全般性不安障害と向精神薬 | kyupinの日記 気が向けば更新

全般性不安障害と向精神薬

双極性障害のうつ状態を治療する際に、ラミクタールはうつ状態はともかく、不安感には効果が乏しいと感じることがある。

今回は種々の向精神薬と不安感についての考察である。思いつくまま書いていくので、ややまとまりを欠くかもしれない。

元々、アメリカでさえラミクタールはてんかんと双極性障害にしか適応がない。少なくとも不安障害に対し有効性の記載がない。しかし、上記2疾患以外にも試みる価値がある疾患群もある。例えば「疼痛性障害」である。ただしラミクタールの疼痛への効果は、日常臨床ではさほど効果がないと思うことの方が多い。他の疼痛専門の薬物の方が遥かに効果が高い。

高齢者のうつ状態では、極めて不安が強く心気的な患者さんが少なくとも若い人より頻度が高い。例えば、過去ログでは、

一般に老年期のうつ病は、消化管にまつわる荒唐無稽と思えるほどの心気妄想が出現することがある。例えば執拗な入れ歯の不具合、痛みの訴えや、平凡な胃痛や腹部周辺の疼痛、あるいは肛門の訴えのこともある。

といった記載もある。ある高齢の女性患者さんは、

不安が多いと、ボケにくいのではないかといつも考えています。

と言った。これは名言だと思うが、その理由はいくつかある。1つは、うつ病なのに微小妄想的ではないこと。つまりうつ病らしくない強気な発言である。また一応、根拠があること。いろいろと気を遣っていると、そうでないよりボケにくいという一般的な考え方がある。それと、高齢者でこう言い放つだけで名言である。

老年期のうつ病でこのように言える人は、少なくとも真のうつ病っぽくない。むしろ双極性障害か不安障害のうつ状態の表現型かもしれないと思う。

実のところ、高齢者のうつ病は認知症に少なくとも健康な人よりはなりやすいといわれているが、これは活動性が極めて低下することも関係がありそうである。ただし、上記のような活動性が保たれており、不安が強いタイプの人がそうなのかはわからない。

全般性不安障害という疾患があるが、これはGAD(Generalized Anxiety Disorder)と呼ばれる。1980年、DSM-Ⅲでは、不安神経症とされていた疾患群を亜型分類している。この際、全般性不安障害は、ゴミ溜めのような扱いしかされていなかった。他の疾患基準に合致しない患者のための残遺診断基準だったからである。DSM-Ⅲ-R以降、全般性不安障害は独立した診断基準に昇格している。

DSM-Ⅳでは全般性不安障害は、さまざまな身体症状を随伴する過剰で広範な憂慮と定義されている。また、その憂慮が、患者の社会的、職業的機能における障害や著明な困難の原因になっている。

全般性不安障害の1年有病率は、3~8%程度。全般性不安障害は最も他の不安障害や気分障害を合併しやすい精神障害とされている。普通、全般性不安障害は初発年齢がよくわからない。患者さんはよく「思い出す範囲ではいつも不安だった」などと言うからである。普通、男女比は1:2で女性に多い。また、全患者の3分の1しか精神科を受診しない。たいていの人は身体科の専門医療機関で、身体面の不調の治療を求めている。

全般性不安障害は精神療法も行われるが、ここでは、薬物治療について主に紹介する。全般性不安障害には、主に、SSRI、3環系抗うつ剤、ベンゾジアゼピン、ブスピロン、リリカなどの抗てんかん薬などが用いられる。海外ではMAO阻害薬も選択肢に挙がっている。

ブスピロンは、1986年、全般性不安障害に適応が認められた史上初の非鎮静系の薬物である。ところが、当時ベンゾジアゼピンを処方されている患者は、容易にはブスピロンに乗り換えることはなかった。ブスピロンは依存や乱用のリスクがないのに、飲み心地の違いが大きかったためであろう(本邦ではブスピロンは未発売。類似薬としてセディールがある)。

まもなく1988年プロザックが発売。SSRIの方が、全般性不安障害に合併するうつ状態などへの効果が期待できるため、プロザックの方が好まれ、ブスピロンが広く普及することはなかったのである。

全般性不安障害と治療薬

SSRI 
全般効果 ++
忍容性  +
重大なリスク -
効果発現の早さ +
併存するうつ、不安への効果 +

ベンゾジアゼピン
全般効果 +
忍容性  +
重大なリスク -
効果発現の早さ ++
併存するうつ、不安への効果 -

MAOI
全般効果 ++
忍容性  -
重大なリスク ++
効果発現の早さ +
併存するうつ、不安への効果 +

RMAOI
全般効果 ±
忍容性  +
重大なリスク ±
効果発現の早さ +
併存するうつ、不安への効果 +

βブロッカー(インデラルなど)
全般効果 -
忍容性  +
重大なリスク -
効果発現の早さ -
併存するうつ、不安への効果 -

(Davidson JRT:J Clin Psychiatry 59(suppl 17):47-51,1998)

ここで挙がっているMAOIとRMAOIだが、少しだけ解説。モノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)は、元々、抗結核薬として開発されたヒドラジン誘導体が気分の改善をもたらしたことに由来する。その発見により、MAOIには抗うつ作用を持つことがわかったものの、その後SSRIの普及や、MAOIには厳格な食事療法が必要なことなどから、第一選択薬として処方されることはなかった。今もなお、処方には制限を受けている。

MAOIが、その強力な抗うつ作用を持ちながら制限されるのは、服用中にチラミンを摂取すると、致死的な高血圧危機が生じるためである。このチラミンは、例えばチーズ、ソーセージ、アルコール飲料、肉や魚の燻製、ホルモン、レバー、バナナやアボガドなどあらゆる食物に入っていると言って良い。特にイタリアやドイツ料理はかなり危険である。また悪いことに、あらゆる食料は古くなると、チラミンが増える傾向があること。つまり、個人で食事療法をしながら、MAOIを服用することなど無理な話である。

MAOIは、また併用禁忌の薬物もかなりある。例えば、喘息治療薬、降圧剤、ブスピロン、レボドパ、感冒、アレルギーの治療薬、SSRI、ベンラファキシンなどのSNRI、アナフラニールなどの3環系抗うつ剤、交感神経作動薬(リタリン、ドパミン、アドレナリンなど)などが挙げられる。

MAOIは、うつ病の治療に用いられるが、代表的MAOIフェネルジンは、気分の反応性、対人関係の喪失や拒絶に対する極端な過敏さ、著明な無気力、過食、過眠など非定型うつ病の患者において、3環系抗うつ剤よりも有効であるという報告がある。また、MAOIは双極性のうつ病に対し、3環系抗うつ剤よりも有効というエビデンスもある。

また、MAOIは第一選択薬ではないものの、治療が困難な際に、パニック障害、社会恐怖、過食症、外傷後ストレス障害、血管痛、非定型顔面痛、偏頭痛、ADHD、突発性起立性低血圧、外傷性脳損傷によるうつ状態に対し、処方されることがある。

可逆性MAOI(RIMA)は厳格な食事療法の必要がないが、上記の一覧表を見るとわかるが、安全性が高い分、効果も弱い。

全般性不安障害はまず、SSRIか高力価ベンゾジアゼピンへ治療を開始するように推奨されているが、SSRIは特に治療開始時に、うつ状態、強迫性障害、物質依存並存するケースに推奨される。その理由だが、ベンゾジアゼピンは上記の併存障害に効果がないか乏しいからである。この2つ以外に、認知行動療法はいつ始めても効果的と言われている。このいずれかの薬剤で無効だった場合、この2剤の併用を行う。

アルゴリズム的には、SSRIの代替薬物として、

ガバペン
βブロッカー
ブスピロン
カタプレス
ブプロピオン
ネファゾドン
ベンラファキン(SNRI)
ビ・シフロール


などを挙げているが、これ以外に、サインバルタ、アナフラニールなどの3環系抗うつ剤、リフレックス、リリカ、加味逍遥散、バッチフラワー(レスキューレメディ)なども推奨できる。また、個人的に、不安感にはブプロピオンは効果が乏しいと思う。(むしろ悪化させる傾向がある)。

ここでは、ガバペンは抗てんかん薬である。(リリカも海外では抗てんかん薬の効能を持つ)。

最初の話に戻るが、ラミクタールは直接には不安にさほど効果がないが、何らかの気分安定化作用を通じて、間接的に不安を改善することは見られる。(このブログ的には、神経症は器質性疾患である。)

つまり、例えば自閉性スペクトラムなどの患者では、時に「さまざまな身体症状を随伴する過剰で広範な憂慮」が見られ、それが外科的手術の決断の要因になる。その結果、かえって病状が悪化し、また疼痛性障害を引き起こすこともある。

このような漠然とした不安感にはラミクタールは有効なことがある。つまり、気分安定化薬と言うより、むしろ抗てんかん薬的な効果が主体で、その結果、二次的に不安感を緩和する。

一方、老人の頑固な心気症を伴う不安にはあまり効果がみられない。これは、不安感への治療パワーの相違のような気がする。

個人的な印象だが、本邦で発売されているSSRIのうち、最も不安に効果的なのはレクサプロである。ピュアなSSRIは不安に非常に効く印象がある。