奇跡があるように言ってはいけない | kyupinの日記 気が向けば更新

奇跡があるように言ってはいけない

外科や神経内科のリエゾンの時に、病棟の婦長さんから、この人はもう良くならないので、本人に「奇跡があるように言ってはいけない」と言われることがある。妙な期待を持たせて、先で酷く落胆しかねないからである。

カルテを見ると、「確かに・・」と思うことが多いが、僕たち精神科医はそのような専門のことに触れないわけで、そこに踏み入ることは元々ない。まして、僕のようなタイプの場合は。

特に総合病院の場合、患者さんによればうつ状態というより疼痛で苦しんでいることがある。これは由来がなんであれ、抗うつ剤で軽減することが多い。この薬を誤っていることがあり(特に量を誤っている)、この調整でかなり痛みが軽減したりする。

そういえばもう20年くらい前だが、テレビを観ていたら、バイク事故による脊損で、下半身が全然動かない若者が紹介されていた。彼が話していたのだが、ある日、病室で寝ていると、整形外科のドクターが部屋に入っていて、

君、もうわかっとると思うけど、もう足は動かんわけだから、車椅子でうまく生活できるようにリハビリをがんばらんと。

と、とても軽いノリで関西弁で言われたという。この時、彼は、

そうか、もう僕は歩けないんだ。
取り返しがつかないことになってしまった・・


とショックを受けたが、あの軽いノリのために少しは救われたようなことも言っていた。もし深刻な感じで同じように言われたら、自分は泣き叫んでいたかも、と言う。

正直言って、あの整形外科の人の患者さんへの言葉はデリカシーがないが、ベストとは言わないまでも、その患者さんにはそこまで悪い印象ではなかった。人間の会話のアヤみたいなものはとても興味深い。(説明の仕方は難しい)

あくまで結果的にだが、「もう起こってしまったことはもうどうしようもない」ことが少しクッションを入れて伝えられた、ということになるのかもしれない。

スーパーマンの俳優(クリストファー・リーブ)は落馬事故で首から下が全然動かなくなると言う重傷を負った。外電では、一時最新の神経再生の治療を受けていたと言われる。このように癌でなくても重い疾患はたくさんある。

僕は彼のような重傷患者さんを何度かリエゾンで診た事があるが、たいていうつ状態になっていることが多い。これは、うつ状態になるような原因が明確なので、良くなりそうもないように思うだろうが、そうでもないのである。

僕は、最初にそのクリストファー・リーブのような患者さんを見た時、この人に限れば、部分的には奇跡が起こりうるような気がした。なぜなら、非常に制限されているが、両手は微かに動かせるように言っていたからだ。

僕はその病棟の婦長さんや看護師さんに、あの人は上肢に限ればリハビリ次第でもう少し機能回復するかもしれないですね?なんて言ったら、そういうことを決して本人には絶対言わないでほしいと釘を刺されたのである。

ただ、彼の大きな問題は精神症状と疼痛であった。彼は怪我が大きすぎて絶望感が酷かったのである。しかも酷い疼痛である。どこかに逃げようにも逃げられないし、そう思っても自殺すら容易でない。

僕が彼を見た時、たいした精神科治療はなされていなかった。眠剤とデプロメール程度である。デプロメールは疼痛は多少抑えそうであるが、あの絶望感とうつ状態には非力であるし、増量したら増量したでかえって希死念慮が悪化するように思った。

僕はそこでいったんデプロメールを中止し、ルジオミールで治療することにした。本当はトフラニールでも良さそうであるが、このように寝たきりの人ではルジオミールの方が副作用が少なく忍容性が高いので、結果的に多い量を使えてうまくいきそうに思ったのである(たまたま、その病院の薬局にあったのもある)。

少し落ち着いたら、またデプロメールを追加することにした。彼にとってデプロメールは少なくともルジオミールよりは疼痛に効きそうな気がしたからである。

しばらく治療して、リハビリのドクターとこの患者さんについて話し合う機会があった。そのドクターによれば、彼は思っていたよりずっと良くなっていると言う。特に痛みが全く消え、リハビリも以前より色々な事ができるようになったらしい。リハビリに対し無気力さが減少したと言う。以前は、絶望感と投げやりな感情のためにリハビリどころではなかった。

彼の今の薬は、ルジオミール、デプロメール、リボトリールの3者併用療法?である。(他、眠剤、下剤など)

今は、彼は自分の手を使って食事を摂っている。

参考
友、遠方より来るあり(続き)