シカナイ症候群。 | 境界線型録

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I Have A Pen. A Pen, A Pen Pen Pen.


 だいぶ本調子に近づいてきた。発熱後二日くらいは何も食いたくならず胃が空洞で哀れで、三日目くらいには粥とほうれん草がいけ、四日目には細々としたブタに辿り着き、昨日はようやく分厚い生姜焼きまで到達したが、揚げ物がダメだった。そこで、今夜は勇気を振り絞りトンカツという食の頂点に挑戦することにした。と、これが、んまいッ。もちろん千切りキャベツの多大な助力を得ての偉業といえるが、私はついに病を克服し瀕死に陥っていた胃袋の救済に成功したのであった。
 と、若干誇張気味に記したのは、この数年ずっといつか触れようと思って忘れていたことを思いだしたためである。
 つまり、現代は何故こんなに大袈裟表現が好まれる時代になったのか?という問題である。

 鼻につきだしたのは、もう忘れたけれど、七八年くらいも前からだったろうか。安倍政権のころには、はっきり意識していた気がする。が、菅さんの時に、相変わらず大袈裟系の表現が多用されていたけどなんとなく矮小感が先に立ち気にならなくなっていた。それが、岸田政権でまた鼻につきだした、という感じだったと思う。
 といっても、別に政治用語のことではない。そんなものは昔から矮小なのにやたら高邁ぶっていて不様なものばかりだから気にもならないが、あまりにも巷間に蔓延しすぎてきたなァと危機感を覚えるからだ。もちろん、この記録もかなり誇張を使っているが、大概は面白がるために用いるだけで、自分の優越などを増幅しようなどという魂胆は微塵もないことは一読で分かるだろう。ところが、この数年、やけに生真面目に、本気で用いているらしい大袈裟表現がそこら中で見聞され呆れ果てるばかり。
 ちょっと前は、私も大好きな「チョー」表現が世の中を席巻していたけど、その手の女子高生系も己らが面白がるために用いられるもので、自己を美化するとかのような醜悪な気配はなかった。
 ま、良いか。本題をサラッとやろう。

 政治系で不快な表現の代表が、「しっかり」。何を語るにもいちいち、しっかり何々して、しっかり目標を達成し、しっかり国民のみなさまの負託に応えますゥとか楽しそうに嘘をつくが、聞いている方は楽しくもなんともなく不快そのもの。しっかりばっか言うんじゃねぇッ、しっかりしろッとしっかりつけたくなる。が、所詮口先政治だからしかたないかァと諦めがつくが、なんと、われら平民のみなさんもしっかりそのようなトレンドを修得しているらしく、テレビのインタビューなどに応えるのを聞いていると、老若男女はもとより、もちろんのこと猫も杓子も、しっかりしっかりとしっかりコメントしていたりする。これは、明らかに「しっかり病」という現代病の一種だろう。

 先を急いでもう一個触れておくと、「シカナイ症候群」の蔓延も著しく、同じくテレビのインタビューなどに応えるみなさんが、「なんとかですから、○○しかないですゥ」とか真顔で口にしている。怒りしかないとか、喜びしかないとか、感謝しかありませんとか、カモノハシしかいませんとか。
 「○○しかない」という場合は、自分が知っている限り、最後の最後の選択肢について触れざるを得ないくらいの究極に近いような時に使うもので、滅多に用いることはなかったと思う。たぶん今は同年配の人々も「シカナイ症候群」に感染しているはずだから、みんなニコニコと○○しかないよなァとか語っていると思うが、嘘偽りなく、私が三十代のころまで、そのような言い方は滅多に使われなかった。なにせ、○○しかないということは、その先に用いるべき誇張などないはずだから。
 例えば、悲しみだけが残されています、とかいわれると、さほど誇張感はないが、そうかぁーと気分が同期しがちになる。悲しみしかありません、というのも似たようなものだと思うが、私などはそうかぁーと感じても、どうも気分が共振できない。怒りしかない、と言われたりすると、なんだ、他の感情はどこ行っちゃったんだ、とか不思議になる。怒りだけがあると言うのと、怒りしかないと言うのは同じだけど、なぜか、怒りだけがあるという方が、怒りを感じる。
 喜びだけがある、なんて言うと莫迦っぽく感じられるが、喜びでいっぱいですといえば、なんだか喜んでるんだな、良かったねェという気になる。が、喜びしかないと聞くと、ふーん、単純なんだなァとあまり感慨深くならなかったりする。あくまでも私個人の感覚だが、「シカナイ症候群」は、どうも、大袈裟なばかりに感情の希薄化を促進している気がしてならない。
 感情の希薄化は、取りも直さず、個性の薄っぺら化を意味するだろう。

 車夫をやっていてもっともガッカリさせられたのが、人々のつまらなさだった。話していれば愉快だけど、内容は薄く、後に残ることはほとんどない。話の種にもならないのでほとんど触れないが、もうちょっと面白いキャラが少なからずいると期待していたのでガッカリしたわけだ。それでも、今でも諦めず、私は乗りこんだカモとペチャクチャして遊んでいるが、十五分も眠ると忘れてしまう程度の話しかない。
 オマケに、「しっかり病」患者と「シカナイ症候群」に罹患した生きものだらけなので、自分が感染しないように防御するので精一杯である。
 この二つの現代病は、やがて何をもたらすのか、ちょっと恐い。
 あ、何故こんな現代病が蔓延したのか?という疑問に至れなかったが、もう眠くなった。もう、もう、眠気しかない。しっかり眠らなければッ。