昨日、横田早紀江さんはじめ、拉致被害者家族の方々が、ブッシュ大統領との面会を果たせましたが、
ここまで来るのにどれだけの歳月と苦痛を受けてきたことでしょう・・・・・
拉致事件として日本で始めて認定された事件は、昭和52年(1977年)9月に発生した宇出津事件(久保裕さん失踪事件・帰国に至らず)
だと言われています。
その時に拉致の手助けをした在日朝鮮人を検挙し、乱数票や暗号表などのスパイ活動を裏付ける資料を押収したのにも関わらず、
ある当局(警視庁といわれている。)の命令により捜査を打ち切られてしまう、当時の石川県警察署の署員たちは、何故打ち切りなのか?
かなり悔しい思いをした。このもみ消されてしまった事件を皮切りに多数の拉致認定、帰国、拉致の疑いが濃厚と思われる案件が今も尚、日本という国に重く圧し掛かっています。


〔その2ヵ月後、新潟県柏崎市にて下校途中の横田めぐみさん(当時13歳帰国に至らず)が忽然と姿を消す
翌年の昭和53年(1978年)に3組のカップルが福井県(地村 保志さん<23歳>濵本富貴惠さん<23歳>既に帰国。)新潟県(蓮池 薫さん<20歳>奥土祐木子さん<22歳>既に帰国。)鹿児島県(市川修一さん<23歳>増元るみ子さん<24歳>帰国に至らず)の3ヶ所で発生するのである。“アベック失踪事件”などと言われ、不思議かつ異様な失踪事件だった為、当時のワイドショーをはじめメディアが一瞬騒いだことがあったが、その後は風化の一途を辿った。
同時期に地村さん夫妻、蓮池さん夫妻と帰国した曽我ひとみさん(当時19歳)も母ミヨシさん(当時46歳帰国に至らず)とともに新潟県佐渡島から失踪していた。

その他にも、日本のみならずかつて日航機よど号をハイジャックし、北朝鮮に亡命した所謂、赤軍派メンバーの妻たちによる、欧州での日本人拉致も発生し、確認されているだけでも、有本恵子さん(当時22歳)そして同じく欧州で松木薫さん(当時27歳)とともに拉致された石岡享さん(当時22歳)と有本さんは結婚したという。欧州で拉致された3人も横田めぐみさん、田口八重子さん、市川修一さん、増元るみ子さん、原敕晁さんと同様に2002年9月の日朝国交正常化交渉時死亡と伝えられており、帰国に至ってない。久保裕さん、曽我ひとみさんとともに拉致された、母ミヨシさんは北朝鮮に入国した形跡がないとまで伝えられている。〕参考の為、書き記しておきます。


1987年11月に発生した、大韓航空機爆破事件で有罪判決を受けた北朝鮮の諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)は、昭和53年~54年(1978年~1979年)ころに日本から拉致されてきた「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の立ち居振る舞いを学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口八重子さん(当時22歳帰国に至らず。北朝鮮は李恩恵の存在すら否定。)と同一人物であると警察庁の調査で判明している。
爆破事件の元容疑者・金賢姫の証言により北朝鮮に渡った日本人女性が関わっていることから、田口さんの兄・飯塚繁雄さん宅に多くのマスコミが押しかけ、その後飯塚さん家族にとって度重なる過酷ともいえる心無い人間達の嫌がらせの日々に悩まされるまるで「李恩恵」こと田口八重子さんが好んで北朝鮮に渡り、爆破テロの片棒を担いだのでは?という根も葉もないことを流布され自宅の窓ガラスを割られたり、脅迫まがいな手紙、電話など数々の嫌がらせ受けながらも、田口さんの子どもさんの一人、飯塚耕一郎さんをメディアや周囲の人々からの好奇の眼差しから守り通した。耕一郎さんが後に父親と思っていた繁雄さんの実妹の田口さんの子どもだと知るのは、大学受験時に必要だった自分自身で取り寄せた戸籍を見て知ったという。



この一連の不気味な失踪事件にいち早く目をつけ、調べていた3人の男性が存在する。
日本海側で3組のアベックが忽然と失踪したのは、外国機関が関わっている可能性があると初めて記事にした産経新聞記者・阿部雅美氏、日本人拉致事件の地道な調査をし、原敕晁さん拉致実行犯工作員のインタビューに初めて成功した大阪朝日放送・ABC・プロデューサー石高健次氏日本人拉致事件に関心を寄せ、事件に携わるようになった元共産党議員秘書・兵本達吉氏だこの3人の男性達により、当時公の場に出たがらなかった被害者家族の数家族を説得し、平成9年(1997年)被害者家族会の発足に尽力し現在に至っている。



家族会結成当時、政府や国民までもが、無関心だった・・・・・・・



結成から3年を経た2000年秋、当時の森内閣では日朝国交正常化を実現しようという動きがあった。
それは、拉致問題を棚上げにし、国交正常化を急ごうというシナリオであり、それを阻止すべく家族会が首相に面会を求め、拉致被害者の市川修一さんとともに拉致された増元るみ子さんの弟・照明さんが一世一代の勝負に出たのである。首相官邸で森首相に土下座までし訴え出たのである。
「このままでは、うちの姉は殺されてしまいます!」と・・・・・・・・その時の様子を照明さんが懐述する。
「テレビに土下座シーンが映されたせいか結局、拉致問題は棚上げされずにすんだ。あのまま国交正常化が進められていたら、私たちの家族は全員抹殺されていたかも知れません。」と語っている。まだ照明さんは語る。
「当初は要求ではなく要請でした。なんとか家族を救出してほしいと政府にお願いするだけでした。いろんな政治家に拉致はでっちあげ
ですか?と聞いてみると、みんなそんなことはないという。ところが動いてくれない。それどころか邪魔までする。
はっきりものを言うのは北朝鮮擁護の政治家ばかりでした。
国民の生命・財産を守るべき政府や政治家が何もしてくれない。日本という国はいったい何なんだ。こんな政府はあてにできない。
自分たちで行動するしかない、直接政治にものを言うしかないと思うようになったんです。」
この時の様子の映像を私は見た記憶がある・・・・・・・森首相自身、立派な椅子にふんぞり返って、土下座する増元照明さんをまるで見下す様に見つめ、その傍らにいた政治家たちは、土下座する増元さんを見るどころか、顔を見合わせおしゃべりしている政治家もいた・・・・・
あの映像は、誰が見ても当時の内閣に対し、不信感を抱かざるを得ないものであったのは確かでした。

この後は、みなさん記憶に新しいと思いますので書きません。



長い年月の皆さんの頑張りで、

今回、ブッシュ大統領とも面会でき、

アメリカに訴えることが出来たのは良いことだと思います。

一刻も早い拉致問題の解決と被害者の帰国を最優先に考えるべきです。

非常に情けない話ですが、

日本の独力ではことがあまり進展しそうに無いですから・・・

1に交渉、2に交渉、3,4がなくて5に交渉・・・

そのたびに期待しましたが、聞き飽きました。

自国民すら自国の力で取り返せない。

国家としての機能を果たしていません。

毅然とした"行動"を起こせる国になって欲しいですね。

現状では、『情けない!』の一言です。



同じ子供を持つ身として、横田夫妻の言葉は心に響きます。

アメリカ人の心にも響いたことでしょう。

長い期間頑張ってきた家族会のみなさんです。

早く安心してその後の余生が過せることを心から願います。

同時に、やっぱり日本政府にも頑張って欲しい。

普通の国家にならないといけません。

今度こそ日本政府も気合の入った行動を!

北朝鮮相手に何の遠慮も必要ありません。

私見でした。


追記:まだ横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されたと夢にも思っていなかった

であろう1981年にフジテレビでかつて放映されていた朝のワイドショー

“小川宏ショー”にて年に数回失踪者(当時は、人間蒸発という表現だったと思う)捜索特集を組み、失踪者家族がテレビカメラに向かって失踪した本人もしくは

失踪に関わっている人間などに訴えかけるスタイルのものをやっていた。

その時、まだ黒髪の早紀江さんが巨大パネルのあの有名な制服姿の写真を

背後に涙ながらに訴えていたのを思い出してしまいました。

それから1990年始め頃、毎週土曜日夕方18:00にレギュラー放送されていた。

テレビ朝日の“ザ・スクープ”で横田めぐみさんは北朝鮮に拉致された可能性が

あるような内容の特集を放映していたこともありました。

残酷すぎるぐらい時間の流れが経ちすぎましたね・・・・・・・・

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では昨日のクイズの解答です。


答え 誘導尋問 です。


では、今日の問題です。


直径15cmの穴の開いた紙があります。この中にバレーボールを通すにはどうすれば良いでしょうか?ただし、紙を破ることは出来ません。


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