ワルキューレ | 映画熱

ワルキューレ

悪・窮・令。 …追い詰められていっぱいいっぱいの、トム・クルーズの表情がたまらない!


“valkyrie” とは、北欧神話における女神の名前。パンフ記事によれば、“戦死者を選ぶ者” と言われている存在だそうな。日本語の “ワルキューレ” は、ドイツ語の “Walküre” からきているらしい。英語では “ヴァルキリー”。「超時空要塞マクロス」 のバルキリーも、これが語源ですね。


1934年のドイツで実際に起こったクーデター事件を映画化。監督は、ブライアン・シンガー。脚本は、クリストファー・マッカリー&ネイサン・アレクサンダー。音楽は、ジョン・オットマン。


出演は、トム・クルーズ、ケネス・ブラナー、ビル・ナイ、トム・ウィルキンソン、“コレクター”テレンス・スタンプ、カリス・ファン・ハウテン、トーマス・クレッチマン、エディ・イザード、クリスチャン・ベルケル。


さて、映画ですが、緊迫感あふれるスリリングな作品に仕上がりました。まわりくどい説明を一切省いたシンプルなスタイルが、現場の空気をうまく表現していると思います。時代は変わっても、人間の本質はおんなじですね。


1934年にヒトラーが国家元首に任命されて以来、ドイツ国内には、反ヒトラー勢力が常に存在していた。名門貴族出身のドイツ人将校クラウス・フォン・シュタウフェンベルクは、絶対の忠誠を誓うべきヒトラーの思想に疑念を抱き、反逆者になる決意をする。それは、ドイツの未来を憂えての行動だった…。


主演は、トム・クルーズ。アメリカ人の彼が、ドイツの英雄を演じるということだけで、撮影当時から周りがやたらと騒ぎ立てたのを、新聞記事などで読んだ記憶があります。これは、『…よそ者に、あんな若造に何ができるもんか』 という空気が渦巻いていたんじゃないかって、今にしてみれば思います。


しかし、まさにそれは、この映画の物語の状況そのもの。やたらと文句を言う人ほど、風向きが変わるとコロコロ態度が変わったり、土壇場で役に立たなかったり、自分のことばかり考えて逃げ出してしまったりするもの。そういう混乱した状況の中で、黙々と自分のやるべき事をやる男は、やっぱりすごいと思うんです。だから俺は、この映画の役柄を演じきったトムの功績を称えたい。周囲の批判なんて関係ない。俺は彼の役者根性を高く評価します。…トムはエラい!


妻役を演じたカリス・ファン・ハウテンは、オランダ出身の33歳。出番もセリフも少ないですが、グッとこらえた表情や瞳の奥に、情感がチラリと垣間見えます。アメリカ人のようなオーバーアクションがないところが、かえってよかった。好きなことを自由にできない国の女性の役柄を、しっかりと演じました。ほとんどが男ばっかりの画面の中で、彼女と子供たちが登場するシーンが、やけに際立つのは何故だろう。心が和むはずの場面で、余計に切なくなるのは何故だろう。


本作は、脇役陣もスゴい。“反逆者” の中においても、悪役は確実にいます。特にケネス・ブラナーとテレンス・スタンプは、圧倒されそうな存在感。あまり書くとネタバレになるからこのくらいにしますが、いかにも悪そうな男、怪しい男、頼りない男、アブナイ男がたくさん出てきますので、人間観察しながら映画を楽しみましょう。


特筆すべきは、トーマス・クレッチマンとクリスチャン・ベルケルでしょう。この2人に注目して欲しい点は、ドイツ出身の俳優であること。両者とも、苦悩イライラな場面がありますが、クレッチマンは顔にあまり出さない演技である一方、ベルケルはモロに顔に出ます。この対照的な匂いが、ドイツ人の心を感じるポイントとして面白いと思いました。ドイツ人としてこの役柄を演じるのは、感慨深いことでしょう。これから劇場に行かれる方は、余裕があったら確認してみて下さい。


監督のブライアン・シンガーは、最近ではアメコミ映画が多くなりましたが、「ユージュアル・サスペクツ」 で人間の深いドラマを撮った才能がある男。本作では、盟友のマッカリーと共に挑みました。トム同様、“アメコミ監督” と冷やかされましたが、しっかりといい仕事をしました。まさに、男たちの友情が結束して完成した映画。トムはまたしても、いい友人を得ましたね。


本作は、シリアスなドラマですが、随所に小さなユーモアもちりばめられています。題材が題材だけに、笑えないジョークもありますが、苦しい状況だからこそ生まれるユーモアもあるので、観客はそれを素直に楽しんでいいと俺は思います。だから、意識の高いカップルは、デートで行ってもOK。見終わった後に、しっかりと手を握りましょう。 (そういうわけなので、今回はギャグはなしです)




権力というものは、恐ろしい。しかしながら、人類の歴史の中において、それは不可欠なものであるのもまた事実。何よりも恐いのは、精神の暴走なのだ。同じ状況になれば、誰もが同じ行動をとるのかもしれない。自分だったらどうすればいい?自分は、彼の行動を批判する立場にあるのか?自分だったら、彼よりうまくやれるのか?もしあそこでああすればどうなった?そんなことを自問自答しながら、俺は映画を見ています。


本作は、そういう意味で見ごたえ充分な力作でした。細かい点での批判はあるでしょうが、人間の心を深く描いた作品としては、レベルの高いものであると思います。やっぱり俺って、“現場の空気ムービー” が好きなんですよ、きっと。


ブログのサイドバーに表示してあるのでご存知の方も多いと思いますが、俺の誕生日はヒトラーと同じ日です。かといって、ナチというわけではありません。ちなみに、倉沢敦美(わらべのかなえちゃん)と全く同じ誕生日なので、そっちの方を書こうかと思ったんですが、アイドルオタクと勘違いされても面倒なので、こちらにしました。今思うと、すごいイメージになるなあ。ヒトラーと同じ誕生日の、刀持ったサムライって…。


できれば、4日遅く生まれていれば、チャールズ・チャップリンと同じ誕生日だったんですが、これもまた意味があるんでしょう。ヒトラーの日に生まれて、チャップリンの映画を見て育った男。「独裁者」 という映画を見る度に、感慨深い気持ちになります。


人は誰でも、正しく生きたいと思う。しかしながら、常識やルールというものは、属する集団によってまるで違う。そこにおいて、うまく適応すればよし。適応できなければ、“悪者、異端” として扱われることになる。才能のある人ほど、孤独になっていく可能性も高いのだ。


俺は、若い時に転職と引越しをたくさんしました。そのせいで、いい歳になっても未だにビンボーしています。明日を生きる金も乏しいのに、映画を見に行っちゃうバカな男。でも、普通に生きていたら絶対手に入らない宝物が、心の中にいっぱいあります。それは、一文無しになっても絶対なくならないもの。それを教えてくれたのが映画の世界。だからこそ、どんな映画の中にもすっと入っていける。年食って記憶があいまいになっても、きっと心に刻まれているもんだと思う。そういうもんじゃないかな。


本作の登場人物は、いい意味でみんな人間くさい。俺だったらきっと、あのタイプかな。色んな人がいて、みんなそれぞれ役割があって、それをまとめるリーダーがいる。やっぱり、リーダーやれる人ってすごい。だから、ブライアンはすごい。トムもすごい。こういう男たちがいるからこそ、世の中は回っていくのだ。俺は、がんばる男の味方でありたい。人の目にふれないところで、黙々とがんばっている人にこそ、この映画を見てもらいたい。


トム・クルーズという俳優は、悪役が似合わない。しかしながら、裏切られて復讐に燃える男や、信念を持って立ち向かう役柄はよく似合う。アイパッチをした彼の情熱の瞳の輝きが、それを物語る。批判されても、ののしられても、しっかりと仕事をする。いい映画を作るのが彼の仕事。観客がスクリーンの向こう側を見るように、彼もまた、スクリーンの向こうにいる観客の心を見ているんでしょう。それだからこそ、人の心を動かす演技ができるのだ。


かんばれ、トム。グレゴリー・ペックのように、きっと晩年にはオスカーがもらえると思う。その時に立ち上がって拍手してくれる人がたくさんいるよ、絶対。本気で一緒に仕事をした友情は、永遠のものだ。だから今は、心の中にドンドン宝をたくわえよう。


悪い状況に困窮して指令を出すから、悪・窮・令。女神は、戦死者を選ぶという。悪い心を救う霊だから、悪・救・霊…なんてね。勝利の女神は、誰に微笑むのか。男は、ひたすらがんばって戦い続けるしかない。負けて死んだら、ワルキューレにいざなってもらおう。勝って生き残ったら、女神に感謝すると同時に、ともに戦ってくれた仲間にも感謝しよう。 …人は常に、誰かのおかげで生きていられるんだから。





【鑑賞メモ】

3月2日 劇場:ユナイテッドシネマ新潟 19:15の回 観客:約120人

初日にさっそく行きました。一番デカいところで見たかったので、ここを戦場に選びました。一緒に作戦行動したのは、会社のM司令官。


【上映時間とワンポイント】

2時間。もっと長くなるかと思ったんですが、コンパクトにまとまりました。冒頭だけ、少し解説の文字が流れますが、始まったら一直線に突っ走ります。ポップコーン食ってる場合じゃないぞ!


【オススメ類似作品】


「226」 (1989年フィーチャーフィルムエンタープライズ)

監督:五社英雄、原作:笠原和夫、出演:三浦友和。クーデターを題材にした映画で、一番印象に残っているのはコレです。異色とか美化だとか色々言われていましたが、俺にとっては極上の映画でした。当時まだ20代前半で、生きることに行き詰っていた時期にこの映画と出会い、とても勉強させてもらいました。俳優として駆け出しの本木雅弘が、苦悩する青年を好演しています。


「幕末青春グラフィティ Ronin 坂本竜馬」 (1986年東京放送)

監督:河合義隆、出演:武田鉄矢。「226」 と対照的に、こちらは楽しい作品。ユルユルの竜馬が爆笑の1本。それだけに、グッとくる場面も多かった。高杉晋作を演じるのは、何とアフロヘアーの吉田拓郎。浅野温子の熱演も光る。初々しい菊池桃子も見逃せない。男汁がほとばしる、男泣き純情サムライ映画。


「ジャンヌ・ダルク」 (1999年アメリカ・フランス合作)

監督:リュック・ベッソン、出演:ミラ・ジョヴォヴィッチ。前半快進撃、後半ドロドロの対照的な展開が印象的な1本。何事も、終わらせるのって難しいですね。気がすむまで戦い続ける女に付き合った戦士のみなさん、どうもお疲れさまでした。