精神科は本が捨てられないこと | kyupinの日記 気が向けば更新

精神科は本が捨てられないこと

精神科は他科に比べ本が捨てにくいと言われる。内科や外科は考え方が古くなり、やがて間違いだらけになったりするため、何年かすると専門書も捨てることができると言われていた。

ところが、精神科の場合、医学の進歩についてもそこまでのスピードがないし、間違いは間違いであっても、それに価値があったりすることもあるので、本が思うように捨てられないのである。

僕がまだ24歳くらいのことだが、当直である病院に行ったところ、僕がまだ生まれる前の精神科雑誌が本棚にあった。特集は「強迫神経症」だった。それをぺらぺらめくってみると、けっこう面白い内容だった記憶がある。ただ、細かいことまでは憶えていない。

卒業して何年かは、学生時代の臨床の本(内科、小児科、外科など)を転勤先まで引越しの度に運んだ。しかしある時、何故このように滅多に見ない本を重いのに持ち運ばないといけないのだろう?と疑問に感じ、必要ないと思われる本を子供会の廃品回収に出してしまった。

「物が捨てられない」という症状も、立派な精神症状なのである。

一大決心をして捨てる際に、いったいいくらくらいしたものだろうかと定価の総和を計算したら300万くらいだった。300万に驚く人もいるだろうが、僕の友人でこの額が1000万だった人もいるので、300万くらいはたいしたことはない。この捨てた本には精神科のものはほとんどなかったのである。後で必要なものはまた買い直したものもある。それにしても、全く無駄以外の何ものでもなかった。なぜなら、そこまでは利用していないからだ。

僕は、「精神科治療学」という非常にプラクティカルな雑誌を1985年頃の創刊号からすべて揃えていた。実はほかに「臨床精神医学」、「精神医学」もその時代からずっと欠番なく持っていたのである。ところが、2002年頃、大学生協がルールを変えたために急にその雑誌が送られて来なくなった。2~3年ぼけっとしていたため、その間の雑誌が欠番になっている。ここ2~3年くらいは再開し、現在少なくとも精神科治療学ともう1誌は確保している。

こういう精神科雑誌が捨てられないのである。まさに専門書の無間地獄にはまっていると言える。今は病院の医局に置いているので、自分の家が地獄になっていないだけマシだ。検索しやすいように、1年経ったら1年分の本のDVDを出版社がくれてもバチは当らないと思う。それくらい今までに収益に貢献している。

問題は専門書ではない精神科、心理関係の書物。これが半端ではなく多いのである。これは他の科とかなり違うところだ。こういう本を買い始めると、収拾がつかなるうえ、本棚も窮地に陥れるので僕はできるだけ買わない。

書店に行ってみるとわかるが、精神科の一般向け、あるいはセミプロ向けの書物はあまりにも多すぎる。あれは玉石混交であるが、実際は石ころが大半であるのが実情だ。

特に一般向けのどちらかというと主流ではない治療法や精神科関係の本。これらのために僕たち臨床家は実害を蒙っている。あたかもその治療法ですぐに良くなるとか、そういう診断がたくさん存在しているように一般の人が錯覚するからだ。

医師がそういうのをあまり知らなかったりすると、「コイツ本当に精神科医か?」くらいに思われる。素人が専門家より広く知っているなんてまずありえないって。

特に、「アダルトチルドレン」と「ADHD」と「○○症候群」モノには参った。ああいうのを見ると、みんな自分はそうだと思うからである。

ADHDはまだしも、アダルトチルドレンなる診断名は僕の脳内にはない。

特に向精神薬の悪いイメージは、そのような書物が新興宗教的な人気を集めていることも無関係ではないと思われる。そのような本には、○○は「薬は効かない」と書かれてあったりする。少なくとも、薬物療法をあまりしていないような人にそんなことを言われたくない。