しらけ鳥音頭 小松政夫さん 誕生日 1月10日 | 昭和歌謡ブログ マンボウ 虹色歌模様

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1月10日 コメディアン 小松政夫さん 誕生日

ベンジャミン伊東伊東四郎)との絶妙のコンビでの電線音頭や♪ しーらけ鳥 とーんでゆく 南のそーらへ みじめ みじめ ♪ の小松政夫には、持ちネタが豊富。

マンボウ 時の川は流れる



「どーして どーして おせーて」、「あんたはエライ」、「どうか、ひとつ」、「もーいや こんな生活」・・・。
他人の会話や仕草から頂いたギャグが多いそうです。

博多から俳優を目指して上京、数々の職業を経験し、横浜での自動車販売の時には、なんとトップセールスマンだったそうで、その時に人物観察力を磨いたのかも知れません。

自動車セールスの後、4年間の植木等の付き人修行をし独立。
「シャボン玉ホリデー」でデビュー。
いきなり、「しらない しらない しらない」のギャグをかましています。

マンボウ 時の川は流れる


4年間の修行時代には、植木等は小松に対して、自分を父と思えばいいと、温かく小松に接し、小松がデビューした時には、折にふれ、小松は面白いとスタッフに売り込んだと言います。

植木等のギャグ「およびでない」は、「小松が俺の出番を間違えて本番に出したから、生まれたアドリブなんだ」と触れ回った。
しかし、小松は「それはない、僕を売り出してくれる為の植木さんが作ったエピソード」と語っています。
どちらが真実かはともかく、二人の信頼関係が垣間見える話です。


電線音頭のある「見ごろ 食べごろ 笑いごろ」は、それまで視聴率が悪く、打ち切り寸前であったところを、やけのやんぱちで伊東四郎と二人で、馬鹿騒ぎネタをやった。
その中に電線音頭があり、これが大人気。
あっという間に視聴率がUPし、打切りどころか、大ブームとなったといいます。


小松政夫の淀川長治の物真似は抱腹絶倒

 

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