1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2017-11-18

映画 「退屈な日々にさようならを」

テーマ:邦画

羨ましい! …ひたすら、彼が羨ましくてしょうがなかった。

 

 

今泉力也監督最新作。

 

彼の映画を見るのは4本目になりますが、すごい才能ですよね。

 

毎回、目からうろこが落ちるような、人間の心の勉強になる、優れた教材です。

 

 

俺は、生まれてから50年経ちますが、

 

退屈という時間を、一度も感じたことがありません。

 

だから、退屈だと嘆く人の気持ちが、わからないのです。

 

それはそれは、贅沢な悩みなんでしょうな。

 

 

 

この映画は、「サッドティー」と「知らないふたり」の、中間を行っているような気がして、

 

でも、「nico」にも通じるところがあって、

 

きっと、彼の作品は、みんなどこかでつながっていて、

 

共通のテーマが根底にあるんだろうな、なんて思います。

 

 

何か文章を書けば書くほど、

 

知らないうちに、ネタバレになってしまうので、

 

できるだけ、書かないようにしたいのですが、

 

それじゃあ、ブロガーとしては失格なので、

 

やはり、何か書かねばならんでしょう、と。

 

 

 

人が、いなくなる。

 

突然、いなくなる。

 

あるいは、とっくにいなくなっていたんだけど、

 

ふいに知らされて、ショックを受ける。

 

そういうことが、たしかに、あります。

 

 

俺も、そういう経験を、たくさんしてきました。

 

 

 

最後に会った時、どんな様子だったっけ。

 

最後に交わした言葉は、何だったっけ。

 

最後の彼の様子は、確か、あんな感じだった…

 

 

思い出すことで、

 

その人の姿は、その人の中で、生き続ける。

 

本当のことを知らない方が、幸せなこともある。

 

 

相手が言いたくて、でも、言えなくて、

 

ずっと、心の奥底に、しまい込んであること。

 

それは、無理やり言わせようとすればするほど、頑なになっていくもの。

 

 

 

今泉作品は、人の気持ちに訴えます。

 

普段、何気なくやり過ごしていることの中に、

 

すごく大事なことを、置き忘れていたことに、気づかされるのです。

 

 

クールに突き放すような構図でありながらも、

 

しっかりと、寄り添って、傷ついた心を、あたためてくれる。

 

 

どうしようもないことがある。

 

誰にも、解決できない問題がある。

 

それを、ひとりで背負って、生きて行くのは、とてもつらい。

 

 

しかし、人に話しても、かえって難しくなってしまうから、

 

言いたくても、言えないのだ。

 

 

そういう、心のもどかしさや、絡まった結び目を、

 

ゆっくりと、解きほぐしていく力が、彼の作品には、たしかにある。

 

 

 

俺が、羨ましいと思った「彼」は、一体、誰でしょう?

 

よかったら、映画をご覧になって、俺と一緒に考えて下さい。

 

 

色んなテーマを含んだ、不思議な物語です。

 

 

 

答えは、たぶん、見つからない。

 

それがわかっていても、考え続けずにはいられない。

 

そんな悲しい生き物である人間は、

 

そういう宿命を背負っている人間は、

 

きっと、美しい存在なんだろうと思います。

 

 

苦悩した人であればあるほど、優しくなれる。

 

そう信じて、今日という日を、しっかり生きようと思いました。

 

 

AD
いいね!した人  |  リブログ(0)
同じテーマ 「邦画」 の記事
2017-11-17

映画 「ジグソウ:ソウ・レガシー」

テーマ:洋画

ああ、気持ちよく、サクッと殺されたい。

 

 

まさかの、シリーズ8作目が登場。

 

もうネタがないんじゃないの、と思いながらも、

 

やっぱり気になるので、見に行きました。

 

(俺は、2から7までは劇場で見ています)

 

 

もうすでに死んでいるジグソーじいさんが、再登場。

 

おお、確かにトビン・ベルだ!すげえ。

 

どういうわけで出てくるかは、ネタバレになってしまうので、秘密。

 

彼がスクリーンに映ると、テンション上がりますな。

 

 

「ソウ」の人殺し装置は、手作り感があっていい。

 

じいさんがせっせと製作している姿が想像できていい。

 

(「悪魔のいけにえ」のレザーフェイスが、ミシンをカタカタやっている姿と同様)

 

 

 

本作は、随所に、過去の作品へのオマージュが散りばれられています。

 

あ~、この世界が好きなんだなあ、と思います。

 

 

15日ぶりの映画館だったこともあって、楽しめました。

 

これは、シリーズ化されたら、また見に行っちゃうかも。

 

 

「ソウ」の肝は、無差別殺人ではなく、明確なターゲットがあるところだと思う。

 

恨みを晴らすには、罪を認めさせるためには、ただ殺したんじゃ、意味がない。

 

そして、「殺す」のではなく、「助かる道」も用意した上で、自らの選択で死んでいくのだ。

 

そこには、一種のカタルシスがある。

 

 

実は俺、1作目をレンタルDVDで見て、あまり面白いと感じなかったんですね。

 

で、2をたまたま時間があったから劇場で見たんですが、

 

これが、メチャクチャ面白い!

 

トビン・ベルが、血だらけになってニヤリと笑う場面は、感動的ですらありました。

 

 

それ以降、シリーズのファンになり、7作目まで、毎年映画館で見ました。

 

もう閉店したスナックBLのバーテンダー、T君と一緒に見に行ったのが懐かしい。

 

彼は今、ダーツバーを経営しているらしいので、近いうちに顔出してみようかな。

 

 

 

 

この世に生を受けた以上、死は必ず訪れる。

 

それが早いか遅いか、自然にか突然かは、人それぞれ。

 

ただ一つ言えることは、一回しか切れないカードである、ということ。

 

 

映画は、死を疑似体験できる、優れた装置なのだ。

 

 

俺は、5歳の頃から映画館に行って、

 

一体、どれほどの死を見てきたことだろう。

 

 

一番、カッコいい死に方。

 

一番、無様な死に方。

 

 

「ソウ」に登場する人物は、全員、死の影が漂っている。

 

誰が主役か、よくわからないところがいい。

 

感情移入する間もなく、どんどん死にます(笑)。

 

だから、いちいち顔と名前を覚えなくてもよろしい。

 

 

「CUBE」という映画を、ご存じでしょうか。

 

俺は、1だけすごく好きで、2以降はアカンかったです。

 

で、「ソウ」は、1だけアカンくて、2以降にハマりました。

 

 

「CUBE」は、パズル的な装置だから、無機質。

 

「ソウ」は、作った人の思いや知性が感じられるから、有機質。

 

恨みを晴らすための、芸術的な工芸品でもあるのだ。

 

 

スタイリッシュに、残酷に、淡々と、人が死んで行く。

 

 

ああ、俺は、どうやって死ぬんだろうな、って思う。

 

 

 

あの死に方がいいか、この死に方がいいか。

 

自殺願望のある俺にとって、このシリーズは、教科書みたいな存在。

 

人の命なんて、ちっぽけで、儚い。

 

代わりなんて、いくらでもいる。

 

 

ただ、死に方くらいは、自分で選びたい。

 

だから、ある意味、彼らが羨ましいのである。

 

 

死ぬのは、苦痛に決まっている。

 

でも、それを耐えたら、終わりにできるのなら、

 

もう、悩まなくて済むのなら、早く死にたいって思う。

 

 

ただ、なかなか現実には、それが許されないようにできているんですね。

 

 

 

俺は、わけあって、もうしばらく生きなくてはならないんだけど、

 

シミュレーションとして、死の疑似体験として、この映画を楽しみました。

 

 

いつかは、死ねる。

 

その瞬間が、楽しみです。

 

 

 

…気持ちよく、あっという間に殺されたい。

 

 

AD
いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-11-12

オリジナル小説 「座席」後編

テーマ:小説

透き通る肌、という表現がありますが、

 

まさに、彼女の腕は、そんな感じでした。

 

例えるなら、蛍光灯の暖色系よりは、青白い光の方に近い。

 

 

そう、彼女の腕は、妙に青白く見えたのです。

 

 

ダークなスーツを着たおっちゃんやら、地味にフォーマルなOLやら、

 

学生服とセーラー服が多い中で、その肌の色は、際立って見えました。

 

まるで、そこだけ浮き出してくるような、強烈でまばゆい光を放っています。

 

 

 

顔は…よく見えません。

 

うつむいた姿勢なので、両サイドから添えられた黒髪が、頬をやんわり隠しています。

 

 

あまり見つめると、変質者扱いされてしまう恐れがあるので、チラチラ、と。

 

電車の揺れる音と、老若男女の喧騒と、アルコールの匂いに包まれて、

 

僕の視線は、ずうっと彼女に。

 

 

 

 

さて、停車駅。

 

彼女は…降りません。

 

 

おっさんがひとり、乗車して来ました。

 

シブいサラリーマン風ですが、かなり酔っている様子。

 

ふらふらしながら、彼女のいる座席の方へ、近づいて行きます。

 

 

おっさんは、彼女の前で立ち止まり、

 

くるりと背中を向けて、腰を下ろしました。

 

 

…はあ?

 

 

おいおい、おっさん、彼女の膝に座るとは何事だ、貴様!

 

さすがの僕も、これは何とかしなくちゃと思い、

 

動こうとした、その瞬間でした。

 

 

おっさんは、彼女の膝を通り抜け、座席に沈んだのです。

 

 

???

 

 

僕は、すっかり混乱してしまいました。

 

さっきまで彼女が座っていた座席には、おっさんが座っています。

 

彼女は、どこに行った?

 

 

いや、まて。

 

よく見ろ。

 

 

おっさんは、眠っている。

 

おっさんの、だらりと垂れた腕の間から、青白い光が。

 

それは、確かに、彼女の腕。

 

ゆ~っくりと、しなやかに、おっさんのお腹を這って行く。

 

両手の指先が、静かに出会い、

 

祈るように、組み合わせられていく。

 

 

 

 

 

そうか、そうだったんだ。

 

 

 

彼女は、ずっと「そこ」に座っていたんだ。

 

見える人には、「そこ」が塞がっていると思う。

 

見えない人には、「そこ」があいていると思う。

 

 

おっさんには、彼女が見えなかった。

 

僕は、最初はたぶん、見えなかったけど、

 

いつの間にか、見えるようになった。

 

 

たぶん、そういうことなんじゃないかな。

 

 

で、嘔吐したあの女性。

 

きっと、彼女に拒否されたんだろうね。

 

おっさんは、どうやら、気に入られたらしい。

 

 

ま、それもいいか。

 

 

青白いベルトを巻いたまま、電車は走る。走る。走る。

 

 

やがて、次の停車駅。

 

あれれ、おっさん、もう降りるの?

 

一駅だけなら、タクシー使えばいいじゃん。

 

 

 

…いやいや、違う。

 

 

おっさんは、熟睡状態。

 

まるで、青白いベルトに持ち上げられて、運ばれているように見えます。

 

でも、足はちゃんと動いて、歩いているように見えるから不思議。

 

 

出入口に立っている僕に向かって、おっさんが近づいて来ます。

 

うつろな顔で、口を半開きにして…

 

ゆっくりと向きを変え、僕の前を、おっさんの横顔が通り過ぎて行きます。

 

 

 

おっさんの背中に、彼女の顔が、こちらを向いて貼り付いている。

 

 

恍惚の表情を浮かべていた彼女は、ちらりと僕を見ました。

 

 

 

 

うわ、目が合っちゃった。

 

 

 

 

 

 

 

彼女は、

 

きまりが悪そうに、

 

恥ずかしそうに、

 

すうっと、おっさんの背中に隠れるように、消えました。 (END)

 

 

 

AD
いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-11-11

U-NOTE Ⅱ 「峠を越えて、壁を突き破って」

テーマ:ケガ・病気

今週は結局、8日間連続勤務になりました。

 

今朝は、未明から天候が荒れたので、6時半から仕事。

 

明日の出荷をクリアすれば、月曜が休みになります。

 

 

肉体的にも精神的にもヘトヘトなんですが、

 

娘が志望校に合格したこともあって、

 

今週も、がんばってます。

 

 

俺は、自分自身が、好きな勉強をさせてもらえる環境になかったので、

 

娘には、自分の好きな道を選んで欲しい、と思っています。

 

その第一歩を踏み出した努力を、讃えてあげたい。

 

 

 

そんなわけで、なかなか映画に行けない状況が続いていますが、

 

来週は、飛び飛びだけど、休日があるので、

 

水曜日くらいには、次の映画を見られるでしょう。

 

 

見たい作品は、色々あるんですが、

 

平日のレイトショーは、体力的にきつくて、今のところ無理っぽい。

 

やっぱり、いいコンディションで見ないとね。

 

 

 

最近は、遊び心で、ちょっとした短編小説をアップしているんですが、

 

これは、長年ずっとあたためていたネタです。

 

前編、後編という2部構成で、5本くらい書いてみたいと思いますので、

 

面白いと感じてもらえたら、嬉しいです。

 

(ちなみに、「座席」の後編は、明日の夜にアップできる予定)

 

 

 

一日の仕事を終えると、ほっとします。

 

24時間神経を尖らせていると、非常に疲れるし、心も体ももたないので、

 

適度に、気分転換をする必要があります。

 

 

職場と家の往復だけでは、心が死んでしまう。

 

作業員ではない、別の顔。

 

父親ではない、別の顔。

 

男は、色んな顔を持っていていい、と思う。

 

 

修羅場をくぐり抜けて、峠を越えて、壁を突き破って、前に進む。

 

くぐり抜けても、また新しい修羅場が襲い掛かり、

 

越えた途端に、また新しい峠が迫って来て、

 

突き破っても、また新しい壁が立ち塞がる。

 

 

体を動かすにも、心を燃やすにも、燃料が要る。

 

それは、人によって、色も匂いも形も異なるもの。

 

その人に合った、エネルギー源があるのだ。

 

 

俺の場合は、

 

映画と、お酒と、音楽と、本と、絵画。

 

だから、映画館があり、飲み屋があり、ジャズライブがあり、本屋があり、美術館がある。

 

 

最高のつまみは、人との会話。

 

好きなお酒を、好きな人と、好きな話題で、味わう。

 

俺は、そういう瞬間を味わいたくて、生きているんだと思う。

 

 

嫌なことは、限りなくあるし、絶望する材料は、無限にある。

 

その、際どい境界線を、綱渡りのように、首の皮一枚で切り抜けて行く。

 

俺の人生は、そんなのばっかり。

 

 

だから、話題は豊富だし、引き出しもたくさんある。

 

 

命ある限り、心を燃やして、言葉を残していく。

 

ブログという窓口も、俺にとって、大切な空間。

 

映画が一番好きだけど、

 

映画以外にも、好きなものはたくさんあっていい。

 

 

だから、映画が、もっと面白くなる。

 

 

今週は、仕事に埋没する時間でした。

 

その分、来週は、息抜きをたくさんしたいと思います。

 

 

明日は、7時から仕事。

 

今宵も、スコッチで晩酌して、ジャズを聴いています。

 

 

心配や不安や恐怖は、なくならない。

 

でも、今日やるべきことは、もう終わった。

 

明日のことは、明日の俺が悩めばいい。

 

 

今夜は、今日がんばった自分を労うのだ。

 

このひとときに、乾杯。

いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-11-04

U-NOTE Ⅱ 「鬱と甘えと自己嫌悪」

テーマ:ケガ・病気

桑畑です。

 

何とか、生きております。

 

仕事も何とか、続けています。

 

 

ただ、苦しいですが。

 

 

天候がコロコロ変わって、一日の温度差が10℃以上あって、

 

色々問題が起きて、やることが増えて、作業が遅れて、

 

それでもがんばって、昼休みも休憩時間も削ってやっても間に合わなくて、

 

挙句の果てには、「仕事の組み立て方に問題があるから遅くなる」と言われる始末。

 

 

やっぱり俺は、この仕事をする才覚がないのかもしれない…

 

 

でも、毎日、毎時間、状況は移り変わる。

 

昨日のことを悔やんでも、もう今日が始まっているし、

 

さっきの失敗を引き摺っても、今という瞬間がすでに動いている。

 

 

だから、悩んでいる時間などないのだ。

 

 

 

仕事量は、やっぱり多いと思う。

 

長年、この仕事をやっている人にとっては、最短の手間でこなせるんだと思う。

 

他の部門は、4人いるので、分担作業をして、夕方にはみんな帰っている。

 

だけど、俺の部署は、基本、俺1人。

 

一応、社長と上司を加えて3人ということになっているけど、

 

実質は、俺1人で2500~3000頭くらいの豚を管理していることになる。

 

 

この状況では、見落としとか、窓の開け閉めが遅いとか早いとか、

 

不手際や失敗が起きてもおかしくないと思いませんか?

 

 

もう少しで大怪我をしてしまうこともしばしば。

 

何かトラブルがあれば、全部作業がずれて、帰宅が遅くなってしまう。

 

 

入社時に78キロくらいだった体重は、57キロまで落ちました。

 

一日2万~2万5千歩くらい歩いているから、運動不足になならないけど。

 

休日が月に、6日。

 

明日からは、また7日連続勤務が始まります。

 

 

ああ、すっかり、疲れてしまいました。

 

 

 

まだ、睡眠導入剤の助けを借りて、何とか眠れているし、

 

(何度も目が覚めてしまいますが)

 

弱い安定剤を飲んで、仕事に行ってます。

 

(苦しいと、2錠飲んでしまいますが)

 

 

普通に、ただ、一般的に、疲れているだけだと思います。

 

だから、今日の休日は、身体を休めることを優先します。

 

 

 

もう少し元気が出たら、また映画に行きたい。

 

今は、しばらく、無理みたい。

 

 

 

今日は、娘が、短大の受験に行っています。

 

学費って、いっぱいかかるんですねえ。

 

もっともっと、がんばって働かなくちゃ。

 

まだ、父親としての役割は、終わっていないんだから。

 

 

願わくは、娘が就職して、自分の力で生きていけるようになるまで、

 

この体よ、くたばらないでいて欲しい。

 

今は、その一心で、何とか仕事をこなしています。

 

 

倒れてしまいたいけど、倒れられない。

 

我ながら、面倒くさいオヤジになってしまいましたな。

 

 

 

眠れているから、鬱じゃない。

 

仕事が苦しいのは、当たり前。

 

だから、単に、疲れているだけ。

 

甘え。

 

怠け心。

 

そして、失敗する自分が許せないという、自己嫌悪。

 

会社という組織に対して、役に立っていないという罪悪感。

 

不安感。

 

恐怖感。

 

そして、焦燥感。

 

 

 

ああ、オヤジの愚痴って、キモチワルイですね(汗)

 

 

今まで、過酷な状況の中で、ずっと生きてきた。

 

今の状況も苦しいけど、あの時よりもまだまし。

 

だから、まだ、やれると思う。

 

 

もうちょっと、頭を上手に使って、

 

効率よく、上質な仕事ができるようになれれば、

 

少しは、心に余裕が生まれるかもしれない。

 

 

今は、まだまだ、修行中の身。

 

休日があるだけ、ありがたい。

 

 

探せばきっと、楽しめる部分も、見えてくるはず。

 

もともと自分には、そういう力があったはず。

 

 

いっぱいいっぱいだと、思考力が働かない。

 

追い詰められていると、狭い視野でしか物事が見えない。

 

 

どうしたらいいのか、わからないけど、

 

止まることは許されないから、ギアをチェンジしたり、スピードを変えたりして、

 

とにかく、前に進むしかない。

 

 

眠れば、疲れが取れるってもんじゃない。

 

うつの人間は、基本、24時間緊張状態だから、オンオフの切り替えができない。

 

だから、他の部分を動かして、普段酷使している部分を休ませる方法が有効。

 

そのためには、気分転換が大切になってくる。

 

その手段は、選択肢が多いほどいい。

 

 

今日は、午前中に病院へ行って薬をもらってきたので、

 

午後はこれから、セロニアスモンクを小さい音で聴きながら、読書かな…と。

 

疲れない程度に、ゆるゆると。

 

たまに、コーヒーを淹れて。

 

 

できるだけ、身体の力を抜いて。

 

心の緊張状態を、ほぐして。

 

 

いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-11-01

オリジナル小説 「座席」 前編

テーマ:小説

僕が、横浜に住んでいた頃の話です。

 

 

京浜東北線は、まだJRになったばかりで、運賃が高くて、

 

京浜急行やら、東横線やら、私鉄の方が利用客が多いらしい。

 

でも、会社から定期券をもらっているので、それで通勤していたのです。

 

そんな状況なので、座ろうと思えば座れるのですが、

 

短時間の乗車だし、大抵は、出入口付近で立っていることが多かった。

 

 

当時は、ウォークマンを聴いている人や、

 

マンガや新聞や文庫本を読んでいる人がいたりしたんですが、

 

僕はどうも、乗り物で本を読むと、酔う傾向にあったし、

 

ヘッドホンから音漏れするシャカシャカも、あんまり好きじゃなかったので、

 

景色を見たり、人間ウォッチングをする方が多かったかな。

 

 

時たま、終電くらいになると、酔っ払いの匂いが充満して、

 

ほぼ満席くらいになりますが、僕は座りません。

 

(だって、年寄りに睨まれるのが嫌なんだもん)

 

 

空いている座席を奪い合うおばちゃんたちを見ていると、

 

何だか滑稽で、でも疲れているんだろうなあ、なんて思っていたら、

 

座っても、おしゃべりに夢中だったりして、見苦しいなあ、なんて。

 

 

 

 

で、ある日のこと。

 

帰りの電車で、ほぼ満席だな、と思っていたら、

 

…おやっ。

 

 

優先席でもない、普通の座席が、1つだけ、空いている。

 

車窓を背にした、横座りの席の、奥から2番目。

 

お~い、ここ、座れるぜ、皆さん~

 

こんなに混んでいるのに、何でここだけ?

 

たぶん、誰かがゲロでも吐いて汚れてたのかな、くらいに思っていました。

 

 

ところが…

 

 

注意して観察すると、

 

朝であろうが、夜であろうが、どうも「そこ」には、誰も座っていない。

 

この車両のスタイルに関係あるのか、よくわからん。

 

別に、大したことじゃないんだろうけど、ついつい、「そこ」に目が行ってしまうんですね。

 

 

そういうことが、5~6回ほどあった後、

 

ついに、「そこ」に座っている人を見かけました。

 

OL風の、ちょっときれいな女性。

 

 

なあんだ、問題ないじゃん。僕の思い過ごしだったんだ。

 

次の駅に到着すると、彼女は、突然、立ち上がりました。

 

…猛ダッシュ。

 

 

 

ずいぶん、急いでいるんだなあと思っていたら、

 

彼女、口をおさえて走っています。

 

入口に立っている僕にぶつかりそうになりながら、通り過ぎ、

 

ホームに降りると、その場にしゃがんで嘔吐しました。

 

 

うひゃ~

 

 

乗ろうとしていた人は、一瞬で散り、他のドアから乗りました。

 

ドアが閉まり、電車が動き出すと、駅員が彼女のいる方向へ歩いて行くのが見えました。

 

 

う~ん、どうしたんだろ。

 

電車に酔う人なんて、あまりいないだろうし、

 

たまたま体調が悪かったとか、飲み過ぎたとか、

 

もしかして、つわりとか…

 

 

ますます、あの席が気になってしまう。

 

 

 

そんなことがあって、しばらくは、誰も座っていませんでした。

 

よし、ここはひとつ、僕が座って試してみようか、とも思ったのですが、

 

いつも立っている若者が、急に座ったら、不自然かなあ、と。

 

僕なんて、誰も見ていないのに。

 

いざ座ろうとすると、躊躇してしまうんですよね。

 

 

 

そしたら、またまた見かけたんです。

 

終電より少し前くらいの電車で、程よく満員くらいの乗客数。

 

「そこ」に、肌のきれいな女性が座っていたんです。

 

彼女は、平気な様子でした。

 

うつむいて、ハンドバッグの上に、両手をのせています。

 

 

一駅、二駅…

 

何も、起こりません。

 

 

なあんだ、やっぱり、問題ないじゃん。

 

 

乗客が、どんどん降りて行きます。

 

彼女は、座り続けています。

 

 

最寄りの駅に到着したので、僕は、普通に降りました。

 

ホームから振り返って見ると、

 

彼女はもう、「そこ」にいませんでした。

 

 

あれ、この駅で降りたのかな?

 

電車は、動き出して行きます。

 

キョロキョロしたけど、彼女らしい人は見当たらない…

 

まあでも、もし見つけたとして、どうするんだよ。

 

あの席に座って、何ともなかったですか、なんて聞けるか?

 

それじゃ、僕が変質者みたいじゃん。

 

何だか釈然としないままに、家に帰りました。

 

 

 

その、一週間後。

 

週末はやっぱり仕事が遅くなることが多くて、終電ギリギリでした。

 

さて、あの席は…

 

お、いたいた、肌の白い、あの女だ。

 

彼女にとっては、座り心地がいい、お気に入りの席なのかもしれない。

 

 

電車は、酒臭い車両に蓋をするように扉を閉め、走り出しました。

 

ようし、今日こそは、彼女が降りる瞬間を見逃さないぞ。

 

 

 

僕の降りる駅まで、あと2つ。

 

その時になって、妙な違和感を覚えました。

 

 

季節は、秋。

 

僕は、パーカーを着ていました。

 

でも、彼女は、ノースリーブ。

 

肌がきれいだなあと思った時点で、おかしいと気づくべきでした。

 

 

寒くないのかな。

 

もしかして、お店が終わった後なのかも。

 

何か、肩にかけてあげたい気分になるけど、

 

単に、暑がりなだけなのかもしれないしなあ。

 

 

 

…ゴトトン、ゴトトン。

 

…ガタンガタン。

 

 

透き通るような白い腕を露出した彼女は、

 

両手をハンドバッグの上に置いたまま、ずっと、うつむいていました。  (つづく)

 

 

 

 

いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-10-31

映画 「ショート・ターム」

テーマ:洋画

たとえ理解できなくても、理解しようとしてくれる人がいてくれるのは、幸いである。

 

 

これは2014年に公開された映画なんですが、(アメリカで2013年)

 

イオンシネマのシネフィルセレクションで上映されて初めて知ったので、

 

俺的には、今年見た新作映画としてカウントすることにします。

 

 

「short team」とは、「短い期間」という意味。

 

「ショート・ターム 12」という名前のグループホームで働く人たちの物語。

 

 

このホームには、ワケありの子供たちが、たくさん入居しています。

 

次に行く施設が決まるまでの、一時的な居場所として存在しているようです。

 

 

主人公は、現場スタッフのチームリーダー的な役割を担う、若い女性。

 

演じるのは、「ルーム」でも熱演したブリー・ラーソン。

 

彼女もまた、苦悩を抱えて生きる姿が、美しいですね。

 

 

「虐待」をテーマにした映画は、たくさんあるけれど、

 

本作は、繊細な描写がふんだんに使われているので、そこにご注目。

 

何気ない仕草や、微妙な表情や、少ないセリフが、すごく心に残ります。

 

 

日本映画でいうと、以前紹介した「隣る人」と、感覚が似ているように思います。

 

 

やっぱりねえ、子供って、宝物ですわ。

 

だから、粗末に扱ったり、やたらに暴力をふるったら、一生残ってしまう。

 

言葉の暴力も、性的虐待も、時間とともに、心を蝕んでいくのです。

 

 

それは、だれかの協力なしには、とても克服なんてできない。

 

一生、消えない傷。

 

一生、刺さったまま抜けない刃。

 

その痛みを抱えて生きられるほど、人の心は頑丈じゃない。

 

 

誰にも言えないから、黙って、孤独に生きる。

 

誰にでもわかる言葉で説明できないから、何でもないふりをする。

 

 

人は、哀しい秘密を、たくさん持っているもの。

 

知られたくないことは、本当は、知って欲しいことなのかもしれない。

 

言いたくないことは、本当は、聞いて欲しいことなのかもしれない。

 

 

どうせ言ったところで、誰も真剣に聞いてくれやしない。

 

中途半端に話したって、言う側が、つらくなるだけ。

 

そして、大半の人が、その話をすぐに忘れてしまう。

 

結果、同じことを何度も言わされるはめになる。

 

だからみんな、黙ってしまうのだ。

 

 

 

ここのスタッフは、いい意味で、ゆるさがある。

 

しかし、いざとなった時は、エネルギッシュに動きまくる。

 

そして、基本、楽しむことを忘れない。

 

だから、子供たちは、ここにいたいと思えるのかもしれない。

 

 

さすが、プロである。

 

 

だけど、働く大人たちもまた、様々に、問題を抱えている。

 

悩む子供たちに、自分たちを重ね、逃げずに、ちゃんと向き合う。

 

時には、捨て身で対峙し、心を開く瞬間の手助けをする。

 

 

大抵は、失敗するけど、そこから何かを学び、

 

子供たちとの接し方が、だんだんレベルアップしていく。

 

 

俺は、生き物を扱う仕事をしているけど、

 

人間を相手にする仕事が、一番大変だと思います。

 

 

映画だから、美化されたり省略された部分もあるだろうけど、

 

やっぱり、精神的にしんどいだろうなあ、と。

 

 

生き物というのは、絶えず変化しているから、

 

悔やんだり、悩んだりしている余裕なんかない場合が多い。

 

常に、新しい「今」が、目の前に展開されているんだから。

 

 

そういう意味では、大変だろうけど、やりがいのある仕事でしょう。

 

俺は、毎日、目の前のことをこなすのにいっぱいいっぱいで、

 

一日が終わると、疲弊しまくっていますが、

 

いつか、彼らのように、明るく笑えるようになれたらいいな、と思いました。

 

 

 

人間を含め、生き物は、何かを教えてくれます。

 

それは、理解するとか、悟るとか、そんなご立派な領域でなくていい。

 

理解できなくて、当たり前。

 

むしろ、わかったなんて思い込んでいる方が、ホントは危ない。

 

わからないけど、ほんの少し、わかったような気がする。

 

それくらいが、ちょうどいい時もある。

 

 

自分の身勝手な質問をぶつけて、手なづけてしまおうとすると、

 

相手は、逆らうと面倒くさいから、とりあえず、そうです、と言っちゃう。

 

特に、虐待され続けた心は、そういう回路が先行して働いてしまうんですな。

 

 

相手が、自分からどんどん話すくらいになるまで、辛抱強く待って、

 

聞いて聞いて聞いてあげて、本当に言いたいことは何かを探っていく。

 

話し慣れていないから、嘘もつくだろうし、毎回、話が変わったりしちゃう。

 

それは、心が生きている証拠であり、言葉もまた、生き物だからなんです。

 

 

そうやって、お互いの心の中を冒険し合って、何かを見つけていく。

 

それが、コミュニケーションの醍醐味だと思うのです。

 

 

 

心の中は、誰にもわからないし、理解できない。

 

だから、人はどうでもいい、という風にはならない。

 

理解して欲しい時は、精一杯訴える。

 

理解したい時は、真摯に聞く。

 

そういうタイミングが、必ず、あるのです。

 

 

気になる人がいたら、話す機会を増やせば、いい時間を過ごせる可能性が広がる。

 

話を聞いて欲しい人がいるなら、できるだけ、その人の近くにいるようにする。

 

 

話しやすい人は、心が近い人。

 

話しにくい人は、心が遠い人。

 

 

会いたい人。

 

できれば、会いたくない人。

 

絶対、会いたくない人。

 

 

人には、それぞれ、言えない事情がある。

 

聞いてくれる人はわずかで、理解してくれる人は、もっとわずか。

 

 

だからこそ、寄り添ってくれる人がいるのは、ありがたいこと。

 

有難いからこそ、ありがたいのだ。

 

 

この映画を劇場で見られたことが、ありがたい。

 

彼らの名演を見ることができて、ありがたい。

 

 

…映画よ、ありがとう。

いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-10-31

映画 「ブレードランナー 2049」

テーマ:アニメ・特撮

何かを見つけるために、誰かと出会うために、人は、心の旅を続けるのだ。

 

 

根強い人気を誇るSF映画の傑作「ブレードランナー」の続編が、ついに実現。

 

前作の公開から、もう35年も経過しているんですね。

 

俺は、レンタルビデオのVHSで見た世代。できれば劇場で見たかったなあ。

 

 

フィリップ・K・ディックの小説は、本作では「キャラクター原案」扱いになっているので、

 

オリジナルの続編と言っていいでしょう。

 

しかしながら、テイストはバッチリで、往年のファンにはたまらないシーンも盛りだくさん。

 

 

ただ、2時間40以上あるので、体力のある時に楽しみましょう。

 

 

内容は、純粋に、続きのお話です。

 

前作を知らない人が見ると、わからないところがいっぱいあるかと思いますので、

 

その辺は、予習してもよし、復習してもよし。

 

 

ちなみに、「ブレードランナー」という映画は、

 

「オリジナル」と「完全版」と「ディレクターズカット最終版」の3種類が存在しますが、

 

「オリジナル」は、残酷なシーンをカットしただけだし、

 

「最終版」は、モノローグがなくて、どうでもいいユニコーンが出てくるだけなので、

 

俺的には、「完全版」が気に入っています。

 

 

そして、ヴァンゲリスが音楽を担当した、オリジナルサウンドトラック。

 

「愛のテーマ」「エンドタイトル」「ワンモアキッス」は、最高ッス。

 

 

 

さて、本作の主人公Kを演じるのは、ライアン・ゴズリング。

 

おお、「ラ・ラ・ランド」のピアニストの兄ちゃんですな。

 

苦悩を抱えて生きる孤独な男が、よく似合います。

 

 

「ブレードランナー」と呼ばれる人間の、本職は警察官。

 

「レプリカント」と呼ばれる人造人間を取り締まる捜査官で、

 

発見して破壊すれば、1体いくらで報酬がもらえる。(たしか原作ではそうだった)

 

性格には人殺しじゃないんだけど、人殺しみたいな気分になっちゃうから、

 

みんな、心を病んでいくんでしょうな。

 

 

ハリソン・フォードも、ライアン・ゴズリングも、いい感じでくたびれていた。

 

退廃した世界の中で、アジアンテイストのネオン街が、夜の闇を彩る。

 

東京だかソウルだか香港だかわかんないような景色が、鮮やかで、物悲しい。

 

 

リドリー・スコット監督は、「ブラック・レイン」でも、同じようなことをやってたっけ。

 

タルコフスキー監督の「惑星ソラリス」でも、首都高速が効果的に使われていた。

 

東京という街は、それ自体がきっと、SFしてるんだと思う。

 

 

 

さて、主人公は、「何」をみつけるのでしょう?

 

その先には、何があるのでしょう?

 

 

長い映画なので、ゆっくり進みます。

 

ビジュアル的に美しい情景も、詩的なシチュエーションも、

 

感覚でイメージして、体全体で味わって下さい。

 

 

 

真実と嘘の、境界線はどこか。

 

本物と偽物の、境界線はどこか。

 

生き物と、作られた物との違いはどこか。

 

 

そもそも、自分自身は、本物の自分なのか。

 

真実だと思い込んでいた記憶は、確かなのか。

 

 

本物の方が、ずっと偽物くさくて、

 

偽物の方が、ずっと本物らしくて、

 

アイデンティティとか、オリジナルとか、個性とか、

 

何もかもが、一瞬にして、裏切られる瞬間が、いつかは来る。

 

 

希望は失望に変わり、絶望は崩壊へと突き進む。

 

 

知らない方が、幸せなこともある。

 

だけど人は、「知りたい」という欲望を、どうしても抑えきれない。

 

 

そういう生き物だから、しょうがない。

 

 

見たら、きっと、ショックを受ける。

 

知ってしまったら、立ち直れないかもしれない。

 

それでも人は、確かめずにはいられない。

 

 

それが、人間というものの本質だから。

 

 

 

本当に探したかったものを、見つけた時、

 

本当に出会いたかった人に、出会った時、

 

本当に欲しかったものを、手に入れた時、

 

その喜びをかみしめて、人は一生を終えるのかもしれない。

 

 

誰かに、認められたいとか、褒められたいとか、

 

そういうちっぽけなことじゃなく、

 

自分が心から望んで、自らの力でその領域にたどり着くことこそが、

 

究極の、生きる目的なのかもしれない。

 

 

 

俺は、桑畑五十郎のレプリカントかもしれない。

 

本物は、もうすでに、いないのかもしれない。

 

しかし、今は、俺が、桑畑の役割を担っている。

 

それが、俺の、アイデンティティ。

 

 

男たちよ、自分のやるべきことを黙々とやり、

 

自分の一番行きたいところに向かうべし。

 

 

…本物と偽物をぶった斬って、命を燃やし尽くせ!

いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-10-24

映画 「パターソン」

テーマ:洋画

生きるということは、変化を楽しむことなのかもしれない。

 

 

ジム・ジャームッシュ監督最新作を、劇場で見られるのは幸運です。

 

東京ではすでに8月に公開されていますが、新潟では今、絶賛上映中。

 

 

今回も、いいですね~

 

 

パターソンという街に住む、パターソンという名前の男が主人公。

 

彼の職業は、バス運転手。

 

愛する妻と、愛犬がいて、趣味は、詩を書くこと。

 

そして、バーに通って、ビールを飲む。

 

 

いい生活じゃないですか~

 

 

 

この映画は、見る人によって、印象がまるで違うんじゃないかと思います。

 

精神的に疲弊している俺なんかにとっては、救いの映画。

 

刺激を求める人には、退屈かもしれないけど、

 

実は、真逆なんですなあ。

 

 

本作に登場する人物は、みんな、どこか、危うい部分を持っています。

 

だから、それがいつ壊れるんだろう、という不安感というか、恐怖感はあります。

 

でもそこは、ジム・ジャームッシュ(笑)

 

 

何かが起きそうで、起きない。

 

いやいや、起きてますよ、がっつり。

 

俺、そこ、よくわかるんです。

 

 

だって俺、今まで50年生きてきて、

 

「退屈」と「暇」というものを感じたことがない人間なんですから。

 

 

生きている以上は、絶えず、変化があるのです。

 

俺は、すごく敏感なので、可能な限り、全部拾います。

 

だけど、神経が行き渡らないところがあるから、

 

そういう部分で、超鈍感な人には、つまんないかもしれません。

 

 

でもね、俺は、思うんです。

 

 

この映画を見て、退屈だと感じる人って、恵まれた幸せな人なんじゃないかと。

 

俺なんか、生きている時間の99%が、緊張しっ放し。

 

だからこそ、たまに訪れる「平穏な時間」が、貴重なんですね。

 

 

ジム・ジャームッシュ監督の映画は、そういうカラーを持っているのです。

 

 

 

「ミステリー・トレイン」で、工藤夕貴と口紅を塗りまくった永瀬正敏が、

 

27年ぶりにオファーされ、終盤に登場します。

 

いい役柄ですね~

 

 

やっぱり、愛だろ、愛。

 

 

愛の形は、人それぞれ。

 

自分が思うスタイルがあって、そうそううまくいかなくて、

 

がんばって、このくらいでいいかな…

 

それで充分だよ、自分だって、これくらいしかできないんだから。

 

 

君には、才能がある。

 

あなたには、才能がある。

 

それを、誰にもわかってもらえなくても、自分だけはちゃんと理解しているから。

 

 

だから、思う存分、好きな世界を生きて欲しい。

 

それを認めてくれる人が、一人でもいい。

 

身近にいてくれる人じゃなくても、いい。

 

 

その、健気な応援者がいてくれるから、

 

男は、がんばることができるのだ。

 

 

 

ジム・ジャームッシュの世界で、生きることができたら、どんなに幸せだろう。

 

俺も、彼らと一緒に、日常を過ごしてみたい。

 

そして、バーのカウンターで、パターソンと、同じ時間を過ごしたい。

 

 

 

彼が生み出す、新作の詩を、リアルタイムに語ってもらうのだ。

 

 

 

 

日常は、絶えず、変化している。

 

毎日、同じことの繰り返しだなんて言う輩は、鈍感の塊。

 

そんな鈍い感性だからこそ、愛する人の、微妙な変化に気づかない。

 

 

自分のことばかり考えて、人を置き去りにしてしまう人。

 

人のことばかり考えて、自分を置き去りにしてしまう人。

 

 

ぜひ、ジム・ジャームッシュ作品で、心を潤して下さい。

 

 

 

世界があって、命が存在して、時間が流れていて、

 

心があって、営みがあって、物語が生まれていく。

 

 

心に刻まれるのは、心に深く残った体験だけ。

 

揺らり揺らいで、ほんの一瞬だけ、微妙にシンクロする。

 

 

それが、出会いであり、恋であり、愛なんじゃないかと。

 

 

過程が長ければ長いほど、

 

変化が積み重なれば積み重なるほど、

 

理解できなくてできなくて、悩んで悩んで、悩み抜いて、

 

やっと、近づいたと思ったら、逆に遠ざかってしまって、

 

泣いて泣いて、泣き濡れて、涙も枯れ果てた頃に、

 

ひょいっと、身近に寄り添っていたことに気づく。

 

 

 

危ういからこそ、必死で、支え合う。

 

 

…その一瞬が、美しいのだ。

 

 

 

 

 

いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-10-15

オリジナル小説 「千円札の男」 後編

テーマ:小説

世の中、そんなにうまい話がある訳がない。

 

 

やっぱり、自分の数え間違いだろうと思っていたら、そうでもなかった。

 

増えない日もあるけど、増える時は増えている。

 

 

ただの地味な財布が、魔法の財布になってから、いくつか検証してみた。

 

どうやら、それなりに、法則があるらしい。

 

 

①空だと、増えない

 

②一万円札や五千円札は、増えない

 

③ピン札だと、増えない

 

④ナンバーは、微妙に違っているから、ニセ札というわけでもないらしい

 

⑤札のくたびれ加減や、折り目は、見たところ、全く同じ

 

 

とにかく、ことある度に、やたらと財布を覗く癖がついてしまった。

 

…でも、これって、すごいことじゃん!

 

 

一万円をたくさん持っていると、何やら犯罪の匂いがしてきそうだけど、

 

千円なら、たくさん持ってても、そんなに怪しまれることはない。

 

 

でも、根っからの貧乏性なのか、豪遊とかをする気にはなれなかった。

 

ただ、ある分だけ、使ってしまう。

 

世の中の人がみんな、僕みたいな使い方をすれば、景気はよくなるのに。

 

 

募金箱があれば、千円札を突っ込む。

 

お賽銭で、千円札を出す。

 

それって、何だか、ちょっとだけカッコいい…かも。

 

 

ちょっとだけ、いい気になっている自分がいた。

 

 

 

 

 

しかし、

 

始まりがあれば、終わりがあるもの。

 

 

財布は、いつしか、札を増やさなくなった。

 

 

 

それは、僕に初めて、恋人ができてからだった。

 

 

彼女は、飲み屋で知り合った、7歳下の女性。

 

連れの女友達が泥酔して、タクシーまで一緒に運んだのが、話すきっかけ。

 

車に乗せる時に、僕の上着に思いっきりゲロビームをぶっかけた。

 

あまりにひどい光景で、飲み屋のママも、タクシーの運ちゃんも、みんな笑った。

 

 

千円札の男は、ゲロビームの男になり、ゲロバズーカをくらった男へと進化した。

 

 

お店に謝りに来たのは、運んだ方の女性。

 

僕の上着をクリーニングに出て、わざわざ持って来てくれた。

 

謝罪とお礼で、その夜は、彼女が奢ってくれた。

 

断ったんだけど、どうしてもって言われて。

 

その飲み屋で、自分で払わない日は、それが初めてだった。

 

 

 

財布は、女だったんだろうか。

 

でも、彼女と知り合う機会を与えてくれたのは、この財布である。

 

 

そうか、そういうことか。

 

 

11年間ずっと愛用していた財布は、僕の最初の恋人だったのかもしれない。

 

なけなしの金を持って、飲み屋に行く僕を、愛してくれていたのかもしれない。

 

あるいは、政府の極秘実験で、景気をよくするための秘密兵器だったのかもしれない。

 

 

だけど、結果オーライ。

 

お金は、なさ過ぎても困るけど、あり過ぎると、面倒になる。

 

自分の身の丈に合った収入があれば、ちょうどいいのかも。

 

 

不思議と、残念な気持ちは湧いてこなかった。

 

かえって、安心した自分を発見しているような…

 

やっぱり、不自然な収入って、落ち着かない。

 

僕はやっぱり、少し貧乏なくらいが、ちょうどいいのかも。

 

 

 

財布は、どんどんくたびれていった。

 

ボロボロになって、穴があいて、札を支えることができなくなった。

 

 

恋人は、新しい財布を、誕生日プレゼントに贈ってくれた。

 

僕は、素直に、ありがとうと言って、受け取った。

 

 

 

“彼女”は今、自分の役目を終えたのかもしれない。

 

記念に取っておこうかと思ったけど、

 

“彼女”が、捨てて欲しいと言っているような気がして、

 

恋人と一緒に、11年間ありがとう、と言って、ゴミ箱に捨てた。

 

 

 

新しい財布は、使い心地がいい。

 

それを使っている僕を、恋人は、嬉しそうに見ている。

 

相変わらず、給料日前には、千円札を残すけど、

 

最近は、2枚残すようにしている。

 

 

もしかして、3枚になっているかも…

 

いやいや、増えていないって。

 

 

…え?

 

…あれっ?

 

 

1枚しか、残っていない。

 

 

 

 

おいおい、

 

これからもしかして、返済かよ~  (完)

 

 

 

いいね!した人  |  リブログ(0)
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。