セロクエル | kyupinの日記 気が向けば更新

セロクエル

一般名:クエチアピン

薬物プロフィール

セロクエルは1985年にアメリカで開発され、2001年、日本で藤沢薬品から発売された。(現アステラス製薬) セロクエル、ジプレキサ、ルーランは2001年頃、相次いで発売されたが、当初、セロクエルが最も使いやすいと思った。感触としてはコントミンの副作用をできるだけ減らした感じ。非定型抗精神病薬にしては鎮静作用がわりに強いところが似ている。25mg、100mg、細粒の剤型があり普通600mgまでの用量であるが、時に750mgまで使用できる。半減期は2.7~6.6時間と短い方なので、1日2~3回の処方になることが多いが、僕は1日1回処方で様子をみている人もいる。

発売当時、α1レセプターの親和性が高いので起立性低血圧などに注意するように言われていたが、この副作用は思っていたほどは出現しなかった。最初、眠さを訴える人がいるが、これはH1レセプターに親和性が高いためである。非定型抗精神病薬は一般にSDAと言われているが、セロクエルとジプレキサはいろいろなレセプターに作用するため、MARTAと言われている。しかし最近はこの言葉が言われなくなりつつある。というのは、このMARTAは日本でしか使われていない用語で、さすがにジャパニーズ英語過ぎて恥ずかしくなったのであろう。というか僕はそう思った。

典型的なMARTAといえる広くレセプターに作用する抗精神病薬はクロザピンである。それから改良されているジプレキサはもちろん同様な特徴を持つ。ロドピンなども薬物プロフィール的にはMARTAぽくみえるが、セロトニン2Aを介して錐体外路系の副作用を減じる効果が少ないので、その点で非定型的でない。セロクエルはもともとD2レセプターに対する親和性が他の抗精神病薬に比べ弱く錐体外路系の副作用が極めて少ない。本邦における非定型5剤のうち、おそらく最も錐体外路系副作用が少ないと思われる。

クエチアピンはそのような薬物プロフィールを持つため特に陰性症状を改善する。それは意欲や認知機能の低下などである。陽性症状は効かないわけではないが、他の薬物に比べ効果が弱いので最高量でも不十分な場合もある。他の良い点は、抗プロラクチン血症をほとんど引き起こさないことである。現在では、抗プロラクチン血症といえばリスパダールになってしまった。それ以前はドグマチールだったのだが。一時、アメリカで売上高でリスパダールがトップだった。(最近はジプレキサが肉薄したか抜いているかも)次第に抗プロラクチン血症の有害作用がクローズアップされてきて、リスパダールはやや使い辛くなってしまった。僕はリスパダールで急性期を乗り切ったあと、抗プロラクチン血症による有害作用(無月経、性欲低下、インポテンツ、肥満)の影響が大きい時、他薬物に変更する。プロラクチン血症を避けるなら、非定型で最も使いやすいのがセロクエルなのである。いったんおさまった陽性症状の維持療法はセロクエルくらいで良い場合も多い。

また、セロクエルは特に認知機能を改善することが知られており、老人の夜間せん妄にも効果が高い。本来、セロクエルにはそのような適応がないが、老人の精神障害にも多く処方されていると思われる。少し前、セロクエル等の非定型抗精神病薬が老人に処方された場合、死亡確率が高まるため注意を喚起されたことがあった。その後、老人に禁忌になったわけではないが、医師によれば相当に使い辛いと考えている人もいるはずだ。常識的には定型の抗精神病薬の方が非定型よりはるかに(というくらいの差がないかもしれないが)死亡率は高まると思われる。定型の抗精神病薬の方が錐体外路症状などの副作用が強いからだ。(例えば嚥下が悪化して肺炎を起こしやすいなどリスクが高まるなど)

セロクエルはわずかに抗うつ作用なども持つため、抗うつ剤を使用せずにコントロールできる場合がある。統合失調症以外の疾患、躁うつ病、境界型人格障害、アスペルガー症候群、非定型精神病、頭部外傷に伴う精神症状などに広く使用できる。特に境界型人格障害には、セロクエルまたはジプレキサが奏功する場合がある。抑うつ、不安、衝動行為などに効果がある。

うちの病院では長くセロクエルの処方数がトップであった。最近はジプレキサが相当に伸びたのでほぼ同じくらいになったかもしれない。セロクエルの悪いところはいくつかあって、まず使用上、適量の感覚が掴みにくいこと。普通の向精神薬は増やしていくと副作用が出て、あ、これはもう無理だなとか思えるが、セロクエルはそのような感覚が持ちにくい。既に安定している患者さんに使用する場合にはなおさら難しい。抗精神病薬の換算表から調べて処方すると良いように見えるが、そういうものでもない。例えば600mgくらい処方していて、ちょっと多すぎるかと思って500mgに減量すると悪化してびっくりしたりする。とにかくわかりにくいのだ。あと悪い点は薬価が高いこと。セロクエルは600mg処方すると1000円を超える。高すぎ。おそらく抗精神病薬のうち、最もコストが高いと思われる。そんな理由で使われない面があるので、個人的には今の薬価が半分ならアステラス製薬はかえって儲かったのではないかと思っているほどだ。

あと、セロクエルの薬効の不安定性。これはなんとかならないものか。セロクエルは特にD2レセプターの結合が弱く、いったん結合してもすぐに離れてしまう。この結合の弱いことこそ錐体外路の副作用や高プララクチン血症が少ない理由ではあるのだが。セロクエル服用中、突如、病状悪化することがある原因はわかっていないのだが、この結合の弱さも関係していると推定されている。僕は、未だにセロクエル単剤でフォローアップするのは自信がない。どのような破綻の仕方かというと、何ヶ月も安定しているのに、突然、幻覚妄想が再燃したりするのだ。再発の予防力?みたいなのが、セロクエルは弱いように見える。

アステラス製薬もこのことを気にしていて、例えばロドピンなどの併用を推奨している。非定型抗精神病薬を定型の薬物を併用するのは、非定型のメリットを台無しにしてしまうという人がいる。こんなことを言う人はきっと臨床を知らないんじゃないかと思う。定型薬にセロクエルやジプレキサを混じてもこれらの良さは十分に出ている。セロクエルの良さは、表情を自然にし細部にわたりマイルドに効くこと。余計なことはあまりしない。さて、セロクエル不安定性をカバーする併用薬だが、僕はルーランをわりと併用している。少量のセレネースやトロペロン、プロピタンなども良い。これらの結合の強い薬物を併用するだけで、長期的にかなり安定するような気がする(主観的だけど)。 リスパダールでも良いのだが、無月経などを防ぐためにセロクエルを使用するケースもあるくらいなので、ここでリスパダールだと最初に戻ってしまう。

セロクエルは体重増加の副作用がみられるが、これはジプレキサよりは軽いように見える。ジプレキサは過食発作みたいなものが出る人がいる。セロクエルはそこまでの衝動は起こさないようだ。ただジプレキサは体重を減らすことがあるが、セロクエルは平均して少しずつ増やす感じ。かえって減ったのをあまりみたことがない。いずれも際限なく増えるわけでもないし、本人の努力である程度改善できる。ジプレキサにより日本人では西欧人より高い頻度で血糖の上昇を来たすことがわかり、ジプレキサは糖尿病に禁忌となった。しばらくして同様な問題がセロクエルでも生じることがわかり、現在ではセロクエルも糖尿病には禁忌となっている。この2剤が糖尿病に禁忌であるのは臨床家としては非常に困る。この2つはかけがえがない抗精神病薬だからだ。また、統合失調症の患者さんは癌は少ないように見えるが、糖尿病は頻度が高い。この2剤は肥満した人にはやや使い辛い薬物になっている。

ところで、統合失調症の体重増加だが一般に病状が良くなると増えることが知られていた。精神症状が悪い時は食欲もないし、日々消費するエネルギーも大きい。それが改善してくれば自然に増える。以前は体重増加をよくなった証のように記載している書物もあったほどだ。ジプレキサは、時に処方後ひどく精神症状を悪化させることがあるが、セロクエルも同様である。しかし、ジプレキサほど激しく悪化させることは少ない。そんなこともあり、外来で既に落ち着いている人の処方変更する場合、セロクエルの方がジプレキサよりプレッシャーがかからない。セロクエルはジプレキサほどの派手さはないが、非定型抗精神病薬の特性を備えた極めて有用な薬物なのである。