クリニックの代診 | kyupinの日記 気が向けば更新

クリニックの代診

もう数年前だが、友人が旅行に行くというのでクリニックの代診を頼まれたことがある。この時、クリニックの診察は初体験だった。その顛末記。

508投稿者:kyupin  投稿日:2003年05月22日(木) 23時26分38秒
先日、クリニックを代診したときのことを書いておきたい。まさか、あのような恐ろしいことになろうとは・・ うちの病院の副院長がまず木曜日、金曜日を代診していたので、前日の夜、さぐりの電話を入れた。「主な患者さんはキャンセルしてあったので、再診はあまりなかったんですけど、2日で新患が7名あって、それがけっこう大変でした」その新患の内容だが、例えば、夫が浮気をしていてどうしたらよいものか相談に来たとか、ちょっと一般の精神科には来ないようなものだったらしい。再診はキャンセルしてあったため、あまり多くはなかったような話を聞き、もし新患がそれほどではなければ、それほど忙しくないかも、とか甘い考えをしていた。当日、一応9時半が外来開始だが、念のため家を早めに出て9時10分には到着した。ところが、着いたときには、もう4~5名待ってたのである。

クリニックに早くから着いているのに待たせては悪いと思い、すぐに外来を始めた。なんと、最初の学生さんに9時10分から9時40分までかかってしまった。僕は代診を頼まれた友人が、最近どのくらいの診察時間をとっているか知らない。しかし、以前一緒に仕事をしていた時期が長かったので、概ねどのくらいの診察時間という目安はあった。こちらも初めて診る患者さんであるし、患者さんの方もこちらに興味を持っているので、どうしても話が長くなってしまう。日常生活する上でのアドバイスを求めていて、その必死さがひしひしと感じられる。やはり、一般の単科精神病院の患者さんとはニーズが異なっている。ああいうビル診タイプのクリニックで診察していると、いろいろなことを考える。前の患者さんにかけた時間は、後の患者さんにはっきりわかる。だから、待たせている以上、あまり簡単には終われない(というプレッシャーを感じていた)。患者さんにかけた時間にあまりにも違いがあると失礼に感じるのである。

古い統合失調症の患者さんでは外来に来ても茫然としていて全然話をしない人がいるが、クリニックではそんな人はほとんどいない。話すことはたくさんあるし、その反応も彼らは良いので、診察自体はけっこう面白いものだった。 特に休みもとらず、次々と患者さんを診察していった。ある患者さんが20分ぐらい近況を話していた。おもむろに、「では本題にはいりますが、」と言ったのには参った。外来患者さんを長時間待たせることが、僕は気になるのである。でもそれで文句は言えない。精神科の患者さんは待ち時間があまり待てないのが普通である。以前、総合病院の精神科で働いていた時、1日の平均外来人数がおよそ90人だった。それを約4名の精神科医で診ていた。ある日、2名の医師が急に辞めることになり、2人でたくさんの外来を捌かざるをえない状況になった。そうなると、患者さんが長時間待つため、しばしば受付に苦情が来た。耐えられず、ある患者は外来でリストカットするような事態にもなった。不思議なことに、外来患者がだんだん減ってきたのである。つまり、待ち時間と外来人数は反比例するようなところがあった。外来担当医師が増えればそれに応じて外来受診する人も増えるということがわかった。そういうこともあり、長時間待たせるのは非常に気になることであったが、どうしようもなかった。というのは、誰一人として簡単に終われるような患者さんはいなかったからである。

不思議なことに、集中して診察を続けていると、トイレにも行かない。のども渇かない。僕は普段はとてもお茶を飲むのだ。そういうことすら忘れていた。12時頃であるが、一瞬、患者が途切れたと思った。それまで3時間ぶっ続けで診察していた。受付のお姉さんにたのんで、お茶を一杯もらい飲んだ。そこで約10分ぐらいだろうか、ソファーに座り絵をぼんやり観ていた。その絵はシャガールのリトグラフかエスタンプだっただろうか?しかしこのとき実は次の患者さんは数名待っていたのである。決して途切れていたわけではなかった。気が付いてすぐに再開。僕は土曜日だけ担当したが、この曜日しか来れない患者さんが多く、キャンセルもままならなかったようだ。県外からの患者さんも3名いた。実は土曜日は最も忙しい日だったのである。一応、土曜日は午後1時半に受付を締め切り、診察は2時までとなっていた。1時半に締め切った時、まだ6名残っていたので、2時をかなりオーバーするだろうと予想がついた。

最後の1人の若い女性患者さんの順番になった。彼女は会うなり、なんと「こんなに遅い時間まで診察させてすみません」と言ったのである。長時間待っていたのは、ほかならぬ本人だったのだが。こんなことを言ってくれるなんて、ほんとうに泣ける。結局3時半すぎにすべての診察が終わった。朝ご飯も、昼ご飯も食べてなかったのでもうヘトヘトである。家に帰るときはさすがにタクシーを使った。疲れていたのもあるが、もうJ2の試合が始まっていたからだ。帰ってみるともう前半が終わっていた。0-0だったので、ちょっと良かったと思ったが、なんとそのまま最後までスコアレスドローであった。

まぁ、良い経験にはなったと思った。診察はそつなくこなしたと思う。僕は、将来にわたりクリニックを開業する意思はないが、あんな毎日が続くなら、なおさら開業には気が引ける。ああいうペースで毎日診察するなら、きっとどこか体を壊すと思う。 外来も診て入院も診ての方が僕にはあっている。一般精神科病院は、一定の診察のリズムみたいなものがあると思うんだな。やはり、走りっぱなしは良くない。僕の友人で、関東近郊でクリニックを開業していた人がいる。結構はやっていたし、儲かってもいたみたいだが、ある時突然体を壊した。その後、1~2年くらい外国で生活したようであるが、ある時帰国して、今は一般精神科病院に勤めているらしい。同じ精神科医でも、いろいろなライフスタイルがあるのである。それでも、それを強制されるわけではなく、自分で選べるところが恵まれていると思っている。

(過去の日記から。一部加筆)