注意:この記事はとっても内容が暗いです。あまり読むのはおすすめしませんが、久しぶりに自分と向き合い振り返ることで、改めて今の健康へのありがたみに感謝することができました。ココロの整理整頓!
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私の病歴について。

今から14年前の中学2年生の秋に、「冬季うつ病」を発症。

親の転勤により東京から札幌に引っ越した年です。
慣れない転校生活でのストレスも重なった秋に、
日本海側の雪国札幌での、日照時間の短さと寒さが私の身体には合わず発症しました。


それからの学生生活は、
学校に通うどころか、
徐々にうつ病が酷過ぎて、ベッドから起き上がることも出来ず、
「今晩耐えられなかったら明日死のう」と地獄のような生活になってゆきました。


自殺は数え切れないほど毎日考え続けました。
死んだ方がずっとずっと楽なくらい、息をするのも辛い日々がたくさんありました。

「冬季うつ病」とは季節性情動障害なのですが、
10月から3月の間が特に酷く、春から夏になると回復することを繰り返す病気でした。


けれど年々病状は悪化してゆき、
今でも辛過ぎて普段思い出せないように、
ちゃんと記憶に蓋がのせてあるくらい。

無理やり引っ張り出したその当時の景色には、
未だに辛過ぎて目を背けたくなるものがあります。


ベッドから動けず、毎日見つめていた自室の白い天井。
鉄格子のように感じていた1枚の窓枠と、そこから1日中眺めていた札幌の灰色の空。

言葉にならなくて、泣き叫び続けた17歳。
余りの辛さに耐えられなくて、人格が乖離して2つの人格に引き裂かれていった18歳。


1日中ベッドにいて眠れる訳がなく、
強い睡眠薬で幻覚を見ながら無理矢理眠りに落ち、
精神科で処方される薬を溜め込んで一気にお酒と飲んで現実逃避したり、

自分で自分の手首や足首を何度も何度も切り刻んだり、
ストレスで身体中を引っ掻き回さずにはいられなかった。

頭を掻きむしって叫び声をあげても楽にはらなない。
苦痛という大きなとげが身体に突き刺さっていて、
身動きがとれないまま痛みに耐える日々。

常に発狂しそうで、助けて欲しくて助けて欲しくて、苦痛でずっと顔が歪んでいました。

ココロもカラダもバラバラに引き裂かれて
泣いて泣いて泣いて、悲しくて寂しくて辛くてどうしようもなかった。


ベッドにうつ伏して、身体を丸めて、ずっとずっと泣いていた。
生きていてごめんなさい。
罪深くてこんなに汚い人間でごめんなさい。
毎日毎日自分を責め続けて、苦しかった。
消えてしまいたくて、居なくなりたくて、でも死ねなくて。

学校にも行けず、ただ家族のお荷物で悲しませることしか出来ず、
生きる価値も目的も感じられる訳が無く、
ただ「楽になりたい」「死んで楽になりたい」

「普通の高校生になりたかった」
これが私の13歳から18歳の5年間でした。
高校は3校転校し、通信制で4年かけて卒業しました。


こんな風に書くと、
どうしてそんなに辛かったのか?
どうして高校生の女の子がそんなに重いうつ病になってしまうのか?
疑問に思われるかもしれません。


確かにこれほどまでに私を追いつめた大きな原因は、
札幌の日照時間の短さや寒さだけでなく、別にあるのですが、
とてもブログには書けないお話で省略します。
(ただ、その大きな原因と決別して8年も経つのに、
今でも乗り越えるのに時間を必要としています。)

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そう、
人って生きていると、たくさんたくさん辛いこと、
自分の力ではどうにもできないこと、
運の悪かったこと、
たっくさんありますよね。
思い出すと今でも涙が出るような、身の引き裂かれる想い。

抱えていて当然なんですよね。

けれど、きっと全てに意味があるのだと思います。
辛くて辛くてどうしようもなかったけど、
あの地獄の高校生活を無駄にさせないで、
これから出会う誰かの何かの役に立てるような、
そんな生き方をしていけたらと思っています。