FUJITA'S BAR


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2017-06-15

映画 「ローガン」

テーマ:アニメ・特撮

生きることは、痛みに耐えること。

 

 

R15だそうで、これは、大人の匂いがプンプン。

 

久しぶりの映画館で、本作を選びました。

 

 

今の俺にピッタリで、ジーンときちゃいました~

 

2時間18分くらいあるけど、眠気は全く感じなかった。

 

疲れていても、面白い映画だったら、寝ないのである。

 

 

さて、ウルヴァリンも、すっかり高齢に。

 

伸び放題のヒゲには、白髪も交じっています。

 

スマホを見る時は、老眼鏡をかけています(笑)。

 

 

このくたびれ感が、なかなかいいですなあ。

 

 

そして、プロフェッサーXのジイさんは、もっとジイさんになり、

 

体も心も病んで、ヨボヨボでございます。

 

 

しかしまあ、超能力者が発作を起こすと、もう大変!

 

「AKIRA」の鉄雄君くらい、手が付けられません~

 

 

強靭な体を持つウルヴァリンだからこそ、介護ができるんですな。

 

やっぱり、いざとなった時に助けてくれる仲間がいるのは、幸せなことです。

 

 

俺は、2人の関係が、羨ましく思えました。

 

 

今回、新たに登場するのは、ミュータントの少女。

 

彼女は、登場してから、ずっと押し黙ったまま。

 

謎の少女を守ってくれと言われ、断るローガンであったが、

 

その女の子の「機能」を見た瞬間、スイッチが入ってしまう。

 

 

…彼女は一体、何者なんだ?

 

 

昔から、“おっさんと少女”という組み合わせは、数多く存在します。

 

「道」 「ブラックジャック」 「レオン」 「紅の豚」 「ルパン三世 カリオストロの城」

 

「WASABI」 「カーリー・スー」 「長い散歩」 「ガンスリンガー・ガール」などなど…

 

 

まあ、「グロリア」みたいに、“オバチャンと少年”なんていうジャンルもありますが、

 

やっぱり、“おっさんと少女”は、永遠のロマンなんですな。

 

(まあ、エロ映画の「白い婚礼」なんかは別枠ですが)

 

 

 

冒頭、「赤ずきん」みたいなシチュエーションがありますが、

 

そこは、狼と少女というネタで、掴みのギャグなんでしょう。

 

 

か弱い女の子と、血に飢えた狼ではなく、

 

追い詰められてギラギラ殺気を放つ少女と、くたびれたおっさんですから(笑)

 

 

そこに、ヨボヨボの超能力ジイさんが加わって、

 

まるで疑似家族のような、変てこなロードムービーになっちゃうのが笑えます。

 

 

 

ウルヴァリンの魅力は、ジャキーンな爪と、驚異的な治癒能力。

 

受けた弾丸も、ふんっ!と体に力を入れれば、出てきてポットン。

 

いやあ、スバラシイ回復力。

 

 

しかし、心の傷は、そうはいかないのであった。

 

 

 

体の治癒能力が衰えてくる一方で、

 

心の痛手は、増えて行く。

 

 

この映画は、“痛みを感じる”作品になっています。

 

それは、ヒュー・ジャックマンという、俳優の力でもあると思う。

 

 

とにかく、何もかもが、痛々しい。

 

病床で苦しむ、ジイさん。

 

くたびれた体にムチ打って働く、おっさん。

 

むき出しの敵意を撒き散らしながら逃げる、謎の少女。

 

 

訳ありで、社会からはじき出された者たちが、縁あって、出会う。

 

自分たちが生きるのもやっとなのに、協力し合い、いつしか“仲間”になっていく。

 

 

孤独と秘密を抱え、闇の中で、寄り添い、生き抜く。

 

たとえ、短い時間であっても、

 

たとえ、一瞬であっても、

 

たとえ、ほんの、束の間のひとときであっても、

 

安らぎを感じることは、幸せである。

 

 

 

何でだろう。

 

こんなに、ベタベタな物語なのに、

 

若者にはウケないような、地味なストーリーなのに、

 

何でこんなに、涙が出るんだろう。

 

 

何でこんなに、心に突き刺さるんだろう…

 

 

不思議である。

 

これはきっと、おっさん向けの映画なのかもしれない。

 

 

そして、行き場をなくした、子供向けの映画なのかもしれない。

 

 

…R15なんて、クソくらえっ!

 

 

 

生きていれば、必ず、絶対に、傷つく時が来る。

 

その痛みと戦い、打ち勝って乗り越えた者だけが、

 

今日を生きる資格を得るのだ。

 

 

 

痛みは、残る。

 

苦痛は、いつまでも、消えない。

 

だからこそ、

 

その痛みは、誰かを助ける力に変わるのだ。

 

 

 

思いがけず、人に感謝されることがある。

 

知らないところで、誰かの役に立っていることが、あるらしい。

 

 

それって、何だか、素敵なこと。

 

 

人に迷惑をかけ、

 

人を怒らせ、

 

人に煙たがられ、

 

人に憎まれ、

 

人に嫌われた者であっても、

 

 

その分だけ、

 

どこかで、他の誰かの役に立っている。

 

 

誰かを不幸にした分だけ、

 

誰かを、幸せな気分にさせているのかもしれない。

 

 

映画の中で、名作「シェーン」が出てくる。

 

俺の好きな台詞が… ああ。

 

 

「荒野の7人」の、チャールズ・ブロンソンの台詞と同じくらい、好きな言葉。

 

 

男は、こうでなくっちゃ。

 

 

真のヒーローは、こうでなくっちゃ。

 

 

 

忘れていた、大切な何かを、思い出させてもらいました。

 

いい映画です。

 

 

 

痛みをこらえて生きている、

 

いっぱいいっぱいで生きている、

 

がんばってがんばって、がんばり抜いている人に、オススメしたい。

 

 

 

生きることは、痛い。

 

痛みに耐えてこそ、生きる意味が見いだせる。

 

痛みを知っているからこそ、人に優しくなれる。

 

 

みんなに理解されなくても、いい。

 

大切な人にだけ、わかってもらえれば、それでいい。

 

 

今日という日を、生き抜いたあなたは、真のヒーロー。

 

痛みは、忘れようとしても、忘れられない。

 

忘れなくていい。ちゃんと、覚えていよう。

 

その痛みの意味が、きっと、報われる時が来るから。

 

 

 

傷ついて、傷つけて、激痛のなかで、人は、生きて行く。

 

 

『…打たれることを、恐れるな。』

 

これは、「ロッキー」のスタローンの台詞。

 

 

 

打たれようが、撃たれようが、切り刻まれようが、

 

自分を、堂々と貫け。

 

 

俺は、そう教えられたような気がします。

 

 

ローガン。

 

この名前を、俺は、忘れない。

 

 

 

男として、大切なことを、教えてくれたから。

 

 

 

…明日も、痛みに耐えて、がんばるぜ!

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2017-06-13

U-NOTE Ⅱ 「ギリギリの世界で」

テーマ:ケガ・病気

こんばんは。桑畑です。

 

まだ、しぶとく生きております。

 

 

映画は、今日、久々に行きました。

 

よかったですね~

 

 

気力も体力も、生命力も低下している今、

 

出会った一本一本が、とても貴重な作品に思えてきます。

 

 

もう一日、心の中で転がしてから、記事を書こうかな、と。

 

 

 

仕事は、相変わらず怒られながらも、必死でがんばっています。

 

娘の志望校も決まり、しっかり学費を稼がなくてはならないので、

 

あと数年、生きられればいいかな、と。

 

 

今日見た映画は、心にしみました。

 

あんなにカッコよくいかないけれど、

 

俺なりに、男の生き様を示せればなあ、なんて思います。

 

 

 

今、

 

余計な荷物を、ひとつひとつ、降ろしているところです。

 

無理して付き合わなければいけない相手とは、縁を切る。

 

縁切りが難しい相手とは、できるだけ、距離を置く。

 

 

あたたかく接してくれる人とは、依存しない程度に、仲良くする。

 

相手に、余計な負担をかけなくてすむように…

 

 

先週は、8勤だったので、昨日今日と、2連休でした。

 

それでも、映画1本見に行くのが、精一杯でした。

 

 

だけど、映画館に行くことができて、よかった。

 

 

やせ過ぎて、みんなに心配をかけていますが、

 

まだ、働けているうちは、大丈夫です。

 

 

明日から、また、がんばって働きます。

 

 

働ける職場があるってことは、幸せなことだから。

 

 

 

ギリギリの世界で、かろうじて、持ちこたえております。

 

 

応援して下さる、数少ない皆様に、感謝申し上げます。

 

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2017-06-03

映画コラム 「大切なもの」

テーマ:映画コラム

関係ないカテゴリーで、関係ない話題を、もうひとつ。

 

実は、今日は、今の仕事に就いて、4年目を迎えた日なんです。

 

46歳で、社会復帰して、未経験の仕事をして、勤続4年になりました。

 

 

妻が、刺身を用意してくれて、ささやかなお祝いをしてくれました。

 

 

家族で食卓を囲んで、一緒に見たのが、「夏目友人帳」の第5シーズン第1感。

 

 

俺は個人的に、「蟲師」の方が好きなんですが、

 

「夏目友人帳」には、「蟲師」とは違った魅力があります。

 

 

前者は、青年誌。後者は、少女マンガ。

 

そういう一面もあってか、表現のスタイルが、違うんですね。

 

大人な表現と、思春期の表現は、明らかに違う。

 

 

根本は、同じなんです。

 

生きることの厳しさを、わかりやすく表現することは、共通なんですが、

 

絵柄や、物語のソフトさの具合に、、微妙なセンスを感じるのです。

 

 

両者に共通するテイストは、

 

人間の感性を、深いところで表現している点にあります。

 

 

 

自分は、他の人とは、何かが致命的に違う。

 

そのことに、コンプレックスを感じている人に、勇気や希望を与えるスタイル。

 

 

他の誰にも見えない領域を、感じる能力がある。

 

他の誰かには気づかないことを、いち早く察する力がある。

 

 

普通は、常識を逸脱したことは、知らんぷりしたり、蟲したりするもの。

 

しかし、夏目君も、ギンコさんも、本能的に、行動する。

 

 

それはきっと、生まれながらに持った能力であり、天職の領域なんだと思う。

 

 

その「能力」は、誰にも認められることもなく、評価もされず、

 

闇に埋もれたまま、生涯を終える性質のものなのかもしれない。

 

 

しかし、金儲けや、生活の手段とは無縁の行為であるからこそ、

 

本能的で、無償な行動であるからこそ、見えない実績として、心に蓄積されていくのだ。

 

 

 

夏目君は、不遇な少年時代を過ごして、優しい義父母に、命を救ってもらった。

 

ギンコさんは、両目を失うところを、片目だけ生かしてもらうことができた。

 

 

「恩返し」という言葉がある。

 

 

俺は、個人的には、

 

「やらないといけないこと」というよりも、

 

「やりたいからやること」という解釈でありたいと思っている。

 

 

もっとつっこんで言えば、

 

「やらずにはいられないこと」という領域のレベルである。

 

 

動悸は、簡単。

 

後悔したくないから。

 

 

映画であろうが、TVドラマであろうが、アニメであろうが、

 

小説であろうが、人の話をじっくり聞くことであろうが、

 

「物語」に触れること自体は、同じである。

 

 

そしてそれは、その時だからこそ、生きた「物語」となって、心に残るのだ。

 

 

 

自分が、人と違う境遇を生きたからといって、悲しむことなかれ。

 

自分が、人違う性質を持っているからと言って、悲嘆することなかれ。

 

 

そういう自分にしか、友達になれない人もいるし、

 

そういう自分を、必要としてくれる人も、必ずいるのだから。

 

 

俺は、何度も、死んだ人間です。

 

でも未だに、友達や仲間が、ゼロにはならない。

 

それが、何を意味するのか。

 

 

俺は、何度も、仕事で挫折して、社会から弾かれた人間です。

 

でも未だに、雇ってくれる場所がある。

 

それが、何を意味するのか。

 

 

かつての映画友達は、「最近は、見たい映画がなくなった」と嘆きます。

 

でも未だに、俺は、見たい作品がたくさんある。

 

それが、何を意味するのか。

 

 

 

その答えを見つけるために、俺は今日も、映画を見続けます。

 

映画館に行けなくても、未知の領域の物語に、足を踏み込みます。

 

 

嫌な現実から、逃げているだけなのかもしれない。

 

いい年して、子供じみているのかもしれない。

 

どう思われたって、構わない。

 

 

自分が、やりたいことを、やり続ける。

 

誰に認められなくても、自分が行きたいところに、自分の力で行く。

 

 

体力と、気力が続く限り、俺は、新しい世界を探していくのだ。

 

 

 

明日から、また、怒られながら、仕事をして来ます。

 

50歳になって、ガミガミ怒鳴られながら働くのは、正直、しんどいけれど、

 

それが、家族を養う、唯一の道だから。

 

 

 

来週は、映画館に行けるように、がんばります。

 

 

今日まで、桑畑を見捨てずに応援して下さった皆様に、感謝申し上げます。

 

 

 

苦痛の多い人生だけど、心優しい人に出会えたことは、俺の誇り。

 

 

名曲「夏夕空」を口ずさみながら、心穏やかに、一週間を過ごそうと思います。

 

 

 

まだ、俺は、こうして、生きている。

 

そして、明日も、必死で働く。

 

 

残りの人生を、映画とともに、燃焼させてみせます。

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2017-06-03

U-NOTE Ⅱ 「映画 葛城事件 をDVDで見て」(ネタバレあり)

テーマ:ケガ・病気

今日は、お休みです。

 

明日から、また7勤が始まりますので、

 

身体をあまり動かさないように、ダラダラ過ごそうかと。

 

 

で、今日返却予定だったDVDをまだ見ていなかったことに気づいて、

 

さっきまで見ていて、今、返して来たところです。

 

 

 

これは、すごい内容でした。

 

休日の朝に見るような作品ではありませんが、

 

何だか、記事にせずにはいられない。

 

普段は、DVDで見た映画の記事は、原則的に書かないことにしているんですが、

 

本作は、別格。

 

 

だから、U-NOTEの枠で、書くことにしました。

 

少し長めになると思うので、しんどい方はご遠慮下さい。

 

 

 

内容は、無差別殺人事件を題材とした、ある家族の物語。

 

死刑判決を受けた男の前に、獄中結婚を申し込む女が現れる。

 

 

彼の父親は、傍若無人で、酒癖が悪く、家族を人間扱いしない男。

 

彼の母親は、夫の肉体的精神的暴力に苛まれ、心を病んでいる女。

 

彼の兄は、成績優秀で真面目だけど、父親に逆らえない、気の弱い男。

 

次男である犯人は、仕事をしていなくて、半分引きこもり状態…

 

 

 

俺は、この家族に、自分の境遇を重ねずにはいられませんでした。

 

…あまりにも、共通点が多い。

 

 

 

父親は、金物店を経営する、自営業の社長。

 

しかしその店は、自分の親から受け継いだ家業。

 

俺の父親もまた、自営業の社長。

 

その店もまた、自分の親から受け継いだ家業。

 

 

とにかく、傲慢。

 

人の話をちゃんと聞かない。

 

早とちりと誤解と勘違いで、すぐに怒鳴る。

 

酒癖が悪く、持論をいつまでも話す。(無理矢理聞かせる)

 

 

映画の母親は、心を病んだ。

 

俺の母親は、重い病気になり、入退院を繰り返し、衰弱して死んだ。

 

 

兄も母も、すでに心を病んでいた。

 

俺は、家を出て独立して、必死にがんばったけど、

 

とうとう、俺も心を病んで、社会から弾かれた。

 

 

ただ、殺人と自殺をしていないだけだ。(今のところ)

 

 

 

言いたいことが言えない家庭は、地獄である。

 

絶対服従を強いられ、逆らえば制裁をくらう。

 

父親は、絶対権力者であり、独裁者。

 

自分がおかしいと豪快に笑い、家族にも笑うことを強要。

 

自分が面白くない話題で家族が笑うと、機嫌が悪くなる。

 

 

 

映画の中で、いくつか、ホッとする場面がある。

 

1つは、母親と長男と次男が、3人で談笑しているところ。

 

そこへ、父親がおもむろに登場。

 

途端に、場の空気が凍りつく。

 

 

これ、俺にはよくわかるんです。

 

 

俺が小学生の頃、

 

父親が飲みに行った夜に、帰りは遅くなるだろうと思い、

 

母親と一緒にTVを見て笑っていたところに、父親が帰って来た時があった。

 

 

その時の、彼の不機嫌な目を、今でもよく覚えています。

 

 

きっと、嫌なことがあって、早く帰って来たのでしょう。

 

帰って来て、妻に愚痴をこぼしたかったのでしょう。

 

自分ががんばっていることを、労って欲しかったのでしょう。

 

 

それなのに、妻と子供は、TV見ながらゲラゲラ笑っていやがる。

 

一家の主である自分を、何でもっと尊敬しないのか、このクソ馬鹿野郎!

 

 

 

楽しい時間は、いつも、ほんの一瞬だった。

 

俺が何かを楽しむと、その直後に、必ず嫌なことが起きた。

 

俺は、物事を楽しんではいけない。

 

俺は、笑ってはいけない。

 

俺は、父親の話を“ちゃんと”聞かないといけない。

 

 

相手が、満足するまで。

 

しかし、彼が満足することは、決してなかった。

 

いったん機嫌が悪くなると、イライラはエスカレートし、

 

怒鳴りまくり、自分の父親の悪口を言い、

 

あいつを殺してやりたい、早く死ねばいい、と、いつまでも罵り続けた。

 

 

あの時の、酒に酔って濁った目が、気持ち悪くて、心に焼き付いている。

 

 

普段、彼は、話す時に、人と目を合わせない。

 

相手の目を見るのは、怒る時だけ。

 

 

だから、俺が覚えている父親の顔は、鬼の形相である。

 

 

 

兄は、幼い俺を、よくいじめた。

 

子分ではなく、奴隷だったと思う。

 

父親に逆らう勇気がなかった彼は、俺をいたぶって鬱憤を晴らした。

 

家で本を読みたかった俺を、無理やり外に連れ出そうとして、

 

腕を引っ張られ、脱臼したことがあった。

 

黙っていろと言われ、痛みがひどくて夕食が食べられない俺を、

 

母親が不審に思って、ことが発覚した。

 

 

ふざけていて、いつのまにかそうなった。

 

 

結局、怒られたのは、俺だったような気がする。

 

俺は、不器用で、人前でうまく話せず、自己主張も下手だった。

 

相手にうまく言いくるめられ、いつも、貧乏くじを引かされた。

 

 

 

俺は、映画を見て、俺の家族よりも、まだましのような気がした。

 

この環境なら、もっと違う立ち振る舞いができたかもしれない。

 

それは、父親役が、三浦友和だったせいもあると思うけど、

 

俺の父親とは、根っこが違うような気がするから。

 

この父親だったら、俺は、反抗して親子喧嘩ができたかもしれない。

 

 

そう思うと、もったいない家族である。

 

 

 

俺は、父親を憎んでいる。

 

本気で、殺したいと思っている。

 

母も、祖父も祖母も、奴が殺したようなもんだから。

 

 

俺は、母親を、守ることができなかった。

 

もっと早い段階で、離婚すればよかったんだろうと思う。

 

でも、夫婦というのは、お互いに選択した上で、築く関係。

 

 

 

『…あの女と結婚したのが、そもそもの間違いだった。』

 

『…お前らが生まれて来なければよかった。さっさと死んでくれた方がいい。』

 

『…もっとオレを尊敬しろ!もっとオレを立てろ!もっとオレを大事にしろ!』

 

 

 

さんざん、聞かされた言葉である。

 

 

 

 

映画の中で、父親が次男を殺そうとする場面がある。

 

次男は、死んでもよかった、と言う。

 

ちくしょう、まだ生きなきゃいけないのかよ、と。

 

 

この家族は、すでに壊れている。

 

もともと、ちゃんとした家庭になっていなかったんだと思う。

 

 

マイホームを建てたばかりの、明るい場面での、

 

父親の笑顔は、実に優しそうだ。

 

どこで、おかしくなってしまったんでしょうね。

 

 

 

俺の記憶では、

 

幼稚園児だった頃には、すでに、

 

家族というのは、いつも言い争っている集団、というイメージだった。

 

食卓は、戦場。

 

団欒という記憶は、クリスマスくらいしか残っていない。

 

巨人が優勝すると、父親が上機嫌になり、明るい雰囲気ができるけど、

 

その楽しさは、すぐに、次の地獄がいつ始まるか、という不安に変わる。

 

 

幸せな時間は、長続きしないのだ。

 

 

 

映画に出てくる母親役は、南果歩。

 

苦悩する役柄が、とても映える女優さんである。

 

「漂流教室」「蛍」「坂本竜馬」「エンジェル・ダスト」で、

 

切なそうに笑う彼女が、痛々しくて、美しい。

 

 

本作の彼女もまた、たまらなかった。

 

俺の母親も、彼女を見たら、泣くだろう。

 

 

かわいそうな人生だけど、それを選択し、生を全うする強さは、誰にも真似できないから。

 

 

 

この映画のポイントは、長男だと思う。

 

新井浩文が演じるから、何かしらやらかしてくれるかと思ったんですが、

 

何と、全くの弱虫のまんまでございました。

 

 

成績がよく、父親からも認められて、大学を出て就職、結婚をして、

 

もうすぐ2人目の子供が生まれる、という順調な人生だったのに、

 

ある日突然、リストラを言い渡される。

 

“失敗”とか“脱落”に対して免疫がない者にとっては、つらい仕打ち。

 

確かに、営業マンには向いていないタイプかもしれない。

 

 

彼は、解雇されたことを、妻に言えなかった。

 

毎日、出勤するふりをして、公園でパンを食べている。

 

他の会社の面接を受けるも、相手の顔をまともに見られず、

 

汗をかいて、どもってばかり…

 

これでは、営業職としては採用されないだろうなあ。

 

 

この時点で、長男もまた、心が追い詰められていることが鮮明になる。

 

奥さんもまた奥さんで、子育てが忙しくて、旦那の異変に気付かない。

 

唯一、気づいていたのは、彼の長男だったかもしれない…

 

 

 

とにかく、短いシーンや短いセリフ、ほんのちょっとした仕草で、

 

精神面を表現するのに絶大な効果を上げている。

 

 

突然、トーンが暗くなったり、声色が変わったり…

 

ホラー映画かと思うくらい、強烈なインパクトがあります。

 

 

 

人は、そんなに、強くなれない。

 

“自分は強い”と思い込んでいるのは、そうさせてくれる誰かが、そばにいるから。

 

“自分は弱い”ことを自覚することは、実に大事なことなのだ。

 

 

誰もが、強い部分と、弱い部分を合わせ持った集合体である。

 

今、たまたま、強い部分が表面に出ているだけ。

 

今、たまたま、弱い部分が表面に出ているだけ。

 

 

 

父親は、悪いことを全部人のせいにする。

 

だから、いつも自分は正しい、と思っている。

 

母親は、攻撃性を自分に向け、精神が崩壊。

 

長男もまた、攻撃性を自分に向け、自殺してしまう。

 

(コンビニのレシートの裏に書いた遺書が、泣かせます)

 

 

そして、次男は…

 

サバイバルナイフを持って、街に出て行きます。

 

 

抑圧された魂の、行き場所はどこに向かうのか。

 

 

 

人を殺すくらいなら、自分を殺す方がまし。

 

俺が、父親を殺さずにいられるのは、妻と娘がいるから。

 

殺人犯の家族にさせてしまうのは、あまりにも不憫だから。

 

 

だから、死んだつもりで、必死に働いて、

 

借金を少しずつ返し、娘の学費を稼いでいます。

 

 

体重は、30キロも落ちたけど、懸命に働いています。

 

 

 

俺は、まともな家庭環境で育っていません。

 

でも、どういうわけか、家族を持ちました。

 

元気なうちに子育てができて、幸運だったと思います。

 

精神を病んで療養を始めた頃は、娘がまだ小学生でした。

 

 

人生が終わったと思っていた俺を、

 

家族の明るさが、救ってくれました。

 

 

父親というのは、無敵で強い存在でなくていい。

 

弱い部分があるからこそ、支え合える。

 

元気がある者が、弱っている者を助けてあげればいい。

 

 

自分の家族に、教わったことです。

 

 

 

 

映画の冒頭で、次男が死刑を宣告されます。

 

彼は、振り返って、ニヤリと笑います。

 

それは、傍聴席にいる、父親に向けてでした。

 

…あんたのお望み通り、死んでやるよ。よかったな、オヤジ。

 

 

 

俺は、父親を殺す時に、こう言ってやろうと思ってました。

 

…これが、あんたの育てた子供だ。ざまあみろ。

 

 

疫病神のように、人に迷惑ばかりかけて、

 

それでいて元気で、長生きする輩がいる。

 

それは、人の気持ちを考えない分だけ、ダメージを受けないから。

 

 

優しくて思いやりのある正直で誠実な人ほど、早死にしてしまう。

 

それは、たくさんのことに、エネルギーを使い果たしてしまうから。

 

そして、その気持ちを誰にも理解されないまま、寿命を使い切ってしまうから。

 

 

 

やっぱり、自己主張は、大事である。

 

権力者や独裁者には、叱ってくれる人がいない。

 

だから、増々、暴走していくのだ。

 

 

我慢には、限界がある。

 

いっぱいいっぱいの状態が続くと、心が崩壊する。

 

 

そうなる前に、何とかしたいもの。

 

 

 

 

家族という仕組みは、俺にとっては地獄のイメージである。

 

世の中で、一番嫌な言葉でもある。

 

 

 

親に感謝しろ。

 

親に心配かけるな。

 

親孝行しろ。

 

家族を大切にしろ。

 

家族こそが、一番大事。

 

 

 

親子の愛ほど、胡散臭いものはない。

 

だから、家族向けの映画とか、親に感謝する歌とか、

 

本当は好きじゃない。

 

 

個人の魂そのものや、人間の尊厳に焦点を当てた作品の方が、

 

歪んだ心の奥底に眠る、精神核に触れるような物語に、俺は惹かれる。

 

 

 

この映画だって、父親をモンスターにしちゃえば、解釈が簡単になる。

 

でも、その父親だって、何かの原因でそうなってしまった。

 

そこを掘り下げて考えるからこそ、本作は味わい深いのである。

 

 

 

俺の父親の父親もまた、ひどい男だった。

 

祖父と父親が取っ組み合いの喧嘩をする場面を、何度も見ている。

 

あのくらい、怒りをぶつけないと、立ち向かえない存在だったのである。

 

 

兄は、父親に立ち向かう勇気がなかった。

 

そしていつも、肝心な時にいなくなる。

 

 

去年、母親が死んだ時も、即座に失踪した。

 

どうせ、俺が来て、面倒くさいことを全てやってくれると思っていたらしい。

 

 

俺は、年末のあの時からすでに、父親に対して憎悪しか湧かなかったし、

 

精神科医からも、カウンセラーの保健師からも、

 

父親とは顔を合わせずに、距離を取った方がいいと言われていた。

 

 

妻と娘が、お通夜や葬式やら、代理で動いてくれたので、

 

俺は、今もこうして、のうのうと生きていられるのです。

 

 

実は来週、母の法要があるんですが、

 

妻も娘も、休みを取って、2人で行ってくれるそうです。

 

(それもあって、ここしばらく、不安が大きい状態が続いています)

 

他にも、今月は、色んな問題を片づけないといけないので、

 

休日の度に、色々動いています。

 

 

でも今日は、ひどく疲れているので、休まなきゃ。

 

 

 

今、レイトショーに行けません。

 

映画館に行く体力と時間が、乏しいからです。

 

 

でもそれは、仕方がないこと。

 

また、元気が出たら、行きたいと思います。

 

 

 

 

体や心に毒がたまると、機能が鈍ってしまう。

 

どこかで、咀嚼し、消化して、吐き出さないと。

 

きれいにしてから、新しいものを取り入れないと。

 

 

 

そういう意味では、いい映画に出会えたと言えるでしょう。

 

本作のおかげで、自分の気持ちを少し、整理できました。

 

 

殺人や自殺は、まともな精神状態では、できない行為。

 

どんな人にも、起こり得る事態であることを、肝に命じます。

 

 

俺が、ここまで生きて来られたのは、幸運だったんでしょう。

 

俺自身、生きていていい存在なのか、さっさと死んだ方がいい存在なのか、

 

未だによくわからないのですが。

 

 

疲れているけど、

 

毎日、不安や恐怖と戦いながら生きているけど、

 

少しずつ、悪い癖を修正して、

 

まともな人間に近づけるように、努力しています。

 

 

 

あ、そういえば、死刑囚と獄中結婚する女ですが、

 

演じているのは、田中麗奈です。

 

彼女もまた、イカレている人間のひとりですが、

 

彼女という存在もまた、愛すべきキャラクターです。

 

「真幸くあらば」の尾野真千子、「接吻」の小池栄子と見比べてみて下さい。

 

 

 

もう少し、時間が経過して、

 

俺の精神もそれなりに落ち着いたら、

 

また、この映画を見てみたいと思います。

 

 

その時はきっと、新しい発見があるでしょう。

 

 

こういう状態で、

 

いや、こういう状態だからこそ、

 

自宅で、雨の降る肌寒い朝に、DVDで映画を見るのも悪くないな、と思いました。

 

 

 

これからは、DVDによる鑑賞でも、

 

気に入った映画は、記事にしていこうかな。

 

 

 

俺も、少しずつ、変わっていければ、

 

生きるための選択肢も、増えていくように思えるから。

 

 

 

 

さあ、これから、コーヒーを淹れて、

 

太るための甘いお菓子でも食べながら、

 

新たに借りて来た、映画のDVDを見ようと思います。

 

 

 

 

明日は、朝7時から出荷。

 

まだまだ、休日の時間はたっぷりある。

 

 

体の力を抜いて、ゆっくり過ごします。

 

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2017-05-29

映画 「メッセージ」

テーマ:アニメ・特撮

記憶と予測は、感性と思考で連動している。

 

 

ポール以来、久々の2連休になったので、

 

家の雑用の合間をぬって、映画館に行くことができました。

 

 

実に、不思議な映画です。

 

あまりネタバレしたくないので、多くは語りませんが、

 

何にも予備知識がなさ過ぎると、かえって期待値が上がってしまって、

 

油断すると、睡魔に襲われそうな、ヤバい作品。

 

 

俺は、「複製された男」を見ていたので、

 

ヴィルヌーブ監督の作風を、ある程度想像していたこともあって、

 

純粋に、楽しんで見ることができました。

 

 

しかしまあ、変てこな映画ですな。

 

これは、ヤラレました。

 

 

 

SF映画というジャンルは、俺的には“何でもあり”だと思っています。

 

派手なアクションバトルだけが好きな人には、オススメしません。

 

ジャンルとしては、不気味なアート・テイストが濃厚。

 

例えて言うなら、「複製された男」は、「ウルトラセブン」の世界。

 

本作は、「ウルトラQ」の世界と言ってよろしいかと。

 

 

クラシカルなSF映画で言うなら、「光る眼」とか、「原子人間」。

 

比較的最近のSF映画で言うなら、「コンタクト」とか、「インターステラー」。

 

 

宇宙というものは、時間と空間を超越している。

 

そういうことを、深くどこまでも考えてみたくなる、刺激的な題材ですね。

 

 

 

主人公は、言語学者のおねえさん。

 

しかし、決して若くはない彼女には、どうやら、複雑な精神構造が、見え隠れ。

 

冒頭から、ずっと、彼女の視点で、物語を追ってみて下さい。

 

 

 

暗めで、湿気のあるようで、実は乾いた空気が、物悲しさを感じさせる。

 

アンドレイ・タルコフスキー監督のような、独特の、あの感覚…

 

 

何かが起きそうで起きない、ダルい緊張感。

 

 

 

これ、SF映画マニアの方なら、ゾクゾクするんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

ある日、突然、巨大な何かが、地球上の12箇所に出現。

 

「V」じゃん! 「インディペンデンス・デイ」じゃん! と思った人は、ハズレでございます。

 

 

まず、あの“宇宙船”の形が、素晴らしい。

 

曲線で、まあるくデザインされた造形って、

 

不思議と、安心感を与えるんですね。

 

例えば、資生堂のマークを思い出してみて下さい。

 

全部、曲線だけで構成されています。

 

直線が多いと、緊張感や警戒心を誘発するんです。

 

 

 

そして、船体のくたびれ感にご注目。

 

何とも、い~い感じですねえ。

 

焼き物に詳しい人に、ちょっと感想を聞いてみたくなります。

 

 

で、極めつけは、あの宇宙人!

 

 

俺、ずっと笑いっぱなしでした~

 

 

 

「サイン」とか、「クローバー・フィールド」とか、「ロボットモンスター」とか、

 

マヌケなデザインは数あれど、

 

これは、なかなか、イケてるんじゃないでしょうか(笑)

 

 

トム・クルーズの「宇宙戦争」は、クソ映画でしたが、

 

その仇を、“今”とってもらったような気分になりました。

 

(「パイレーツオブなんとか」のタコなんて、もうどうでもいいっ!)

 

 

 

そんな感じの、映画です。(全然わかんないか)

 

 

 

 

では、ここからは、俺の個人的な心象風景のお話。

 

 

 

 

 

 

本作の原題は、「Arrival」。

 

これは、「到着」「到着」という意味。

 

で、邦題が、「Message」。

 

これは、「伝言」「情報」という意味。

 

 

「mess」は、「送られた」

 

「age」は、単独だと、「時代」「年代」になりますが、

 

接尾辞だと、「集合」「状態」「行為」「場所」といった、様々な意味を持ちます。

 

「エージェント」は、「代理人」という意味ですよね。

 

 

「メッセージ」は、深い捉え方として、

 

「教訓」「意図」「ねらい」という解釈もできます。

 

 

(以上、広辞苑、アドバンストフェイバリット英和辞典を参考)

 

 

 

 

彼らは、何故、地球にやって来たのでしょうか。

 

彼らは、何故、あのような乗り物で訪れたのでしょうか。

 

彼らは、何故、彼女とコンタクトしたのでしょうか。

 

 

よく、考えてみて下さい。

 

 

選んだのか。

 

選ばれたのか。

 

 

たまたま、だったのか。

 

最初から、そのつもりだったのか。

 

 

 

不安。

 

緊張。

 

誤解。

 

敵意。

 

恐怖。

 

憎悪。

 

 

何が、人をそうさせてしまうのか。

 

過去の嫌な経験が、行動を左右させてしまうのか。

 

 

未知の世界に対して、

 

好奇心と警戒心と、恐怖心が交差していく。

 

 

 

思考のベースには、知識と経験が多くを占める。

 

しかし、その根底には、その人の感性が左右されることが多い。

 

 

だから、同じ情報に触れても、その「深み」に個人差が出てくるのだ。

 

 

 

感動している人にとっては、何であの人にはわからないんだろう、と感じる。

 

つまらないと感じた人にとっては、感動している人がバカに思える。

 

 

それは、仕方のないこと。

 

だって、感性のチャンネルが、それぞれ違うんだもん。

 

 

 

映画は、バクチみたいな側面がる。

 

面白いと思う人が多ければ、大ヒットした名作となり、

 

つまらないと思う人が多ければ、大コケした駄作となる。

 

 

そして、観客にとっては、

 

個人的に、面白いか、つまんないか、だけなのだ。

 

 

 

ただ、

 

俺的に言わせてもられば、

 

面白いと思った映画が、後から見たらすごくつまんなかったり、

 

つまんないと思った映画が、後で見たらすごく面白かったり。

 

 

そういうことって、よくあるんです。

 

 

今の自分がこういう状態だったから、この映画を楽しめた。

 

今の自分がこういう状態だったから、この映画を楽しめなかった。

 

 

 

人の気持ちとか、気分って、常に変動しているもの。

 

普遍的な尺度は、はっきり言って、ないと思った方がいい。

 

 

 

 

地球にやって来たエイリアンも、

 

コンタクトを試みた人類も、

 

人選を指示した者も、依頼を受けた者も、

 

全ては、

 

運命的な賭けだったのかもしれない。

 

 

偶然は、必然。

 

ピンチは、チャンス。

 

不運の中に、幸運があり。

 

どん底の奥に、光がある。

 

 

 

真の闇を経験した者でなければ、

 

光のありがたみはわからない。

 

 

失ったものが多ければ多いほど、大きければ大きいほど、

 

感性は、深くなっていくのだ。

 

 

 

 

映画を見る前と、

 

映画を見た後。

 

 

 

物事の見方が、少しだけ、変わるかもしれません。

 

何にも、変わらないかもしれません。

 

時間の無駄だったと言って、文句を言うかもしれません。

 

 

 

だから俺、この映画を、人にオススメしません。

 

 

ただ、俺にとっては、心の教材になりました。

 

 

 

…刺激的で、エキサイティングで、優れた傑作だと思います。

 

 

 

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2017-05-20

U-NOTE Ⅱ 「時間の経ち方」

テーマ:ケガ・病気

休日というのは、大事なんだと思う。

 

自分がうまく“休息”できているのか、時々わからなくなる。

 

 

7勤して、2日休み。

 

4勤して、1日休み。

 

これを繰り返すのが、俺のシフトなんだけど、

 

出荷があれば、休日出勤になり、他の日に代休を取る。

 

 

規則正しくないから、体調のコントロールが、うまくいかないこともしばしば。

 

 

それでも、何とかがんばって、仕事は休まずに行っている。

 

 

 

俺はたぶん、休むのが下手なんだと思う。

 

上手に、休憩が取れない。

 

基本的に、落ち着きがないんだろう、と。

 

 

子供の頃から、

 

不安と焦燥感の中で生きて来たから、

 

ほんの一瞬、安心や安らぎを得ても、

 

次の瞬間には、また不安に追い立てられるように、やみくもに動いてしまう。

 

 

恐怖をごまかすように、やたらと話し続けたり、

 

相手が気持ちよく過ごせるように、道化を演じたり。

 

 

そういう自分が、嫌になってしまう時が、よくある。

 

 

だから、

 

ひとりの時間が必要。

 

 

だけど、

 

ひとりぼっちが続くと、誰かが必要。

 

 

我ながら、面倒くさい男である。

 

 

 

今日は、休み。

 

本来なら、映画館をはしごするくらいのパワーがあるはずなのに、

 

家の雑用と、いくつかの用事を済ませたら、出かけるのが面倒になった。

 

 

ダラダラとDVDを見ながら、しばし、うたた寝。

 

まるで、普通のおっさんである。

 

 

東京に行った時のパワーを考えたら、

 

そんなもんか、と思う。

 

やっぱり、たくさん動けば、それなりに疲れる。

 

それが、当たり前。

 

 

休日は、映画館へ。

 

休みの前の夜は、飲み屋へ。

 

 

気持ち的にはそうしたいけど、

 

体が、ついていかない時もあるのだ。

 

 

時間の使い方は、もっともっと、自由でいいはず。

 

 

何もしたくない時は、何もしない。

 

何かがしたくてたまらない時は、思う存分、行動すればよろしい。

 

 

 

楽しい時間は、あっという間。

 

苦痛な時間は、延々と長く感じる。

 

 

映画「タクシー・ドライバー」で言うところの、“心の持ち方次第”だ。

 

 

楽しまなきゃ。

 

ちゃんと、休まなきゃ。

 

心は、理屈でねじ伏せられるほど、単純じゃない。

 

 

その時の精神状態に合った、楽しみ方があるし、

 

その時の精神状態に合った、休み方がある。

 

 

こういう時は、こうしなくちゃ。

 

そういう思考パターンを繰り返していると、

 

型にはまった生き方しかできなくなって、

 

気がつくと、窮屈な人生になってしまう。

 

 

 

俺は、たくさん、失敗した。

 

先週も、失敗したし、今週も、失敗した。

 

今日という休日も、もしかしたら、過ごし方を失敗したかもしれない。

 

 

 

俺は、基本、失敗した人を責めない。

 

失敗した悔しさを、人一倍知っているから。

 

反省は必要だけど、後悔はしなくていい。

 

失敗したからこそ、深い世界を理解できるのだから。

 

 

他人の評価なんて、変動的なもの。

 

自画自賛したところで、それはただの傲慢。

 

 

優れていたり、劣っていたり、普通だったり。

 

全部それは、ただの思い込み。

 

 

大勢の人が認めるから、才能があるとか、

 

お金をたくさん稼げるから、偉大な人物だとか、

 

そういうところで、俺は人を見ていない。

 

 

 

俺は、人と違った視点でしかものを見られないし、

 

常識なんていうのは、時と場所が変われば、180度違うってわかっている。

 

 

 

誰かに合わせたり、

 

やりたくないけど、やらなきゃいけないことは、最小限にしたい。

 

人の期待に応えるよりも、あえて裏切る方法を考えたい。

 

 

 

おっさんなんだから、愚痴って当たり前。

 

説教くさくならない程度に、嫌味にならない程度に、

 

自分の考えや意見を、静かに主張してもいい。

 

相手を、よく選んだ上で。

 

 

 

若い頃は、

 

こういう大人になりたい、とか、

 

こういう大人にはなりたくない、とか、

 

そういうことが、明確に言えたような気がする。

 

 

でも今は、

 

若者でも、おっさんでも、じいさんでも、

 

気持ちのいい会話ができる人は、カッコいいと思うし、

 

見た目がいくらよくても、品性に欠ける人は、カッコ悪いと思う。

 

 

心が柔軟な人は、

 

感性が純粋な人は、

 

いいオーラを放っているのだ。

 

 

 

そういう人たちと、いいコミュニケーションが取れれば、

 

生命力が、自然と湧いてくる。

 

楽しいひとときを過ごせれば、嫌なことを、一時、忘れられる。

 

 

普段、酷使している部分を休ませる。

 

それが、上手な休息の取り方だと思う。

 

 

俺には、幸いにして、友達がいる。

 

みんな、俺にはない魅力をたくさん持った、ちゃんとした大人である。

 

俺の子供っぽい悩みを、年下の飲み仲間が、真摯に聞いてくれる。

 

俺がかつて経験した悔しさを語る人の話を、俺はしっかり聞く。

 

 

 

悩むのは、生きている証拠。

 

痛みを感じるのも、生きている証拠。

 

疲れを感じるのは、がんばっている証拠。

 

 

そして、休息が許されるのは、ありがたいこと。

 

 

 

俺は、時間を使うのが、下手である。

 

だから、限られた時間を、大切にしたい。

 

 

いい映画を見たい時は、映画館へ。

 

いい音楽を聴きたい時は、ライブへ。

 

いい酒を飲みたい時は、バーへ。

 

 

今は、疲れているので、静かなジャズを聴きながら、家でゴロゴロ。

 

 

おっさんなんだから、元気でいる必要なんてない。

 

基本、疲れているか、すごく疲れているか、のどちらかでいい。

 

 

この、くたびれ具合が、おっさんの魅力。

 

 

“落ち着いている”のではなく、“早く動けないだけ”。

 

 

でも、心だけは、いつも、縦横無尽に駆け巡る。

 

落ち着きがない、50歳の男。

 

 

今日も、不器用な時間を過ごして、晩酌をして、

 

明日から、7勤。

 

 

 

動けるだけ、ひたすら動いて、

 

働けるだけ、黙々と働いて、

 

飲めるだけ、深く飲み、

 

休めるだけ、静かに休む。

 

 

 

時間は、どんどん過ぎて行く。

 

焦ったり、落ち着いたり、どんよりしたり、

 

流れの勢いは変わるけど、確実に、時間は過ぎて行く。

 

 

予定は狂うし、物事は思うように進まない。

 

全部が自分のせいってわけじゃない。

 

全部が人のせいってわけじゃない。

 

 

誰にも、どうにもできないこともある。

 

人の気持ちも、自分の気持ちも、

 

人の命も、自分の命も、

 

人の生き方も、自分の生き方も、

 

思うようには、いかないものなのだ。

 

 

 

だから、

 

少しでも、

 

ほんの一時でも、

 

気持ちよく生きられるように、

 

 

いい時間を、過ごしたい。

 

 

 

 

以上、おっさんの愚痴でした。

 

さあ、これから、晩酌タイム♪

 

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2017-05-15

映画 「わたしは、ダニエル・ブレイク」

テーマ:洋画

自分に厳しく、人には優しく。 …そして、ユーモアを忘れない男。

 

 

一ヶ月以上も映画館に行っていなかったので、もう死にそうでした。

 

色んな映画を見逃して、ようやくたどり着いた本作は、

 

イギリスの巨匠、ケン・ローチ監督の最新作。

 

いったん引退したんだけど、やっぱりもう1本撮るわ、ってことで、

 

2016年に公開され、カンヌでパルム・ドールを獲得しちゃったそうな。

 

 

ダニエル・ブレイク…、おお、007ですか!

 

いやいや、そっちは、ダニエル・クレイグ。こっちは、ブレイク。

 

ダニエル・ブレイクは、主人公の名前。

 

タイトルの意味は、映画を見ればわかります。

 

 

 

この映画、すごいですねえ。

 

シンプルな物語だけに、心にしみます。

 

社会から弾かれた者にしかわからない、痛みと苦しみと悲しみにあふれています。

 

しかしながら、暗い気分にならないから、不思議。

 

 

俺、このじいさん、カッコいいと思う。

 

こういう男って、いそうで、いなさそうで、実は、身近にいたりするんです。

 

 

その魅力に、気づく人がいないだけかもしれない。

 

本人が、いちいちアピールしないからかもしれない。

 

 

俺が感じるのは、

 

彼の言動や行動が、すごく自然であること。

 

喜怒哀楽の感情は、誰にでもある。

 

その、出力の仕方が、実に絶妙。

 

 

ユーモアというのは、痛みをやわらげる特効薬。

 

どんな状況にあっても、笑い飛ばすことができたら、無敵である。

 

 

しかし、いかに優れた能力を持った人間も、やっぱり生身である。

 

心に余裕があれば、人を助けることもできるけど、

 

疲れ切って、体調が悪化すれば、力が出なくなる…

 

 

 

今日、食べるものがない。

 

明日を生きるための、お金がない。

 

働きたいのに、仕事がない。

 

医者からは、就労は無理、と言われるが、

 

役所からは、就労可能だから、社会保障の給付金は出せない、と言われる…

 

 

じいさんは、どうなる?

 

 

 

 

 

俺も、精神病になって、会社をクビになり、

 

労働基準監督所に行った時の、冷たいあしらいとか、

 

ヤブ医者に引っかかって、いきなり抗うつ剤を点滴されて、

 

地獄の苦しみを味わったこととかを、思い出しました。

 

 

生活できなくなる、不安と恐怖。

 

死の誘惑。

 

家族を守らなきゃという、薄っぺらな責任感。

 

 

 

追い詰められた状況で、ユーモアを発揮するのは、実に困難。

 

無理なことをやり続ければ、心が破綻してしまう。

 

 

 

ダニエルは、聖書に登場する名前であり、

 

映画「ベスト・キッド」の主人公の名前。(たしか、ラルフ・マッチオが演じた)

 

 

ダニエルじいさんは、基本、強い男である。

 

しかし、生身の人間には、限界がある…

 

 

ジョニー・デップが演じた「エド・ウッド」を、思い出す。

 

 

 

 

俺は、こう考えるんです。

 

無邪気な人は、基本、誰かを楽しませずにはいられない。

 

 

弱い者には、優しく接する。

 

強い者には、厳しく意見を言う。

 

 

ダニエルじいさんみたいな生き方は、できそうで、なかなか、できない。

 

身近にいそうで、いなさそうで、いるような、いないような。

 

 

きっと、真のヒーローは、こういう人なんじゃないか、って思う。

 

 

がんばれば、なれそうで、なかなか、なれない。

 

一時的には真似できても、やり続けることは、難しい。

 

 

さあ、じいさんの運命は?

 

 

気になる人は、ぜひご覧下さい。

 

 

今の俺には、ジーンとくる映画でした。

 

 

 

今日も、つらくて悔しいことが、たくさんあったけど、

 

きっと、ダニエルなら、こういう風に乗り切るだろうって思いながら、生き抜きました。

 

 

 

映画は、今日を生き抜く原動力であり、

 

明日をしっかりスタートさせるための、エネルギー源である。

 

 

 

正しいか、間違っているか、ということよりも、

 

もっと、大事なことがある。

 

 

選択肢がたくさんあっても、選ぶのは、たった1つであり、

 

行動を決めるのは、自分自身である。

 

 

自分の生き方は、自分で決めていい。

 

ダニエルが、そう教えてくれます。

 

 

 

…俺は、桑畑五十郎。

 

自分が本当にやりたいことを、残りの人生の中で、やり続けるのみ。

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2017-05-12

U-NOTE Ⅱ 「また、やせました。」

テーマ:ケガ・病気

先日、健康診断を受けまして、

 

びっくり。

 

 

去年より、6キロもやせてしまいました。

 

63キロあったのが、57キロ…

 

 

ちょっと、やせ過ぎですよね。

 

 

やっぱり、

 

お袋が死んだ前後のゴタゴタが、尾を引いて、

 

ダメージが蓄積されたのかもしれません。

 

それから、感染症に立て続けに罹ったせいもあるかもしれません。

 

 

生命力が、ダウンしているのかも。

 

でも、ちゃんと仕事はしているので、とりあえずは大丈夫かな、と。

 

 

これから、がんばって、太りたいと思います。

 

 

あと一日勤務すれば、7日ぶりの休みが来ます。

 

そしたら、映画に行くつもりです。

 

 

ずいぶん、映画記事がありませんでしたが、

 

それは、見ていないから。

 

DVDで映画を何本か見たけど、

 

劇場で見ていない作品は、記事の重みがまるで違うから、書きません。

 

 

もうすぐ、スクリーンで、映画を見られる。

 

それを楽しみに、生きる励みにして、明日もがんばります。

 

 

 

桑畑は、ちゃんと、まだ生きております。

 

 

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2017-05-03

お悔やみ申し上げます。

テーマ:死・お悔やみ

読者さんが、またひとり、亡くなられました。

 

 

その人は、心を病んだ人のサイトで知り合い、

 

俺のブログを熱心に読んでくれて、コメントもたくさんいただきました。

 

 

俺がおススメした映画「言ノ葉の庭」も、見て下さった人です。

 

プライバシーに関することは言えませんが、

 

その人も、俺の想像を絶する苦しみを味わい、

 

深い悲しみを背負って生きていました。

 

 

俺の存在が、役に立ったのかどうか、

 

今となっては、確かめようがありませんが、

 

いい関係であったと思いたいです。

 

 

 

ご家族から、知らせを受けたのは、東京に行く2日前。

 

本来なら、こちらの記事を先に書くべきなんですが、

 

故人への思いが整理されないままでは、文章にできなくて、

 

ポールの生歌を聴いて、

 

俺自身が抱えている、ごちゃごちゃした思いも、ようやく浄化されてきて、

 

今やっと、こうしてごあいさつができました。

 

 

遅くなってすみません。

 

でも、その人は、俺を責めないと思います。

 

 

もしかしたら、あの世でも、俺のブログを読んでくれてるかも。

 

その人はきっと、天国に行くことができるでしょう。

 

亡くなった最愛のお母さんと、きれいな場所で再会していることでしょう。

 

 

あなたは、よく、がんばりました。

 

えらいです。

 

あなたのお子さんも、きっと誠実な生き方をするでしょう。

 

だからどうか、安心して、心置きなく、旅立って下さい。

 

 

 

今夜は、新しいウイスキーを開けます。

 

あなたらしく生きた人生に、乾杯。

 

 

 

あるがままに。

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2017-05-01

ポール・マッカートニー LIVE (東京ドーム)

テーマ:ライブ

4年ぶりに、東京に行って来ました。

 

 

ブログでは言いませんでしたが、

 

実は、今年の1月に、すでにチケットをゲットしていたのです。

 

紅白歌合戦を見ていたら、突然、ポールが画面に映って、

 

ヘ~イ、来年もジャパンに行くぜ! みたいなことを言いました。

 

 

なんですと~?

 

去年は、行きたかったけど、経済的にも精神的にも肉体的にも、逼迫していて、

 

残念ながらあきらめて、ようし、次こそは絶対に行こう、と。

 

そしたら、もう来るんだ!(笑)

 

 

1月1日の朝に、パソコンを開いて検索したら、もうエントリーが始まってました。

 

これはもう、速攻で申し込むしかねえっ!

 

 

で、29日のS席が当たりました~☆

 

上司にあからじめ、この日に休めるようにお願いして、

 

飲み代やら、色々節約して、チケット代と高速バス代を捻出。

 

 

何とか、行くことができました~☆

 

 

 

東京ドームは、行ったことがないけど、

 

水道橋駅の近くだってことはわかる。

 

高速バスが池袋に着くので、

 

そこから丸の内線で後楽園まで行けばいいのかな、と思っていたんですが、

 

運よく、横浜にいる親友が、池袋まで駆け付けてくれました。

 

 

ヤマダ電機の7階の中華料理店で、一緒に昼食。

 

プレミアムモルツの生ビールを、3杯飲みました。

 

だって、せっかくだし、車の運転しなくていいし、ライブまでに抜けるから…と。

 

ゆっくりメシ食った後で、いざ、ドームへ。

 

 

彼が言うには、山手線で新宿に出てから中央線に乗り換えればいい、と。

 

なるほど、歩く距離が少なくてすむ。

 

水道橋駅を出ると、目の前にドームが!おお!

 

これなら、絶対に見失わないわ(笑)

 

 

6時半に開演で、4時半に開場。

 

時間がまだあったので、デニーズでコーヒーを飲んで、

 

彼にお礼を言って別れ、いざ、22番ゲートへ。

 

 

デカい。

 

ドーム、デカいわ。

 

まあ、野球やるところなんだから、そりゃ広いわな。

 

 

座席を、慎重に探す。

 

案外、すんなり見つかりました。

 

 

俺の席は、1階の、後ろから5列目くらい。

 

運よく、通路側の端で、トイレにもわりと近い。

 

いい場所だわ~

 

 

開始までまだ1時間くらいあるので、とりあえず、本を読む。

 

何やら、前座の兄ちゃんが何か演奏している様子。

 

で、だんだんと、照明が強くなって、客席は暗くなっていく。

 

30分前には、もう、本を読むのはつらい。

 

本を閉じて、周りをもう一度、見渡す。

 

 

最初はほとんどいなかったけど、徐々に埋まってくる。

 

どうやら、俺の周辺は、シニアの人が多いみたい。

 

で、みんな、すでに酒くさい(笑)

 

 

6時20分くらいには、ぎっしり埋まって、ビールの匂いがプンプン。

 

こりゃあ、俺が数時間前に飲んだビールなんて、かわいいもんだ。

 

 

ジイさんたちの、ファッションもすごい。

 

久々に来たようなスカジャンとか、ジージャンとか。

 

リーゼントとか、ど根性ガエルみたいなサングラスとか。

 

熟年カップルやら、ワケあり的な年の差カップルやら、バラエティに富んでます。

 

 

ビールは、売店ではサントリープレミアムモルツ。

 

会場の売り子は、キリン一番搾り。

 

ドームの外には、エビスビールのバーもあったっけ。

 

こりゃあ、ビール飲み比べしたくなりますわな。

 

 

でも、ライブ中にトイレに行きたくなると嫌なので、

 

俺は、会場では、ビール飲みませんでした。

 

 

で、6時半を過ぎても、なかなか始まらない。

 

まあ、よくあることですわな。

 

15分経っても、まだ始まらない。

 

20分経っても、まだなので、念のため、もう1回トイレに行っておく。

 

で、7時直前くらいに、ようやく始まった。

 

 

ポールが、登場。

 

うわあ~

 

遠い(笑)

 

遠過ぎて、豆粒みたい(涙)

 

でも、そこにいることは、わかる。

 

 

ステージは、バックスクリーンの真下くらい。

 

そりゃあ、遠いわ。

 

これなら、2階席でも、おんなじかも。

 

 

だけど、俺の席からは、ほぼ、正面の角度。

 

照明機材とかで、隠れて見えない人も、いっぱいいるでしょう。

 

何の障害物もなく、直接、存在を確認できるのは、幸運だと思いたい。

 

 

憧れのポールに、会えた。

 

 

ジャ~ン!

 

1曲目は、ハーズ・デイ・ナイト。

 

観客総立ち! …じゃない(笑)

 

 

俺の近くのシニアたちは、座ってくつろいでおります。

 

通路を挟んだ、右側のエリアは、若い観客が、立って両手を振り回してます。

 

こっちは、ユルくて、楽ですな(笑)

 

 

何だか、こっちのグループでよかった。

 

 

おっさんたちは、自由です。

 

すでに、4曲目くらいで、トイレに立ちます。

 

連れが帰って来ると、もう1人が行くって感じ。

 

すげえなあ、俺も飲んじゃっていいみたい。

 

でも俺は、ちゃんと全曲をしっかり聴きたいから、ライブ中は、楽曲に集中。

 

 

ライブの細かい部分は、色んな人が記事を書いていると思うので、

 

詳しい解説は、他の人のを読んで下さい。

 

 

俺がよかったのは、アンド・アイ・ラブ・ハーあたりから。

 

これは、スナックLのママさんの、お気に入りの曲。

 

間奏で、ポールが後ろを向いて、お尻をフリフリする姿が、チャーミング(笑)

 

この様子は、近いうちにママさんに教えてあげよう。

 

 

カッコいいギタープレイだなあ、と思ったら、

 

今のは、ジミ・ヘンドリックスに捧げます、とか。

 

ジョンに拍手を、とか。

 

死んでいった仲間に、敬意を払っている姿勢が、素晴らしい。

 

 

中でも、ジョージのサムシングのアレンジは、鳥肌立ちました。

 

そして、オブラディ・オブラダでは、会場が大合唱。

 

 

いいなあ~ 楽しい~

 

 

で、やっぱり、俺が一番好きなのは、

 

レット・イット・ビー。

 

アナ雪のレット・イット・ゴーは、ありのままに、行きなさい。

 

ビートルズのレット・イット・ビーは、あるがままに、生きてみたらいいじゃん。

 

 

本来、君が持っているいいものを、君の本来の魅力を、

 

君のやり方で、君が一番気持ちいいと思う方法で、やってみたらいい。

 

その時に、君は、本当の自分になれるんだ。

 

 

そういうメッセージを、感じるんですね。

 

 

 

ポールは、74歳。

 

歌声は、若い頃とは、違います。

 

もっともっと、深くなっているように思います。

 

 

彼の歌い方は、独特。

 

基本、無邪気で、優しい。

 

そして、人を楽しませようとしているし、喜ばせてあげたいという雰囲気がある。

 

 

 

彼の生歌を聴いて、俺が感じたことは、

 

哀しみや、生きるつらさを人一倍知っているからこそ、

 

こんなに深い歌い方が、できるんじゃないか、ってこと。

 

 

 

俺は、かつて何年か前には、自殺しようとした男。

 

その時に、死んでいたら、この日を迎えることもなかった。

 

 

俺には、彼の歌が、こう聴こえた。

 

 

お前は、お前らしく、あるがままに、生きてみせれば、それでいい。

 

 

レット・イット・ビー。

 

ゼイ・ウィル・ビー・アン・アンサー、レット・イット・ビー。

 

 

ヘイ・ジュードも、優しい歌。

 

 

甘く切なく、あたたかくて、やわらかい歌唱力。

 

 

人を楽しませることが大好きで、やんちゃで、無邪気で、

 

人が笑顔になってくれることで、自分もまた、生きる力を得る。

 

 

俺が感じるイメージは、そんな感じ。

 

 

品格があって、礼儀正しくて、ユーモアを忘れない男。

 

憧れますね~

 

 

約2時間半、ほぼノンストップでした。

 

 

レット・イット・ビーのメロディを口ずさむ度に、涙がこぼれます。

 

今はまだ、できないけれど、

 

そうなれるように、がんばってみたい。

 

 

せっかく、ポールが伝えてくれたメッセージを、ムダにしたくないから。

 

 

 

彼のように、生きられるように。

 

彼のような、魅力的な男に、少しでも近づけるように。

 

 

俺は、男を磨きたいと思いました。

 

 

 

このツアーの名前は、ワン・オン・ワン。

 

意味は、一対一。

 

ホール&オーツの歌にもあったけど、

 

一対一で、ゆっくりと。(ワン・オン・ワン、ソー・スロウ)

 

 

映画「バック・ビート」のエンディングは、スロウ・ダウンだった。

 

生き急いだサトクリフ。彼の死後に、ベースを弾いたのは、ポール。

 

 

ジョンも、ジョージも、ジミも、かつての仲間たちは、この世にいない。

 

しかし、ポールは、今日もこうして、ステージに立っている。

 

 

その意味を、俺は、ずっと考えています。

 

 

水道橋の、安い居酒屋で、プレミアムモルツのジョッキを傾けながら、

 

何度も何度も、自分が感じたことを、心に刻むように、ビールを流し込みました。

 

 

 

個人的に、ポールのソロで好きなのは、

 

ノウ・モア・ロンリー・ナイト。(邦題:ひとりぼっちのロンリーナイト)

 

 

 

俺は、ビートルズが来日した後に、生まれた世代。

 

中学生の頃に、FMラジオから流れる洋楽を、カセットテープに録音した世代。

 

だから、ビートルズを語れる立場にはないんだけど、

 

自分が感じたことを、自分の言葉で表現する権利くらいは、あっていい。

 

 

 

だから、若者たちが、楽しそうに聴いている姿が、頼もしかった。

 

彼らは、10代、20代の感性で、ポールの音楽を、体感している。

 

 

ビール飲んで酔っ払うジイさん。それもまたよし。

 

純粋に、汗をかいて、全身で聴く若者。それもまたよし。

 

 

余計な解説なんて、いらない。

 

映画だって、音楽だって、自分の感じ方で掘り下げていくのが、一番楽しいのだ。

 

 

 

貴重な、いい時間を過ごすことができました。

 

興奮して、気分が高揚して、心も体も、熱くなりました。

 

 

彼から受けたメッセージを、大切にしたいと思います。

 

 

 

レット・イット・ビー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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