措置入院の鑑定について | kyupinの日記 気が向けば更新

措置入院の鑑定について

措置入院は精神保健指定医2名の診察の後、その決定がされる。一般に「精神障害があり自傷他害の恐れがあるとみなされる場合」であるが、この運用は都道府県によりいくらか運用基準が違うようである。措置入院の入院数(および人口比)が都道府県により違いすぎるので、その線引きにローカルな面があるのであろう。

例えば、自傷他害のうち「自傷」については措置入院にならないことの方が多い。

普通、大量服薬などの自殺未遂で救急外来に来たとしても、それで措置入院になることはない。精神科の救急外来でさえ。一般の外来通院のレベルでも希死念慮のある人はしばしばみられるが、それで措置入院になることは普通ないし、もし主治医が無理に措置入院にした場合、家族が訴えて裁判に巻き込まれる場合すらある。措置入院は家族の意向を全く尊重しない強制的な入院に他ならない。他害の場合はその程度にもよるが、もし措置入院にならない場合、普通に犯罪になる場合もあるので、まぁ患者さんからみれば、措置入院の処遇になってもやむを得ない。

手順的には精神保健福祉法第23条から第26条の2までの申請、通報、届け出に基づき、2名の精神保健指定医に県庁職員から電話で呼び出しがかかる。「何時まで○○まで来てもらえないでしょうか?」といった感じだ。一応、出頭命令ではないので断れないこともないが、できれば協力したい。僕はそういうスタンスである。(病院の都合で断らざるを得ないことも多い。)

呼び出し場所は僕の場合は警察署が多い。他、刑務所、検察庁、他の精神科病院というのもある。うちの県の大都市では、主治医あるいはその病院に関わる医師はいろいろ思惑が絡むケースもあるので、できないというローカルルールがある。2名呼び出されるというが、この措置入院の鑑定って、来る人はだいたい決まっていて、よく同じ組み合わせになるんだな。措置鑑定の診察を行うが、診断が2人で食い違っても良く「措置に該当するかどうか」が一致すればよい。2人の診断はたいてい一致するが、たまに異なることがある。僕は診断については、他の意見に惑わされず自分の思うとおり書くことが多い。

困るのは時間外、仕事が終わってから呼び出しを受ける場合。夜8時くらいに警察署に行くのは仕事で疲れているし、ヤレヤレである。報酬は、半分ボランティアみたいなもので非常に安い。(2万円いかない) この仕事をする価値は、自分の専門をいかして患者さんの人権を守るという面があることにに他ならない。外来日の昼間などに呼ばれた場合、外来に来く患者さんが気の毒なので断わることほとんどなので、かえって時間外は断りにくい。夜まで仕事をしないといけない県庁の職員も大変だが、こっちも大変なのである。

たまに日曜日呼び出される場合もある。さすがに精神科医も断ることが多いようで、来てくれる人を探すのに困るようである。僕はこんな日はなるべく行くようにしている。むこうも気の毒がって、患者さんを病院まで連れてきてくれる。僕は自宅から病院まで行くのである。この場合は指定医の診察は同時にできず時間差が生じる。普段はほぼ平行して診察することが多い。

いったいどの程度の他害行為が多いのかと言えば、単純な犯罪が多い。例えば石を投げて隣の家のガラスを割ったとか、近くの小学校を徘徊して女子生徒を追いかけたとか。殺人とか強制わいせつなど、激しいものも昔は措置入院でカバーしていたが、現在は医療観察法で処遇されている。ただ最初の段階では措置入院の処遇になり、後で医療観察法に載る場合もある。石を投げてガラスを割った程度の犯罪なら、別に任意入院とか医療保護入院でも良さそうなので、そのあたりで県によって処遇の違いが出てくるものと思われる。都道府県によれば措置入院数が、これはおかしいんじゃないかと思うほど少ない県もあり、これもローカルと思われるところだ。きっと、ほとんどが任意と医慮保護入院のみで処遇しているのであろう。

措置入院になった場合、普通、精神科病院の閉鎖病棟に入院になり、しばらく治療を受けることができる。必ずしもいきなり保護室に入れられるわけではない。措置患者がもし離院した場合、病院の大変なエラーになるので、とりあえず閉鎖病棟に入れられるのは仕方がない。極めて暴力性が高い場合は、もちろん保護室に収容するが、他患者や職員に怪我人が出たら困るのでこれもやむを得ない。刑務所から出所する場合、そのままシャバに出すのが危険なケースもある。(精神障害が重いなど)その際にはあらかじめ措置鑑定を行い、措置入院が決まれば出所の時にそのまま精神科病院に入院になる。

その人からみると全く出所になっていない、と思うだろうが、僕に言わせるとそうでもない。入院した人ならわかるが、精神科病院は刑務所とは程遠い環境でなのである。僕は刑務所にもしばらく勤めていたことがあるが、精神科病院は刑務所より食事が圧倒的に良い。特に一般民間の精神病院の場合は。(大学病院とか公的色彩の病院は一般に食事が良くない)また、最近の精神科の病室は広く作られているので住環境も良い。

話は変わるが、最近の若い患者さんは個室希望の人が多いね。そういう風な病室はあまり院内に多くはないので、必ずしも希望通りにはいかない。話を戻すと措置入院は原則、入院費は必要ない。(すごく税金を納めているような世帯からは入院費をとるらしい) 

だから昔は入院費が無料なので措置入院にするというパターンがみられた。これは業界用語で社会的措置と呼ばれた。今は社会的措置なんてほぼないようなものだが、実質的にそれに近い場合もみられる。たとえば浮浪者みたいな感じで生活していて身寄りもなく、精神障害があって酒屋の店先からビールを盗もうとした場合とか。

あれ?これって普通に窃盗じゃんと思うかもしれない。最初は窃盗で最寄の警察署に連行されるが、調書を取ろうとしても全く疎通性がなくて話にならないことがある。あるいはブツブツ独語をしていて明瞭に精神変調を来たしている場合はやはり措置鑑定となるんだな。こういうのは措置入院にしないと仕方がない。それ以外の入院形態だと、お金が払えない人は病院としても非常に困る。(退院も転院もさせられないという事態になる。)

さて、措置入院になった場合、その入院期間がどのくらいかというのが知りたい人が多いと思うが、もともと措置入院は懲罰的な色彩がない。あくまで治療に要する時間が入院期間となっていたので、これは個人差があるとしか言いようがない。医療観察法以前は、例えば統合失調症の幻覚妄想に動機付けられて3人殺した場合でも措置入院で処遇されていた。そして病状が改善したら、たった1人の精神保健指定医の判断で退院が決まった。これはあまりにもアフターケアがなっていない。特に退院後の社会的フォローアップも決められていなかった。そんな経緯で医療観察法が施行されている。

今は精神障害で殺人を起こした場合は、ほぼ医療観察法で処遇されると思われる。従来の法律下では、殺人事件を起こすような患者は普通回復も早いので、主治医は退院時期に非常に悩んだ。病状は回復しても、病状悪化時の触法性というか暴力性は残ることもあるから。ガラスを割ったくらいの軽微なものなら、良くなってすぐに退院させても家族も社会も文句は言わないだろう。しかし例えばその地域を震撼させるような殺人事件の場合、良くなっても、おいそれと退院させられない。法律的にも他害行為の患者の主治医に責任を問うような裁判事例も出ているので、重篤な犯罪を起こした患者の退院の判断は主治医も非常にプレッシャーかかるのである。そういった観点からも、精神科医にとって今回の医療観察法の施行は良かったと思う。今後、うまく効率的に運用されるかどうかは別として。