからです。


物語後半にマイスター・ゼクンドゥス・ミヌティウス・ホラという
時間を司るものが出てきます。
彼は人間にその人に定められた時間を配る係。
つまり、死でもあります。(今日のキーワードでもある
えへへ…

その彼がモモに出すなぞなぞ。

三人の兄弟が一つ家に住んでいる。
ほんとはまるですがたがちがうのに、
三人を見分けようとすると、
それぞれ互いにうりふたつ。
一番上はいまいない、これからやっとあらわれる。
二番目もいないが、こっちはもうでかけたあと。
三番目のちびさんだけがここにいる。
それというのも三番目がここにいないと、
あとの二人はなくなってしまうから。
でもそのだいじな三番目がいられるのは、
一番目の兄弟が二番目に変身してくれるため。
おまえが三番目をよくながめようとしても、
見えるのはいつもほかの兄弟のひとりだけ!
さあ言ってごらん
三人はほんとは一人かな?
それとも二人?
それともーーだれもいない?
三人はいっしょに大きな国をおさめている。
しかも彼らこそその国そのもの!
その点では三人はみなおなじ。



よく「今ここ」って言う。
わたしたち、過去にも未来にもいなくて、
ただ今という瞬間だけを生きているって。

それってアタマでそうだよねって思っても
なんか腑に落ちなかった。

けど、このなぞなぞを聞いて
あぁ、そうか
ひらめきって、なんとなくスッキリした。
(「なんとなく」と「スッキリ」は共生できるのか?
ビミョー


「三番目をよくながめようとしても、
見えるのはいつもほかの兄弟ひとりだけ!」


今を見ようと思っても、思考が捉えられるのは
過去か未来。
でもそれを繋げられるのは今があるから。

わたしたち、普段から過去と未来と今と行ったり来たり、
自在にしてる。
まさに『時空のトラベラー
UFO


マイスター・ホラはこうも言っている。

「もし人間が死とはなにかと知ったら、
 こわいとは思わなくなるだろうにね。
 そして死をおそれないようになれば、
 生きる時間を人間からぬすむようなことは
 だれにもできなくなるはずだ」


マヤの人たちはちゃんと知ってたんだね。

そして、私たちに、それを思い出すよう、
ツォルキン暦を残して行ってくれたんだと思う
アーメン




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