輪番で来院する患者
夜間の精神科患者の診察は、いくらか各都道府県で異なるが、輪番制度を採用している県が多い。これは、各病院で夜間精神科の救急患者を持ち回りで診る制度である。
だから、一般にいかなる精神科病院であっても、夜間に電話をすれば今日はどの病院にかかれば良いか教えてくれることが多い。(輪番病院を教えてくれるという意味)
精神科輪番とは別に、「精神科情報センター」と言う24時間通じる電話窓口があり、ここで聞いても教えてくれる。ただし精神科情報センターは設置されていない県もある。精神科情報センターでは、精神保健福祉士や精神科に勤務する看護師などが対応する。
輪番では、非常に悪化している時は入院治療も受け入れられるように準備しているため、普通、精神科ないし心療内科クリニックはこの制度に入っていない。主に単科の民間の精神病院が携わるが、国立や県立、あるいは総合病院内の精神科も加わっている。
精神科の輪番は普通の日の夜間だけでなく、土日、祝日の昼間も含まれている。輪番は夜間だけではないのである。しかし、単科精神病院に日頃かかっている人は、もちろんかかりつけの病院を優先すべきである。そうもいかない場合は輪番病院に行くしかない。精神科病院の夜間は精神科医が当直しているとは限らないからである。
輪番は患者さんの電話相談だけで終わることもある。例えば「これこれの頓服の薬を貰っているが、2回続けて飲んでも大丈夫か?」といった内容である。このような時は電話だけで終わることも多い。電話だけだと、たいていの場合、無料ではないかと思う。名前すら名乗らない人がいるからである。(厳密には医療行為なので料金が発生するが、この程度では取られないのが普通)
夜間の輪番では病院の事務の人がいないため医療費が計算できない。だから、とりあえず5000円くらい貰っておく(この目安は県によって異なると思われる)。5000円では多すぎる場合、もちろん還付される。輪番で診る人は普通は新患なので初診料は取られる。つまり、精神科輪番は慈善事業ではなく医療費が発生する。慈善事業の要素があるだけである。
一般に、精神科救急は医療費が結果的に取れないケースが相対的に増える。これは、路上で酔っ払って行き倒れになっている人も受診することがあるから。国民保険もお金も住所もない人はどうしようもない。その分、精神科救急は医療費が高いのであろう。
この輪番日に一定額を支払う制度は、精神科に限らず、他科の当番病院でも同様なようである。10年位前、うちの嫁さんの目にゴミが入り、深夜に当番病院に連れて行き診察を受けた。その眼科医から医療費が計算できないと言われ、規定の5000円ほど置いて帰り、後日、清算したことがある。眼科などは1回で終わる上、そう近くもない病院に、後日しかも平日に行かねばならないのは結構大変である。
患者さんの来院の仕方もさまざまで、救急車で運ばれてくる人と、家族が同伴し車で来院するケースなどがあるが、たまに1人で来院する人もいる。
救急車で来院しない場合、車にナビシステムがあるととても便利である。その理由は、夜間は暗いので看板や案内が良く見えない上、輪番では他の市から車で30分以上かけて来る人もいるから。土地勘のない場所であり、こちらも病院の場所の説明が難しい。
救急車の場合、救急隊員から輪番病院に電話があり、どのような病態なのか説明がある。その理由だが、輪番病院に搬送するのは不適切なケースもあるからである。例えば大量服薬による昏睡状態で、いかなる薬を飲んでいるか、総服用量も不明な時など。
このような人は一般の救急外来に搬送した方が遥かに適切な対応が出来る。自殺企図とは言え、大量服薬の直後の昏睡は精神科では対処ができないタイプの病態だと思う。単科精神病院では、特に夜間だと、医療設備やマンパワーの少なさなど多くの点で対処できない。
精神科医個人から言えば、輪番の日は1ヶ月に1回くらいなので特にどうということはないが、できれば大変でない方が良い(←当たり前)。というのは、翌日も仕事があることが多いから。
ある日、僕は輪番に当たっていた。自分がその日に輪番かどうかは2ヶ月くらい前には既にわかっている。
今日は満月か・・
と、ひょっとしたら大変なことにならないか不安を感じたのである。月の満ち欠けは精神に影響を与えることが知られており、実際に交通事故や犯罪の発生率の調査もある。
その満月の日、深夜12時くらいまでは何もなかった。病院の廊下から見事な満月が見えた。満月の日は空がいくらか明るい。「満月はマイナス12.7等星の明るさなので当たり前か・・」などと思っていた。ところが、その12時から立て続けに患者さんが来院し、なんとそのうち2名が入院になったのである。
今日は厄日だ・・
と思った。精神科輪番では、全く患者さんが来ない日もある。ある日などは、夜10時までに立て続けに3名来て、その後、朝まで来ないという日もあった。朝が近づくと、あまり患者さんが来ないのが普通である。
輪番患者さんを診て思うのは、患者さんはなぜその薬を服用しているか、意外に主治医から説明を受けていないこと。入院していた方が本人も家族もまだ楽だろうと思われる病状が悪い人もいる。輪番で来るような人は、何らかの精神医療を受けている人が多い。つまり他院の患者さんが大半である。
輪番患者には、常連の人もおり、パッと見て、
貴方とは、また相見えましたね・・
といった風になったりする。(本人にそう言うわけではないが・・)
そのような人は、あちこちウロウロしないで、できれば決まった病院でしっかり入院治療してほしい。入院治療をすれば、救急隊員と輪番病院の医師の仕事がかなり減るからである。ところが、そういう人は、いくつかの病院で出入り禁止になっており、どこの病院でも治療が続いていないのである。
ある日曜日の夜、自宅に知り合いの精神科医から電話がかかってきた。その常連の人が輪番で今、かかっていると言うのである。うちの病院にかかったことがあると本人が言うため、どのような人なのか尋ねられた。
自分はかかりつけ医ではないが、何度か輪番で診ているため、出来る範囲で情報提供した。自宅にはカルテはないが、輪番でカルテに書いている内容程度なら簡単に記憶している。つまりそれほどのインパクトのある患者であった。
その時、彼女が未だに同じような生活になっていることに怒りの感情が湧いたため、その精神科医にうちに入院するように勧めてほしいと伝えた。あの患者は、なんとか薬を変更なり、整理しないとどうにもならないと思ったからである。
結局、紆余曲折の後、入院になった。彼女は抗精神病薬だけでも、ジプレキサ20mg、リスパダール4mg、ロドピン100mgと結構入っており、しかも副作用も出ていた。しかも幻聴も断続的にみられ落ちついてはいないのである。先日アップした人も同様だが、薬と病状が噛み合っていないタイプである。
現在、プロピタン100mgとセロクエル100mgしか抗精神病薬は使っていない(厳密にはベゲタミンAを1錠だけ使っているのでコントミンが僅かに加わる)。
彼女にはラミクタールを50mg程度使っているのがポイントである。トピナにするか相当に迷ったが、最初はラミクタールを選び、劇的とはいえないが穏和に好影響を与えていた。ラミクタールかトピナか迷った場合、ラミクタールを優先するが、稀にトピナから始めることもある。この2剤の併用は滅多にしない。
彼女は今回の処方変更で12年間続いた幻聴が完全に遮断できた。彼女はまだ20代なのである。
またアカシジアが消失したという。初診時、ジプレキサは最高量使われていたが、リスパダールは4mgしか使われていなかったため、トロペロンを連日絨毯爆撃のように筋注して完全に中止した。あれはリスパダールが12mgではなく4mgだったためできたことである。(参考)
あの時、リスパダールコンスタから始めて減量する手法も考慮したが、それだと入院期間が長くなるため、入院が続かなかった時、非常に中途半端になる。そこで流涎が酷くはなるが、連日トロペロンを筋注する方法を採用した。初診時から流涎は結構あったので、それが一次的に更に多くなるのは、ホメオスタシスの点でそれほど大変なことではない。
むしろ急激に減量する方が遥かに危険である(←重要)。
抗精神病薬大量処方の減量には、何らかのバランスを取りながら進めることが肝要で、上のような感覚のない内科医など、精神科医以外では円滑に行うのは難しいと思う。
彼女は入院時からかなり病状が悪かったこともあり、病棟婦長はむしろ、何らかの事件で退院してほしいと思っていたようである。しかし、婦長も含め、主任クラス、経験の長い看護師さんたちの意見は一致していた。それは、
彼女は見込みがある。
と言ったものである。彼女は根は素直なのだろう。診察時のこちらの指示に従うのである。ただし、悪くなると、
out of controlになるだけである。
彼女は拒薬は全くなかった。注射も嫌がらず、説明もしっかり聞いていた。良くなるかどうかは、最初の時点で、比較的わかるものである。
真に見込みなしと思えるなら、あちこちの病院を出入り禁止になるような人を、元々自分の患者でもないのに、わざわざ引き受けない。その大きな理由は、自分以上に勤務する看護師さんが大変な目に遭うからである。つまり、
処遇困難な精神科患者は、真に処遇困難な人と、そうでない人がいる。
友人にうちの病院に入院を勧めてほしいと言った時点で、この流れになるようになっていたような気がする。
精神疾患は、なるようにしかならない。
参考
統合失調症の人のラミクタールの意味
だから、一般にいかなる精神科病院であっても、夜間に電話をすれば今日はどの病院にかかれば良いか教えてくれることが多い。(輪番病院を教えてくれるという意味)
精神科輪番とは別に、「精神科情報センター」と言う24時間通じる電話窓口があり、ここで聞いても教えてくれる。ただし精神科情報センターは設置されていない県もある。精神科情報センターでは、精神保健福祉士や精神科に勤務する看護師などが対応する。
輪番では、非常に悪化している時は入院治療も受け入れられるように準備しているため、普通、精神科ないし心療内科クリニックはこの制度に入っていない。主に単科の民間の精神病院が携わるが、国立や県立、あるいは総合病院内の精神科も加わっている。
精神科の輪番は普通の日の夜間だけでなく、土日、祝日の昼間も含まれている。輪番は夜間だけではないのである。しかし、単科精神病院に日頃かかっている人は、もちろんかかりつけの病院を優先すべきである。そうもいかない場合は輪番病院に行くしかない。精神科病院の夜間は精神科医が当直しているとは限らないからである。
輪番は患者さんの電話相談だけで終わることもある。例えば「これこれの頓服の薬を貰っているが、2回続けて飲んでも大丈夫か?」といった内容である。このような時は電話だけで終わることも多い。電話だけだと、たいていの場合、無料ではないかと思う。名前すら名乗らない人がいるからである。(厳密には医療行為なので料金が発生するが、この程度では取られないのが普通)
夜間の輪番では病院の事務の人がいないため医療費が計算できない。だから、とりあえず5000円くらい貰っておく(この目安は県によって異なると思われる)。5000円では多すぎる場合、もちろん還付される。輪番で診る人は普通は新患なので初診料は取られる。つまり、精神科輪番は慈善事業ではなく医療費が発生する。慈善事業の要素があるだけである。
一般に、精神科救急は医療費が結果的に取れないケースが相対的に増える。これは、路上で酔っ払って行き倒れになっている人も受診することがあるから。国民保険もお金も住所もない人はどうしようもない。その分、精神科救急は医療費が高いのであろう。
この輪番日に一定額を支払う制度は、精神科に限らず、他科の当番病院でも同様なようである。10年位前、うちの嫁さんの目にゴミが入り、深夜に当番病院に連れて行き診察を受けた。その眼科医から医療費が計算できないと言われ、規定の5000円ほど置いて帰り、後日、清算したことがある。眼科などは1回で終わる上、そう近くもない病院に、後日しかも平日に行かねばならないのは結構大変である。
患者さんの来院の仕方もさまざまで、救急車で運ばれてくる人と、家族が同伴し車で来院するケースなどがあるが、たまに1人で来院する人もいる。
救急車で来院しない場合、車にナビシステムがあるととても便利である。その理由は、夜間は暗いので看板や案内が良く見えない上、輪番では他の市から車で30分以上かけて来る人もいるから。土地勘のない場所であり、こちらも病院の場所の説明が難しい。
救急車の場合、救急隊員から輪番病院に電話があり、どのような病態なのか説明がある。その理由だが、輪番病院に搬送するのは不適切なケースもあるからである。例えば大量服薬による昏睡状態で、いかなる薬を飲んでいるか、総服用量も不明な時など。
このような人は一般の救急外来に搬送した方が遥かに適切な対応が出来る。自殺企図とは言え、大量服薬の直後の昏睡は精神科では対処ができないタイプの病態だと思う。単科精神病院では、特に夜間だと、医療設備やマンパワーの少なさなど多くの点で対処できない。
精神科医個人から言えば、輪番の日は1ヶ月に1回くらいなので特にどうということはないが、できれば大変でない方が良い(←当たり前)。というのは、翌日も仕事があることが多いから。
ある日、僕は輪番に当たっていた。自分がその日に輪番かどうかは2ヶ月くらい前には既にわかっている。
今日は満月か・・
と、ひょっとしたら大変なことにならないか不安を感じたのである。月の満ち欠けは精神に影響を与えることが知られており、実際に交通事故や犯罪の発生率の調査もある。
その満月の日、深夜12時くらいまでは何もなかった。病院の廊下から見事な満月が見えた。満月の日は空がいくらか明るい。「満月はマイナス12.7等星の明るさなので当たり前か・・」などと思っていた。ところが、その12時から立て続けに患者さんが来院し、なんとそのうち2名が入院になったのである。
今日は厄日だ・・
と思った。精神科輪番では、全く患者さんが来ない日もある。ある日などは、夜10時までに立て続けに3名来て、その後、朝まで来ないという日もあった。朝が近づくと、あまり患者さんが来ないのが普通である。
輪番患者さんを診て思うのは、患者さんはなぜその薬を服用しているか、意外に主治医から説明を受けていないこと。入院していた方が本人も家族もまだ楽だろうと思われる病状が悪い人もいる。輪番で来るような人は、何らかの精神医療を受けている人が多い。つまり他院の患者さんが大半である。
輪番患者には、常連の人もおり、パッと見て、
貴方とは、また相見えましたね・・
といった風になったりする。(本人にそう言うわけではないが・・)
そのような人は、あちこちウロウロしないで、できれば決まった病院でしっかり入院治療してほしい。入院治療をすれば、救急隊員と輪番病院の医師の仕事がかなり減るからである。ところが、そういう人は、いくつかの病院で出入り禁止になっており、どこの病院でも治療が続いていないのである。
ある日曜日の夜、自宅に知り合いの精神科医から電話がかかってきた。その常連の人が輪番で今、かかっていると言うのである。うちの病院にかかったことがあると本人が言うため、どのような人なのか尋ねられた。
自分はかかりつけ医ではないが、何度か輪番で診ているため、出来る範囲で情報提供した。自宅にはカルテはないが、輪番でカルテに書いている内容程度なら簡単に記憶している。つまりそれほどのインパクトのある患者であった。
その時、彼女が未だに同じような生活になっていることに怒りの感情が湧いたため、その精神科医にうちに入院するように勧めてほしいと伝えた。あの患者は、なんとか薬を変更なり、整理しないとどうにもならないと思ったからである。
結局、紆余曲折の後、入院になった。彼女は抗精神病薬だけでも、ジプレキサ20mg、リスパダール4mg、ロドピン100mgと結構入っており、しかも副作用も出ていた。しかも幻聴も断続的にみられ落ちついてはいないのである。先日アップした人も同様だが、薬と病状が噛み合っていないタイプである。
現在、プロピタン100mgとセロクエル100mgしか抗精神病薬は使っていない(厳密にはベゲタミンAを1錠だけ使っているのでコントミンが僅かに加わる)。
彼女にはラミクタールを50mg程度使っているのがポイントである。トピナにするか相当に迷ったが、最初はラミクタールを選び、劇的とはいえないが穏和に好影響を与えていた。ラミクタールかトピナか迷った場合、ラミクタールを優先するが、稀にトピナから始めることもある。この2剤の併用は滅多にしない。
彼女は今回の処方変更で12年間続いた幻聴が完全に遮断できた。彼女はまだ20代なのである。
またアカシジアが消失したという。初診時、ジプレキサは最高量使われていたが、リスパダールは4mgしか使われていなかったため、トロペロンを連日絨毯爆撃のように筋注して完全に中止した。あれはリスパダールが12mgではなく4mgだったためできたことである。(参考)
あの時、リスパダールコンスタから始めて減量する手法も考慮したが、それだと入院期間が長くなるため、入院が続かなかった時、非常に中途半端になる。そこで流涎が酷くはなるが、連日トロペロンを筋注する方法を採用した。初診時から流涎は結構あったので、それが一次的に更に多くなるのは、ホメオスタシスの点でそれほど大変なことではない。
むしろ急激に減量する方が遥かに危険である(←重要)。
抗精神病薬大量処方の減量には、何らかのバランスを取りながら進めることが肝要で、上のような感覚のない内科医など、精神科医以外では円滑に行うのは難しいと思う。
彼女は入院時からかなり病状が悪かったこともあり、病棟婦長はむしろ、何らかの事件で退院してほしいと思っていたようである。しかし、婦長も含め、主任クラス、経験の長い看護師さんたちの意見は一致していた。それは、
彼女は見込みがある。
と言ったものである。彼女は根は素直なのだろう。診察時のこちらの指示に従うのである。ただし、悪くなると、
out of controlになるだけである。
彼女は拒薬は全くなかった。注射も嫌がらず、説明もしっかり聞いていた。良くなるかどうかは、最初の時点で、比較的わかるものである。
真に見込みなしと思えるなら、あちこちの病院を出入り禁止になるような人を、元々自分の患者でもないのに、わざわざ引き受けない。その大きな理由は、自分以上に勤務する看護師さんが大変な目に遭うからである。つまり、
処遇困難な精神科患者は、真に処遇困難な人と、そうでない人がいる。
友人にうちの病院に入院を勧めてほしいと言った時点で、この流れになるようになっていたような気がする。
精神疾患は、なるようにしかならない。
参考
統合失調症の人のラミクタールの意味